DQ外伝─錬金術師と巫女の予言   作:Sephi&ロト

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第二幕、一節

♢ 砂の王国

住み慣れた街が戦場と化して、どれくらい経っただろう。

 

燃えるような夕焼けは嵐吹く砂に色彩を奪われ、

陽気な酒場の音楽や隊商宿の賑わいは人々の怒号に塗れ───

 

「はぁ、…………はぁっ」

 

星のまたたく夜空とは似ても似つかない、どす黒い闇が眼前の宮殿を見下ろしている。

 

 

事の初めは丁度こんな闇が、夜の街明かりを一層暗く飲み込んだ時。

 

オアシスの水辺、噴水広場を包んだ不気味な静寂、

砂岩の壁でうたた寝をしていた兵隊さんが遠くからの号令に目を覚ました。

 

「敵襲だ!!目視数十、数百の群れが砂漠から……!!」

 

アタシは避難する人々に少し遅れて理解した。

 

真っ黒な空や街中に入り込んだ大きな鳥や獣の群れ、

一挙に攻め込み混乱する王国を襲い始めたそれは、「魔物」の類であると。

 

「兵隊さんっ、お父様は?!結界は万全のはずじゃ……!!」

 

「あ、あんたさっきの踊り子か、早く逃げろ!

原因は分からないが結界は機能してないんだ、……くっ!!」

 

対峙する兵隊さん達の間をすり抜け、

魔物達は民家にまで押し入ろうとしていた。

 

 

「……タシだって、アタシだって戦える!お父様の国で好き勝手はさせないっ!!」

 

顔を覆うベールを捨て、辛抱たまらずアタシは駆け出した。

 

「あっ、おいあんた、危な……!!」

 

通りすがる静止を横に、民家空中に群がる合成獣(キメラ)目掛け飛び上がり、

大きく息を吸い込みイメージした燃え盛る息吹を一直線に放つ。

 

「はぁっ、……!!」

「「!?ギャアアアア!!」」

 

 

火に巻かれてバタバタと煤けていく羽の群れを確かめ着地し、

あんぐりと口を開く兵隊さんに一言「秘密ね」と残して次の敵襲を迎えに走った。

 

 

身動きの取れないほどに市街地を埋める交戦を巻き込まぬよう、

空を覆う闇に紛れて敵を討ちつつ家々の屋根を駆け移る。

 

(……なんだっけこれ、ニンジャみたい)

 

そんなアタシの眼下を巡る戦いの景色は、後衛に人々の避難を任せ、

少数の重装歩兵が手分けして大小の蟲や獣やらを着実に鎮圧していく様。

 

それもそのはず、人間の国を舐めてもらっては困る。

 

「砂漠に誇る精鋭達よ!我等が王エルバ=メヘトの名に恥じぬ戦いを!!」

「「おおーーっ!!」」

 

(アタシも頑張らなきゃ……にしてもほんと、キリがないなぁ)

 

武力でいくら優勢とはいえ、長引かせる訳には行かない。

外から押し寄せる魔物達の数だけはそれこそ一国の軍隊に匹敵するだろう。

 

くっと息を飲んで脚を強め、アタシは市街の交戦を皆に任せて王国の塀を目指した。

 

「押し負けるな!!これ以上城下町に入られてはたまらん」

「近衛団を侮るな、数をたのもうが貴様ら獣に負ける我等では無いわ!!」

 

───そう、人間達は強いのだ。

アタシを育てたこの国は、押し寄せるどんな恐怖にも負けない「勇気」をくれた。

 

「もう少し頑張ってみんな、アタシも負けないから……!!」

 

 

屋根から壁を飛び越え、胸元から浮いた首の勾玉を掴み、

塀の外で一斉にその火光を見上げた魔物の群れに飛び込みながら大きく叫ぶ。

 

「ベギラゴンッ!!!」

 

メラメラと灼ける地面から上がる砂埃、人ならざるものの断末魔の傍らに降り立つ。

 

(これでしばらく増援は街には入れないはず、

……ちょっとやり過ぎたかも。衛兵さんたち巻き込んだりしてないよね)

 

 

炎の隙間を駆け抜けて塀の中に戻った先、心配していた衛兵さん達はまず無事だったが、

彼等を含め門の内側で人々の目がざわっとこちらに集まる。

 

「「おおっ、…………」」

 

そりゃ驚いただろう、しかしそれは平然と生還したアタシに向けてではなく───

 

「助かったが、そ、その…………平気なのか?服」

「うん!へーきへー、───へ?!」

 

 

咄嗟に両手で身を覆うも、肌には布一枚も見当たらない。

 

「あ、あ、違っ……〜〜〜〜!!」

 

 

「何を見ている!早よ替えの服を持ってきて差し上げんか!!」

「「は、はっ!!」」

 

ああ情けない、先程までの勇気はどこへやら。

 

落ち込む余裕もなく身体を守りへたり込んでいると、

周りに睨みをきかせながら隊長らしき女性がやけに優しく応急用の布を着せてくれた。

 

「馬鹿ばかりで本当にすまん。立てるか?」

「う、大丈夫……それよりみんなは」

 

 

コテに覆われた女性の手を借り立ち上がって見渡すと、

疲弊してはいるものの兵隊さん達も避難中の住民もちゃんと無事な様子だった。

 

「改めて礼を言おう。報告を聞けば他の隊でも数人助けられたようだしな」

「あはは……全然秘密にしてくれてないじゃん。みんな」

 

ニンジャだっけか、聞いて呆れる。

目立たず活躍なんてアタシには向いてないのだろう。

 

「ふっ。名声が邪魔なら名は聞かないでおこうか……

王国近衛団長のギーメルだ。覚えておいてくれ」

 

「こちらこそ丁寧にありがとう。アタシは───」

 

 

吐いた息も束の間、遠く捉えた景色に肌が総毛立った。

 

「な、に……あれ…………?」

 

 

気づけば純黒を潜めた空の下、高低さまざまな家々の屋根の向こう、

王国で一番高い建物の上空だけが大きな闇に覆われていた。

 

「なんだあれは……霧?王の、宮殿が」

 

馬鹿はアタシだ、話している暇なんてなかったんだ。

 

「お父様っ…………!!」

「待て、行く気なのか?!あんなもの相手に」

 

「アドリーっていうの、……お父様の国をよろしくね」

 

「…………!!」

 

返した名乗りに驚く彼女へ最後ににっと笑顔を送り、

振り向いた視線を再び直して、布をぎゅっと羽織り一直線に駆け出した。

 

 

「はぁ、───はぁっ」

 

そして今、眼前に至りついた宮殿の門を目掛け走るアタシが捉えたのは、

倒れ伏す二人の門番と半開きの扉の隙間から漏れる闇の残滓。

 

「大丈夫?!ねえ、キミたち」

 

「「お、王……我等が……王」」

 

駆け寄った二人の様子は、気絶というよりは眠らされたように、

悪夢にでもうなされるかのようにうわ言を繰り返し呻いている。

 

(お父様が危ない、……急がなきゃ)

 

キッと睨んだ扉を押し開き、小さく放った「ごめん」の声は胸にしまって宮殿の中へ駆け入る。

 

 

♢ 炎の宮殿

最初に映ったのは鳥を象った赤い絨毯の装飾、明かりの消えた燭台達、

次に見上げたアタシの双眸には天井ではなく───

 

 

『おや、これはこれは───王様もウソがお好きなようですねェ』

 

 

見慣れない影、それはまさに文字通り「影」を体現するような姿だった。

 

霧を集めたような黒雲に乗り、大きな体格は肌と言うべき部分までがドス黒く、

不気味に浮かべた笑みの上に中東風の羽根帽子を被った人型のなにか。

 

 

「だ、誰キミ……!お父様に、王国の結界に何をしたの?!」

 

『開口一番質問攻めですか。教育がなっていませんよォ?王様』

 

 

耳に粘り着く嫌な響きの宛先はアタシではなく、

はっと見開いた薄暗い視界の奥で杖を振り翳すお父様に向けてだった。

 

「下がれアドリー、此奴の狙いは其方だ……!!」

 

『やれやれ、凝りもせず……構えるとは失敬しちゃいますねェ。

ワタシは王族仕える砂漠の神の召使い!アナタ方のミカタですよォ?』

 

 

胡散臭い召使いを待たず、仮面の奥から張り上げる声が広間に響く。

 

「鏡よ、真実を映し戒めを理と為せ───

其は鎧にして火星の目(ゲブラ=マーレス)!!」

 

刹那、弾けるような白光が視界を割いたと同時。

 

「!お父様…………っ?!」

 

その視界ごとアタシの身体は宙に浮き、

動揺を身振り手振りで表そうにも、アタシの周りだけが見えない檻のように阻まれ動けない。

 

『タダでは取引に応じないと、なるほど!

要は代行者のアナタを無力化すれば手に入るわけですねェ……?!』

 

「試して見るがいい、直々に命じてやろう───

土足で我が国を荒らし娘の目を汚した貴様を死に処する」

 

 

目の前で火蓋を切った衝突、燃えるような怒声と砂塵の入り交じる戦いの傍ら、

その余波も届かない光の檻は何度叩いてもヒビ一つ入らない。

 

「……っ、……!!」

 

なんで、なんでアタシに戦わせてくれないんだ。

 

『あ〜〜お労しい!!由緒正しき火の巫女サマはいつから騙されてたんでしょうねェ?!』

「下卑た声で娘を呼ぶな、貴様に聞かせる話などない……ッ!!」

 

激しく明滅する景色、焦りと絶望がじわじわとアタシを焼く。

 

砂塵を纏う風の刃がお構い無しに柱を切り裂き広間を揺らす音、

お父様の操る火の呪文は悉く霧の中に消え、とても手に負えるようには見えなかった。

 

「ぐっ、……!!」

『ああ、それ無駄ですよォ?今更知らないとは言わせませんがねェ!!』

 

駄目だ、行かなきゃ、助けなきゃ───

 

「もうやだ、一人で戦わないで!檻からアタシを出してよぉっ!!」

 

 

アタシが強く叫んだ瞬間、だったと思う。

 

『んな……っ、───?!!』

 

 

目の前に巻き起こる嵐は、影の操るそれではなく、

砂塵や霧を掻き消す程に強く巻かれた暴風───

 

 

「……随分雑に飛ばされた矢先にこれか。人探しも一苦労だな」

 

はっと振り返った先、薄暗い広間に外から漏れる光、

耳に憶えもなく愚痴を零したような声が恐らくアタシだけに届く。

 

 

「キミ、は…………?」

 

同じく見覚えのない姿だった。

 

それもそのはずで、杖を持ち立っていたのは名前も知らない、

アタシ達の文化やら文明やらとは随分変わった格好に身を包んだ少年だったから。

 

 

『新手、えッ……エルフ?人間を助けるタチじゃあないでしょうがッ……?!』

 

「……知るか。言ったところでお前に僕の何が分かる」

 

 

苛立つようにざわめき始めた大気の音で、

少年と相対する影が先程よりも殺意を込めて攻撃の準備を始めた事が分かった。

 

「!───駄目っ、逃げて……早くッ!!」

 

『こんの、……邪魔しに来たンならサイッテーのタイミングですよォオッ!!』

 

必死なアタシは何処吹く風、怒れる影の思い切り放った砂塵の刃にも、

顔色一つ変えないどころか少年は身動ぎ一つせず立っていた。

 

『は、…………?!?』

 

 

影の零した声の真意は、

なぜ避けない、などという意味では恐らくなかった。

 

アタシだって理解出来なかった。

 

ただ立っていただけの少年の「杖」が独りでに突風を吸い込んで、

その頭上で残った砂塵が宙に弄ばれていたのだから。

 

上下交互に行き来していたアタシの視線がぴたりと、少年の方に釘付けになる。

 

「あぁ、……塵がいちいち気に障る。あまり母様をナメるな」

 

 

ああ、この子多分怒らせたら怖いんだろうな。

 

そんな些細な思いが途端に膨れ上がっていったのは、

目の前で冠を象った杖を付く彼の足元から嵐が砂を持ち上げ始めてからだった。

 

「……ひっ、……」

 

瞬きも叶わぬ間に視界を埋め尽くしたのは、一歩ずつ踏み出した少年が、

砂塵はおろか宮殿の絨毯すらも巻き上げる勢いで風を纏い始める景色。

 

『な、なっ、詠唱も無しに呪文を…………?!

あァもういい!霧が効かないなら王国ごと包んでやりましょうかねェ』

 

「「!」」

 

 

影の放った無数の影、実体を持たない闇は宮殿の窓一つ一つから飛び出し。

 

「───痛ぁっ?!」

 

見えない檻がいきなり解かれ、盛大に床へ尻もちを付く。

 

「お、お父様っ?!急に解かなくた、……って」

 

霧の晴れた視界に、床に倒れるお父様の姿が映る。

焦って駆け寄り呼びかけるも返事が無く、気を失っている様子だった。

 

 

「しっかり!お父様、ねえキミ……───居ないっ?!」

 

気づけば広間にお父様と二人ぽつんと取り残されている。

見ると扉が乱暴に開け放たれて、震えるように風が吹き抜けていた。

 

闇を追って出て行ったであろう少年を、アタシもまた追いかける。

 

「お父様待ってて、……もうあの子、訳わかんない……!!」

 

 

♢ 砂の王国

勢い良く門を抜けた先、住民や兵隊さん達の悲鳴でその足はすぐに止まった。

 

「お、おい!なんだあの空……?!」

「昨夜と同じ、いや……この国だけが……!!」

 

見上げれば最初に天を覆ったあの闇が、夕焼けに黒い大口を開けるように、

アタシ達の王国だけを包むかのように見下ろしていたのだ。

 

 

『ホホホッ!!良いですねェ、恐れなさい人間共…………

ワタシは使徒。鎧の厄災(ディス=アグニース)』

 

間違いない、粘り着くようなあいつの声が国全体に響き渡る。

 

『先に依代として巫女の身柄を頂戴するつもりでしたが。

手段を選んではいられませんねェ、アナタ方は選択を間違えた……!!』

 

 

ぞっと寒気がした。

あいつの狙いはアタシだと、お父様が叫んだ言葉が嫌な現実味を帯びる。

 

 

(あの時……アタシが檻から出てたら、あいつの依代に……っ)

 

『神の罰を宣告してやりましょう。人間の国は飢餓に見舞われる

───毎晩悪夢に苦しめた末……儀式の生贄にでもしましょうかねェ』

 

羽織った布越しに、身体の震えを必死に押し留めて叫ぶ。

 

「ふざけないで!!みんな眠らず魔物と戦ったんだ…………

おまえみたいなのに負けるわけないんだから!デブ!バカ!!」

 

 

ああもう、こんな時に限って良い悪口が出て来ない。

 

「ふっ、……くく」

 

誰だ今笑ったの、と真っ赤になりながらキッと視線を落とした先。

 

「言ってやれるじゃないか。僕が代弁してやる

───生憎遠くの的ほど当てやすい体質でな」

 

少年の番えた弓矢が天を狙っている。

 

『?!光ッ……何のつもりですか、生意気なガキ風情がぁッ!!』

 

 

それは夕焼けに輝く三日月のような、目の眩むばかりの翠光とともに。

 

「月影に霧と散れ。光降る五月雨(ミステル=セレネル)」

 

 

矢羽根が彼の手を離れた刹那、

耳をつんざく雷鳴を最後にしばらく聴覚を奪われていた。

 

「!っ……───」

 

 

両目が映したのは、地上から曇天を衝く雷が渦巻く黒雲の中心を射抜く様。

 

風が吹き止み、闇を晴らした夕暮れの空には、

輝く星を散りばめたように無数の光が弾け散っていた。

 

 

(…………ああ)

 

しばらくアタシはその光景に見蕩れていた。

「綺麗だ」なんて、幼い頃に初めて見た本物の星空と同じように。

 

 

「……い、……おーい。お前」

 

ようやく耳が拾った声、目の前でこれでもかと手を振られてはっとする。

 

「あ、あいつは?さっきの」

「使徒か。撃退しただけだ、……どうせ消えちゃいないさ」

 

何やら不吉なことを言われたが、不思議と震えはなく、

先程までの悪寒も風に攫われ吹き飛んでしまったのだろう。

 

 

気づけばアタシの意識は全力で、少年に集中していた。

 

「なんだ。さっきみたいに怖くないのか?」

 

翡翠のように磨かれた瞳。研いだ刃を思わせる銀髪。

 

「キミ、名前は…………?」

 

気の抜けたような無表情、耳を尖らせ俯いてふっと息をつき、

改めてアタシを捉えた端正な顔立ちは確かさっき聞いた───

 

 

「エルフだ。北西の森から砂漠の呪いを解きに来た」

 

「そうじゃなくてえっと、名前」

「?ああ、……なんだ、自己紹介なんて何十年ぶりでな」

 

 

出会いと呼ぶにはあまりに素敵で、これから先も訪れる事なんてきっと無い

───アタシはそんな運命を感じた気がした。

 

「僕の事はボルダと呼んでくれ。お前の名前は?」

 

「ボルダくん、…………アドリーっていうの。この宮殿の踊り子だよ」

 

♢ ♢

 

「ふ……踊り子、ね」

 

長く少し乱れた黒髪にちらりと尖った耳を覗かせ、

小さくも滾る火を赤く宿し僕を見つめる大きな瞳。

 

(人間じゃないな。ロザリー様の言っていた火竜族か)

 

精霊の火(アグニース)の眷属、純血であれば巫女の器となる種族。

 

言動や見た目にも凶星の意志に毒されたような気配は無い。

神器や幻魔の使い手か、しかし何故か布一枚で身を包む少女にそんな様子も伺えない。

 

 

「ええと、ボルダ……くん?」

「ん?ああすまん、ところでその格好寒くないのか?」

 

「!あっ、こここれは……体質?体温高いんだよねアタシ、あはは……」

 

突っ込み所は多いが只者ではないだろう。

安心しろベラ、お前らと約束した仲間探しは思ったより難航しなさそ───

 

「我が王は無事か!!!」

 

 

甲高い雄叫び、視界ごと揺るがす衝撃に、

得体の知れない膂力で轢き飛ばされた事を理解した頭は重力に従って落下する。

 

「───ごはぁッ?!」

 

「宮殿は……異常なしだと?!はっ、我が王……!!」

 

 

誰だ、なんで轢かれたんだ僕は。

 

歪む平衡感覚に追い打ちをかける疑問符に苛まれつつ床に蹲る。痛い。

 

『エルフの涙は宝石としていい金になるんだとさ』

 

唸りに紛れて過去の自分の声が脳を掠めた。

ああ、今なら最上級のダイヤモンドが一個は出せる自信がある。

 

 

「ボルダくん?!だいじょ…………っぷ、あはははっ!」

 

「笑うな!!少しは心配、痛ぃっ!」

 

大声も出させてくれないのか、貧弱体質め。

 

「くふっ、ごめんごめん……

さっきアタシの悪口笑ったくせに、……んふふふっ」

 

前言撤回、仲間探しは難航しそうだ。なんだこいつ。

 

「笑ってないで父親の心配をしたらどうだ!突っ込んで来たのが叫んでたろ」

 

「───はっ?!そうだお父様……待ってギーメルさん!」

 

 

唐突に血相を変え、開きっぱなしの宮殿に駆け込む背中。

 

忙しい奴だ。

あんなに笑っておいて急にそんな素直な顔をするな。

 

(……それはそれとして)

 

 

鎧の厄災、そう名乗った使徒の行方が気にかかる。

 

暴れられる前に撃退したはいいものの、致命傷は与えられなかった。

属性の異なる風の神器ではせいぜい火消しが関の山だ。

 

(アガレスの根、虚実(ゲブラ)の呪戒……

飢餓に抗うなら火の精霊の巫女と神器が不可欠)

 

図書館の祭壇から奪われ呪戒に転じたオーブの光。

 

ロザリー様とともに復元した「緑」同様、

残る五色に対応する巫女と神器の力がなければ祝福の完全復活は叶わない。

 

 

(……もう少しあの少女と行動を共にしてみるか)

 

使徒の言った「巫女」が彼女を指すならば、どの道放ってはおけない。

 

「痛っ、……あぁもう」

 

仲間探しついでに、関わりたくない人間は一人増えたが。

 

ふらつく足元を冠杖で支えつつ床から身を起こし、

宮殿に消えたアドリーの背中を追ってなんとか門をくぐった。

 

 

♢ 炎の宮殿

「!これは───?」

 

先程までの交戦は見る影もなく、絨毯から倒壊していた柱まで、

砂埃ひとつも立たない広間の景色に思わず目を見開いた。

 

「無事でしたか主君、巫女様も」

 

その数十歩先、さっき僕を轢いたであろう兵装から女性らしき声が聴こえる。

 

「ギーメルさん、アドリーでいいよ……

今その呼び方されると何だかゾワッてするから」

 

 

(…………)

 

言葉を交わす兵士と踊り子を両脇に、正面からの視線に意識を貫かれていた。

 

鏡を戴く杖を付き直立する紫黒の装束はその全身を余さず包み、

沈黙を保つ不気味な石膏の仮面の隙間から門に立つ僕を覗くような。

 

「名乗れ。我が国に踏み入る異邦の者」

 

冷えきった「王」の声には少なくとも、歓迎するような響きは籠っていない。

 

 

「お目通しに預かり痛み入る……

光栄と同時に、使節として拝謁の礼を弁えずお許し願いたい」

 

微動だにしない彼の右隣、同じく警戒の色を宿した兵士の槍が僕に向く。

 

何だ、おかしいな。

僕なりに礼儀を尽くしたつもりなんだが。

 

「近衛団は使節の訪問など聞いておらんぞ。主君の国を荒らす賊なら私が相手になる」

 

(…………)

 

人間というのは、思っていた以上に話が通じないようだ。

 

「ちょ、───ちょっと待ってよ二人とも!!

あの子はアタシを助けてくれて、さっきの黒い空だって」

 

 

アドリーは慌てていたが、直後に強く突き立てられた杖の音にびくりと声を詰まらせた。

 

「問うておるのは我だ。我が国や娘に取り入る不届き者か……

どちらにせよ王国の地を踏む者の善悪は王族たる我の決める事だ」

 

 

続けて背後から物騒な足音の群れが集まり、

気付けば前後から僕を囲むように兵士が次々と武器を構え始める。

 

(……少し懐かしいですね、ジエラ様)

 

集落に迎えられた日にも、最初は怪訝に僕を見る目に囲まれたものだ。

 

「連行の猶予は無い、ここで見定めてやる……者共!!」

 

「「ははぁっ!!!」」

 

 

大半の戦はこんな所から始まるんだろうな。

 

「「?!!なっ、……何……」」

 

そんな事を思いながら、強く白く弾けた視界の後、

王の隣の女性を含め兵士達の倒れ伏す金音が広間に静寂を呼び戻していった。

 

「…………へ、え?」

 

 

戦意の欠けらも無い声を漏らすアドリーは想定内として、

恐らくは彼等の主君と思しき仮面の王が構わず僕に杖を向けている。

 

「えっ、ええええ?!?」

 

「小童っ、……その神器は」

 

(効かない?生身の人間ではないなら、……少々手荒にはなるが)

 

「冠の神器は使い手亡き今妃の手に渡ったはずだ、

答えろ…………!!彼奴の集落に何をした?!」

 

 

「!」

 

構えかけた手が途端に止まる。

 

床に倒れたまま動かない兵士達、

時を止めたようなアドリーの表情だけを端に、目の前の仮面と固く視線を結ぶ。

 

「エルバ=メヘト、……貴方だったのか」

 

 

その奥に警戒を解く気配はなかったが、

ぴくりと揺れた彼の肩に僅かな動揺が見て取れた。

 

「……小童、我が名を何奴から聞いた」

 

集落を発つ前にロザリー様から存命を伝えられた数少ない一人、

砂漠の国を治める人間、そんな情報の点が脳内で組むような音を立て繋がってゆく。

 

 

「……答えぬ気か。何にせよ貴様の父など我は知らぬ」

 

ようやく確信に変わるが、開こうとした口を制される。

 

「動くな。もう語らずとも良い……

神器を操るその本質が何たるかは『視れば分かる』」

 

突如彼の掲げた杖の頂、透き通る目のように僕を映す鏡。

 

(…………姿見?)

 

「太陽よ、真実を映し理を光と転じよ」

 

 

そこに照らし出されたのは「僕」そのものではなく。

 

「!なぜ、……彼奴と同じ血の輝きを───」

 

 

僕の心臓にあたる位置、携えた双弓と床に付く冠杖、

それらを結び脈打つかのように漏れる翠光が鏡の中で揺らめいている。

 

それだけを確認して、逃げるように視線を横に逸らした。

 

 

「ボルダ……くん?」

 

その先でアドリーと目が合い、何も知らないその瞳に少し安心する。

 

昔から鏡は嫌いなのだ。

 

他の誰でもない自分自身に見つめられ

───不安や迷いから目を逸らせない、そんな感覚が嫌いだった。

 

 

「小童……否、其方が『風の導き手』か」

 

異国の仮面の不気味さというのは変わらずだったが、

杖を下ろす彼の所作から強張りは解け、低い声からも殺気は静かに消えていった。

 

「あぁ、えー……発言の許可を願いたい」

「…………構わん」

 

ここまで警戒される事もそうは無いだろう、いい経験になったと考えよう。

 

「北西の森、風の集落より女王ジエラの命を受け

───錬金術師ベルンドの遺志とともに守護者より遣わされた者だ」

 

 

微妙な彼の沈黙でさえ不安になるが、また隣を見ればそんな気も失せる。

 

「え、……お、お父様なんで黙って……?」

 

泳ぐアドリーの目は心配のそれとは少し違うが、

何にせよ先程からコロコロと変わる表情は見ていて不思議と飽きないのだ。

 

 

(…………待てよ。お父様?)

 

王は人間、そう聞いていたが。

 

「ボルダと申したか。何やら言いた気だな」

「!?あ、あぁいや…………」

 

不意に聞き慣れない声で名前を呼ばれ、

驚く所でもなかったろうが変に声が上ずり何か怪しい感じになってしまう。

 

「詮索は好まんが。必要ならば申してみるが良い」

 

 

そんな様子を知ってか知らでか、僅かに仮面の位置を直す彼、

その声を乗せる広間の風がほんの気持ち程度に和らいだ気がした。

 

(……そろそろいいか)

 

とん、と意識的に音を立てて床に杖を付く。

 

「「!」」

 

すぐに床から立ち上がったりはしないものの、

戦の眠りから覚め始めた兵士達はぽつぽつと自然な呼吸を取り戻してゆく。

 

「よ、よかった、みんな起きないかと思ったじゃん」

 

「不毛な敵対はして欲しくなかったからな。

彼らには後で謝るとして……話すなら場所を変えたいんだが」

 

 

一つはごく単純な理由、下手に情報が漏れての混乱を防ぐため。

二つ目は───

 

「アドリーすまん、そいつ名前何だった?」

 

「ギーメルさんの事?どうしたの?」

 

「…………いや良い。聞いただけだ」

 

この突撃兵とだけは一定の距離を置きたい。

種族云々は関係なく、恐らく僕が手に負えない類のオーラを感じるのだ。

 

 

「応接室なら問題なかろう。二人で着いて来い」

 

置いていくぞと言わんばかりの語調が耳に届き、

ふと隣を見ると時を示し合わせたようにアドリーの真ん丸な目があった。

 

「ええっと?こういう時ってアタシが案内役じゃないのかな」

「知らん。案内役なら僕に聞くなよ」

 

 

しまった、と思ったその後で、

気付けばいつもの調子で突っ込んでいた自分にも気付く。

 

「確かに。それもそっか」

 

(どのへんが確かになん、……じゃなくて……)

 

無性に思考がもやもやとして、感じたことの無い違和感に見舞われる。

 

何に納得したのか一人でうんうん頷く彼女、

とりあえず言い返す気はないのだろうがそんな事はどうでもいい。

 

 

王の後に続く足を止めはしなかったが違和感は大きくなるばかりで、

原因が掴めず、眉間に寄ったシワをつまんでみる。

 

何だこのむず痒い感覚、眼精疲労なら今更過ぎる。

 

「ど、どうしたのボルダくん?おトイレ……?」

 

「ああ……うん」

 

普通にこいつが原因かもしれない。

 

どの要素を見て排泄を予想したのかは知らないが、

後でちょうど一人になれると思い、ここは黙って首を縦に振っておいた。

 

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