DQ外伝─錬金術師と巫女の予言   作:Sephi&ロト

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第二幕、五節

客間の椅子に腰掛けたまま、冒険の書を広げてみる。

 

(とりあえずは、日記のような調子でいいだろうか)

 

見知らぬ国の人々に、数え切れぬ未知に対する恐怖。

この先も単なる探究心では、きっと立ち向かえない真実もある。

 

伝え聞いた情報の整理、そんなところからで十分。

妖精からちょうどいいものを貰ったのだし。

 

それに文字に書き起こせば、幾らか心も休まるはずだ。

 

 

(ベラ、今更だが…………

冒険の書って、これで使い方合ってるよな?)

 

勿論声は返ってこなかったので、

ひとまずは図書館での板書と同じ方法で書き始めることとする。

 

 

筆を手にした、その矢先。

 

「!」

どたどたと忙しい足音がこちらへ駆けて来て、ばんと扉が開かれる。

 

「い、居たいた!ボルダくん、───何があったの?!」

 

「お、落ち着け!なんの事言ってるんだ?」

 

椅子から立つでもなく返した僕は、本当にさっぱりだったのだが、

アドリーはなぜか血相を変えてぶんぶんと髪を振る。

 

「隠しちゃダメ!勝手に見たのは謝るけどさっ……

タオルにしっかり付いてたんだもん、心配するに決まってるでしょっ」

 

 

部屋に駆け入り、彼女はばんと何かを見せ付けてきた。

 

確かに紅く煌めく液体が付着している、沐浴場のタオルケット。

 

「ああそれか……なるほどな」

 

 

ちょうど気分が落ちていたところだ。

少しこのまま、踊らせてみるのも悪くないかもしれない。

 

「さっき話してた通り、僕は人間との混血(ハーフエルフ)なんだが───

生まれつき身体が弱いもんでさ。病気にかかりやすいんだ」

 

「えっ…………」

「メラゾ熱、という病気なんだ、吐血で済むのならまだマシなんだが」

 

堪えろ。まだ笑うな。

血の気の引いた表情をひとしきり楽しんでからにしよう。

 

「大丈夫、明日の出発までには、ゴホッ、ゴホッ」

 

「駄目だよ、早く寝なきゃ死んじゃうよ!!

日記なんて明日にしてさ?できるだけ看病するからさ……っ」

切迫した声に顔を上げるも、そこに怒った顔はない。

「はは、大袈裟だな、冗談だって」

 

 

「…………なんで、いつもみんなそうやって、無理して一人で強がるの」

 

代わりになみなみと透明なものを溜めている、

真っ赤な二つの瞳があった。

 

 

「いや、えっ、と……」

 

覆水盆に返らず。

脳裏によぎったその文字が、彼女の両目から溢れかかった涙と重なる。

 

「アタシってそんなに頼りないかな、それとも、

キミ達に……信用されてなかっただけ……?」

 

「ま、待ってくれ!ほんとにただの冗談なんだ、嘘だけど嘘じゃないんだ!!」

 

 

ふるふると泣き出しそうに見つめる横で、ぴんと尖った耳が立つ。

 

「冗談?身体が弱いのはほんとなんじゃ……」

 

「それは力の話だって!認めたくはないが

───とにかくそれは血じゃなくて、僕の涙の色なんだ」

 

それも正直、打ち明けるつもりはなかったものの。

 

この様子だと「隠し事」は彼女にとって大の苦手らしく、

これ以上それを続ける気にもなれなかった。

 

「紅玉の涙は母様の血を引いているからだよ。

王と最初に話してたのも、人間に狙われた原因についてだ」

 

「本当、なの、人間達が…………?」

 

「王がその証人だ。心配なら明日聞いてみればいい」

 

 

僕の前で涙を拭うこの少女は、きっと人間達を愛している。

 

義父である王だけでなく、老若男女問わず街の人々も。

或いは、この国だけではないかもしれない。

 

「本当に、お前の善意を弄ぶような真似をして、悪かった」

 

そんな彼女にこの事実を明かすのは、酷なものかと思っていたのだ。

 

 

「…………ふ〜ん?」

 

にひっと明るく口角を上げる、アドリーの顔を見るまでは。

 

「なあんだ。ボルダくんは物知りだと思ってたけど、

女の子の気持ちは全然知らないんだね」

 

「どういう意味だよ、……怒ってないのか?」

 

「えっと、あはは、正直『血じゃなくてよかったー』くらい。

本気で言ってたわけじゃないなら、イタズラなんて怒る必要なくないかな?」

 

 

さも当然といった笑顔で首を振られてしまうが、

言葉通りに受け取ったならば、滅茶苦茶に思える理論だった。

 

「怒る必要がないってお前……

本気で言った事じゃなければ、相手を傷つけていいと?」

 

困惑気味な僕の疑問に、彼女はまたくすりと笑う。

 

「ちがうちがう、真面目な話なんだってば、

本当にイタズラくらいでお友達を嫌いになるわけないじゃん」

 

まだピンと来ない僕に呆れてか、

小首を傾げた真ん丸な瞳にばっちりと覗き込まれる。

 

「だって、アタシ達が嫌いなのは本当のワルモノだけ。ちがう?」

 

 

責められる準備しかしていなかった身体は、

椅子に張り付いたまま、静かに頷くしかなかった。

 

「何もかも怒ってたら、今日みたく疲れちゃうじゃん。

お父様がアタシのイタズラ全部に構ってたらどうなると思う?」

 

「…………過労死しそうだな」

「あはは!なにそれ、ちょっと怖めな言い回しだね」

 

 

柔らかい声に満ちた固い自信で紡がれる、

そんな言葉がどうしようもなく、正しく思えてしまったから。

 

「お友達でも、お互い傷つけることはあるけどさ?

それだけで離れ離れになるなら、その人同士の相性だもん」

 

「なんで毎回、お友達で例えるんだよ」

 

「ふふっ。───だって『お友達』はすごいんだよ」

 

 

迷いなくそう言った後、僕の机のロウソクに小さな吐息で火をつけた。

 

「ケンカしても仲直りができて、叱られたら反省できて。

考えすぎるキミだって最後は素直に謝れちゃうんだもん」

 

先程よりも明るい部屋に、先程よりも明るい笑顔。

 

夢見る少女の輝きが暗い世界を照らしている───

考えすぎな僕の両目に、そんな景色が見えた気がする。

 

 

「アドリーも、たまにはかっこいい事言うんだな」

 

ふっと零した僕の言葉に、待ち焦がれたかのごとく頬を染める彼女。

 

褒められるのが大好きなのだと、

一遍の曇りもなく火照った笑顔が物語っていた。

 

「えへへっ、バカから教わることもあるでしょ」

 

「…………否定はしないでおく」

 

いつか「バカ」すら褒め言葉として喜びそうだなんて、

浮かんだ想像の下らなさに呆れてしまう。

 

 

(お前の性格なら、人間はみんなお友達とか言うんだろうな)

 

彼らみんなが悪じゃないのは、言われなくてもわかってる。

性悪説も性善説も、僕は両方信じない主義だ。

 

「生まれたときから嫌いなものは、なかなか治せないんだよ。

本人を前に言うのもあれだが真逆の考えだな」

 

しかし言葉の裏側で、僕はそんな僕自身にどうしても疑問が拭えない。

 

「実はアタシも生まれつき、人間を嫌いになれないの

───にひひ。残念だけどキミのこともね」

 

こんな自信に負けない強さで、

いつまでも「人間嫌い」を貫ける気でいるのだろうかと。

 

 

「うーん。でもまだ少しだけ、元気なさそうに見えちゃうな。

お風呂上がりにしては顔色が悪い気もするし」

 

今度は神妙な面持ちで、彼女は右から左へと何やら観察し始める。

 

「ま、まだ何か気が済まないのか……?」

 

寝る前に日記をつけようとして、書き始めすらまだなんだが。

 

「!そうだ、マッサージでもしてあげよっか───

ほら。血の巡りが悪いままだと集中だって続かないでしょ?」

 

 

唐突に言い放たれた提案に、数秒遅れてハテナが浮かぶ。

 

「ああ……肩揉みの事だよな、得意なのか?」

 

「ふふっ、同い歳の子にしてあげるのは初めてだけど。

お父様の肩こりは特に酷いから、いつの間にか特技になっちゃって」

 

(…………ミイラって肩凝るのか?)

 

血の巡りなどあるのだろうか、などとは勿論言えないが。

 

 

力を抜いて、と肩に置かれた彼女の両手に促され、

ちりちりと燃えるロウソクの音と明かりに意識を委ねてみる。

 

(何だか……下手に宿屋に泊まらなくて、正解だったかもしれないな)

 

もみもみと肩に力が入る度、

絡まっていた思考まで解されていくような感覚だった。

 

「ぼ、ボルダくん、思ってたより手強いかも。

お父様とかノラおじ様より冷えてるし硬い気がする」

 

「誰がミイラだ。聞き捨てならないぞ」

 

「へ!?そっそうかもね、なんでミイラ……?

でも意外、姿勢が悪いと肩が凝りやすいはずだけど」

 

 

いつだったか、ジエラ様に同じことを注意された記憶がある。

 

「多分、長いこと図書館に篭もりがちだったからだろ。

いくら姿勢が良くたって、同じ椅子に座りっぱなしだったしな」

 

「キミは本が好きなんだね。お父様と気が合うのもわかるかも」

 

心に余裕が出来たおかげか、澄んだ頭の片隅にふと疑問が降ってきた。

 

「そういえば気になってたんだ、王には書斎があるんだっけ?

資料室の本が抜けていたから彼のものかと思ったが」

 

「え、えっ、よくそんな細かい所まで見てるね……?!

でも中まではわかんないかな、アタシも入っちゃダメって言われてるの」

 

 

「娘のお前でも、……か?」

 

些細な疑問ではあったものの、何か引っ掛かるものがあった。

 

「うん、教えてくれないのはちょっと寂しいけど。

多分アタシが読んでも、何が何だか分からないんじゃないかな」

 

 

次に浮かんだのは、エルバ=メヘトとの対話。

 

不朽の身で二百年間生きた彼が、

色々と僕に教えた中で唯一頑なに明かさなかったものがある。

 

(彼の妻、アドリーの母親……先代の巫女の存在)

 

可能ならば、使徒征伐の手掛かりを一つでも多く貰いたかったが。

 

「やっぱりキミって好奇心旺盛なのかな?

気になり出したら納得するまで、とことん調べようとするんだもん」

 

「なんの事やら。僕は至って真剣だぞ」

 

───僕達二人に任せて問題ない。

王がアドリーの同行を止めなかった辺り、そういう意味だと捉えるのが良さそうだ。

 

 

「にしても硬いなあ。ちょっとだけ強く押してあげよっか」

 

僕の返事を待つこともなく、ぐぐっと十本指が肩にめり込んで来た。

 

「!痛、くない…………

丁度いいかもしれない。その加減で頼む」

 

「うそでしょ、みんな痛気持ちいい位は言うのに?!

よくこの身体で今日まで倒れずに生きて来れたね」

 

酷い言い草だ。丁度さっき悪夢に倒れたばかりだというのに。

 

(───というか……なんだ、明らかにこれが原因だろ)

 

「ボルダくん?もし痛かったらちゃんと言ってね」

 

「いやむしろ、足りないぐらいだ。できるだけ強めに揉んでくれ」

 

 

不安の種も飛んで行ったところで、今度は僕から質問を振ってみる。

 

「この国で過ごして思ったんだが、王は酒が好きなのか?

酒場に宴にオツマミに、やたらと推してる気がするが」

 

「……よかったねお父様。いい理解者が出来そうだよ」

 

両手越しに伝わる振動で、

感慨深そうに頷く彼女の顔がありありと浮かんだ。

 

「お酒自体が好きなのか、宴好きなのか分かんないけど。

お父様は飲みすぎるから肩が凝るって言ってたよ」

 

「辞めればいいのに……」

 

「あはは!同感、でも酔わないし辞めれないんだってさ」

 

 

酒、言い換えればアルコールは、消毒以外に触れた事がない。

 

今思えばあの沐浴場にも、

ほのかに似た香りが蓮花に混じっていた気がする。

 

「油といい、人間は何でもかんでも飲食に使う所が解せないな。

肌からでも摂り過ぎれば毒になるって言うのにさ」

 

言い終えた途端にぴたりと、肩を揉む手が硬直する。

 

「えっ、もしかして日焼け止めも駄目だったりする……?」

 

「い、いやまず使った事がないから分からん……

確かあれって油とアルコールの塊みたいなものだろ」

 

「うう、知りたくない事知っちゃった……キミの物知りを恨むよ」

 

 

露骨に元気を無くした指で肩揉みが再開される。

気の毒とはこのことだ。

 

「なんで僕のせいなんだよ、聞いてきたのお前だろ───

実害があるようならキアリーで何とか解毒してやる」

 

「…………ボルダくん。まさか酒場で余裕そうにしてたのってそれ?」

 

「あーー、肩が楽になった気がするなあいたい痛いッ痛い!

本気で力入れすぎだろ!!」

 

ひとしきりツボを拳でぐりぐりと押され、肩を揉む手は中断された。

 

慣れないイタズラは暫く止めにしておこう。

 

「マッサージおわりっ。またぐりぐりされたい時は言ってね」

 

「普通に頼むよ……魔法使いは繊細なんだぞ」

 

 

構えていた拳骨をふっと下ろし、アドリーは不思議そうに首を傾げる。

肩書きに文句でもつける気だろうか。

 

「あれボルダくんって、回復が得意なんじゃないの」

 

「ギーメルに使った呪文の事か?

元々僕は回復なんて一切使えなかったよ」

 

 

祝福ごとジエラ様の魔力を受け継いでから、ようやく要領が掴めたばかり。

 

本職の僧侶やらには敵うまいが、

薬草学と解剖学の知識で傷の手当くらいの効果は出せる。

 

「ふんっ。あいつにとってはその手当すら屈辱だったみたいだけどな」

 

「頼むから早く仲直りしてよね、止めるの大変なんだもん……

そういえばさっきよりも元気な顔色になったねっ」

 

期待を込めた眼差しで、何やら圧をかけられる。

 

「ああ。アドリーのおかげで血行が良くなったみたいだ」

 

 

不気味な謎の間が置かれ、ふうんと頬を膨らせたまま、

彼女は静寂の戻った部屋の出口に歩き出す。

 

「……褒められ待ちじゃなかったのか?」

 

「何か言った?褒めるの下手なボルダくん───おやすみ」

 

 

最後にそれだけ言い残し、

中にいる僕を締め出すかのような音で扉が閉じられる。

 

何を間違えたのか分からないが、不名誉なあだ名をつけられた。

 

(さて。日記の続きでも書くか)

 

 

指先はさらさらと記憶を綴り、

眠い目を擦るでもなく、ただひたすらに筆を進める。

 

長い、長い夜の終わりに、一人の時間を手に入れた。

 

寄る辺無い故の孤立ではなく、心地よいひと時の孤独だった。

 

 

いつしか睡魔に誘われ、瞼の重さに意識を委ねる。

ロウソクの火は、点けたまま。

 

夢の続きは、もう見なかった。

 

 

♢ ♢

 

♢ 妖精図書館

窓に差し込む星の明かりが、わずかなホコリを透かしている。

絵本の上で羽を休め、わたしは次の朝を待つ。

 

(ボルダ、お土産のことちゃんと覚えてるかなあ)

 

柄にもなく眺めていた外の景色を、指でくるりとなぞってみた。

 

 

風に葉っぱをそよがせる精霊の森の静けさが、

ちっぽけな胸の奥を音もなく騒がせる。

 

形の無い風ひとつさえ、きみと巫女さまが守り続けた大事なもの。

 

「はあ。わたしも着いていきたかったな」

 

「サボりの口実ですか?ベラ様」

 

 

「うわあ?!」

 

すてん、と逆さまになった視界に、

ほこらしげに桃色髪をかきあげるエルフの少女が現れた。

 

「くすっ。今日は珍しく成功しましたね」

 

「うかつだった……いつもならイタズラなんて、心を読んで気づけるのに」

 

「勝ちは勝ちです。考え事でもされていたのですか?」

 

 

天地を再び身体ごとひっくり返し、

ロザリーちゃんのおでこに乗ってぱたぱたと羽を震わせる。

 

「お土産の事考えてたの。

ボルダにあげたお小遣い袋に、ちゃんと書いたはずなんだけど」

 

「ええ、顔に書いてありますね。確かにベラ様は寂しがり屋なところがお在りですし」

「───なっ」

 

「あれだけで良ろしかったのですか?

王国での買い物には、少々足りない気もしますが」

 

 

呪文書の並ぶ本棚の角、ちょんと突き出たルーラの書。

 

「あの子は、お金が嫌いだと思うから。さっと使い切れる位でいいの」

 

わたしのいささか不慣れな呪文で、

合図も待たず飛ばされたきみの気持ちが思いやられる。

 

「そう言うロザリーちゃんは、さ。

大好きな人と離れ離れで、寂しくなったりしないの?」

 

 

「寂しいだなんてとんでもない。

私はあの方、ピサロ様を信じておりますから」

 

「…………」

 

もう一人、お空の星に連れ去られた彼。

 

「ふふ、もっと聞いてくださっても良いですのに

───恋バナみたいで楽しいでしょう?」

 

「そういうの、わたしにはまだ早いのかもね」

 

 

しゅんと萎んだ彼女の瞳の空色は、

輝く生気を失うまいと明日だけを強く見つめている。

 

塔の上の王女様でも、ガラスの靴のお姫様でも、こんな悲劇は知らないだろう。

 

二度もこうなる運命だった、だなんて。

 

「庭園の水やりは済ませたし、きみもわたしも休まなきゃ。

集落みんなのお手伝いで流石に羽が疲れたもの」

 

「住民の皆様方にもご理解頂けたようですし、集落の復旧に尽くすべき。

さぼろうものなら巫女に代わってお仕置ですよ」

 

「ひ、ひどい!わたし一言も言ってないのに」

 

 

森の嵐に吹き飛ばされた、風の集落の生活基盤。

 

大災害に見舞われて巫女さますらも失って

───それで終わるほど、エルフのみんなは弱くなかった。

 

「折角ですから二人で、お洒落なサプライズもご用意しましょうか。

妖精とエルフのツリーハウスなど如何でしょう」

 

「う、うーん?できるだけ前と同じ、

慣れ親しんだ故郷の方が喜ぶんじゃないかな」

 

「ボルダ様が、そして今亡き二人の長の魂が笑顔で還れる……

そんな故郷の為に尽くせる。守護者として至上の喜びですね」

 

 

故郷を焼かれた悲しみは、誰かが帰りたいと願う気持ちがある限り。

逢いたい人に逢う喜びは、力尽きても消えはしない。

 

わたしは、そんなエルフや人間達の良き友であれて幸せだ。

 

「ていうか、家づくりって意外と大変だね。

わたしは瓶にカーテンに組み木とか、軽いものしか運べないけど」

 

「それを言うならリリ様、メロ様のお二人は、

幼いながら働き者ですね。ボルダ様のお帰りを特に辛抱なさっているご様子で」

 

「そうだね。あの二人にとってボルダはたった一人の、…………ううん」

 

 

どうか、忘れてしまわないでね。

 

「血が繋がってなくなって、大事な一人のお兄さんだもの」

 

きみの帰りを願う家族は、今も変わらず待っているから。

 

「誕生日の四人パーティを隅から見守るわたしまで、

そんな幸せを分けて貰えたもの」

 

 

「ふふっ。それなら一層、復旧に気合を入れさせて頂きましょうか」

 

「そうそう!それが言いたかったの。集落のみんなだって家族がいるし、

どうやら近いうち新しいエルフの子も生まれるらしいしね」

 

「ええ、喜ばしい限りです。

その命への祝福も兼ね、動ける皆様を支えなくては」

 

 

冒険の書を書き綴るのは、歴史に光を刻むため。

 

どうかきみに、深い霧の中を照らすおまじないがありますように。

 

「私どもは私どもらしく、使命を全う致しましょう。

『ロトの地に招かれざるもの』として」

 

 

♢ ♢

 

♢ 炎の宮殿:客間

騒々しい野鳥の羽音。

 

鳴き声の群れの中で、一際通る高い響きに耳が澄まされる。

 

(…………カラス、か)

 

どこかで聞いた話。

血の匂いに敏感な彼らは、誰かの死にも先んじて反応すると。

 

鵜呑みにするタチではないものの、

旅立つ不安が無いわけではない。

 

それでも、どんなに暗い夜にも、必ず等しく朝は来る。

 

 

寝そべった机から身を奮い立たせ、

開きっぱなしの冒険の書を荷物の鞄に仕舞い込む。

 

そんな不意を突くように、こんこんと扉が鳴る音。

 

「失礼しますっ。ボルダくんはお目覚めでしょうか」

 

 

そしてカラスの迷信など露も知らず目覚めたであろう、

呑気な少女の声がした。

 

何だ、ちょうど起こしに行こうとしたのに。

 

「…………寝てるよ」

「起きてるじゃんっ。あの後はぐっすり眠れた?」

 

 

「ああ、まあ。なんで扉越しに話すんだ?」

 

昨日の話の続きだろうか。

 

「てへへ、ごめんごめん。お着替え中だとまずいと思ってさ」

 

押して開かれた扉から、腕に揺れる薄地の袖飾りが、

てらてらと朝の光を浴びる。

 

そして僕の顔を見るなり、彼女はほっと息をついた。

 

「よかった。今日は泣いてないんだね」

「…………何かと思えば」

 

もしそれを見たらまずい、とでも気遣ってくれたのだろう。

 

「気持ちは有難いが、僕を心配する暇があるならさっさと行くぞ。

もっと大きな心配事を先に片付けるべきだ」

 

「む、ほんと素直じゃないねキミって」

 

 

鞄から一枚の羽根を取り出す僕に応じて、

よっと部屋に踏み入るや否や、笑顔で右手を差し出す彼女。

 

アドリーにとっては、こういうお人好しが通常運転らしい。

 

「早く早くっ、恥ずかしがらずに。

ちゃんと手繋いでないと一緒に翔べないよ?」

 

「あのな……まあいいや。窓から直接翔べばいいんだったな?」

 

きゅっと指を結んだまま、開け放した窓から風の熱気が入り込む。

念の為、下の景色を覗いてみると。

 

「……落ちない、よな?」

 

宮殿の一階、とはいえ地表の砂粒が見えないほどの高さはある。

 

「ふふん、怖いなら尚更離しちゃダメ、

こういうときこそ勢いが大事なんだからね!」

 

 

恐れを知らない能天気な掛け声に、不安を煽られたまま。

 

「お、おい待て、やっぱり普通に出口からっ」

 

訴えも虚しく強引に跳んだ彼女は僕の身体ごと───

 

「はなしを聞けぇええっ!!」

 

「ルーラ(舞い上がれ)───!」

 

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