「最強の格闘者はありふれた職業になっても世界最強」 作:武藤 桜
「だぁー、ちくしょぉおおー!」
「……ハジメ、ファイト……」
「お前は気楽だな!」
現在、ハジメはユエを背負いながら香織と猛然と草むらの中を逃走していた。周りは百六十センチメートル以上ある雑草が生い茂りハジメの肩付近まで隠してしまっている。ユエなら完全に姿が見えなくなっているだろう。
そんな生い茂る雑草を鬱陶しそうに払い除けながら、ハジメが逃走している理由は、
「「「「「「「「「「「「シャァアア!!」」」」」」」」」」」」
二百体近い魔物に追われているからである。
ハジメ達が準備を終えて迷宮攻略に動き出したあと、十階層ほどは順調に降りることが出来た。ハジメの装備や技量が充実し、かつ熟練してきたからというのもあるが、ユエの魔法が凄まじい活躍を見せたというのも大きな要因だ。
全属性の魔法をなんでもござれとノータイムで使用し的確にハジメを援護する。
ただ、回復系や結界系の魔法はあまり得意ではないらしい。〝自動再生〟があるからか無意識に不要と判断しているのかもしれない。もっとも、ハジメには神水があるのでなんの問題もなかったが。
そんな二人が降り立ったのが現在の階層だ。まず見えたのは樹海だった。十メートルを超える木々が鬱蒼(うっそう)と茂っており、空気はどこか湿っぽい。しかし、以前通った熱帯林の階層と違ってそれほど暑くはないのが救いだろう。
ハジメとユエが階下への階段を探して探索していると、突然、ズズンッという地響きが響き渡った。何事かと身構える二人の前に現れたのは、巨大な爬虫類を思わせる魔物だ。見た目は完全にティラノサウルスである。
但し、なぜか頭に一輪の可憐な花を生やしていたが……。
鋭い牙と迸(ほとばし)る殺気が議論の余地なくこの魔物の強力さを示していたが、ついっと視線を上に向けると向日葵に似た花がふりふりと動く。かつてないシュールさだった。
ティラノサウルスが咆哮を上げハジメ達に向かって突進してくる。
ハジメは慌てずドンナーを抜こうとして……それを制するように前に出たユエがスッと手を掲げた。
「〝緋槍〟」
ユエの手元に現れた炎は渦を巻いて円錐状の槍の形をとり、一直線にティラノの口内目掛けて飛翔し、あっさり突き刺さって、そのまま貫通。周囲の肉を容赦なく溶かして一瞬で絶命させた。地響きを立てながら横倒しになるティラノ。
そして、頭の花がポトリと地面に落ちた。
「……」
いろんな意味で思わず押し黙るハジメ。
最近、ユエ無双が激しい。最初はハジメの援護に徹していたはずだが、何故か途中からハジメに対抗するように先制攻撃を仕掛け魔物を瞬殺するのだ。
そのせいで、ハジメは、最近出番がめっきり減ってしまい、自分が役立たずな気がしてならなかった。まさか、自分が足手まといだから即行で終わらせているとかではあるまいな? と内心不安に駆られる。もしそんなことを本気で言われたら丸十日は落ち込む自信があった。
ハジメは抜きかけのドンナーをホルスターに仕舞い直すと苦笑いしながらユエに話しかけた。
「あ~、ユエ? 張り切るのはいいんだけど……最近、俺、あまり動いてない気がするんだが……」
ユエは振り返ってハジメを見ると、無表情ながらどこか得意げな顔をする。
「……私、役に立つ。……パートナーだから」
どうやら、ただハジメの援護だけしているのが我慢ならなかったらしい。
確か、少し前に一蓮托生のパートナーなのだから頼りにしているみたいな事を言ったような、と、ハジメは首を傾げる。
その時は、ユエが、魔力枯渇するまで魔法を使い戦闘中にブッ倒れてちょっとした窮地に陥ってしまい、何とか脱した後、その事をひどく気にするので慰める意味で言ったのだが……思いのほか深く心に残ったようである。パートナーとして役立つところを見せたいのだろう。
「はは、いや、もう十分に役立ってるって。ユエは魔法が強力な分、接近戦は苦手なんだから後衛を頼むよ。前衛は俺と香織の役目だ」
「そうだよ。私たちにできあないことをユエがユエにできないことを私たちがやればいいんだから」
「……ハジメ、香織……ん」
二人に注意されてしまい若干シュンとするユエ。
ハジメは、どうにもハジメの役に立つことにこだわり過ぎる嫌いのあるユエに苦笑いしながら、彼女の柔らかな髪を撫でる。それだけで、ユエはほっこりした表情になって機嫌が戻ってしまうのだから、ハジメとしてはもう何とも言えない。
依存して欲しいわけではないので、所々で注意が必要だろう……と思いつつ、つい甘やかしてしまう。ハジメは、実のところ、そんな自分にこそ一番呆れているのだった。
ある意味、二人がイチャついていると、ハジメの〝気配感知〟に続々と魔物が集まってくる気配が捉えられた。
十体ほどの魔物が取り囲むようにハジメ達の方へ向かってくる。統率の取れた動きに、二尾狼のような群れの魔物か? と訝しみながらユエを促して現場を離脱する。数が多いので少しでも有利な場所に移動するためだ。
円状に包囲しようとする魔物に対し、ハジメは、その内の一体目掛けて自ら突進していった。
そうして、生い茂った木の枝を払い除け飛び出した先には、体長二メートル強の爬虫類、例えるならラプトル系の恐竜のような魔物がいた。
頭からチューリップのような花をひらひらと咲かせて。
「……かわいい」
「……流行りなのか?」
ユエが思わずほっこりしながら呟けば、ハジメはシリアスブレイカーな魔物にジト目を向け、有り得ない推測を呟く。
ラプトルは、ティラノと同じく、「花なんて知らんわ!」というかのように殺気を撒き散らしながら低く唸っている。臨戦態勢だ。花はゆらゆら、ふりふりしているが……
「シャァァアア!!」
ラプトルが、花に注目して立ち尽くすハジメ達に飛びかかる。その強靭な脚には二十センチメートルはありそうなカギ爪が付いており、ギラリと凶悪な光を放っていた。
ハジメとユエは左右に分かれるように飛び退き回避する。
それだけで終わらず、ハジメは 〝空力〟を使って三角飛びの要領でラプトルの頭上を取った。そして、試しにと頭のチューリップを撃ち抜いてみた。
ドパンッという発砲音と同時にチューリップの花が四散する。
ラプトルは一瞬ビクンと痙攣(けいれん)したかと思うと、着地を失敗してもんどり打ちながら地面を転がり、樹にぶつかって動きを止めた。シーンと静寂が辺りを包む。ユエもトコトコとハジメの傍に寄ってきてラプトルと四散して地面に散らばるチューリップの花びらを交互に見やった。
「……死んだ?」
「いや、生きてるっぽいけど……」
ハジメの見立て通り、ピクピクと痙攣した後、ラプトルはムクッと起き上がり辺りを見渡し始めた。そして、地面に落ちているチューリップを見つけるとノッシノッシと歩み寄り親の敵と言わんばかりに踏みつけ始めた。
「え~、何その反応、どういうこと?」
「……イタズラされた?」
「いや、そんな背中に張り紙つけて騒ぐ小学生じゃねぇんだから……」
ラプトルは一通り踏みつけて満足したのか、如何にも「ふぅ~、いい仕事したぜ!」と言わんばかりに天を仰ぎ「キュルルル~!」と鳴き声を上げた。そして、ふと気がついたようにハジメ達の方へ顔を向けビクッとする。
「今気がついたのかよ。どんだけ夢中だったんだよ」
「……やっぱりイジメ?」
ハジメがツッコミ、ユエが同情したような眼差しでラプトルを見る。ラプトルは暫く硬直したものの、直ぐに姿勢を低くし牙をむき出しにして唸り一気に飛びかかってきた。
ハジメはスっとドンナーを掲げ大きく開けられたラプトルの口に照準し電磁加速されたタウル鉱石の弾丸を撃ち放った。
一筋の閃光となって狙い違わずラプトルの口内を蹂躙し後頭部を粉砕して飛び出た弾丸は、背後の樹も貫通して樹海の奥へと消えていった。
跳躍の勢いそのままにズザーと滑っていく絶命したラプトル。ハジメもユエも何とも言えない顔でラプトルの死体を見やった。
「ホント、一体なんなんだ?」
「……イジメられて、撃たれて……哀れ」
「いや、イジメから離れろよ。絶対違うから」
ハジメは訳がわからないものの、そもそも迷宮の魔物自体わけのわからない物ばかりなので気にするのを止めた。包囲網がかなり狭まってきていたので急いで移動しつつ、有利な場所を探っていく。
程なくして直径五メートルはありそうな太い樹が無数に伸びている場所に出た。隣り合う樹の太い枝同士が絡み合っており、まるで空中回廊のようだ。
ハジメは〝空力〟で、ユエは風系統の魔法で頭上の太い枝に飛び移る。ハジメはそこで頭上から集まってきた魔物達を狙い撃ちにし殲滅するつもりなのだ。
五分もかからず眼下に次々とラプトルが現れ始めた。焼夷手榴弾でも投げ落としてやろうと思っていたハジメは、しかし、硬直する。隣では魔法を放つため手を突き出した状態でユエも固まっていた。
なぜなら……
「なんでどいつもこいつも花つけてんだよ!」
「……ん、お花畑」
ハジメ達の言う通り、現れた十体以上のラプトルは全て頭に花をつけていた。それも色とりどりの花を。
思わずツッコミを入れてしまったハジメの声に反応して、ラプトル達が一斉にハジメ達の方を見た。そして、襲いかかろうと跳躍の姿勢を見せる。
どやらこの階層は原作に出てきたエセアルラウネのいる階層らしい。周りにいる恐竜モドキはエセアルラウネの寄生胞子で操られているようだ。
「こいつらは花の胞子で寄生され操られてる。操ってる本体を叩かないと永遠に追われるぞ!!」
「どこにいるの!?」
「身を隠せることのできる場所なのは確かだ!待てよ…。あの一番でっけぇ大樹だ!!」
「ユエ!」
「んっ! 〝凍獄(とうごく)〟!」
ユエが魔法のトリガーを引いた瞬間、ハジメ達のいる樹を中心に眼下が一気に凍てつき始めた。ビキビキッと音を立てながら瞬く間に蒼氷に覆われていき、魔物に到達すると花が咲いたかのように氷がそそり立って氷華を作り出していく。
魔物は一瞬の抵抗も許されずに、その氷華の柩に閉じ込められ目から光を失っていった。氷結範囲は指定座標を中心に五十メートル四方。まさに〝殲滅魔法〟というに相応しい威力である。
「はぁ……はぁ……」
「お疲れさん。流石は吸血姫だ」
「……くふふ……」
周囲一帯、まさに氷結地獄と化した光景を見て混じりけのない称賛をユエに贈るハジメ。ユエは最上級魔法を使った影響で魔力が一気に消費されてしまい肩で息をしている。おそらく酷い倦怠感に襲われていることだろう。
ハジメは傍らでへたり込むユエの腰に手を回して支えながら、首筋を差し出す。吸血させて回復させるのだ。神水でもある程度回復するのだが、吸血鬼としての種族特性なのか全快になるには酷く時間がかかる。やはり血が一番いいようだ。
ユエは、ハジメの称賛に僅かに口元を綻ばせながら照れたように「くふふ」と笑いをもらし、差し出された首筋に頬を赤らめながら口を付けようとした。
だが、それを止めるように突如ハジメが険しい表情で立ち上がる。
ハジメ達が睨んだのは樹海を抜けた先、今通っている草むらの向こう側にみえる迷宮の壁、その中央付近にある縦割れの洞窟らしき場所だ。
「おそらくあそこから胞子を飛ばして寄生させたんだろう…」
錬成で入口を閉じたため薄暗い洞窟を三人は慎重に進む。
しばらく道なりに進んでいると、やがて大きな広間に出た。広間の奥には更に縦割れの道が続いている。もしかすると階下への階段かもしれない。ハジメは辺りを探る。〝気配感知〟には何も反応はないがなんとなく嫌な予感がするので警戒は怠らない。気配感知を誤魔化す魔物など、この迷宮にはわんさかいるのだ。
ハジメ達が部屋の中央までやってきたとき、それは起きた。
全方位から緑色のピンポン玉のようなものが無数に飛んできたのだ。ハジメとユエは一瞬で背中合わせになり、飛来する緑の球を迎撃する。
しかし、その数は優に百を超え、尚、激しく撃ち込まれるのでハジメは錬成で石壁を作り出し防ぐことに決めた。石壁に阻まれ貫くこともできずに潰れていく緑の球。大した威力もなさそうである。ユエの方も問題なく、速度と手数に優れる風系の魔法で迎撃している。
「ユエ、おそらく本体の攻撃だ。どこにいるかわかるか?」
「……」
「ユエ?」
ユエに本体の位置を把握できるか聞いてみるハジメ。ユエは〝気配感知〟など索敵系の技能は持っていないが、吸血鬼の鋭い五感はハジメとは異なる観点で有用な索敵となることがあるのだ。
しかし、ハジメの質問にユエは答えない。訝しみ、ユエの名を呼ぶハジメだが、その返答は……
「……にげて……ハジメ!」
いつの間にかユエの手がハジメに向いていた。ユエの手に風が集束する。本能が激しく警鐘を鳴らし、ハジメは、その場を全力で飛び退いた。刹那、ハジメのいた場所を強力な風の刃が通り過ぎ、背後の石壁を綺麗に両断する。
「ユエ!?」
まさかの攻撃にハジメは驚愕の声を上げるが、ユエの頭の上にあるものを見て事態を理解する。そう、ユエの頭の上にも花が咲いていたのだ。それも、ユエに合わせたのか? と疑いたくなるぐらいよく似合う真っ赤な薔薇が。
「くそっ、さっきの緑玉か!?」
ハジメは自身の迂闊さに自分を殴りたくなる衝動をこらえ、ユエの風の刃を回避し続ける。
「ハジメ……うぅ……」
ユエが無表情を崩し悲痛な表情をする。ラプトルの花を撃ったとき、ラプトルは花を憎々しげに踏みつけていた。あれはつまり、花をつけられ操られている時も意識はあるということだろう。体の自由だけを奪われるようだ。
だが、それなら解放の仕方も既に知っている。ハジメはユエの花に照準し引き金を引こうとした。
しかし、操っている者もハジメが花を撃ち落としたことやハジメの飛び道具を知っているようで、そう簡単にはいかなかった。
ユエを操り、花を庇うような動きをし出したのだ。上下の運動を多用しており、外せばユエの顔面を吹き飛ばしてしまうだろう。ならばと、接近し切り落とそうとすると、突然ユエが片方の手を自分の頭に当てるという行動に出た。
「……やってくれるじゃねぇか……」
つまり、ハジメが接近すればユエ自身を自らの魔法の的にすると警告しているのだろう。
ユエは確かに不死身に近い。しかし、上級以上の魔法を使い一瞬で塵(ちり)にされてなお〝再生〟できるかと言われれば否定せざるを得ない。そして、ユエは、最上級ですらノータイムで放てるのだ。特攻など分の悪そうな賭けは避けたいところだ。
ハジメの逡巡を察したのか、それは奥の縦割れの暗がりから現れた。
アルラウネやドリアード等という人間の女と植物が融合したような魔物がRPGにはよく出てくる。ハジメ達の前に現れた魔物は正しくそれだった。もっとも、神話では美しい女性の姿で敵対しなかったり大切にすれば幸運をもたらすなどという伝承もあるが、目の前のエセアルラウネにはそんな印象皆無である。
確かに、見た目は人間の女なのだが、内面の醜さが溢れているかのように醜悪な顔をしており、無数のツルが触手のようにウネウネとうねっていて実に気味が悪い。その口元は何が楽しいのかニタニタと笑っている。
ハジメはすかさずエセアルラウネに銃口を向けた。しかし、ハジメが発砲する前にユエが射線に入って妨害する。
「ハジメ……ごめんなさい……」
悔しそうな表情で歯を食いしばっているユエ。自分が足でまといになっていることが耐え難いのだろう。今も必死に抵抗しているはずだ。口は動くようで、謝罪しながらも引き結ばれた口元からは血が滴り落ちている。鋭い犬歯が唇を傷つけているのだ。悔しいためか、呪縛を解くためか、あるいはその両方か。
ユエを盾にしながらエセアルラウネは緑の球をハジメに打ち込む。
ハジメは、それをドンナーで打ち払った。球が潰れ、目に見えないがおそらく花を咲かせる胞子が飛び散っているのだろう。
しかし、ユエのようにハジメの頭に花が咲く気配はない。ニタニタ笑いを止め怪訝そうな表情になるエセアルラウネ。二人には胞子が効かないようだ。
(たぶん、耐性系の技能のおかげだろうな)
ハジメの推測通り、エセアルラウネの胞子は一種の神経毒である。そのため、〝毒耐性〟によりハジメと香織には効果がないのだ。つまり、ハジメが助かっているのは全くの偶然で、ユエを油断したとは責められない。ユエが悲痛を感じる必要はないのだ。
エセアルラウネはハジメに胞子が効かないと悟ったのか不機嫌そうにユエに命じて魔法を発動させる。また、風の刃だ。もしかすると、ラプトル達の動きが単純だったことも考えると操る対象の実力を十全には発揮できないのかもしれない。
(不幸中の幸いだな)
風の刃を回避しようとすると、これみよがしにユエの頭に手をやるのでその場に留まり、サイクロプスより奪った固有魔法〝金剛〟により耐える。
この技能は魔力を体表に覆うように展開し固めることで、文字通り金剛の如き防御力を発揮するという何とも頼もしい技能である。まだまだ未熟なため、おそらくサイクロプスの十分の一程度の防御力だが、風の刃も鋭さはあっても威力はないので凌げている。
(一応、速攻で片付く方法もあるんだが……後が怖いしな……焼夷手榴弾でも投げ込むか?)
ハジメがこの状況をどう打開すべきか思案していると、ユエが悲痛な叫びを上げる。
「ハジメ! ……私はいいから……撃って!」
何やら覚悟を決めた様子でハジメに撃てと叫ぶユエ。ハジメの足手まといになるどころか、攻撃してしまうぐらいなら自分ごと撃って欲しい、そんな意志を込めた紅い瞳が真っ直ぐハジメを見つめる。
そんなこと出来るはずないだろう! 必ず助けてみせる! 普通はこんな熱いセリフが飛び出て、ヒロインと絆を確かめ合うシーンだ。一昔前のハジメならそうしただろう。だがしかし、そんな期待を裏切るのが現在のハジメクオリティー。
「え、いいのか? 助かるわ」
「ありがとうユエ」
ドドパンッ!!
広間に銃声が響き渡る。
ユエの言葉を聞いた瞬間、何の躊躇(ためら)いもなく引き金を引いたハジメと香織。広間を冷たい空気が満たし静寂が支配する。そんな中、くるくると宙を舞っていたバラの花がパサリと地面に落ちた。
ユエが目をパチクリとする。エセアルラウネもパチクリとする。
ハジメと香織は互いに弾丸が跳弾する様発射し、一発はエセアルラウネがユエを掴んでいる右肩にもう一発はエセアルラウネの顔面に直撃した。
「いや、お前がそんな目をするなよ」
「で、ユエ、無事か? 違和感とかないか?」
気軽な感じでユエの安否を確認するハジメ。だが、ユエは未だに頭をさすりながらジトっとした目でハジメを睨む。
「……撃った」
「あ? そりゃあ撃っていいって言うから」
「……ためらわなかった……」
「そりゃあ、最終的には撃つ気だったし。狙い撃つ自信はあったんだけどな、流石に問答無用で撃ったらユエがヘソ曲げそうだし、今後のためにならんだろうと配慮したんだぞ?」
「安心しろ。お前の体を掠めてまで撃つ気は最初からなかったから」
「うぅ~……」
ユエは「確かにその通りなんだけど!」と言いたげな顔でハジメのお腹をポカポカと殴る。
確かに、撃てと言ったのは自分であり、足でまといになるぐらいならと覚悟を決めたのも事実だ。だが、ユエとて女。多少の夢は見る。せめてちょっとくらいためらって欲しかったのだ。いくらなんでも、あの反応は軽すぎると不満全開で八つ当たりする。
ハジメとしては、操られた状態では上級魔法を使用される恐れが低いとわかった時点でユエに対する心配はほとんどしていなかった。ユエの不死性を超える攻撃などそうそうないからだ。
しかし、ためらい無く撃ってギクシャクするのも嫌だったので戦闘中に躊躇うという最大の禁忌まで犯して堪えたのに、いったい何がそんなに不満なのかと首を傾げる。そんなハジメの様子にますますヘソを曲げ、ユエはプイッとそっぽを向いてしまった。
ハジメは内心溜息を吐きながら、どうやって機嫌を直すか思案し始める。それは、エセアルラウネの攻略より遥かに難しそうだった。