DQ外伝─錬金術師と巫女の予言   作:Sephi&ロト

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第二幕、六節

♢ ピラミッド

手を離さぬよう、目を開けてしまわぬよう心を無にして数秒の後、

青白い光とともにようやく砂漠に足が着いた。

「よっ、と、我慢してでも日焼け止め塗ってやっぱり正解だったかも。

中は涼しいはずだから早めに入っちゃおっか」

「ま、待て、ちょっと休憩させてくれ」

「ウソでしょ!?まだ一歩も歩いてないよ」

頭痛と吐き気がとんでもない。

勿論、酔った訳でもない。

「ただでさえ、ルーラに慣れてないのにっ……

お前が無理矢理飛んだからだろ、いきなりダイナミック過ぎるんだよ」

「ぷははっ、確かに真っ青だね!もしかして高いところ苦手だった?」

 

なんだこいつ本当に。

口を縫って笑顔のまま二度と喋れなくしてやろうか。

「もう歩けるから早く入るぞ……暑さで倒れるのはごめんだ」

 

片手を日傘代わりにして歩く先にそびえ立つのは、

気化熱にぼやけて揺らめく砂岩の建造物。

「というか大事な王墓なんだろ、

なんだってこんな王国から離れた場所に作るんだよ」

「あ、アタシに言われても……文句がすごいねさっきから」

日焼け止め、こんな事なら僕も塗ってくればよかった。

肌に痛いほど照りつける日差しだけでなく、

砂を踏みつける足元からもじりじりと熱気が体力を奪い続けている。

 

「昔の大工さんが丈夫な土地に、石を運んで建てたんだっけ。

お父様のご先祖さまも立派なお墓で喜んでるかな」

そう言われてみれば確かに、王族を祀る建築としては上等かもしれない。

(…………ジエラ様、メリーヌさん)

集落の丘の上にも、二人にもっと立派な墓を建てたいものだ。

「きっとここにいるんだよね、お母様」

言葉の意味を得るより先に、ぴたりと足を止めてしまった。

「すまん、聞いてしまっていいのか?」

「あ、うん、そういえば言ってなかったよね。

お母様はアタシを産んでから、すぐに死んじゃったみたいでさ」

焼けるような砂漠の熱気が、今この時は遠く思えた。

「アタシによく似て綺麗な人だったって、お父様よく言うの。

今考えればこの衣装もお母様の形見なのかもね」

(…………)

明るく話す彼女だったが、相槌を打つことも出来ず歩く僕を見て、

今度は少し困ったように眉を下げて笑う。

「やだな、ふふっ、悲しい話じゃないんだよ?

お父様はアタシのために長生きしてくれてるんだしさ」

「そう、か……そうだな。気にし過ぎないでおくよ」

王墓の入口へ続く階段を、時間をかけて二人で上る。

父の話ばかりをするので薄々気づいてはいた。

にも関わらず、僕は昨夜も直接尋ねる勇気が出ずにいたのだろう。

妻の遺した一人娘を孤独にさせてしまわぬよう、

王は寿命を捨ててまで───

(勘繰るのは良くない。その時が来たら聞いてみればいいんだ)

矢筒の中身を覗きながら階段を登りきったところで、アドリーはふうと息をつく。

「着いた、やっと涼め…………あれ?開いてる」

 

視線を上げると、門柱二つの間に四角い暗闇が口を開けている。

 

涼し気な風は確かに感じられたが、

どちらかと言えば不気味さ故の悪寒に近いものだった。

「ええ、ここって元々開いてたっけ……?」

「……先客でもいるのかもな」

二人して顔を見合せ、足音を忍ばせつつその暗闇を覗いてみるも、

人らしい影は見当たらない。

「気配がないのが逆に不気味だな。大丈夫か?」

食い気味に頷く彼女は余裕そうには見えない。

しかし、確かに漠然とした胸のざわめきは否めなかった。

「ご先祖さま、お邪魔しまー……す」

 

返ってくるのは、四方に伸びる回廊を幽かに照らす燭台の燃える音、

床に散らばる砂利を踏む音。

王墓内部に迷路のような壁は無く、

アドリーの声は広い空間に満ちた無音に溶けて行った。

「…………うーん。ほんと誰もにいないみたい」

呼んで素直に返事が来たら、それはそれで問題だと思うが。

「どちらにせよ警戒は解けなさそうだ、

戦う準備はしておけよ。祭具を回収出来るまで帰る訳にはいかないしな」

「えーと……『ランプとツボ』の二つだっけ。探すのも大変そうだね、

お父様のご先祖さまが大事にしてたらしいから」

 

 

一つ気掛かりなのは、なぜ宮殿でなく王墓の中に祭具を安置しているのか。

「なあ、エルバ=メヘトは「墓荒らし」と言っていたが……

ここに隠されているというのは、王族の遺品だからだよな?」

「え?そうだと思うけど、なにか他にあるかもってこと?」

単なる遺品ならば勿論、持ち主の墓に置いておくのも理解出来る。

しかし、使徒の器になった以上は、

神器ではないにしろ相応の理由があると考えるのが妥当だ。

そして僕の来訪後間もなく、エルバ=メヘトはこう語った。

『彼の魔人は本来、王墓の秘宝を守る存在。

儀式の間に具わる二つの祭具が其の闇を打ち消す標となろう』

「待てよ、それなら儀式の間とは、『秘宝』というのはなんの事だ……?」

「ボルダくん落ちる、前見て!落ちるってば!!」

 

不意に、どんと何かが僕の左肩を突き飛ばす。

「痛て?!何をっ」

我に返った僕の両目が最初に捉えた光景。

「…………ぁ、……」

怯えて助けを求めるような、悲痛な表情を貼り付けて、

足場の消えた暗闇に落ちていく彼女の姿だった。

「あ、うわあああぁぁぁーー……っ!!」

 

 

十字回廊の道の真ん中にぽっかりと空いた穴。

「お、おい、嘘だろ……?!」

血の気が引き、情報の整理がつかないまま、

彼女を落としたその穴を覗く。

彼女の姿は見えなかった。

黒い霧が立ち込めて、ただそこには底無しの深淵だけが広がっていた。

死───

脳裏に過ぎったその一文字が、金縛りのように離れなかった。

僕を突き飛ばし、アドリーは落ちた。

「…………はっ、……はっ」

それに奇しくも重なったのは「彼女」の姿。

手を差し伸べることも、言葉を交わすことも叶わなかった彼女。

身を挺して僕達を庇った、メリーヌさんの最期の姿。

「うるさい、───黙れッ!!」

奥歯の磨り減る音と同時、落とし穴に自ら飛び降りていた。

二度と目の前であんな悲劇は起こさせない。

いまの僕なら救えるはずだと、

そう信じて、底無しの暗闇に僕は身を投じた。

♢ ♢

 

♢ ピラミッド:地下霊廟

火花を散らすかのような、鋭い金音で目が覚めた。

「うぅ、ん…………」

曖昧なまま、朦朧としたまま、アタシは意識を取り戻す。

「ふん。どいつもこいつも鈍すぎる、

わざわざ重い鎧を着込む馬鹿の気持ちは解らんな」

どこかで、聞き覚えのある声だった。

ぼやけた視界に映る背中は、解かれた赤銅色の長髪。

「キミ、は…………」

黒鉄のような眼光が、小さな呼び掛けにゆらりと振り向く。

砂の地面に転がった無数の魔物の群れを背に、

同じく伏せるアタシの前に「彼女は」深々と膝を着いた。

「すまない、御身の安らぎに水を差してしまったようだ

───ご機嫌麗しく存じ上げる。アドリー様」

ボルダくんが連れていくのを断念したはずの彼女。

「ギーメルちゃんっ!なんでここに?!」

「ふっ。むしろ私が聞きたい、

『砂漠の白薔薇』が落とし穴ごときに不覚を取るとでも?」

「そうじゃなくて、…………へ?」

 

 

涼しい顔で堂々とそう言い放つギーメルちゃん。

深入りする気は無いけれど、

謎が解けていくらか不安が和らいだ気がする。

道のど真ん中にぽっかり空いた、落とし穴の犠牲者は多分この子だ。

「先客ってキミの事だったんだ……

アタシも落っこちたんだけど、キミが助けてくれたの?」

「魔物共の相手をしていたら突然悲鳴が聞こえてな。

気配を頼りに受け止めはしたが、間一髪といったところだった」

 

後ろ指を指す方には、ミイラや火炎百足など、

無惨に斬り伏せられたであろう群れが横たわっている。

「…………あれ?この魔物達って、どこかで」

「ああ、軒並み昨日の王国襲撃で見た顔ぶれだ……

爺さんの言う通りだったな。けしかけた主犯がいるならば生かして置けん」

流石は近衛団長、颯爽と駆け付けて護衛に回る彼女の勇姿は本物だ。

「ってことは、ノラおじ様から聞いて来たの?

お父様はアタシとボルダくんにしか言ってないはずだし」

「話せば長くなるが。昨晩食い逃げで爺さんに連行された後の事だ」

「初っ端から回想が残念だね……」

 

ギーメルちゃんの話によれば、テントでツケを支払うついでに、

ノラおじ様からアタシ達との会話を軽く聞いたらしい。

 

「王国に攻め入った魔物の親玉がいる───

そんな話を捨て置いては、近衛団長の名折れというものだろう?」

「…………そっか」

この子はきっとアタシと同じで、戦わずには居られないんだろう。

「とにかく、ボルダくんを探さなきゃ。

ちょっと強く突き飛ばしすぎたの謝んなきゃだし」

「ボルダというのは彼奴のことか?

私を差し置いてアドリー様を連れ出すとは、不届き者め」

「あはは……着いてきたのはアタシだけどね」

本当に二人は仲直り出来るのだろうか、

新たにそんな不安を胸に辺りを見渡してみる。

アタシ達を包む黒い霧、この暗闇には見覚えがあった。

(…………)

「ふむ、探すにしてもこの暗さではな」

「ギーメルちゃん、……アタシに任せてもらっていいかな、

まだ近くに居てくれるといいんだけど」

 

目を閉じ、息を止め、暗闇の中でどこかにあるはずの熱の在り処を探す。

聴覚に頼るのもいいけれど、

こちらの方が遠くの相手を探すのには向いている。

(やっぱり近い、アタシ達の真上から近付いて───真上?)

 

速い、というより落ちてくるような速度。

「まさか、ギーメルちゃんお願いっ、上から来る……!」

言い終えて目を開くと、彼女の姿は既に無く、

代わりに大きく窪んだ地面から砂埃が舞っていた。

「え、───」

見上げた先に見えたのは、落とし穴から差し込む薄明かりを背に、

こちらへと勢い良く近付く二つの影。

「ボルダくん!無事だっ、うわあ?!」

 

突如吹き荒れる、ギーメルちゃんの跳躍時よりも激しい砂嵐。

「使徒は何処だ、出て来いッ、アドリーを」

同時に閉じた目の前から何かが白く光り輝き、薄く瞼を開けた瞬間。

「「…………!」」

見開かれた翡翠の瞳に、アタシの意識は時を止める。

そこに居たのは胸に光を放ち、

足を支える杖の底から嵐を纏う彼だった。

「なんだ……お前、生きて…………」

溜息のように小さくこぼれた彼の声。

「え、ちょっ、ボルダくんっ?ボルダくん!!」

 

言いかけた言葉は最後まで紡がれることなく。駆け寄ろうとしたアタシの前で、

彼の身体は崩れるようにふらりと支えを失った。

「アドリー様、この状況は……?」

意識の外から呼びかけられて、彼女の声がようやく届く。

「分かんない、気絶しちゃった、みたい」

絞り出したアタシの声は、ひどく掠れていた気がした。

安堵ともつかない青ざめた顔が、初めて見る彼の表情が、

ただ胸の奥を締め付けて止まなかったのだ。

「使ってくれ。目が腫れてしまうだろう」

顔を背けたまま、ギーメルちゃんの差し出した手拭いを見て、

気付けば頬を熱く濡らすものに気付く。

「…………大丈夫っ、砂が入っただけだから」

我ながら適当な言い逃れだったと思う。

しかし、彼女はキョトンとした顔で「そうか」と手を引いてくれた。

「それより此奴、戦地で居眠りとは豪胆なやつめ……

魔物の群れが起き上がりでもしたらどうするつもりだ」

「!!」

ふと、ブツクサと悪態をつく彼女の背後に見えたのは、

ゆらりと大きな腕を振り上げる包帯の影。

「ギーメルちゃんっ!!後ろ」

 

 

叫びが形になるより先に、ふっと消えた彼女の輪郭。

ミイラ男の攻撃は空を切って外れ、

そのまた背後で標的を失い動きを止めた魔物の群れ。

それを見た、次の瞬間。

「───抜刀、『斬鉄丸』ッ!!」

ぎんと閃く鋭い金音。

中心に一人、一滴の血も着かない刃を地に向ける彼女。

薔薇色の飛沫を上げて、首の無い群れが倒れてゆく。

「この私を討ち取るなど千年早いわ。弱者ども」

高らかに、ふっと堰を切ったようにギーメルちゃんは嗤い出した。

「何人たりとも見切れまい、

東国一の武人と名高きニャンニャン将軍でさえもなッ!」

 

大胆不敵な勝利宣言。

カッコいいのか可愛らしいのか、イマイチちょっと分からなかった。

「痛つつ、何の騒ぎだ」

「!」

煩いくらいのギーメルちゃんの高笑いに目を覚ましたのか、

銀髪をくしゃりと乱し起き上がるボルダくん。

「…………は?なんであいつが」

 

「貴様、それはこちらの台詞だ!

一体どういう了見でアドリー様を連れ歩いている?」

「人を剣で指さしちゃダメ!あと勝手に着いてったのはアタシだからね?」

 

着いていけない、といった様子のボルダくん。

しかし周囲を見渡した後、アタシの方をちらりと見るだけで、

彼女の挑発に乗るような事はしなかった。

「とりあえず、僕もお前も無事だったんだな?あいつのおかげで」

「う、うん…………?」

小さく呼吸を整えて、視線をギーメルちゃんへと向ける彼。

「感謝する。落とし穴の件もそうだが、

僕が力になれなかったせいで危険に晒して悪かった」

「ずいぶん殊勝な態度だな。悪い気はせんぞ」

(…………どうしよう、言えない)

あの落とし穴の被害者兼犯人が彼女だとは、とても言えない。

「ギーメルが居るのは想定外だが……

それは後で聞くとして、アドリーも気付いてるよな?」

彼は胸にかけたロザリオを松明のように掲げ、

立ち込める暗闇が一層暗く見えた。

「この霧だよね、キミの予想通りなのかも」

「ああ。───宮殿の時と同じ、使徒が近くにいるはずだ」

 

 

今度はアタシ達のやり取りに着いていけないのか、

剣を納めたギーメルちゃんが首を傾げる。

「使徒、とは何の話だ?魔物共の親玉のことを言っているのか」

足で魔物の亡骸を払い除けながら、彼女は尋ねた。

「僕は少々疑問だけどな。

王国に攻めてきた魔物は、使徒が呼び寄せたものなのか?」

「どういう意味だ?他に何がある」

 

突然、或いはその疑問に答えるかのように。

「…………構えろ、二人とも!!」

黒い霧は更に濃い暗闇となって、

冷え込んでいった地下の空気に馴染み始める。

『ホハハッ!そんな事しちゃ即死ですよ、即死……!

厄災最強の飢餓の鎧(アガレス=アグニース)をナメすぎですね』

 

全身を総毛立たせるような、耳に粘り着く嫌な覚えのある響き。

疑う余地もなく、それは宮殿で相見えたあいつの声だった。

『これはこれは。構えるなんて失敬極まりない……

墓荒らしどもが罰されるのは至極当然でしょうに』

「名乗るがいい、姿を見せろッ!!

貴様を滅ぼす私の戦を王の栄誉に刻んでくれる!」

 

武器を構えたボルダくん、ギーメルちゃんの二人に続き、

戦慄に震えつつも扇を持つ手に力を込めた。

ドス黒い霧は収束を始め、やがてひとつの大きな影を形作る。

「居合、『斬夜太刀風』ッ!!」

叫びとともに斬り放たれた一閃は、宙に虚しく弾け飛んだ。

『躾のし甲斐がありますねエ……?

貴重なイケニエの生命は大事にして頂かないと』

 

口角を歪ませ嘲笑う使徒。

その大きな影を取り巻く不可視の壁は、

お父様の王国を護っていた祝福の結界「だったもの」。

「どの口が言うッ、殺気がダダ漏れだ!!」

彼女に続いて勾玉を掴み詠唱を試みるも、

火炎が形になる前に解けてしまう。

(駄目だ、使えない……宮殿で戦ってたお父様のときと同じ)

「挑発に乗るな!!

先に結界を無力化しなければ攻撃が通らないはずだ」

 

「黙れッ!私に斬れぬものなど無い」

続けざまに冴え渡る彼女の斬撃もことごとく結界に阻まれ、

不敵な笑い声が暗闇を更に淀ませる。

『オマヌケ甚だしいですねエ、そろそろ反撃でもしてやりましょうか

───黒き風(カラブラン)ッ!!』

 

使徒の振りかざす暴風は地面から砂塵を巻き上げ、巨大な砂嵐となってアタシ達を囲む。

「ど、どどどうしようボルダくん?!アタシ一人じゃ止めきれないよ」

「押し返すしか無いだろ!!呪文でなくとも風だけなら僕が……

く、退けギーメル、巻き込むだろうが!」

彼との連携は初めてだけど、やってみるしかない。

「熱いけど我慢してね、火炎付呪(ファイアフォース)ッ!!」

ボルダくんの旋風は火竜の息吹を巻き込み、

熱気とともに激しく衝突する砂嵐もろとも霧散していく。

『ほオ!悪くない作戦ですが───

所詮はその場しのぎでしかない、そのままいつまで持つでしょうねエ?』

「「…………っ!!」」

彼の助言通り、呪文であれ物理であれ、

黒い霧と結界の前では使徒へ直接攻撃することが出来なかった。

「戻って来いギーメル……!狙いの邪魔になるだけだ」

「!?ボルダくん、顔色が」

息を切らすボルダくんの声は弱く、

果敢に使徒に立ち向かい続けるギーメルちゃんに届かない。

「心配するな、……少し体力が削られただけだ、倒れるほどじゃない」

強がりを言いつつ歯噛みする彼の様子を見ても、

このまま持久戦になれば、いずれ押し負けてしまうのは明白だった。

 

 

「それと恐らく、さっきは言いそびれたが……

こいつの狙いは単なる人間の殺戮じゃない、王国の襲撃もだ」

『ホホッ!「半人間」のエルフとはいえ少しはオツムが切れますねエ?

ハナからその気なら、王国なんぞ疾うに飢餓で滅んでますよ』

(…………っ!!)

今だけは、剣を止めないギーメルちゃんの気持ちがよく理解出来た。

ボルダくんの言葉が真実なのだとしても、

挑発に乗るつもりがなくとも、譲りたくないもののせいで怒りが燃え上がる。

『そんなありふれた破滅ではフルコースには相応しくない……

言いましたよねエ?飢餓の依代に捧げる為の大事なイケニエなんですから』

 

「ふざけないで、みんなは生贄なんかじゃないっ!!」

お父様やギーメルちゃんを含め、

人間の国がどんな思いで戦ったかも知らないくせに。

『見ないうちに随分と牙を抜かれたご様子で……お可哀想に、火の巫女サマ』

「馴れ馴れしくして来ないでッ!アタシはおまえなんか知らない」

『おやおや?二百年ぽっちで忘れられてしまうとは

───これでも影は薄くない方なんですがねエ、ワタシ』

攻撃を阻む結界が邪魔なら、巫女の力で打ち破ってしまえばいい。

「!アドリー……お前、何する気だ?」

「必死に戦うみんなから勇気を貰ったんだ!!

アタシが負けるわけにはいかないの、…………火纏(ひまとい)ッ!」

 

 

煮え滾るような呼吸の熱は息吹となって燃え上がる。

アタシの意志の昂りに応じ、

手元で揺らめく緋色の羽根は炎を纏う十本の刃と化した。

『チッ、誰の真似ですか?そのハートフルなキャラ、

火の巫女サマはそんな甘ったるい声で鳴いたりしませんよ』

「口を慎め貴様ッ!!アドリー様を愚弄するか」

(…………抜刀、居合、だったっけ)

 

下卑た笑みを浮かべる使徒へ、真っ直ぐに狙いを集中する。

『ホハハッ、無駄無駄!まーだ分かりませんか?

人間の国の結界を人間が斬れるわけないでしょうが!』

「ギーメルちゃんお願い、アタシにやらせてッ!!」

人間達は強いのだ。

魔物なんかに弄ばれて、みんなの勇気を否定されてたまるか。

「!?なっ、私と同じ構えを」

「キミの勇気を貸してもらうよ───

『十束ノ舞(とつかのまい)=天羽々斬』ッ!」

 

ざんと閃く音とともに翔んだ緋色の太刀筋は、

アタシの狙い通り一直線に、空間を満たす暗闇ごと結界を切り裂いた。

その刹那からしばらく続いた静寂と、

白一色に輝いた視界に、しばらくの間感覚を奪われていた。

 

 

「───……様っ、アドリー様は無事か!お怪我は」

「はぁっ、はぁっ、どうかな?

見様見真似にしてはアタシ、上出来だったんじゃないかな」

「真似ただと、十年磨いた抜刀術を!?

くっ…………それよりボルダよ、使徒とやらの姿が見えんが」

砂埃の舞う空間を見渡すギーメルちゃん。

彼女の言う通り、立ち込めていた暗闇は跡形もなく消え去っていた。

「先程のような殺気どころか霧一つ見えんな。

手柄を残せず悔しいが、無事に討ち取ったという事か」

 

ふと捉えたボルダくんの顔色は、安堵のそれとは程遠く。

「…………構えを解くな、まだだ!」

直後に地面ごと揺らすような───

ではなく、文字通りに地面を揺らす、おぞましい哄笑が響き渡った。

『それですよ、それでこそ飢餓の依代、

ワタシの知ってる火の巫女サマですよオッ!!』

 

声を上げる間も与えずに、砂で覆われた足元が不安定にぐにゃりと歪む。

「なんだ、地面が喋って、幻術かッ?!」

「ちがう!二人とも離れるな、全員流砂に呑まれる……!!」

何とかボルダくんの腕に掴まってみるも、三人ともバランスを保つ事が出来ず───

「うわぁあああッ!!」

落とし穴の時とは違う、有無を言わさず砂に飲まれる感覚。

咄嗟に頭をかすめたのは、

砂漠に巣を張るアリ地獄の捕食に近い光景だった。

『白昼の夢に眠りなさい。夜魔なる千の眼差し(アガレス=アポフィス)』

…………

 

手品師が指を鳴らすような、ぱちんと小さく弾ける音色。

「?!!───はっ」

跳ねるように身を起こした地面には、

指で確かめてみようとしても、砂粒ひとつも見つからない。

まるで王国の家々を造る、滑らかな砂岩の手触りがした。

『手入れが不行き届きでしてねエ。苦労しましたよ……

儀式の間には王族ですら滅多に立ち入りませんから』

背中に虫の這いずるような、嫌な気配に振り向いた。

「〜〜〜〜ッ、……!!」

アタシの予想とは大きく外れ、

声のした方に居たのは使徒ではなく。もつれかける足で駆け寄ったそれは二人の身体。

「ボルダくん?!ギーメル……ちゃん」

ではなく、二人の着ていた衣服達だった。

『固まっちゃいました?ミイラにでもなったみたいですなア

───ホホホッ!アレアレ、笑ってるのワタシだけですか』

 

顔を上げて見れば、見たこともない祭壇に祀られた石棺の上、

そのどれよりもドス黒い使徒の姿が浮いていた。

石棺の脇には黄金色のランプと、枯木色のツボが供えられている。

「おまえの狙いはアタシなんでしょ?

今すぐ返して、二人は関係ないじゃない!!」

『なーんか調子狂うんですよねエ。さっきからアナタの「その態度」』

 

手のひらに強く爪が食い込む。

今更おかしな話だけれど、

対話を試みるのも絶望的なほどに、全く話が噛み合わない。

『まさか火の巫女サマ……頭でも打ったんですかア?

ホンモノとは思えませんが、ニセモノのはずもありませんし』

火の巫女、火の巫女と執拗に連呼され、いい加減頭がおかしくなりそうで───

「うるさいッ、知らないって言ってるの!!

お母様のことを言ってるなら、アタシが似てて当然でしょ?!」

 

叫んだ瞬間、だったと思う。

 

使徒の声色は不気味な程に唐突に、ぴたりと笑みを消した。

『アナタ。今なんて?』

聞き返されて、こちらも聞き返しそうになる。

けれどそれより先に、空中で蹲るような使徒の仕草が目に入った。

(な、何…………?)

 

粘りつくように淀んだ声は徐々に、徐々にと膨れ上がってゆく。

『あアなんだ、そういうコトですか、儀式なんて必要無かったですねエッ!

ワタシサイッコーにハッピーですよォオッ!!』

 

固く引き攣った喉の奥から、ひっと小さく悲鳴が上がる。

石棺を閉じていた蓋が開かれたと同時に、アタシの両目が捉えたもの。

『羽根を捥がれた半人間、活きのいい人間、イケニエを二つお持ちしました』

血風呂から血を抜いたかのように、ベッタリと紅く乾いた棺の内側で、

衣服を全て剥がされて横たわる彼と彼女の身体。

両手の平を上に向けながら、満面の笑みで使徒は続けた。

───皿に盛られた宮殿の料理を説明する、給仕のような口調で。

『血抜きは致しておりません。どうぞ「生で」お召し上がりください』

まさに血でも抜かれたような、酷い寒気が全身を走る。

イケニエという言葉一つが、棺に眠る二つの身体を指すものなのだと、

ようやく理解が追いついたからだ。

 

 

「〜〜〜〜ッ、───!!!」

何度聞かされたとしても、馬鹿なアタシの頭の中はきっと理解を拒んでいた。

それにもう一度聞き返そうにも、まともに声が出なかったのだ。

『おや?棺に入れたのが間違いでしたか。ナマだって言って差し上げたのに。

「アナタ様」大のお気に入りだった踊り食いのためですがね』

浅く不揃いに、何度もアタシの肺が潰れてゆく感覚。

「ちがうの、ちが……うの」

 

動悸がアタシを支配して、

目の前にいる悪魔の言葉にまるで思考が及ばなかった。

「やめて……おかあ、さま」

手のひらに滲む血が怖かった。

視界の色が、頭の奥までじわじわと紅く染まっていった。

『ようやく分かりましたよソレ。紛らわしいんでやめて頂きたいですねエ、

王様と火の巫女サマは二人してウソがお好きなようで』

それはアタシであって「アタシ」じゃない。

『お食事が済めば忘れますしヨシとしましょっか、さアどうぞ遠慮なく。

アナタ様だけのご馳走ですよ。血の一滴まで残さずに』

こわいよお父様。お母様。

たすけて、たすけて、たすけて───

 

♢ ♢

 

…………

柔らかくて暖かい香りは、薬草を煮出す湯気のもの。

「…………くん。ボルダ君」

頬に当たる木の温もりは、昨夜もらったロザリオのもの。

「まあ、ふふ。かわいらしい寝顔だこと」

ぼんやりとした世界を薄い紫で満たすのは、長髪を揺らす優しい笑顔。

 

「大事に掛けてくれているのね。リリとメロが喜ぶわ」

おはよう、メリーヌさん。

「心配したのよ───

君ったら店のカウンターで寝ちゃうんだもの。気分はどうかしら」

 

なんだか悪い夢を見て、旅に疲れた気分だよ。

「きっとまた本に夢中で夜更かししたのね?

体調が優れないなら、もう少し眠っていてもいいのよ」

大丈夫、図書館で慣れているから。

せっかく店が開く前だから、昨日と同じ甘い紅茶が飲みたいな。

「気に入ってくれて嬉しいわ。昨日はメロが手伝ってくれたものね」

 

 

そういえば二人は、まだ眠ってるんだな。

「まだ起こさないでいてあげて。

『ボルダお兄ちゃん』の誕生日祝いで張り切りすぎちゃったみたい」

ああ、そうだったらいいな。

「私は君が弟だったらなんて思うけれど。

そしたら四人家族になって、もっと家が賑やかになるわね」

うーん、家族か。

「うふふ、でも二人にとってはお母さんの兄弟になっちゃう。

君の事を今度は叔父さんだなんて呼び始めるのかしら」

───お母さん?

「いいえ、何でもないの。

冷めてしまわないうちに飲みましょうか」

メリーヌさん、僕には。

「ボルダ君?やっぱり顔色が悪いみたいよ、熱があるなら着付け薬を」

 

僕には、母様がいるんだ。

今日も庭園に行って、水やりをしなきゃいけない。

 

「…………」

精霊の森の遺跡に行って大事な討伐依頼を済ませた後で、

玉座まで報告に行って、丘の上で一緒に大切なお墓にお参りをしなきゃ。

女王様、ジエラ様は、彼女は僕の───

「…………ええ。そうね」

 

ごめんなさい、メリーヌさん。

僕はまだここに来ちゃいけない。

戦わなくちゃいけない、そんな気がするんだ。

「私の方こそ……

ひとりで勝手に行ってしまって、ごめんなさいね」

「君達を守ってあげられなくて、辛い思いをさせてしまって」

泣くことなんてないじゃないか。

メリーヌさんが、泣いたことなんてなかったのに。

「当たり前じゃない。子どもの笑顔を守るのがお母さんの役目だもの」

 

今はちゃんと分かってるよ。

 

母様も、きっとそう言っただろうから。

あの時は言えなかったけど、守ってくれてありがとう。

「こちらこそ、どうか気を付けて」

「帰ったときは私のかわりに、たくさん絵本を読んであげてね」

「行ってらっしゃい。───ボルダ君」

 

…………

 

僕が目を覚ましたのはなぜか、棺の中だった。

次に身体を起こしたときには、

大きなエルフの羽根を広げてそのまま宙に浮いていた。

『…………は??』

僕より少し低空で、僕と同じく宙に浮かぶ、

肥えた豚かのような体躯のドス黒い影と目が合った。

「ボルダ、くん……なの?」

熊でも見るかのような目で、泣き濡れた顔の火竜の少女。

真っ赤な嘘かと疑うほどに、不条理な夢かと思うくらいに、

次から次に視界を埋める現実感のない光景。

僕の身体は死んでしまって、幽霊にでもなったのだろうか。

『ホホ、ホホホッ!なんですかアレ?アレじゃまるでワタシと同じ、

………使徒、みたいじゃあないですか』

「使徒」を指さす使徒の言葉で、僕の頭脳は疑問を抱く。

純血(ハイエルフ)だけの立派な羽根、白く透き通る銀の長髪。

まるで僕が母様にでもなったかのような体つき。

それなら、試してみるとしようか。

「厄災の楔。戒めを繋ぐ怨嗟の鎖。我は憎悪(ナツァク)の風の使徒」

 

祭壇の上に二つ置かれた、祭具と思しきランプとツボ。

『はうあッ?!!待っ、おやめなさいアナタ、それがどんなに大事なモノか』

「怨嗟を以て連鎖を断て。

冠の厄災(ディス=ウェンリル)の名の元に」

 

バキッ、バキッ、と二つ続けて耳心地の良い音が鳴る。

なるほど、長年疑問だったが。

オモチャを壊して遊ぶ子供はこういう気持ちなんだろう。

『ワ、ワタ、ワタシの大事な器がッ

───キサマぁあああああああああッ!?!』

「其は冠にして金星の兜(ナツァク=ビナス)」

 

トチ狂ったのか、はたまた僕の張った結界が見えていないのか、

駄々っ子の如く旋風をこちらにぶつける虚実の使徒。

疑問は把握、把握は理解、理解は確信へと変わる。

どうやらこれは夢の続きで、死後の世界ではないらしい。

 

ちらりと、僕が寝ていた棺の中を宙から遠目に眺めてみる。

そこには衣服を剥がされたギーメルの姿があった。

「ぼぼ、ボルダくん駄目、

そんなまじまじと見たらダメ!!一応女の子だよ?!」

もう聞き慣れた声の主は、泣き止んでいた火竜の少女。

 

正気を失い、未だにしつこく風を浴びせる使徒を横目に、

実験的にアドリーに話しかけてみることにした。

「僕の声はいま聞こえてるのか?使徒になるのは初めてなんだが」

「き、聞こえてるけど…………

使徒なの、キミなの?どっちだと思えばいいの?」

 

あえて口には出さなかったが、両方というのがきっと正しい。

「アドリー、ギーメル、お前らのお陰で気付けたんだ。

この冠は戦意ではなく『憎悪を剥ぎ取る』権能だってな」

アドリーに頬をひっぱたかれ、ギーメルと不毛な喧嘩をして、

最後に王との会話でようやく疑問の答えに辿り着いた。

しかし都合のいい夢だ。試運転にちょうど良い「実験台」が目の前にいる。

『ホホ、ホハハッ、キサマだけは死んでも許しませんよ』

夢の中でまた夢を見せ、僕の眠りの邪魔をして

───死者への想いを踏みにじった、明確な「憎悪の対象」が。

(集落のエルフ達。王国の人間達…………

在るべき場所に在らざる憎悪を、戦の怨嗟をここに捧げる)

「女王ジエラ、我が母よ、この純血は貴女のものだ」

 

使徒が嵐を振り撒くほどに、厄災の意志と結び付くほどに、

僕の意識がこの身体から薄れていくというのなら。

『そこの祭具と同んなじようにッ、

バラバラにブチ殺して差し上げますよオッ!!!』

 

身体に空いた空白すべてが、貴女で満ちてしまえばいい。

生涯僕の主君は母様一人と決めているのだから。

───ゆえに、僕は「貴女の使徒」だ。

「月冠の戦乙女(ミステル=フラズグース)」

 

想い出すのは、今となっては忘れもしない僕の誕生日。

『な…………』

忠誠を誓った女王様が、僕の母様になったあの日の記憶。

エルフの愛し愛された精霊の森が牙を向き、

逃げ惑い泣き叫ぶ皆を襲った木の根や嵐の地獄絵図。

『ウソ、嘘、嘘嘘嘘ッ、呪文は使えないはずでは……

というかこんな呪文ワタシ知らないんですがッ?!』

血を焼くほどに忌々しく、跪くほどに神々しく、

双月の眼に焼き付いたありのままの在りし日の記憶。

「呪文じゃないと言っただろうが、

あの時も、あの日も、あの夜も…………ッ!!」

 

死者の怨念は生者のそれとは比べようもない呪いとなる、

そんな話をどこかで読んだ。

僕の口から零れ出た叫びは、

自分の全てだった彼女の死に縛られた怨嗟そのもの。

「虚実の使徒…………お前は母様を侮辱したな?

死んでも許さんだとか言ったな。この姿を見て笑ったな」

 

 

祭壇に降り立つ僕から飛び退き、使徒は機敏に距離を取る。

『ててて撤回、撤回しますって、この通り!どうか命だけはアッ』

宙に浮く事も忘れ、情けなく地に頭を擦り付ける虚実の使徒。

(…………)

見るに堪えない土下座を背に、

ギーメルの身柄を回収すべく石棺の方へ身体を向ける。

『黒き風(カラブラン)ッ!!!』

───ふりをして、冠杖を高く掲げた。

背後から放たれた旋風はたちまち杖の頂点に集い、

憎悪による増幅、結界による圧縮を交互に繰り返し密度を高めてゆく。

「そう来ると思ったよ馬鹿がッ、

あんな言葉は撤回しようがしまいが正直どうでもいい」

『黙りなさいッ!!まともなイケニエにすらならん虫畜生めがッ、

キサマのせいで儀式の間も、飢餓へ捧げるフルコースも全部全部台無しですよオ!!』

双弓の弦をぎりりと軋ませ、嵐を込めて矢を放った。

「撃退では済ますつもりは無いぞ、光降る五月雨(ミステル=セレネル)!!」

狙いを定めるまでもなく、儀式の間を満たす「暗闇そのもの」を的にして。

『ホハハハハッ!どこを狙って───あぎゃあッ?!?』

 

旧くより永く続いたという勇者と魔王の対立を、一言で説明付ける一節。

 

「光ある限り闇もまたある、影あるところに光あり

───『影』が本体なんだろう?逃げ道を潰すにはうってつけだな」

『こんなものッ……ンギ、ギギ、ギッ?!』

逃げ道を潰されてなお無様にもがく使徒だったが、

空間を満たす白光を受け、ドス黒い暗闇は宙に縛られ密度と濃度を増すばかり。

 

まさに空中に不動の的が完成したわけだが、最後の問題が残っている。

「ボルダ、くん…………?」

遥か見通す僕の眼には、

涙を浮かべたアドリーの瞳の奥まで鮮明に見えた。

煤けた大きな羽根と同じ真っ黒な色の嵐を纏う、

厄災を体現するかのような僕の母様の成れの果て。

憎悪と忠義で形作られた、酷く出来の良い母様のニセモノ。

(昨日の出会いに逆戻り……か)

短い間であったとしても、

見知った相手に恐れられるのは少し耐え難いものがある。

互いを知らない、昨日のような初対面ならいざ知らず。

「虚実の使徒にトドメを頼む。お前にしか出来ない役目だ」

「…………アタシ、にしか」

 

四凶星の厄災、それに対抗すべき運命の幻魔を宿すロトの神器。

使徒を鎮めることが出来るのも、同じく対応する神器のみ。

母様の使徒と成った今でも、それは依然と変わらない。

 

『グギギッ、解けッこの……忌まわしい光を解きなさいッ!

あともう一歩で火の巫女サマは、飢餓の依代に成れるんですよオッ!!』

神鳥の舞い衣を身に付けた純血の火の巫女、

彼女にだけはそれが出来る。

「もう一度聞かせてくれ。昨晩聴いた『祈りの詩』を」

彼女は長く呼吸を整え、朱雀ノ扇を翻した。

「ボルダくん、…………今度はちゃんと褒めてね」

これが夢で無いというのは、疾うに気付いていたはずだ。

(…………!)

頭で分かっていながらも思わず頬をつねるほど、

目に焼き付いた非現実的な現実に目を奪われていた。

「天にます陽の燈明りよ。星の瞬く千夜の帳よ」

輝いたのは舞い衣ではなく、アドリーの身体そのもの。

星を散りばめた夜空でもなければ朝を照らし出す太陽でもなく、

昼間に現る月のような、光の中に輝く光。

「朝の光に等しき夜を。夜の夢見に等しき朝を」

(同じだ、……使徒の結界を破った時と)

眠りに落ちてしまう前、刹那に僕が見たものだ。

「砂を癒す雨がごとく、枯れぬ明日に幸を乞わん

───火出國(ヒノイズルクニ)の鬼道の巫女よ」

 

 

彼女の声が紡いだのは、僕の知らない祈りの続き。

右手に掲げた羽根の緋色が真紅に染め上げられてゆく。

黒髪に映える白い肌の内に流れる血潮のような、

或いは彼女自身の血そのもの───

「夜霧を払いて邪を祓え。『十束ノ舞=草薙(クサナギ)』」

 

祈りの詩の終わりとともに。

『ありえない、……有り得ない……ッ、

なんでアナタ様がソレを、飢餓を滅ぼした者の剣をッ?!!』

柄たる扇の要を起点に、十枚の羽根は一筋の刃を、

天に翳され紅く輝く一振りの剣を形作った。

「なんだ、あんだけ言ってたのに…………

ちゃんと持ってたじゃないか、カッコいい剣の武器」

「ボルダくんアタシ、怖かったの」

剣と同時に煌々と光を放つ彼女の目元には、泣き腫らした跡があった。

「アタシの生まれた国は、きっとお父様と同じ国じゃない、

…………火竜の身体で人間達と仲良くできるか怖かった」

そう呟いた次の瞬間、彼女は地を蹴り跳び上がった。

『こんな事、こんな事が許されてたまるか……ッ、

凶星の意志に逆らってッ、じゃあアナタ一体誰ですかアァッ!!?』

 

 

清らかに舞う彼女の髪は、使徒の影にも負けない光で、

闇に染まらぬ黒として気高く輝いて見えた。

「キミの言う通り、アタシにしか出来ないんだ

───みんながくれた明るい明日を、今度はアタシが守るんだッ!!」

彼女の叫びは祈りではなく、消えることの無い勇気の炎。

『ほぎゃあ……ッあ゛あ゛あ゛あああッ✕✕✕✕✕✕!!!』

怒号のようで悲鳴のような、嘆きに塗れた断末魔。

縦一文字に両断された影は黒煙を撒き散らし、

傷口を塞ぐすべも、再構築する実体さえも残らず雲散霧消した。

 

やがてその音の面影すらも耳の奥から消えた後。

儀式の間に残された僕は、

うっすら目元を腫らしたままの涼し気な笑顔に照らされる。

 

「…………ありがとねっ、ボルダくん」

しかし虚実の使徒を討ち取ってなお、

その声と細めた目には微かな震えが滲んでいた。

鏡のような赤い瞳が映し出すのは、黒ずんだ羽根のエルフの姿。

(夢から醒めてからのほうが現実味が無かったな。

この身体でも倒せなかったら……僕の方は詰みだった)

 

母様への忠誠を賭けて冠の厄災の使徒となること。

 

発想こそ在ったものの、作戦とも呼べない博打になる以上、

自分を信じて挑むには覚悟が必要だっただろう。

「…………希望の火種(コークス=ホープス)」

 

ロザリオをそっと指で包み使徒としての姿を解く。

彼女はただ静かに、真ん丸な目でこちらを見ている。

「使徒を倒せたのはいいが……

祭具は壊してしまったな。王にどう説明したもんか」

虫の報せというか、なんとなく嫌な予感がした。

それに昨夜も似たような事があった気がするが、

ここまで無口だっただろうか。

「そ、それと脱出経路の確保を、えー……と」

言葉を発することもなく、彼女の笑顔が薄れていく。

本気でまずいかもしれない。

普段はうるさい程にお喋りな彼女だというのに。

「そんなに怖かったか?僕……だとしたら素直に傷付くんだが」

 

対話を急かすのも良ろしくない、ここは大人しく距離を置こう。

僕だけでもギーメルの様子を見に

───行こうとしたとき、何かが袖に引っ付いて来た。

 

輪郭が崩れるほどに水溜まりを作る彼女の目。

「…………うぅっ、……うっ」

昔から嫌な予感は大体当たる。

爆発寸前の岩をつついて、刺激してしまったときを思い出した。

 

「う゛ぐッ?!!」

猪の突進を錯覚するほど、それに近しい勢いで僕の身体は押し潰された。

「うえぇええあああぁあっ!もうやだあ、こわかったよお!!」

「離れ、ろ……ぐるじ……ッ」

押し蓋を外したようにわんわんと泣きじゃくる彼女。

「なんなんだよ、あの使徒が怖かったのか?

結界を破る時はギーメルもだが、お前が一番活躍してたろ」

少なくとも確かなのは、

僕が怖くて泣いていた訳ではないという事だ。

「違うの、あいつなんかじゃない───

アタシはアタシがわかんないの……お父様も、お母様もっ」

 

僕の予想の斜め上、自分が分からないという返答自体、

彼女にとっては十分な異常事態のように思えた。

(なんだ、僕の寝てる間に何があった……?)

知り合って間もない、僕ですらそう心配してしまうほどに。

 

我の強さゆえのワガママ、馬鹿正直さに振り回されつつ、

裏表のない彼女の自信に前を向かせて貰ったはずだ。

 

「───さっきは、お前も強がってたのか?」

 

彼女の性格上、隠すつもりはなかったのだろうけど。

儀式の間が王や使徒の言葉通りの場所なら、

きっとここでの出来事が彼女を追い詰めているのだろう。

「ここにいるから不安になるんだ、早く出るぞ」

 

軽くアドリーの背をさすっていると、

時折鼻をすするものの、嗚咽は次第に静かになった。

「ごめん、こんなんじゃまた心配されちゃう」

「先に自分の心配をしろ。あとなんかよだれ垂れてるぞ?」

大した量でもなかったので、指で拭ってやる事にした。

多少安心して腹でも減ったのだろう。

「んむ、もう、…………ありがと」

「何がモーだよ、というか朝から食ってないのか?」

泣き止んだはいいが、先程からあまり視線を合わせてくれない。

機嫌を損ねるようなことをした覚えはないのだが。

「えっと、……先にキミの服、そこに置いてあるから」

 

「…………」

ああなるほど、彼女も大したものだ。

全裸の僕を見て平手打ちを我慢していてくれたのだから。

 

 

衣服を広げて袖を通しつつ自己嫌悪に耽っていると。

「だ、誰っ?なにこの声」

「悪い、手が離せないから見に行ってくれ」

耳を澄ますと確かに、何やら不快な唸り声が聞こえてくる。

彼女は祭壇の方へ走っていくが、

僕の着替えが終わってすぐにその足音は帰ってきた。

「おかえり、何か居たか?」

「ううん。ギーメルちゃんのイビキだったよ」

「…………時間返せ、あいつ」

警戒しながら着替えた僕が馬鹿だった。

「あはは、無事でよかったじゃん……?

さっきはイビキもかかずに寝てたし、早く服着せてあげなきゃ」

「心配無用。私一人で結構だ」

諸悪の根源の声が聞こえ、勢い良く目隠しをされる。

されなくとも誰が好き好んで見るか。

「は、は、早く着替えてッ!!ていうか今起きたの?」

「それよりホーホー将軍はどこへ…………

ふんっ、激闘の最中だったというのに恐れを成したか」

「何の話…………?あと寝相酷かったよキミ」

だろうな。こいつと同じ宿には絶対に泊まりたくない。

 

「棺は寝心地がよくてな。流石は安眠の象徴だ」

「ギーメルちゃんのイビキは寝相のせいだね

───あとそれ多分永眠だよ」

「どっちでもいいだろ。いつまで目隠されてるんだ僕」

…………

儀式の間で破壊された祭具達の亡骸を道具鞄に詰め、

霧の消えてなお薄暗い地下霊廟の出口を探す。

「んー、脱出経路くらいは先に確保しておきかったが」

「使徒に無理矢理連れてこられたんだもん、しょうがないって」

着替えを終えるや否や出撃して行ったギーメルに続き、

破邪の火種を光源に僕達二人は探索に出た。

 

「そういえば、そのピカピカのロザリオって手作りなの?」

「ああ、僕のじゃないけどな。集落の双子が作ってくれたんだ」

プレゼントとまで言ってしまうと恐らく、

どんな誕生日だったのかまで話す事になるのでやめておいた。

「え、ボルダくんってちっちゃい子とは仲良いんだ」

「その言い方やめろ、子どもしか友達いないみたいだろ……」

「ごご、ごめん、悲しそうな顔しないで?!そこまで言ってないってば

───ていうか正直意外かも。あんまり想像付かないもん」

 

確かに、僕がもし同じ性格の誰かと知り合いなら、

子どもなんて相手にしてる様子は想像出来ないだろう。

(…………)

深く考えるのはよしておこう。目の前の少女を心配させるだけだ。

「前も話したが、僕は図書館が好きだからな。

絵本や物語を読んでやったり、たまに勉強も教えてたよ」

「わあっ、ちょっとノラおじ様に似てるかも」

「お兄さんな?!誰がおじ様だ、お前わざと言ってるだろ」

「あははっ、バレちゃったか」

 

心外ないじりを受けたと同時に、ふと思えば、

年齢についてはほとんど身長や声色で判断していた気がする。

「そういやノラさんは何歳くらいなんだ?初老くらいに見えるが」

「あ!それ言ってあげたら喜ぶと思うよ───

六十くらいだったかな、王国に来る前は義賊団にいたんだって」

義賊、というのに馴染みがなく、何の気なしに聞いてみた。

「ん〜……ノラおじ様もあんまり話してくれないんだよね、

昔はワルだったってだけ言うの。そんな風には見えないけど」

(賊、というのは盗賊のことか?確かに穏やかな響きではないな)

「それにね、義賊さん達は孤児院をやってたらしくて。

やっぱりワルぶってるだけで、いい人達なんじゃないかな?」

 

孤児という言葉を聞いた途端───

ノラさんと憎まれ口を叩き合っていた、あいつの顔が思い浮かんだ。

「ボルダくん?」

「…………なあ、もしかして」

 

丁度そんな疑問を邪魔するように、騒々しい足音が駆けつける。

「諸君!それらしき階段を見つけたぞ」

ギーメルが親指をさす方向、

王墓の四つ角の内一つが不自然に窪んでいるのが見えた。

「ふ、何を見ておる貴様?私に先を越されて悔しいか」

「もう!すぐ喧嘩売るクセ治さないと怒るよ」

細かい事は脱出の後、本人に直接聞くとしよう。

「帰りはアタシのルーラで、あれ?

そういえばギーメルちゃんってどうやって来たの」

「どうやってとは?そういえば丁度早朝だったからな、

練習兵時代の基礎を思い出しながら走って来たぞ」

「「…………」」

そう聞くとなんだか可哀想だが、

本人は準備運動の気分だったかもしれない。

「ギーメル。今度訓練を頼んでもいいか?」

「───何?それは貴様の挑戦状か」

 

 

高速で僕を二度見するアドリーを横目に、交渉を試みる。

「ああ、まあそんなものかな。

基礎からになるんだろうが、僕にも体力が必要だからな」

「ふ、はははッ、気に入った!!受けて立とうではないか」

───かかったな、単細胞め。

情報を引き出すついでに体力がつくのだ、一石二鳥という他ない。

「うわ、し、死んでも知らないからねアタシ」

「大袈裟なんだよ。誰かの足手纏いはもう御免だ」

「…………え?」

落とし穴から地下霊廟を訪れた時も、虚実の使徒との交戦中も。

体力の消耗が原因で窮地に立たされたとき、

ベラの言葉を思い出すのだ。

『またこんなところで難しい顔して……巫女さまから言われてるもの、

「彼はヘンクツだから少しは陽の下へ連れ出しなさい」って』

 

(あーあ、……母様の声で聞きたかったな)

地上へ続く階段を前に並んで立ち止まり、

目一杯の握り拳を心臓に当てる。

強くならなければならない。

羽の無い身体一つで、

貴女の血の祝福に見合うエルフになってやる。

 

 

♢ 砂の王国:外観

砂漠の熱気にぼやけて遠のきかけた意識のそのまた遠く、

誰かと誰かの声が届いた。

 

「ん…………?なんだあれ、また敵襲か?!」

 

張り詰めた双弓の弦かのごとく、両足の腱と両肺が仲良く悲鳴を上げ、

ブレーキを踏む余力も無く滑るように倒れ込む。

 

「団長達だ!お帰りなさ───

どわっぷ?!目が、ゲホッゲホッ」

 

 

砂埃に巻かれる門番二人の咳き込む音で、

ギーメルによるマラソン地獄の幕はようやく閉じられた。

 

この団長曰く「行きも帰りもとにかく走る」のが特訓の一環らしい。

 

「ふむ、寝起きにしてはいいタイムか?

私のスピードに付いて来たことだけは褒めてやらんでもない」

 

「…………はあっ、あー疲れた、よく喋る元気あるねキミ」

 

お前も大概元気なほうだろ。

宣誓までして意気込んでいた僕は見事にこのザマだ。

 

 

「ぜえ、ぜえっ、というかお前…………

なんでルーラも使わずに、一緒に走って来てるんだ?」

 

「いいじゃん別に!呼び止めようとしたって二人とも聞かないんだもん、

ひとり寂しくルーラで帰るアタシの気持ちも考えてよ」

 

「贅沢者めが、アドリー様に感謝しろ!

声援を頂きながら走り込みなど滅多な事では済まされんぞ」

 

満身創痍の僕を置いて騒ぐ二人だったが、

ギーメルの足は駆け寄って来る門番達の方を向いていた。

 

「団長!そこのお二方、もしやボルダ殿にアドリー殿では?」

「お疲れの所申し訳ないのですが、至急お伝えしたい件がありまして」

 

 

門番二人はそこまで言って、作戦会議でもするかのように互いに顔を見合せる。

 

「何の報せだ?勿体ぶらずに早く言え、

私は早く我が王の無事を確かめに行かねばならんのだ」

 

「そ、それがギーメル団長、これは我等が王より直々の号令でして」

 

「…………何ッ!?なら早く言わんか!!」

 

 

たしかに何やら言い淀むような様子だったが、

ギーメルの圧に押されてか、彼等はこちらへ唐突に向き直り敬礼をくれた。

 

「え?なんでアタシ達の方向いて……」

 

「「ボルダ様、アドリー様、近衛団含め衛兵隊はお二人の身辺警護、

及び王国内の警備巡回を任じられたのであります!」」

 

 

門番達の斉唱を聞いた瞬間、ある事を思い出した。

 

「ま、ま、待て貴様ら!聞き違いであろう───

なぜ私達近衛団まで巡回なのだ、左遷ではないだろうなッ?!」

 

「痛い痛い痛い?!耳が!」

 

「八つ当たりはお止め下さいギーメル団長!我々も詳しくは」

 

視線を隣に逸らしてみると、アドリーの真ん丸な目と目が合った。

 

「そ、それにしてもお父様が?なんで急に警備なんか」

 

「…………いや、もしかして昨夜言ってたヤツじゃないのか?

覚えてないかもしれないけど、僕が宿屋に泊まるのを王に止められてたろ」

 

金儲けのためにエルフを狙う人間の存在を危惧しており、

明日には警備を付けておくという約束。

 

疲労続きで忘れていたが、宮殿に泊まるきっかけとなった一言でもある。

 

「とはいえ、ここまでするとは思ってなかったが。

僕達が留守にしてる間に手を回してくれたのかもな」

 

「確かにそれなら納得だけど……

あの様子だと、お父様に直接聞いてみるしかなさそうだね?」

 

 

互いにうんと頷いて、再び門番達の方へと視線を戻した瞬間

───僕とアドリーの身体は突然ふわりと宙に浮き上がる。

 

「「え」」

 

「掴まっておれ二人とも、主君が私を呼んでいる…………ッ」

 

僕達二人を軽々と両肩に担いだまま、

柄にもなくわなわなと焦りに震える声の主。

 

「このまま行く気!?まま待ってギーメルちゃんっ、落ち着」

 

 

呼び止める悲鳴を何処吹く風と受け流し、馬車馬に鞭を打つかのごとく、

僕達を乗せたギーメルは宮殿目掛けて走り出した。

 

「最速最短で馳せ参じるとも、この『白薔薇』の名にかけてッ!!」

 

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