DQ外伝─錬金術師と巫女の予言   作:Sephi&ロト

3 / 11
第一幕、三節

涙の色が瞳に焼き付くまで、どれほどの時が経っただろうか。

 

ふと思い出し見上げれば天蓋は雲の避けた晴天を映し出し、

獲物を忘れ眠る獣のように、吹き荒れていた嵐や雷鳴も静寂に転じていた。

 

(朝?いや、……もう昼間か)

 

日中の明るさに希望の輝きは一寸も見受けられない。

 

過ぎた嵐と引き換え、集落の家々の灯りは、

昨日まで僕達を照らしていた平穏は無惨に潰されているのだから。

 

 

色彩を忘れた景色の白々しさに目を眩ませながら、母様の背を抱き上げる。

 

ふわりと浮く花束のような銀の長髪、

真っ白な細い体躯は非力な僕の腕でさえ力を込めれば壊れてしまいそうだった。

 

冷たくなった温もりを抱え、地面に片足を付いて立ち───

 

「ボルダ。巫女さまは……」

 

 

(…………)

振り返るほどの余裕も、声を出す気力も今の僕にはない。

 

「ごめん、…………ごめんなさい、戦えなくて」

 

なんでお前が泣いてるんだ。

それに僕は、お前がくれたこの火種がなければ今頃───

 

 

(一つだけ、破邪の火種……この光は何なんだ?)

 

「……きみのお父さん。ベルンドの形見だよ」

 

昨晩まだ何も知らない僕が、丘の上で交わした母様との記憶が蘇る。

今はもう亡き彼女の片割れは「人間の錬金術師」だと。

 

 

「人間の、……───」

 

『成長する貴方を見ると……

どうしても私は母親のように接したくなってしまうんです』

 

 

母様の亡骸を抱えたまま、足が止まる。

 

気付けば漏れた声とともに追憶が巡り、視界の霧が晴れてゆくようだった。

月光双弓、嵐の冠杖と同じく忠義(ナツァク)の風の神器───

 

『あの人の……火種を継ぐあなたなら。

共鳴する祝福を引き継いで、厄災の呪いを運命の意志に換えられる』

 

 

羽が無いのは劣勢遺伝なんかじゃない。

ジエラ様の純血(ハイエルフ)とともに僕に宿るのは、人間の錬金術師の血。

 

「……ごめんね。わたしからは言わないでって言われてた」

 

(別に言い訳しなくても……母様、どうして今まで何も……)

 

「ボルダ、後でちゃんと話させて。図書館まで来てほしいの」

「!」

 

 

我に返った僕の頭が思い出すのは幼い二人の笑顔、

目の前に広がる集落の残骸を襲った嵐と森、その最中図書館に逃がしたエルフ達───

 

『お母さん?ねえ…………お母さん』

 

そして最期に、救えなかった人の姿。

 

 

「大丈夫、集落の人たちは……あの子たちは守ったきみを責めたりなんか」

「……なんでお前がそんな事」

 

「っ、…………」

 

口をついて出てしまった言葉。

振り返らない。ただ今だけはベラの顔が見たくなかった。

 

「すまん。先にジエラ様の弔いをさせてくれ」

「…………うん」

 

 

やり場の無い怒りを見境なく妖精にぶつけて何になる。

いちいち悔やんで、一体何になる。

 

遠く丘の高台を見据え、再び荒れた土にしっかりと一歩ずつ踏み出す。

 

(きっと貴女も望んでない。そうでしょう、……母様)

 

僕の怒りはただ一人───

忠誠を誓ったこの人のためだけの光なのだ。

 

 

♢ 森を臨む高台

誰に見送りを受けるでもなく、昨夜の記憶を辿りつつ再び丘を登ってゆく。

 

満月を浴び貴女が手を合わせた彼の墓、

顔も知らない、僕の父を悼む丘の上に物言わぬ貴女の亡骸を運んだ。

 

(……喜ぶかどうか、なんて分からないが)

 

土の下に彼が眠っているのかも分からない。

 

が、確かにここは母様の通った思い出の場所なのだ。

ましてや集落を見守る偉大な長二人を、離ればなれに埋める事だけは。

 

 

「ボルダにーちゃん」

 

そんな思考の外側、消え入りそうな響きで僕を呼んだ声。

 

「!お前、ら…………」

 

 

振り返り確かめた人影は三つ。

 

枯れて腫れた瞼と泥にまみれた頬に乱れた薄紫の髪の双子。

そんな子供二人の小さな腕に抱えられ、横たわる母親の亡骸。

 

「…………メリーヌさん」

「お兄ちゃん。わたし達のお家のお庭……無くなっちゃった」

 

 

母親の破れかけた裾をぎゅっと掴んだまま、表情も変えず虚ろな赤の瞳でリリは言う。

 

「丘の上からならお母さん、見守っててくれる───

ふたりともいい子にしてなさいって言ってくれるよね」

 

うわ言のような響きに、思わず沈黙しかける。

 

「かーちゃんを一緒に埋めて欲しいんだ……リリとオレで、にーちゃんの手伝いもするから」

 

隣で肩を震わせるメロの掠れた声は、受け入れるのを拒むというよりは、

青い目の奥で溢れ出しそうな想いを必死に堪えるように聴こえた。

 

 

閑散と吹き抜ける風の中、僕達は土を掘った。

 

繰り返し小さな手で、爪が割れるのも構わずに双子は泥を掻き出し、

小さな手で何度も土を平らに叩き均す。

 

今なら分かる。

そうすることで母の温もりを土の下に閉じ込め、どこへも行かないようにしているのだろう。

 

「お母さん。寒くないようにしてあげなきゃ」

 

場違いな快晴に三つ地面に焼き付いた三つの影からも、

僕の両腕を離れ土の掛かってゆく銀髪の冷たい温度からも痛いほどに思い知らされる。

 

「…………ああ。きっと二人とも喜ぶさ」

 

あの時救えていたら、なんて、世界はゆめゆめ許してくれないのだと。

 

 

♢ 妖精図書館

泥だらけになった双子の手を引き、

全てが手を離れてなお足取りは重いままに高台を降り、図書館の扉を開く。

 

 

「「…………」」

 

その先からは、棚を埋め尽くす書物の香りよりも、

行き場もなく閉じ込められていた負傷者の血と怒りに湿った空気が襲う。

 

「ねえ!メリーヌが死んだって───

本当なの?どうして助からなかったの?!」

 

「な、おい……!」

 

 

青ざめた顔の一人の女性が、

リリとメロの姿を見つけるなり駆け寄り双子の肩を激しく揺さぶった。

 

「!違う、お母さん……は」

「リリ聞くな!!かーちゃんはオレたちを庇っただけだ……!」

 

集落の聖水屋の常連だったのだろうか。

 

「あんた達を?なんでっ……

なんで何も出来ないガキのために、メリーヌが死ななきゃ行けないのよ!?」

 

「っ、……いい加減にしろ!!

二人は命懸けで彼女が守った宝物なんだ!」

 

 

癒えることのない痛みや不安を子供たちに叩きつけても、何も生まれない。

 

「ボルダお兄ちゃん……」

「二人とも気にするな。一緒にいた僕が一番分かってる」

 

「そんな、これから薬はどうすればいいのよ……?

女王様だってそうじゃない!どうして助からなかったのよ!!」

 

 

その言葉が呼び水となった。

 

(っ、……)

エルフたちの非難の矛先が、一斉に僕へと向けられる。

 

「ボルダお前、女王様の側にいたんだろ?

おいどうして……彼女が死んで、羽もまともにないお前が生きてるんだよ?!」

 

 

一人の男が立ち上がり、僕の胸ぐらを掴む。

 

使徒に立ち会った僕の経験を差し引いても、誰にでも分かる。

その瞳に安らぎはなく、ただ有るのは喪失の恐怖と憤怒の色だった。

 

 

「そ、そうだ……あの嵐は呪いだって聞いたぞ!

お前だけ戻ってきて、本当はお前が女王様を殺したんじゃないのか……!?」

 

(…………)

僕は何も言い返せなかった。反論しようにも、彼らの火に油を注ぐだけだから。

 

「痛、……っ!」

 

何より、結果を見ればその半分は事実としか言えなかったから。

 

「大体お前が……側仕えのお前がこんな場所で本ばかり読んでるから体が弱いんだ、

だからいざという時に何も守れないんだろうが!!」

 

殴られても罵られても、乱雑に本を投げつけられても、

僕の無力が彼女の命を散らせた事実は変わらないのだから。

 

僕はただ泥のついた拳を握りしめ、言葉の礫を全身で受け止め───

 

「やめてよ!!!」

 

 

足元から不意に、幼くも鋭い叫びが響く。

 

(リリ、……メロ)

 

「ボルダにーちゃんを責めんなよ!!

にーちゃんはオレらを守ってくれたんだ、怖い魔物からも……!」

 

僕と男達の間に立ち塞がる双子の背中に、二人を庇った彼女の姿が重なって見えた。

 

「お母さんを埋めてくれたのもお兄ちゃんなのっ!

勝手なこと言わないで、大人のあなたたちは何もしなかったくせに……!!」

 

 

しかし双子の悲痛な叫びに、図書館の空気はさらに険悪に歪む。

 

「こ、子供に何がわかる……お前達だって止められたじゃないか?!

あの女が先走ったせいで大事な取引先が……!」

 

不和が伝染し、守り合うべき同族同士が憎悪を剥き出しにして啀み合う光景。

 

ジエラ様が命を懸けて守ろうとした人々が、

僕の中に流れる彼女の血が愛したこの集落の輪が醜く壊れていく様。

 

(…………やめて、くれ)

 

こんな光景、戦と何も変わらない。

彼女達が命を張って立ち向かった悪と何も変わらないじゃないか───

 

(これ以上、仲間同士で争うのはやめてくれ!!)

 

 

その叫びは口から発したものか、

或いは声にならず噛み殺したものかもしれない。

 

けれどわずか一瞬、そう願った僕の視界は確かに白く燃えた気がした。

 

「!?───」

 

 

まるでロウソクの火を一吹きの風が消し去ったかのように、眼前の怒号が止んだ。

男女問わず目の前の人々、リリも、メロも。

 

今しがたまで血の昇っていた者も、それ以外も、

見渡す限り全員がその場に倒れ始めた。

 

床に落ちる乾いた本の音だけが耳に響く。

 

何が起きたのか分からない。

自分の手を見ても相変わらず、或いは少し色艶の好くなった肌の色があるだけ。

 

(死……?いや無い、これは……)

 

 

皆が深い眠りに落ち、静かな呼吸だけを繰り返している。

まるで戦意そのものが、この空間から完全に剥ぎ取られたかのように。

 

「……な、なんだ、これ」

 

 

直後に静寂を破ったのは、立ち尽くす僕の尖った耳が背後に拾った重厚な音。

 

「……ええと。間に合わなかった?」

 

「いえ。発現したばかりでは制御が難しいのでしょう」

 

 

身体が弾かれたように振り返る。

 

聞き慣れたのともう一つ、ベラではない───

どこか聞き覚えのある柔らかい声が響いた方へ。

 

まずは予想通り沈痛そうな面持ちのベラの隣に、見たこともない桃色の髪が揺れている。

妖精ほどではないが、小柄なエルフの少女だった。

 

「その声、確か昨日の朝……庭園で……?」

 

問いかけた声は、先程荒らげたせいか少し掠れてしまっていた。

 

「お初にお目にかかります

───ボルダ様。ロザリーと申します」

 

 

床に倒れ伏す人々に一瞥もくれず、細めた瞳の空色には同情も驚きもなく、

不思議な静謐さを纏う花の裾を摘んで少女は一礼をくれた。

 

(ああ、……やっぱりそうだ)

 

「ベラ様からお聞きしておりました。貴方様が巫女の遺志を継ぎ、

過酷な運命を歩み始めたこと……胸中をお察しいたします」

 

花の庭園の守護者像の前で耳にした、心を見透かすような柔らかい声の響きだ。

 

「守護者様───無礼を承知の上でお聞かせ願いたいのですが」

 

 

彼女は静かに首を横に振る。

 

「名前で良ろしいのです。差し支えなければロザリーちゃんと」

「あ、……え……?」

 

 

反応がイマイチだったのか小さく首を傾げ、

横からベラがこそこそと何か耳打ちしたかと思うとロザリー様は改めて首を振る。

 

(…………この二人どういう関係なんだ、というか)

 

床に伏せるエルフ達を見渡しながら、真剣な瞳で彼女は語り始めた。

 

「いえ。言わなくても分かります……彼らに何が起きたのか───

ボルダ様の意志に呼応して発動した力についてですね?」

 

まあ、大方ベラが僕の心を読んだのだろう。

 

「え、ええ……僕が『やめてくれ』と願った瞬間皆が倒れてしまって。

力というのは、呪いに呑まれてしまったということなのですか……?」

 

 

ロザリー様は白く細い掌をこちらに向ける。

 

「言葉で尽くすより見て頂く方が早いでしょう。

ボルダ様、貴方様の持つ神器……双弓と冠杖をこちらへ」

 

そう言って、僕の持つ二つの神器の淡い輝きにそっと触れた瞬間───

 

「幻魔顕現。知識の冠(ヒエロス=ドメディ)」

 

 

凛とした声で唱えた刹那、神器が共鳴するように翠色の光を激しく明滅させた。

「これは、…………!?」

 

僕の足元に伸びていた影が意思を持つ実体のようにうねり、

膨れ上がった姿は、比喩でなく立体的な実像を結び───

 

 

『フン、待ち兼ねたぞ……風の巫女と先代の血を継ぐ者よ』

 

赤い肌に浮かぶ眼光、四本腕を組み空中に胡坐をかく、

さながら悪魔のような男が姿を現した。

 

『…………悪魔ではなく幻魔だ。我が名はドメディ。

精霊の風(ウェンリル)の導き手にしてロトの「知識」の盟主なり』

 

 

敢えて言うならば尊大な大神官のような威光、

幻魔と名乗る影に半ば気圧されながらも僕は問い返す。

 

「ドメディ、……あの時僕の意志に応えた声は貴方なのか?」

 

 

ジエラ様の呪いを引き受けんと月光双弓に願ったあの時、

脳内に響いた声は目の前の幻魔が発するものと同じものだった。

 

逞しい顎に一本の腕を当て、ふっと低い息で不敵な笑みが返ってくる。

 

『いかにも。「戦」とは知恵を持つ者同士の不和そのもの。

敬虔たる忠義(ナツァク)はその憎悪の側面を制御する祝福に他ならぬ』

 

 

ドメディはまた一本の腕を動かし、床に倒れる一人の男の頭上を指し示した。

 

『同胞達の不和を鎮めることを強く望んだ其方の意志は……

言うなれば「憎悪に抗う憎悪の戦」。血に宿る厄災の性が反転し形に成ったというわけだ』

 

火種を介して引き受けた呪い、母様の命を引き換えに受け継いだ祝福───

 

「僕の意志と血が……本来の性質を逆転させた、と?」

 

ふと振り返ると足元で倒れるリリとメロの姿が映った。

それが可能なら、彼らが戦意を喪失し気絶した事にも説明が着く。

 

 

辛うじて追いついた理解がもたらす痺れか、

或いは未知に触れた好奇からか、震え出した自分の両手を見つめてみる。

 

(不和を鎮める意志、……憎悪に抗う憎悪の戦)

 

それは集落に迎えられ間もなく知識を求めて本にかじりついていた僕が、

自らの内で最も望んで探し続けた「平穏を守るための知識」だったのかもしれない。

 

目の前の四本の腕は優雅に水平を保ち、

黒の瞳は思考の奥を覗き込むようにしっかり僕と合わされていた。

 

『其方の意志は彼の錬金術師に勝るとも劣らぬ適性を持っておる。

もはや凡百のエルフが一生をかけても到達できぬ領域に足をかけておるのだ』

 

ぐっと地に立つ両足に力を込める。

 

そしてかつて呪った羽の無い背中、弱く不完全な僕の身体だからこそ、

その重みを肌身に感じ取ることが出来るようにも思えた。

 

「適性、……僕の意志が皆の意識を……

これはいつまで続く?彼らはこのまま目覚めないのか?」

 

『案ずるな。其方の制御が解ければ何事もなく目覚めよう

───ただその様子では意のままに操るには不十分であろうな』

 

 

声は一段と低くなる。

 

『大恩に報いんとする願い……それが如何なる強き忠義に基づくものであろうと、

其方は其方自身の心をまるで理解しておらぬ。其方の内に在る知恵の正体を』

 

「僕の……僕自身の、心?」

 

『自ら迷い知るが良い。亡き者の遺志と祝福を継ぎ…………

一人地を踏み知識の運命を往く旅人、当代の「風の導き手」よ』

 

 

ジエラ様を御守りし、恩に報いたかった心に嘘はない。

 

けれどそれだけでは不十分だというなら、

僕の忠義と献身の裏側にある何かが未熟なまま燻っているのだろう。

 

『知識とは尊厳たる知恵と敬虔たる理性を繋ぐもの───

己自身の心と向き合い進むが良い。それまでは我が力を貸してやろう』

 

 

(己の、……心と)

 

胸に手を当て、ロザリオに宿る火種の輝きに触れる。

 

光の照らし出す影の正体は、自分自身の進むべき運命の道なのかもしれない。

 

母様から受け継ぎ血に宿る意志が、

手に握る神器に共鳴して告げているように思えた。

 

この火種は単なる呪いの連鎖などではなく、捻れた世界の理を正すものであると。

 

「火種、……そうだベラ、さっき詳しい話するって───」

 

 

ロザリー様の隣に目をやるも姿は無く、

何やら図書館の隅っこでひいひいと縮こまる紫髪が映る。

 

 

「……何やってんだお前」

「うぅ、ドメディ先生怒りんぼだから苦手なんだよ……」

 

『……何。そこに居るのか?妖精ベラ』

「ひいぃごめんなさい!悪霊退散!!」

 

「「…………」」

 

とりあえず後で関係性を問いただしてみるとして、

ドメディの姿や声は認識できても直接会話ができるのは僕だけのようだ。

 

 

「火種の件は私からご説明します。

ボルダ様、錬金術師ベルンドについてはご存知でしょうか」

 

儚げに澄んだ空色が僕を見る。

 

「はい。母様と……ジエラ様と集落を治めていた僕の父、

僕にこの月光双弓と火種を遺した錬金術師だと聞いています」

 

「仰る通りです。そして先程ドメディの言ったように先代の幻魔使いであり……

この図書館の設計者。ボルダ様が生まれる少し前の事です」

 

静かに僕の隣へと歩み寄るロザリー様。

ドメディの威圧感とは対照的に、彼女の纏う空気は春の陽だまりを思わせる。

 

「…………ロザリー様、お聞きしてよろしいでしょうか。

なぜ彼と彼女が、人間とエルフが手を取り集落を治めていたのか」

 

 

冠杖を床に付く僕の問に、ロザリー様は短く息を吐く。

 

「ドメディの言葉通り、神器は使い手の意志を映す鏡……

抱く不安も迷いもすべては誠実であることの証明。貴方様には知る権利があります」

 

 

己の心と向き合うこと。世界の真理を知ること。

それがどんなに重くのしかかろうと、僕はもう目を逸らすつもりもない。

 

「どんな運命でも受け入れます。僕は戦わなければならない」

 

母様がくれた贈り物を、ただの呪いで終わらせないために。

 

「…………ボルダ様、場所を変えてお話ししましょう。

集落の歴史と長の遺志が、この世界で何を成す為のものなのかを」

 

 

「ちょっと待った!先にこの冒険の書を受け取って、ボルダ」

 

気付けばベラの両腕には一冊、分厚い書物が抱えられていた。

革表紙には大きな鳥のような紋章が描かれている。

 

(お前いつの間に復帰したんだよ……)

 

「今からロザリーちゃんの授業が始まるからよく書き留めるように。

生きる伝説の語り部のありがた〜〜いお言葉なんだから」

 

(そんでお前が説明するんじゃないのかよ……)

 

なぜか自慢げにふんと威張るベラに無言の突っ込みを入れつつ、

ロザリー様の案内を受け、古文書や呪文書の並ぶ図書館の回廊の奥へ歩き始める。

 

「うるさい!わたしは補足する役なの!

ドメディ先生みたいに授業なんてできないし、なんなら聞いてるだけで眠くなっちゃうし」

 

「ベラ様。図書館では静粛に」

 

 

♢ 妖精図書館:オーブの祭壇

「精霊のオーブの祭壇、かつては神鳥の祭壇とも呼ばれていたもの。

倒壊した遺跡から台座を図書館に移し替え保護されています」

 

道中聞いたロザリー様の話によれば、この図書館は「誰にも見えない」性質を活かし、

オーブと呼ばれ精霊の祝福によって輝く宝玉を安置する施設でもあるらしかった。

 

「……ロザリー様、ここに祭壇が?」

 

 

辿り着いた書庫の最奥、一見すると本棚以外にそれらしきものは見当たらないが───

 

「本棚に冒険の書を差し込んでみて。大事なものを隠す仕掛けってやつだよ」

 

ベラの指し示した本棚、その裏から僅かに風を感じる。

言われた通り一つ抜け落ちた棚の隙間に先程渡された冒険の書を挿し込んだ。

 

「!」

 

ガコンと重々しい音と同時、感じていた風の抜け道がより確かな軌道を示し始める。

 

(隠し扉……図書館にこんな仕掛けが)

 

冒険の書を本棚から抜き取り、その裏に開いた空間へと恐る恐る踏み入った。

 

そこには輝きを失った六色の宝玉を載せた台座、

それに囲まれる石造りの円に大きな鳥の紋様が刻まれている。

 

「集落とともにオーブの祭壇を護るため……

図書館の設計者であるベルンドは、来る呪いの予言から防ぐ施設を考えていたのです」

 

 

「ロザリー様、……その予言というのは」

 

突如嵐が吹き荒れた昨夜のこと、

魔物や凶暴化した精霊の森が集落を襲ったあの異変のことだろうか。

 

「お察しの通りです。彼によればその予言は大魔王の呪いと呼ばれ

───神代より永く続いた光と闇の衝突の歴史を裏付けるものだと」

 

ロザリー様は祭壇に立ち、一つの台座に載る緑のオーブに手をかざし僕に目を向ける。

 

「ボルダ様、ここにお呼びしたのは貴方様の血に宿る祝福の力を借りるため。

緑のオーブに再び光を灯す儀式の手助けを頼みたいのです」

 

「再び、ですか……分かりました」

 

 

合わせて僕が空いた片手をかざすと、ロザリー様は目を閉じ何かを唱え始める。

 

「エルフの民は自然と風を愛する種族なり。どうか風の精霊よ───

忠義と純血(ハイエルフ)の意志に応え美しき祝福の光を解放したまえ」

 

詠唱の途切れた刹那、彼女の指の隙間からオーブが淡く翠光を放ち始めた。

 

「…………!」

 

「純血(ハイエルフ)だけが使える復活の呪文です。

そしてこの儀式は風の巫女の血に宿る忠義(ナツァク)の祝福あって初めて成立するもの」

 

「とすれば、本来は……母様一人で行う儀式だったのですね」

「…………ええ」

 

小さく零した彼女の声に視線を上げると、どこか哀しそうな空色が僕の顔を映している。

 

「私達がベルンドから預かった予言を以てしても……

オーブの祭壇から祝福の光そのものが、精霊に奪われるとまでは予測し切れませんでした」

 

 

「…………『精霊に』?どういう事でしょうか」

 

「用事が終わればお話する約束でしたね。改めてお伝えします───

昨夜のあの闇の中……集落を含めこの世界に何が起きたのか」

 

ふと隣を見るとベラが「メモを取れ」と言わんばかりに、

ちょいちょいと僕の手元を指さして送られたメッセージを受け取る。

 

「記録する準備は出来ました。お願い致しますロザリー様」

 

「お二人共、……なんだか見事に息が合っていますね」

 

なぜか少し羨ましそうに顔をしかめたロザリー様、

その隣で下世話にベラの細めた浅葱色に少しイラついたが何も言わないでおいた。

 

 

…………

 

 

「…………エスターク、ですか」

 

集落が襲われたあの夜、地上に起きた大戦。

闇の精霊と名乗る存在に呼び覚まされ、地獄の軍勢を率いた旧き進化の帝王───

 

「私達の生きた時代、マスタードラゴンの治めた天界に住まった天空人と争い……

錬金術の知恵を使い強欲の禁忌に手を染めた魔族の王の名です」

 

 

彼女の語り口調は気丈なものであったが、

どこか恐怖を思い出すまいと遠くを見つめながら続けた。

 

「ロザリー様、闇の精霊というのは……知恵を司る世界樹の祝福の主だと」

 

「仰る通り、光を司るルビスと同格の片割れであった大精霊ルミナズール

───本来魔界の闇の瘴気が地上に及ばないよう閉じ込める役目を担っていた存在です」

 

 

永く続いた「勇者と魔王」の対立の歴史を魔界ごと閉じた主であり、

彼女はオーブの祭壇から祝福の光を奪い去り闇の力に転じさせた元凶でもあると。

 

「先程申した通り、妖精は精霊の眷属。その姿を見る事が出来るのは」

 

「主たる精霊か、その祝福を与かる巫女か……

精霊や妖精の司る元素を操る錬金術師のみですね」

 

 

僕と母様だけがベラや図書館を視認できたのも、この理由によるものだ。

 

「ええ。大戦の首謀者がそれこそ妖精の上位たる精霊であるならば、

図書館の不可視性を突破する事など容易い事でしょう」

 

「しかしなぜ世界樹の主要な存在が、神に反旗を翻すようなことを……」

 

「私にも判りません。しかし集落からピサロ様を奪った意図は……

考えたくはありませんが、大戦の延長であるとすれば大方予想が着いてしまいます」

 

 

魔族の剣士、ロザリー様と二人で一柱の守護者として花の庭園を護っていた人物。

あの夜まで石像として保存されていた封印を解かれ、大戦の最中闇に堕とされたという。

 

「ロザリー様、僕の記憶が正しければ彼は……貴女の」

「…………ボルダ様。ご存知だったのですね」

 

遥か昔、互いに恋した剣士とエルフの娘。

人間の強欲に狙われ娘は命を落とし魔族の剣士は憎悪に狂った。

 

千年に一度咲く花が再生を授け、娘の流したエルフの涙が剣士の心を呼び覚ました。

 

この集落に来て間もない頃、図書館の古文書で読んだ天空の旅人の物語だ。

 

姿こそ少女ではあるがその記述にあった通り、

間違いなくロザリー様は古い昔に生きたエルフの種族だった。

 

「私の片割れである守護者……ピサロ様は剣士として武を振るい、

地上に押し寄せた軍勢を撃ちはらい大戦の余波から集落を護っていました」

 

 

彼女は深い哀しみを湛えた瞳で静かに声を零す。

 

「マスタードラゴンの手によってエスタークの封印には成功しました。

しかし、……闇の精霊ルミナズールは地上に呪いを残した」

 

堪えていた恐怖が再び顔を覗かせ、肩を震わせたままロザリー様は続けた。

 

「ロトの神器を操り……魔界の呪いを集え増幅させた四の厄災に堕とした。

守護者であったピサロ様は私を庭園へと逃がし闇の空に飲まれてしまった」

 

(…………)

 

ジエラ様の身体を乗っ取り、嵐を振り撒き冠の厄災と名乗った戦の使徒。

僕が戦い引き受けた呪いは剣士を飲み込んだ闇の呪戒の末端に過ぎないらしい。

 

「質問続きですみません。ピサロ様を飲み込んだという闇は……

僕の知る知識が間違っていなければ、エスタークと同じ強欲の禁忌とされる物では」

 

 

僕の読んだ古文書には続きがあった。

 

「そう、旧き魔族達が錬金術の知恵の到達点と崇めた禁呪……

『進化の秘法』と名付けられ、かつてピサロ様が堕ちた罪の象徴です」

 

種の限界を、果ては神を越えんとするその存在を『傲慢』と見兼ね、

マスタードラゴンは地上に攻め入るエスタークを秘法ごと滅ぼすつもりだった。

 

ただその根絶には至らず、悪しき錬金術師により秘法は再び魔族の手に。

 

最終的に天空の旅人達の手によりエスタークは討たれ、

進化の秘法の鍵である黄金の腕輪は後世の旅人によって跡形もなく溶岩に融けたと。

 

 

「しかしベルンドの受け取った予言は───

黄金の腕輪が何者かにより復活し、地上に再び光と闇の大戦が起こるというもの」

 

ロザリー様はこうも言っていた。

 

錬金術とは四大精霊とその眷属たる妖精の司る元素を操り、

その果てに世界樹の祝福の主たる創造に至ることで「永遠」を求める知識の実践。

 

父ベルンドはそれを奪わんとする者達の悪の根を絶つべく、

予言の未来を回避する策を探して旅をしていたと。

 

「…………その予言の元凶となる『何者か』が、闇の精霊だったと」

 

「事実として、禁忌とされる進化の秘法も本来は創造に至る大秘法の一つ。

それが知恵の闇と……ルミナズール自身の意志と共鳴し、復活を遂げた」

 

 

理屈は理解出来るが、動機となる部分については一切理解できない。

 

『其方は其方自身の心をまるで理解しておらぬ。其方の内に在る知恵の正体を……

知識とは尊厳たる知恵と敬虔たる理性を繋ぐもの』

 

先程ドメディの語った声の記憶が蘇り、同時にもう一つ───

 

『知識という力は……心という器がなければ転じて毒となる。

内なる歪みを見逃すな。剣を振るう時己が何を守らんとしているかを忘れるな』

 

あの朝庭園で聴いたロザリー様ともう一人の剣士像、恐らくはピサロ様の声。

 

 

(……彼は一度堕ちたからこそ、知恵の闇の側面を理解していたのか)

 

「守護者として私の賜った、そして大戦において知り得た知識はここまでです。

冒険の書に書き留めて頂けましたか?」

 

「はい。ピサロ様の言葉を思い出して大切な事にも気付けました」

「…………何よりです。ボルダ様」

 

 

そして、だとすれば精霊の巫女やロトの神器は、

ジエラ様やピサロ様以外にも三つの地で闇に飲まれたという事になるが。

 

「最後に一つ……貴方様に伝えなければなりません」

 

「ロザリーちゃん。これの事だよね?」

 

 

視界の隅に再び現れ、ふよふよと羽をはためかせこちらを伺うベラ。

その両手には封のされた一通の古い書簡が持たれている。

 

「ベラ様から受け取って下さい。来るべき予言の日に先立ち、

巫女が私達に……ボルダ様への想いをしまい込んだ手紙です」

 

(母様が、僕に…………?)

 

ベラは首を振るでもなく、ただ希望を託すように僕の瞳を見つめ書簡を手渡してきた。

 

「言うなれば彼女の遺書。伝えることが叶わずとも……

巫女はただ祈りを文字にして、いつの日か貴方様に届くようにと願った」

 

微かに震える手でそれを開くが、一見それは白紙の手紙のようだった。

 

「貴方様だけが読めるように書かれた文字でしょう。

巫女の血を継ぐ者の持つ、遥か見通す『双月の眼』を以てすれば視えるはずです」

 

 

『双月よ。遥か見通す月の眼よ』

 

 

ロザリー様の声の後、母様と最期に語らった記憶が蘇る。

 

「!───」

 

それと同時に白く輝いた視界、

その先で白紙だった手紙に浮かび上がってきたのは、確かに母様の筆跡だった。

 

 

 

 

ボルダ。私達の愛する男の子へ

 

 

私は幼いあなたを森へ残してしまった。

 

エルフの涙を魔族に売り渡す強欲な人間に、三人の中で羽の生えた私だけが狙われた。

 

 

ベルンドはその者達からあなたを森へ逃がし、彼が集落に帰ることはありませんでした。

 

あの人だけは、エルフの民を愛してくれていました。

 

 

あなたを私達が探して見つけ出すまで、どうか無事で生きていて。

 

あなたを守れなかった母親を憎んでも、どうか人間を憎まないで。

 

 

もしも再びあなたと会えたなら……

私はその時母親でなくとも、集落の長として必ずあなたを守るから。

 

人間の友である妖精と、愛するあなたがきっと喜ぶ秘密の図書館を作りましょう。

 

 

ボルダ、私達の愛する男の子。

 

いつまでもあなたの無事を祈っています

 

───風の巫女、女王ジエラ

 

 

 

 

最後の文字から、目が離せなかった。

 

「ジエ……ラ、様」

 

 

その名前の文字が紅い雫で滲む度、彼女と過ごした日々の記憶が、

時折見せてくれた「母親らしい」笑顔の一つ一つが鮮明に蘇ってきた。

 

ベラに口止めしていた理由も、きっと僕が母親を恨んでいると思っていたからだろう。

 

「…………ボルダ」

 

守ってくれたじゃないか。憎いはずがないじゃないか。

 

「貴女は……っ、……最後まで、最高の母親だったじゃないか」

 

僕の成長を喜ぶように優しく頭を撫でて、誕生日に掛け替えのない贈り物をくれて、

僕の流した涙を「幸せだ」と言ってくれたのだから。

 

「ボルダ様……」

 

僕が今も変わらず最も許せないのは───

貴女から父を奪い、僕から貴女を奪った世界の運命そのものだ。

 

 

「ロザリー様……母様は、それにメリーヌさんは、もう目を覚まさないのでしょうか」

 

「風の精霊の加護を受け生まれた種族、エルフは死しても腐ることはありません。

自然と一つに生きる霊性の強い身体を持つ為、…………ですが」

 

彼女は目を逸らしかけつつも、恐らく努めて誠実な返答を尽くそうとしてくれた。

 

「裏を返せばそうであるが故、失われた魂を呼び戻すことは……

呪文や薬といった通常の手段では叶いません。巫女も、あの双子の母君も」

 

「……そう、ですか」

 

 

けれどそう言う空色の瞳からは、希望を捨てたような陰りは感じなかった。

 

「黙って受け入れる気は毛頭ありません。長い時を共に過ごした巫女も……

彼女が愛した集落の人々も、私の願いだけではなく等しく護るのが守護者の役目」

 

「……ロザリー様」

「今は考える時間を下さい。貴方様の前で無責任な事は言えませんので」

 

 

気休めでも希望的観測でもなく、今はただ共に悩む事を選んでくれたのだろう。

 

特に不確実な未来を歩む僕にとっては、

そんな彼女の言葉一つ一つがこれほど信頼に足る響きを持って届くのだろう。

 

 

「お心遣い感謝します。それとロザリー様、

残る三柱の神器と四の厄災……ピサロ様を奪った闇の精霊についてですが」

 

「その件ですが、……本当に貴方様お一人で探しに行かれるのですか?」

 

 

心配そうな彼女の背中から、続けてひょこっと浅葱色の目が開かれる。

 

「ロザリーちゃんの気持ちもわかるけど……

今のところ呪いと戦えるのはボルダだけ。わたし達は正直力になれない」

 

「同感です。ベラ様に正論を言われると悔しい気もしますが」

 

「なっ……どういう意味?!」

「言葉のまま受け取って頂いて問題ありません。私にも不満くらいありますので」

 

 

(…………)

 

ジエラ様と錬金術師ベルンド、両親の遺志

───『予言』に定められた未来を現実のものとさせないための旅。

 

確かにベラの言う通り厄災に立ち向かえるのは、

両親の血と神器、「風の導き手」として共鳴する意志を持つ僕だけだ。

 

「うぅ、でもあの子達だって最初はそうだったよね……

旅の先で仲間が見つかればいいんだけど」

 

 

「…………仲間、……あの子達?」

 

肩を落としつつ零したベラの言葉に、どこか聞き慣れない引っかかりを感じた。

 

「あ、……ごめん忘れて。わたしが言いたかったのはさ」

 

 

鈴を転がすようなベラの声は、珍しく真剣な色で紫の髪を揺らしていた。

 

「妖精達は見てきたの。冒険の書の旅人達はいつだって一人から始まる。

そしてみんな……旅の中で同じ運命に立ち向かう仲間を見つけるの」

 

 

それは御伽噺のような、古い歴史の勇者の物語。

 

ベラやロザリー様が見守ってきたという天空の旅人、

そして神代より闇の運命に抗い神器を守り抜いたロトの旅人達が歩んだ足跡。

 

「魔王に立ち向かうとき、勇者は決して一人じゃなかった───

誰よりも強く光を放つ意志で、誰よりも強く仲間を信じて戦ったの」

 

 

真っ直ぐな声色の裏に、誇らしくもどこか寂しそうな、

もう会えない誰かとの記憶を辿るような切なさが混じって聴こえた。

 

「…………まあ、そうは言ってもわたしは足手まといだけどね。

火種はもうきみが持ってるから松明係もこれでお役御免だし?」

 

(…………ベラ)

 

 

考えてみれば、外の世界を知らない僕達の知識だけでは、

厄災を追う旅に待ち受ける困難に立ち向かうには心許ない。

 

それに今更僕だって、いつまでも他人を疑って意地を張るつもりもない。

 

「今は一人でも仕方ないが、やってみる───

出会う人々に話を聞いてきっと仲間を見つけてみせるさ」

 

「うん!それと…………必ず無事で帰ってくること。いいね?」

「ああ。ジエラ様に誓ったところだしな」

 

ふっと満足げに微笑んだベラの隣、

ロザリー様も安心したのか胸を撫で下ろし僕に笑顔を向ける。

 

「ボルダ様。庭園の水やり当番は私達にお任せ下さい。

巫女やピサロ様から預かった集落の生命を絶やさぬため力を尽くしましょう」

 

 

毎日の水やり当番、即ち風の精霊の森の土に聖水を遣る作業は、

地下に張り巡らされた神木の根の生気を絶やさぬためのものだという。

 

(……精霊と妖精の恵みの神木、『エルフの飲み薬』の源か)

 

エルフ達はその返報として、花の庭園に実る作物や花々はもちろん、

森に生える薬草の生命力を借りるという互恵関係を続ける事が出来ている。

 

「はい。元より守護者として見守ってくださった貴女がいれば心配ありません」

 

「…………え、ちょっと!『私達』って言ったよね?わたしは?」

「ええボルダ様。ベラ様のお守りと見張りもお任せ下さい」

 

 

何やら不服そうな妖精を尻目に、ロザリー様は改まって目を合わせる。

 

「『暴食』を原理とする四の厄災は大戦が起こるより遥か昔から存在したもの。

いえ、或いは……世界が生まれるよりも前から」

 

 

そして次の行き先は、ルミナズールに凶星の意志を与えられた四の厄災の内、

『暴食』の原理に最も近く古くより危険度の高いとされる厄災───

 

「…………飢餓の鎧(アガレス=アグニース)。

砂漠の神器にかけられた呪いが最優先でしたね」

 

「ええ。しっかり書き留めて下さったようですね」

 

「その芽の若い内に摘み取ることが可能なら……

真っ先に食い止めるべきだと。きっと父ならそう考えるはずです」

 

 

錬金術師ベルンドの救世の旅は、志半ばで途絶えたのかもしれない。

 

しかし僕にとっては、終わってなどいない。

 

「ボルダ様、力添えと言ってはなんですが……

次の行先について、私の知る人物についてお伝えしておきましょう」

 

「助かります。ロザリー様」

 

母様の生前に果たせずじまいだった僕の「恩返し」は、

両親の血と遺志を継いでようやく始まったのだから。

 

 

「炎の宮殿の王、砂漠の国を治める人間───

エルバ=メヘトを訪ねて下さい。地上に残りベルンドを知る数少ない一人です」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。