深く息を吸い込んで、木組みの門を通り抜ける。
木々の集まる森の景色の中で、そこだけは、広い空が口を開けていた。
緑の匂い、少しひんやりとしたそよ風が、ざわめきと混ざり合う。
「無事だったんだな、ボルダ!!」
「ごめんな俺達、お礼も見送りもできずに。英雄の帰還だぞ、お前ら!」
「土産話も聞きたいところだが、まだまだやる事が山積みなんだろ?
なんでも言ってくれ、ボルダの力になれるなら喜んで知恵を貸すぜ!」
安心するような幾つもの声、誇りに思うような感謝の言葉。
通りすがる誰もが、暖かく彼を迎えていた。
「聞いて頂戴、ボルダ君!もうすぐ子供が生まれるの」
「復興はまだまだ途中だけど。俺達がこうして安全に暮らせるのも、
ボルダのおかげだ!本当にありがとう、改めて礼を……」
花道のように、人々は彼のゆく道を空ける。
アタシの手を引いて、彼は淡々と人々の隙間を通り抜けていく。
みんなは確かに、ボルダくんを見ているはず。
なのに。なんでだろう、かすかに視線が痛いのは───
「見直したよ。まさか、火竜を捕まえてくるとはな」
「人間を食ってくれるんだって。有難いけど……
ほら、大丈夫なのか?ボルダと一緒に居させても」
ちくり、ちくりと、冷たい棘のようなものが耳を刺した。
「大丈夫だ、あいつも半分はエルフなんだから。
俺等に害はないだろう?森から離れたところで飼ってくれればさ」
「そうは言ってもなあ、火でもつけられたら大問題だろ?
飼い犬に手を噛まれるってことも」
(っ、…………)
「へ、下手な事言うなって、竜族だぞ?聞こえてたら何されるか」
「はははっ、知性を活かして生きてきた我々の言語がか?
水竜族なら話は別だがね。心配無い、力の強い獣ほど餌があれば大人しいさ」
ボルダくんの足が早まる。
立ち止まらないように、アタシは前だけ向いて歩いた。
乾いた笑い声の中に、きっと悪意は無いのだろう。
憎しみとか、恐怖とか、好きとか嫌いとか、
耳に届いたのはきっと、そんな分かりやすいものじゃない。
「なにあの見た目?角も翼もないなんて。人間に化けてるつもりかしら」
「髪も不気味なくらい真っ黒だ。ダークエルフだな、まるで」
ひたすら、北に歩き続けて、扉のついた木の前に辿り着く。
「こ、ここなの?図書館って」
「……だから言ったろ……馬鹿か、お前」
ふっと手を離され、握りしめてみると、かすかに震えていた。
ボルダくんの忠告を聞いても、アタシは耳栓をつけなかった。
彼の後から、一人で図書館に追いつくからと。
忠告を聞いた時から、こういう目を向けられることは予想していた。
王国のみんなに言われるわけじゃないなら、耐えられるからと。
「……ご、ごめん、勝手なこと言って」
アタシはただ、耳を塞ぎたくなかった。目を背けたくなかった。
自分の事を知るために、どう見られているのか知りたかった。
いちばん嫌なのは、一緒に居るキミまで変な目を向けられること。
アタシが一緒にいるせいで。
大好きなはずの故郷で、キミまで嫌な思いをするなんて。
でもキミはアタシの腕を引っぱって、一緒に門をくぐってくれた。
「ありがと。ほんとバカだ、アタシ」
怖がられるのが怖かったくせに。傷つくことも、知ってたくせに。
飼い犬呼ばわりされたり、気味悪がられると知りながら、
アタシは進んで聞こうとしたのだから。
「キミの言う通りだった。迷子になっただろうし、アタシ一人だと」
「違うって、お前、だから……!!」
顔を上げられないまま、肩が跳ねる。
「ご……ごめん、そんなつもりじゃ」
なんで毎回、キミを怒らせてしまうんだろう。
怒らせた理由すら、分からないままなんだろう。
「期待するから、誰でも仲良くしようとするから、傷つくんだろうが」
重いカバンの落ちる音とともに。
何か、抑えていたものが溢れ出すような声だった。
「本当のエルフは、団結出来る奴等は、僕よりよっぽど強いんだっ。
皆がみんな、僕みたいに弱い奴らだと思ってたのか」
「そ、そんな、違うよ!キミは」
「違わない!!悔しくないのか、お前は……っ。
人間が大っ嫌いで、他の種族を見下して、僕らは生きてきたんだぞ」
キミは弱くなんてないのに、言い合いなんてしたくないのに。
エルフなのに、エルフの強さを説いているのに、
まるでみんなも、自分自身も嫌いだと言っているように聞こえた。
言う通り、知らない場所の人々とも仲良くなれると思っていた。
冷たい言葉を投げつけられ、今でもちょっと胸が痛いのに。
なのに、どうして涙が出ないんだろう。
アタシは、あのエルフの人達と、キミをどうやって区別してる?
(ボルダくん───)
だけど。言い返す気も、言い返せる言葉もなかったけど。
キミが仲間を好きになれなくても、この森を、
集落を愛しているのは、本当だと思う。
キミの愛する故郷を、少しでも同じように、好きになりたい。
その気持ちにだけは、嘘をつきたくない。
「悪い、ことなのかな、好きになりたいって」
「……そうじゃない。嫌いになることを、少しは覚えろ」
それきり、ボルダくんは手を引いたまま、一言も喋らなかった。
どこか荷物が軽く思えるほど、胸は熱くて、痛かった。
…………
図書館の空気は、外の喧騒が嘘みたいに、ひんやりと落ち着いていた。
宮殿の資料室とは比べ物にならないほど、見渡す限りの本棚。
なんだろ、ボルダくんと歩いてきた森に例えるなら、
若葉のような香りもあれば、歳をとった木のような埃っぽい匂いもある。
(不思議な場所……新しい本も、古いのもあるのかな)
心の中は、いつまで経っても静かになってくれない。何だか、ざわざわする。
まるでアタシ達以外にも、そこに誰かいるみたいな───
「「きゃあああ!?!」」
突然だった。上の階から、幼い子供のような二つの悲鳴。
何かが雪崩みたいに降ってきて、目の前には本の山が出来上がった。
「な、なな、なに!?」
「…………ああ。なんだ、お前らか」
少しだけ、警戒のほどけた溜息をつきながら、
ボルダくんはばさばさと積み上がった本の山に呼びかける。
「留守にしてて悪かった、リリ、メロ」
もぞもぞと、返事をするように、無数の本の中から薄紫の髪がはみ出す。
顔を出した小さな二人のエルフが、ぼーっとボルダくんを見つめていた。
「だれその、女のひと」
女の子の声。なんの前触れもなく、ぽつりと、赤目の子が呟く。
アタシのこと?と、ボルダくんと目を見合せると、何やら複雑な顔で頷かれた。
「まだつけてんだ、オレらの、ロザリオ」
今度は青目の子が呟く。双子、というやつだろうか。
違いといえば目の色くらいで、ぼさぼさの髪も相まって、区別のしようがない。
(!双子ちゃんって、もしかして例の)
「お兄ちゃん……ウソつき……」
「おかえりっ、にーちゃん」
観察するうち、双子ちゃんは、ぷるぷると紅い涙を流していた。
なんとなく、だけど、二人とも全然違う涙に見えるような。
「ああ、ただいま。ちょっと待てリリ、説明するから」
無言でアタシに弓矢を構えたリリちゃんをなだめながら、
またボルダくんは二人に話を通してくれた。
「初めましてリリちゃん、メロくん、アドリーといいます」
「……敬語使えたのか?お前」
これがいわゆるお客さんの気分、なんだろうけど、少し歯がゆさが否めない。
「そ、そう、それなら。手みやげくらいあるわよね、ドロボー猫っ」
リリちゃんにキッと睨まれつつ、はっと思い出す。
「うん!なんだっけ……ええと、ツマラナイモノ?ですが」
双子ちゃんの前に鞄の中身を広げて見せる。
大人買い、っていうのがしてみたくて、奮発しすぎた気もするけど。
(!…………)
恐る恐る二人を見ると、警戒するような曇りもなく、
その目はキラキラと輝いて、オモチャやアクセサリーに釘付けだった。
木々や花々をあしらったティーセットを手に取るメロくん、
大人びた睡蓮の香水に見惚れるリリちゃん。
なんでだろ。見ているだけで、体が震えた。
「きゃ、あははっ、なにこれ!お目目だけのお化けみたい」
「にーちゃん、これ!まおうの仮面ってヤツっ!?」
硝子玉みたいな双子ちゃんの目が、じんわり暖かくて。
肩に乗せられた彼の手で、なんとかは我慢できたものの
───流し方を忘れそうだった涙が、頬を伝いかけていた。
「このブローチ……ふふふっ、選んだのはお兄ちゃんね?」
リリちゃんが大切そうに握っていたのは、十字の刻まれた、赤青二色の胸飾り。
「な、なんか照れくせーよ、お揃いみたいじゃんか」
「んー、……僕から、渡すつもりだったんだけどな」
三人は、かけがえの無い家族なのだと、アタシは知る。
「あれ?何の日だっけ、今日」
「にーちゃん……そんなの、覚えて」
「おめでとう、二人とも。六十年目の誕生日だ」
そこにあった彼の姿は、ぎゅっと抱きつく双子の頭を優しく撫でる、
紛れも無い「お兄ちゃん」だった。
「その、ありがとーな、アドリー『ねーちゃん』も」
アタシと目が合い、照れくさそうに目を伏せるメロくんの言葉、
の途中、なぜかリリちゃんがぽかりと後ろ頭をはたいた。
「痛って!?リリが虐めてくる!!」
「メロのお馬鹿!!わたしまだ、認めてないからっ」
「何の話!?あーあ、お行儀悪いとにーちゃんに嫌わ───ばふ?!!」
止めないでいいの?と目配せしようとすると、
隣に目当ての姿はなく、気付けばボルダくんは図書館の奥に歩き始めていた。
「置いてくぞ、アドリー」
お土産の鞄だけ置いて、アタシは彼の背中を追おうとした。
「待って」
不意にきゅっと、舞衣の裾をつままれる。
半べそでうずくまるメロくんを置き、赤い目が下を向いていた。
「リリちゃん?」
「お兄ちゃんのこと。困らせたら、許さないから」
双子ちゃんの思いを受け取り、暖かいものが胸を満たした。
「ありがと。二人とも、また後でね」
前を向けば、また本棚だらけの迷宮みたいな道。
再び踏み出した一歩は軽くて、それでも確かな重みがあった。
そして歩きながら、ふと、買い物の記憶が蘇る。
(ステテコのおむつ買ったの、余計だったな……)
六十年目の誕生日、だとすると双子ちゃんは、
人間で言うならおじ様やおば様くらいの歳なんだろうし。
やっぱり、エルフの寿命は人間の何倍も長いんだろう。
二人もボルダくんみたいに、きっと、何年もかけて。
(あれ、…………)
「どうした?」
「!う、ううん、なんでも」
「ふーん?……まあ、ちょっと待ってろ、ここの本棚に仕掛けが」
お父様に貰った舞衣の布地を、少しだけ強く握った。
『して、衣の着勝手はどうだ』
『ぴったりだよ!サイズまで全部、アタシに合わせたんじゃないかって』
なんでアタシ、変だと思わなかったんだろ。
生まれてから、鏡というものを初めて見た時から。
人間もエルフも、他の種族でも多分、歳を重ねて背が伸びるはず。
それなら一体、何なんだ。
二百年間、一寸たりとも、背丈が変わらないアタシは。
「この種族に生まれたから」、本当にそれだけ?
「アドリー。ここはお前の仕事だぞ」
止まっちゃ駄目だ。今はただ、アタシに出来ることを。
古井戸の底を歩くように、キンとする静謐の中、
邪魔な黒髪を振り払い目をこらすと、六つの台座に囲まれていた。
その一つ、緑のオーブだけが淡く部屋を照らしている。
隣の台座、赤い玉にそっと手を触れるも、何も起こらない。
それらしく念じてもみた、けれど。
(……っ、何で何も)
「魔力を注ぐ訳じゃない。こればかりは、『気持ち』の問題だ」
いつの間にか、隣のアタシと同じように、
緑のオーブに触れて静かに目を閉じるボルダくんが居た。
「らしくないかもだが、……出来るかどうかじゃない、
お前なら分かるはずだ。光をどこに、誰のために使いたいのか」
ぐっと、目を閉じてみる。
なぜだか、やけに心が落ち着いた。
何も見えないのなら、暗闇と光の区別も、そこには何も無いみたいで。
───そうだ。護りたいものなんて、悩む必要も無い。
みんなが笑顔で、今日という日を終える。
明日の朝ごはんを夢見ながら、明るい夜に目を閉じる。
目が覚めても、何年経っても、そんな毎日が続くように。
厄災の使徒が、闇夜の恐怖が悪夢を見せるのなら、
光を取り戻すまで、アタシがみんなを照らしていたい。
出来なくても、出来るまでは護り続けたい、目を背けたくない。
(お父様の国を、みんなの、笑顔を)
目に飛び込んできた光は、なんだかとても懐かしかった。
はっと開けた目を、熱く見つめ返すかのように、
オーブは星と見紛うほどの赤い光を放っている。
「出来た、の?アタシ」
隣から返事が来ない。
見てみると彼の方も呆然としていて、目が合わない、というか。
何となくボルダくんの視線、アタシのおでこに寄ってる気が。
「目、…………二つだよな、お前って」
ゾッと、首筋が冷えた。
おでこから眉間まで確かめてみるも、やっぱり何も無い。
「無いよね?何も無い……よね、ほんとに」
「い、いや、忘れていい。見間違えたんだ、虫か何かと」
せめて虫じゃなければいいけど。
いや怖い、無いなら無いで余計怖い、さっきの反応的に。
「ボルダ様。手出しは無用、だったご様子ですね」
ふわりと、柔らかい花の香りに振り返る。
虚をつかれたような彼の視線は、見知らぬエルフの少女に向いていた。
「ロザリー、様?いつから」
微笑みとともに、薄桃色の髪が揺れる。
可憐な振る舞いに見とれて、声を出すのを忘れかけた。
「ベラ様に気を利かせて頂きまして。住民に代わり、非礼のお詫びにと」
お辞儀をくれて、透き通る空色の目がアタシを捉える。
そういえば、昨夜にもボルダくんから、
神器の話を聞くうちに何度か名前を聞いていたっけ。
「そんなっ、とんでもないです。初めまして、ロザリーさま」
「ええ、お初にお目に掛かります」
輝くオーブをそっと撫でながら、ロザリーさまは目を細める。
「では、謝礼としてではなく、種族を越えた隣人として。
庭園の泉でよろしければ是非とも、水浴びにいらしてくださいませ」
───天使かこの子は。
ちらりと、ボルダくんの方を見ると、何も言わずに頷いてくれた。
「はいっ。是非、お邪魔させていただきます」
心が浄化されていくような気分だった、と同時に、
彼の用事が少し気にかかる。一人でやる、とは言ってたけど。
「手伝わなくても大丈夫?何か用事がある、って」
彼は何か不思議そうに首を傾げる。
なんだか一瞬、本当に何の話か分からないように見えた。
「あー、……いや別に、大丈夫。むしろ、僕一人でやりたいんだ」
「?そ、そっか、じゃあまた後で」
気にはなるけど、深く聞かない方がいいか。
不意に、くすりと微笑ましそうに、ロザリーさまが息をつく。
「双子様には、もう会われましたか、アドリー様?」
二人にしか分からない、誕生日のお祝いに何を喜んでくれるのか、
ボルダくんの読みは見事に当たっている様子だった。
好きなものを選んでいたアタシに比べ、一言で言えば───
「流石お兄ちゃんだなあ、って。
アタシ一人だと何ていうか、子どもじみたのしか選べなくて」
「私であれば、嬉しく思ってしまいます。素直な気持ちが伝わるものは」
出口への足取りを、ロザリーさまは少し緩めてくれていた。
丁寧だけど親しみやすい声の、不思議な優しさに、今更ながら癒される。
「っていうか、…………見てたんですか?ロザリーさま」
「ロザリーちゃん、で宜しいのですよ。貴女は、貴女のままでいい」
女の子同士だけど、不覚にも胸を撃たれた。
間違い無い、天使どころか聖女だ。
アタシの事も、アタシが知らない事も、見えているんじゃないかとさえ思える。
(聞いてみても、いいのかな)
すっと息を整えて、花で編まれたような香りを受け取る。
隣を歩くと、彼女は嬉しそうに首をかしげた。
「アタシもそういう呼び方がいい、かも。ロザリーちゃん」
「ふふっ。───畏まりました、アドリーちゃん」
集落の景色を横目に、後をついていく。
森に着いてから、ここに来るまでの間だけでも、いくつも生まれた疑問。
ロザリーちゃんになら、きっと聞ける。
アタシがどうして、こういう体に生まれてきたのか。
妖精のベラちゃんから言われた事にも、きっと何か関係がある。
「ベラちゃんとは、お喋りも出来るの?」
「私の場合は少し例外ですね、ただ」
聞く限り、ベラちゃんが特別という訳では無かった。
ほとんどの妖精さんは彼女同様に、
生き物や自然の景色が見えていて、あらゆる心の声、心の音を聞いている。
「声を聞き合うだけであれば、実は誰にでも叶います。
気まぐれで、おまけに姿が見えませんので、気付かない方がほとんどですが」
元になる元素の精霊や巫女、錬金術師でなければ見えない妖精さん。
アタシが姿を見られないのは、おかしなことでは無いらしい。
ただ一つ、アタシにだけ当てはまらないことがある。
「ベラちゃんがね。アタシの声が聞こえないんだ、って」
「ええ、……そんなご様子に見受けました」
いつからか、風に運ばれて、あたりに鮮やかな花びらが舞う。
「妖精がその心に干渉しえないものは、種族とは限りませんよ」
風音がどこか小さく聞こえる、ゆったりとした歩みの中。
花の咲き誇る庭園を臨みながら、ロザリーちゃんは言葉を紡いだ。
「生き物であれ、自然であれ。心を鳴らすものには必ず、『魂』なるものが宿ります」
ボルダくんは、この森のことを、一つの生命と呼んでいた。
自然そのものを生き物として考えるなら、
妖精さんに聞こえる森の音は、森に宿る魂の声なのかもしれない。
「ただ、私の知るものの中に一つだけ、例外がある。
───星の祈り、大精霊の御心、あるいはそれに等しい誰か」
花を踏まない道を辿り、泉のほとりに足が止まる。
ロザリーちゃんとアタシはようやく、真っ直ぐに見つめ合うことができた。
「その意志に生かされる魂。『勇者』と呼ばれた、人の子です」
「勇、者……」
神鳥様の背中に乗り、大空を飛んだという英雄。
どんな昔話にも、伝説として語り継がれる名前だった。
そして伝説の終わりに、魔王と戦うことができる、ただ一人の「人間」だと。
「でもさ、ロザリーちゃん、アタシは」
「そう、……人間の血を継いでいない。
ですがそこにある魂は、確かに言っております。貴女が勇者であるのだと」
はらりと、葉っぱの擦れるように軽やかな音を立てて、
ロザリーちゃんは身に纏う衣服を───
「ま、待って、待って」
彼女は動きを止め、不思議そうに首をかしげる。
「水浴び、されるのでしょう?アドリーちゃん」
「そうだけど、え……い、一緒に?」
はっと、何に気付いたのか、すっかり気落ちしたように俯いてしまった。
「……私としたことが、気が回らず。お供させて頂くのは、まだ」
「ち、違う違う、違うんだよ!?入ろ、一緒に」
彩り豊かな花の香りに包まれながら、水に足をつける。
ビックリしちゃっただけだけど、繊細な心にヒビを入れるところだった。
(あ……水。冷たくないかも、思ったより)
ちゃぷんと、ロザリーちゃんの後に続いて、泉の真ん中まで歩く。
それこそ、昔話に喩えるのなら、
水の羽衣を身に纏う泉の精があまりに似合う、そんな姿だ。
「邪魔しちゃったけどさ、あるの?さっきの、続きって」
数瞬、間が空いたものの、彼女は頷くように髪を振る。
「そう、ですね。ここまで話したのなら」
細い手足に水を伝わせながら、ロザリーちゃんは静かに息をつく。
「人々が魔王を恐れた時代というのは、かなり昔の話です。
この大地には、それに値する闇の王も、それについを為す勇者も居ない」
(この、大地?)
まるで、その時代を見てきたかのような。
乙女に聞くのは野暮だけれど、何歳なんだろうか、この子。
「当然、魔王の誕生が何よりも恐れられた。
───人は勇者を望みましたが、神はそれを許さなかった」
「なんで……人が、恐れてるのに」
掬いあげた水が、指の隙間を滑り落ちる。
「神は、いいえ神こそ、魔王を恐れ……
そして知っていた。勇者が生まれること自体が、その引き金になると」
そんな話があって、いいのか。
人の望みが叶った途端に、悪夢が生まれてしまうなんて。
「勇者とはすなわち、天と人の子にほかなりません。
天の光が大地を照らしすぎれば、照らされなかった所には、闇が生まれる」
「天って、何?」
分かっている。
その悲劇は、今起きているわけではない。
「アドリーちゃん、……」
投げかけた問いに籠ってしまった怒りは多分、行き場の無いものだと思う。
「星空の下、雲の上にある神の国を、人は天空界と呼びます。
そこに住む種族たちは、過ぎた人との交わりを禁じられた」
ここまで聞けば、アタシでも、少しずつ見えてきた。
「勇者が、生まれちゃうから、って事?」
泉から天を見上げるロザリーちゃんは、とても哀しげに見えた。
「勇者も、魔王も生まれない、そんな世界であれと。
神は人間の平和を、神の光ではなく、人間自身に託した」
泉の水面に映る顔と、目が合う。
そう言われると、この怒りは、誰に向けるべきでもない。
神様は意地悪をした訳じゃなくて、人間を信じたということだから。
「古い時代の話、としてお聞き流し下さい。
貴女が知ろうとしていたのは、種族の名前でしたね」
人と交わってはいけない、種族。
アタシにはその魂が宿っている、というのだろうか。
「私の知る名は、二つ。『天空人』……そしてもう一つ、『竜神族』」
泉の真ん中に二人、せせらぎの音が止む。
「修行の末に人の姿を取り、はるか雲の上より、天を衝く山に暮らす。
ごくわずかではありますが、身一つで人里に下った者もいる、と」
どくんと、胸の中心から。
水を滴らせる手足の指先一つ一つに、熱い血潮が巡る。
一つ、最後に浮かんだ疑問だけが、胸に残った。
天と人との間に生まれた魂が、ここに宿るのなら。
───人の血を持たないこの身体は、誰のものなのか。
「ロザリー、ちゃん」
少なくともこれだけは、分かる。
この身体に流れるのは、人と交われない種族の血。
彼女に何を伝えようと、名前を呼んだんだろう。
助けを求めようと、したんだろうか。
「おいでくださいませ、アドリーちゃん」
静かだった水の、波打つ音が聞こえた。
魂そのものでなく心に巣食う、正体不明の化け物の声が。
「私をお救いくださったのは、『魔王』と謳われる御方でした」
(───)
「闇の血に生まれた運命と戦い続ける、その道すがら、
私が救われただけ。彼が誰に忌み嫌われ、その血が悪だと罵られても」
なだめるように、ゆっくりと背中を撫でる、あまりに細いキミの手。
力の込め方がわからなくて、それを抱き返せずにいた。
「彼に救われた。救われた者に残るのは、ただそれだけ。
多くを救ったもう一人を、救われた多くの人が、『勇者』と語り継いだだけ」
化け物の手では、拒まれてしまう。
そんな心のまま、震えたままの腕で、キミの背中を抱き返した。
「キミ───は、っ」
勇気を出して、細い身体を抱きしめる手に、力を込めたとき。
その彼が、もうそばにいない事を。
キミを救った人と、キミは離れ離れになったのだと、知ってしまった。
「それでも、『多くを救いたい』と。貴女はきっと、そんな御方」
水の中に崩れ落ちたまま、小さな肩に体を預けた。
優しく背中を撫で続けるキミの全てが、暖かかった。
「貴女の血が、それを拒むのだとしても。
その魂がそう叫ぶというなら、救いに行けば良いのですよ」
♢ ♢
さらさらと、目を閉じて祈る僕の髪が、静かに揺れていた。
胸の前に合わせた両手に、指を結び合わせる。
丘の上、柔らかな草地が両膝を押し返すのと、同じほどの強さで。
(どうか。メリーヌさんにもお伝え下さい、ジエラ様)
血の繋がりを隠して、女王として僕を迎えたとき、
丸くした目を細め直した貴女の顔を覚えている。
貴女の吐いてくれた嘘が、今の僕に続いている。
この忠義を捧げたのが、───
生まれて初めて温もりに出会わせてくれたのが、貴女でよかった。
別れの言葉は、受け止め切れない悲しみで塗り潰されてしまったけれど。
(今ここにあるのは、貴女がくれた生命だから)
僕はここに手を合わせる。惜別でなく、感謝を告白するために。
たとえ、聞こえなくとも、届きはしないのだとしても。
貴女と、貴女の生きた日々を想うこの時間が、僕の生きている証拠だから。
ふと目を開け、すぐ隣にあったのは、手のひらほどの妖精の姿。
「───、……」
らしくもなく、音も立てず祈りを捧げる紫の髪が、少し有難く思えた。
思えばベラは唯一、知っている相手だ。
言葉を覚える以前、自分の名前を知る以前、森にいた頃の僕を。
目に見えない風、木々という、物言わぬ生命。
風の声だけを頼りに、大いなるその一つとして、僕はただ生きていた。
誰を相手取るでもなく、両手を宙にすり合わせる
───祈る、という仕草。
それは声にもならない、心象だけで生きていた頃から。
不思議と、誰に教わった訳でもなく、知らず知らずに身に付いていた。
「誰に向けて、なんだろうな」
返事を求めたわけでは、おそらく無い。
それも、心が読めるこいつなら気付いただろうけど。
「死んじゃっても、何も無くなるわけじゃないもの」
思うところが、あったのだろうか。
ふと息を吐くように口にしたベラに、ようやく目線を返す。
「それも、言葉がなくても聞こえるのか。お前には」
正直、あれば便利だろうが、羨ましいとは思わない。
聞きたい時、聞きたい声だけ聞けるとしても、場合による。
「きみの思ってる通り、いいものじゃないわ」
何故か、どこか寂しそうに、庭園の方を見つめていた。
「ロザリーちゃんみたく、───ほら、
心が読めてもさ。相手に届く言葉って、中々言えないもの」
彼女にアドリーの事をお任せしてから、思えば何時か経つ。
墓参りに行く、とまでは言えなかったものの。
ベラの言う意味を考えれば、少し気が休まる気がした。
「そういうきみはさ。どんな風に思う訳?アドリーちゃんの事」
何故、わざわざ聞く。心が読めるくせに。
「ふふん、考えてもらわないと読めないじゃない?
都合の悪いことは覚えてないのねー、賢いくせに」
「……別に、随分昔だろ、それ聞いたの」
普段の調子に戻っただけで、こうまで鬱陶しいとは。
どうせ、先程色々見たのだろうし、聞かれて困ることもないが。
「馬鹿正直な奴、だと思ってるよ。お前と違って悪戯も、嘘をつくのもヘタクソで」
おまけに、我儘に見えるくせ、自分の事を考えなさすぎる。
みっともないが、僕らしくもなく声を荒らげてしまった。
「あは、もしかして、ホントに何んにも考えて無いとか?」
相も変わらずニヤニヤと。
両手を上げて「おお怖い怖い」、などと、いちいち態とらしい。
「まあまあ、一応真面目な話、そうとしか思えなかったもの。
知ってるでしょ?わたしたち妖精が、どうやって声を聞いてるか」
「……は?何の話だ、急に」
質問の意図はイマイチだが、知らない訳ではない。
こいつは肉声を聞いているわけではなく、
「僕自身の耳に届いた」僕の声を、心の内側から聞いている。
「そのとーり。たとえばきみが嘘をつけば、すぐ分かるわ。
本音と建前が違えば、声は『二つ』聞こえてくるもの」
迷惑な話だが、余計に、妖精に生まれなくてよかったと思う。
「こういう返事が欲しいから」、「こう言えば傷付くだろうから」
───何を取り繕われようが、汚い本音が聞こえるわけだし。
「そ、そーなるのね?慣れれば楽しいんだけどなあ、意外と」
冗談じゃない。けど確かに、悪戯好きの嘘つきまみれで育てば、
ハタ迷惑な気まぐれで悪意もなく人を騙すのも、上手くはなるか。
「ほぼ名指しでしょそれ…………けどまあ、そういうこと。
逆に下手なコは、人を騙せた経験が殆ど無いまま育ったコかな」
言われてみればアドリーにも、いくつか重なる節がある気が。
『ええーっと、へへ、もしかしてまたバレてた?』
『馬鹿者。何年、娘を見てきたと思っておる』
サプライズにしろ、王墓に出掛けるにしろ、
秘密裏の計画に、エルバ=メヘトはどれ一つとして騙されなかった。
『冗談?身体が弱いのは、ほんとなんじゃ』
思い返せば、ベラの事を言えた立場ではないが。
ほんの悪戯程度に吐いた嘘で、アドリーは僕に泣かされてしまった。
「うわあ、ひどいねきみ」
いや、かと言ってお前に言われる筋合いも無いけど。
「にしてもまあ、珍しいっていうか───
いや、多分あの種族じゃなくても、一番読めないタイプかもね」
火竜族、の事だと思うが、なんだその言い方。
(そういえば、あいつ……)
自分で自分が分からない、というのは、解決したのだろうか。
「そーゆーのはわたしじゃなくて、直接聞いてあげるの。
出来るでしょ?同じ事で悩んでたんだからさ、きみも」
「…………うるさい。余計なお世話だ」
とはいえ、今の内に聞いておかなければ解決できない事もある。
あいつの悩みは、あいつ自身の事だけじゃない。
その種族に生まれた血のせいで、仲良くできない相手がいる事だ。
魔物と人間、間に生まれた双子の片割れ。
もう片方は奴隷商人とやらの手で、『黄金の爪』の実験台に利用されていると。
(レーニエ、だったか)
王国の結界から外に出してやれたのなら、連れて来させたいところだったが。
「ふぅーん……?」
「いいだろ別にっ、……何か無いのか?魔物を、人間にする方法」
アドリーが気に掛かるのもあるが、重要なのはもう一つの理由だ。
王国を出発する直前、黄金の広がる景色で交わした、ローゼとの契約。
双子の救出、ひいてはそれらの元凶、奴隷商人の計画阻止。
───ドン=カベルネ、だとかいったか。
勿論、オーブの光を取り戻すのを最優先に、旅は続けるつもりだ。
無理矢理依頼に付き合わされてる部分もあるが、単純な事件じゃない。
ほぼ確実に、この契約を果たすことが、そのまま王国の異変解決に繋がる。
「ベラ。確認だが、精霊の森が暴れ出した『日食』、
凶星の使徒が現れたのはオーブの光が奪われたから、だったな」
母様による祝福の結界が呪戒に反転し、魔物がなだれ込んできたのも。
「そのはずよ。ロザリーちゃんの授業は、覚えてる?」
アドリーを連れたあの祭壇には六つ、オーブが安置されている。
光と闇の二大精霊と幻魔女王との間に交わされた盟約は、
配下にあたる幻魔、「ロトのオーブ」の盟主に四大元素の加護を授けるもの。
ロザリー様によれば光の加護は祝福、闇の加護は呪戒、
それぞれに名を分ける加護が「結界」というものであると。
「オーブが光を失ったままでも、小さな結界なら巫女さまやボルダも使える。
けど集落とか、王国を覆うくらいの規模になると、話が別になるってわけね」
(……と、すると)
日食においてオーブの光が奪われたこと。
光の敗北が意味するものは、四大元素の加護の主が闇に転じたこと。
魔物を阻む結界が破れた、というのは、人間目線なら正しいだろうが、
正確にはそのために機能するものでは無くなった、というのが真相だ。
祝福に阻まれるのが魔物で、呪戒はその真逆にあたる。
「そうなるね、『魔物以外を通さない』ことになるけど……何か、気になるわけ?」
純粋な魔物なら、闇の加護には阻まれずに通り抜けられただろう。
『黄金の爪』に操られて押し寄せた大群にしろ、それは同じだったはず。
タチが悪いのは、ローゼの言う双子は「混血」であるという点。
「!そっか……そのコ、どっちみち通れないのね」
契約にあたり、ローゼはこうも言っていた。
『黄金の爪』の実験台になっているのは、レーニエではないもう一人。
勿論、契約に準ずるのなら、レーニエも人間にすべきだろう。
一番の問題は、片割れであるもう一人を救い出さなければ、異変は終わらない。
「それで人間にしてあげる方法が欲しい、ってわけね」
「…………まあな。正直、癪だけど」
互いに死なせたくない相手を死なせない手段で、という契約。
「殺さない」という当然の事を、わざわざ条件として提示するあたりが信用ならない。
何より十年もの間、効き目が無かったとはいえ、平気でアドリーに毒を盛った女だ。
「ふぅーん……まあ、心当たりが無いわけじゃないわ。
混血なんていうのは前代未聞だけど、役に立つかもしれないわね」
ふよふよとこちらに寄ってきて、ベラはフンと息を鳴らした。
「エルフが人間嫌いなのは、色々理由あるわよね。
でもボルダ、知ってる?この集落には特別、ふかーい歴史があるの」
面倒臭いが、一応耳を傾ける。
こいつが饒舌になる時は決まって、昔話をする時だ。
「失礼ね!?妖精をばーさんみたいに───ま、まあいいわ」
ぴんと耳を尖らせて、おほんとわざとらしく咳払いするベラ。
「みんなはあまり知らないけれど、巫女さまは知ってたはずよ。
ここでは昔、人間とエルフが駆け落ちしたんだって」
(…………!)
「人間がルビーを狙っただとか、恋が許されなかっただとか、
言い伝えも色々だけどね。それから長いこと、人間は出入りできなくなった」
しかしジエラ様は、人間である父様と集落を治めたはず。
何より事実、僕というものがここにいる。
「きみの場合は、……ベルンドが特別だっただけかな。
誤解はとっくに解けたらしいけど、エルフの人間嫌いは相変わらずよ」
(聞き入るところだったが、何故そんな話を)
「大事なのはその『ルビー』。エルフの流す涙の意味よ」
ぱたぱた飛んで来たかと思えば、ベラは僕の両目を指さす。
その意味を理解した時、ロザリー様の話を思い出した。
異形となったピサロを元に戻したのは、恋人を想う涙だったと。
「エルフの涙が、ルビーみたいな結晶になるのはね。
『その人がその人のままでいてほしい』って、心の底から想うときだけ」
「何だ、……じゃあ」
金目当てにエルフを襲った人間、というのは。
「……そう、それが無駄とも知らずに。
そんなやり方で、無理矢理痛めつけたって、宝石なんて生まれないの」
目一杯、歯を食いしばる。
ロザリー様と距離の近いベラの方が、よっぽど心が痛いはずだ。
何よりベラに聞きたいのは、考えるべきはそこじゃない。
「エルフにとってのルビーみたいに、涙に想いが宿る宝石。
───錬金術では『涙の結晶(ラクリマ)』、そう呼ばれてるわ」
異形のものを在るべき姿に戻すほどの想いが、宝石の正体なら。
「魔物も、人間になれるのか?」
難しそうに、目の前で小さな人差し指を並べ、ぴたりとくっつけた。
「他に手が無いわけじゃない、けど…………
これ以外だと危険すぎるってだけ。混血なのよね、そのコ?」
レーニエの件から、アドリーを連れて歩く間も、いくつか方法は考えていた。
たとえば、魔除けに振り掛ける聖水であれば、
魔物を魔物たらしめる血を浄化出来るかもしれない。
が、子供とはいえ、十年はかけて身体に馴染んだであろう魔物の血。
ベラの言う通り混血児である双子では、たとえ半分が人間であれ、
身体が浄化に耐えきれず、ただの魔物として命を落とすだろう。
「そうなるわ、───ね、ねえちょっと、グロい想像しないで」
遮るようにベラが割り込む。
なんでこういう耐性は無いんだろうか、霊体のくせに。
「関係無くない!?妖精を何だと思ってるのよ、おばけとかゾンビみたいに」
そういえば、涙の結晶(ラクリマ)のような方法に、成功例はあるのだろうか。
「一人だけ、いや一匹……?まあいいや、一応居るわ。
一緒に冒険した人と同じ姿になりたくて、ホントに人間になれちゃったコが」
在るべき姿への思いが、自分自身の体に影響した、という事になるが。
相手へのというよりは、「相手の隣にいられる自分」への憧れだろうか。
ともかく、可能性は広がった。魔物に出来て、混血にそれが出来ない道理は無い。
(───ただ)
たとえその方法が、有効なのだとしても。
一番重要なのは、もっと根本的な問題ではないのか?
「どの方法でも、最終的な決め手になるのは、本人の願いだろ」
片割れの方もそうだが、レーニエ本人がそう願わないなら、人間になるのは無理だ。
「そうなるね、……人間になりたくない理由があるかも、ってこと?」
アドリーとのやり取りを見る限り、仲良くしたい気持ち自体は同じだろう。
レーニエの願いに方法が噛み合えば、不可能では無いかもしれない。
ただし、それを上回る執着が他になければ、の話。
憶測の域を出ないが、アドリーのもとを去る間際、
『要らない』と言われることに、レーニエはひどく怯えて見えた。
「拗らせまくったきみみたいね、そのコ……何とは言わないけど」
引き合いに出されるのは癪だが、言い得て妙かもしれない。
友達のために強さを捨てて人間になるか。
母親のために強さを選び、魔物であるか。
───同じ二択を迫られていたら、僕ならどうしただろうか。