「最強の格闘者はありふれた職業になっても世界最強」   作:武藤 桜

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第七話 「豹変」

ぴちょん……ぴちょん……

 

 水滴が頬(ほお)に当たり口の中に流れ込む感触に、ハジメは意識が徐々に覚醒していくのを感じた。そのことを不思議に思いながらゆっくりと目を開く。

 

(……生きてる? ……助かったの?)

 

 疑問に思いながらグッと体を起こそうとして低い天井にガツッと額をぶつけた。

 

「あぐっ!?」

 

 自分の作った穴は縦幅が五十センチ程度しかなかったことを今更ながらに思い出し、ハジメは、錬成して縦幅を広げるために天井に手を伸ばそうとした。

 

 しかし、視界に入る腕が一本しかないことに気がつき動揺をあらわにする。

 

 しばらく呆然とするハジメだったが、やがて自分が左腕を失ったことを思い出し、その瞬間、無いはずの左腕に激痛を感じた。幻肢痛というやつだ。

 

 そして、表情を苦悶に歪めながら反射的に左腕を押さえて気がつく。切断された断面の肉が盛り上がって傷が塞がっていることに。

 

「な、なんで? ……それに血もたくさん……」

 

 暗くて見えないが明かりがあればハジメの周囲が血の海になっていることがわかっただろう。普通に考えれば絶対に助からない出血量だった。

 

 ハジメが右手で周りを探れば、ヌルヌルとした感触が返ってくる。まだ辺りに流した血が乾いていないのだろう。やはり、大量出血したことは夢ではなかったようだし、血が乾いていないことから、気を失って未だそれほど時間は経っていないようである。

 

 にもかかわらず傷が塞がっていることに、ハジメが疑問を感じていると再び頬や口元にぴちょんと水滴が落ちてきた。それが口に入った瞬間、ハジメは、また少し体に活力が戻った気がした。

 

「……まさか……神結晶?」

 

 ハジメは幻肢痛と貧血による気怠さに耐えながら右手を水滴が流れる方へ突き出し錬成を行った。

 

 そうやってふらつきながら再び錬成し奥へ奥へと進んで行く。

 

 不思議なことに、岩の間からにじみ出るこの液体を飲むと魔力も回復するようで、いくら錬成しても魔力が尽きない。ハジメは休まず熱に浮かされたように水源を求めて錬成を繰り返した。

 

 やがて、流れる謎の液体がポタポタからチョロチョロと明らかに量を増やし始めた頃、更に進んだところで、ハジメは遂に水源にたどり着いた。

 

「こ……れは……」

 

 そこにはバスケットボールぐらいの大きさの青白く発光する鉱石が存在していた。

 

原作でハジメを救った神水を出すレア鉱石。原作の強制力なのかハジメ達は原作と全く同じ地点に逃げ切んだのだ。

 

「はじ、めくん?  あたっ!?」

 

「香織!!」

 

ハジメの真横で寝ていたおかげで神水を少し摂取していたため足の傷がふさがった香織が目を覚まし、ハジメと同じように天井に頭をぶつけた。

 

「この鉱石から出てる水のお陰で何とか傷がふさがって助かったみたいだ」

 

「そうなんだ…。とにかく生きてて良かったよぉ~」

 

「それはこっちのセリフだ。まぁ、俺もお前のこと言えないけどな」

 

互いの生存を喜び合っていると、爪熊の咆哮が聞こえ二人の顔から喜びの表情は消失し、絶望一色になった。

 

死の恐怖に震える体を抱え体育座りしながら膝に顔を埋めた。既に脱出しようという気力はない。ハジメは心を折られてしまったのだ。

 

 敵意や悪意になら立ち向かえたかもしれない。助かったと喜んで、再び立ち上がれたかもしれない。

 

 しかし、爪熊のあの目はダメだった。二人を餌としてしか見ていない捕食者の目。弱肉強食の頂点に立つ人間がまず向けられることのない目だ。その目に、そして実際に自分の腕を喰われたことに、ハジメと香織の心は砕けてしまった。

 

((誰か……助けて(くれ)……))

 

 ここは奈落の底、二人の言葉は誰にも届かない……

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 どれくらいそうしていただろうか。

 

 ハジメは、現在、香織と背中合わせになりギュッと手足を縮めて、まるで胎児のように丸まっていた。

 

 二人が崩れ落ちた日から既に四日が経っている。

 

 その間、ほとんど動かず、滴り落ちる神水のみを口にして生きながらえていた。

 

 しかし、神水は服用している間は余程のことがない限り服用者を生かし続けるものの空腹感まで消してくれるわけではなかった。死なないだけで、現在、ハジメは壮絶な飢餓(きが)感と幻肢痛に苦しんでいた。

 

(どうして俺がこんな目に?)

 

原作通り絶対助けは来ないということは分かっているがそんなことを再び考えるとさらに飢餓と幻肢痛が強さを増す。

 

 ここ数日何度も頭を巡る疑問。

 

 痛みと空腹で碌に眠れていない頭は神水を飲めば回復するものの、クリアになったがためにより鮮明に苦痛を感じさせる。

 

 何度も何度も、意識を失うように眠りについては、飢餓感と痛みに目を覚まし、苦痛から逃れる為に再び神水を飲んで、また苦痛の沼に身を沈める。

 

もう何度、そんな微睡(まどろ)みと覚醒を繰り返したのか。

 

 いつしか、二人は神水を飲むのを止めていた。無意識の内に、苦痛を終わらせるもっとも手っ取り早い方法を選択してしまったのだ。

 

(こんな苦痛がずっと続くなら……いっそ……)

 

 そう内心呟きながら意識を闇へと落とす。

 

 それから更に三日が経った。

 

 ピークを過ぎたのか一度は落ち着いた飢餓感だったが、嵐の前の静けさだったかのように再び、更に激しくなって襲い来る。幻肢痛は一向に治まらず、ハジメと香織の精神を苛み続ける。まるで、端の方から少しずつヤスリで削られているかのような耐え難き苦痛。

 

(まだ……死なないのか……あぁ、早く、早く……死にたくない……)

(死にたい。死なせて…、早く、死にたい…)

 

 

 死を望みながら無意識に生に縋る。矛盾した考えが交互に過る。ハジメと香織は既に、正常な思考が出来なくなっていた。支離滅裂なうわ言も呟くようになった。

 

 それから更に三日が過ぎた。

 

 既に神水の効力はなく、このままでは二日と保たずに死ぬかもしれない。食料どころか水分も摂っていないのだ。

 

 しかし、少し前、八日目辺りから二人の精神に異常が現れ始めていた。

 

 ただひたすら、死と生を交互に願いながら、地獄のような苦痛が過ぎ去るのを待っているだけだったハジメの心に、ふつふつと何か暗く澱んだものが湧き上がってきたのだ。

 

 それはヘドロのように、恐怖と苦痛でひび割れた心の隙間にこびりつき、少しずつ、少しずつ、ハジメの奥深くを侵食していった。

 

((なぜ俺(私)が苦しまなきゃならない……俺(私)が何をした……))

(なぜこんな目にあってる……なにが原因だ……)

(神は理不尽に誘拐した……)

((クラスメイトは俺達(私たち)を裏切った……))

(ウサギは私たちを見下した……)

(アイツは俺達を喰った……)

 

 次第にハジメの思考が黒く黒く染まっていく。白紙のキャンバスに黒インクが落ちたように、ジワリジワリとハジメの中の美しかったものが汚れていく。

 

 誰が悪いのか、誰が自分に理不尽を強いているのか、誰が自分を傷つけたのか……

 

 無意識に敵を探し求める。激しい痛みと飢餓感、そして暗い密閉空間がハジメの精神を蝕(むしば)む。暗い感情を加速させる。

 

(どうして誰も助けてくれない……)

(誰も助けてくれないならどうすればいい?)

(この苦痛を消すにはどうすればいい?)

 

 九日目には、ハジメの思考は現状の打開を無意識に考え始めていた。

 

 激しい苦痛からの解放を望む心が、湧き上がっていた怒りや憎しみといった感情すら不要なものと切り捨て始める。

 

 憤怒と憎悪に心を染めている時ではない。どれだけ心を黒く染めても苦痛は少しもやわらがない。この理不尽に過ぎる状況を打開するには、生き残るためには、余計なものは削ぎ落とさなくてはならない。

 

(俺(私)は何を望んでる?)

((俺(私)は〝生〟を望んでる。))

(それを邪魔するのは誰だ?)

(邪魔するのは敵だ)

(敵とはなんだ?)

(俺の邪魔をするもの、理不尽を強いる全て)

(では俺は何をすべきだ?)

(俺は、俺は……)

 

 十日目。

 

 ハジメの心から憤怒も憎悪もなくなった。

 

 神の強いた理不尽も、クラスメイトの裏切りも、魔物の敵意も……

 

 全てはどうでもいいこと。

 

 生きるために、生存の権利を獲得するために、そのようなことは全て些事だ。

 

 ハジメと香織の意思は、ただ一つに固められる。鍛錬を経た刀のように。鋭く強く、万物の尽くを斬り裂くが如く。

 

 すなわち……

 

(( 殺す ))

 

 悪意も敵意も憎しみもない。

 

 ただ生きる為に必要だから、滅殺するという純粋なまでの殺意。

 

 自分の生存を脅かす者は全て敵。

 

 そして敵は、

 

((殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す))

 

 この飢餓感から逃れるには、

 

(( 殺して喰らってやる ))

 

 今この瞬間、優しく穏やかで、誰かの幸せを願う南雲ハジメと優しさの塊のような白崎香織は完膚無きまでに崩壊した。

 

 そして、生きる為に邪魔な存在は全て容赦なく排除する新しい南雲ハジメと白崎香織が誕生した。

 

 砕けた心は、再び一つとなった。ただし、ツギハギだらけの修繕された心ではない。奈落の底の闇と絶望、苦痛と本能で焼き直され鍛え直された新しい強靭な心だ。

 

互いに互いを守り合うという誓だけはまだ残っていたがそれでも彼らの心はもう変わり果てていた。

 

 二人はすっかり弱った体を必死に動かし、ここ数日で地面のくぼみに溜まった神水を犬のように直接口をつけて啜る。飢餓感も幻肢痛も治まらないが、体に活力が戻る。

 

 そして目をギラギラと光らせ、濡れた口元を乱暴に拭い、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。歪んだ口元からは犬歯がギラリと覗く。まさに豹変という表現がぴったり当てはまるほどの変わりようだ。

 

 ハジメとは起き上がり、錬成を始めながら、香織は持っていた杖を握りながら互いを見つめ合い宣言するようにもう一度呟いた。

 

「「殺してやる」」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

迷宮のとある場所に二尾狼の群れがいた。

 

 二尾狼は四~六頭くらいの群れで移動する習性がある。単体ではこの階層の魔物の中で最弱であるため群れの連携でそれを補っているのだ。この群れも例に漏れず四頭の群れを形成していた。

 

 周囲を警戒しながら岩壁に隠れつつ移動し絶好の狩場を探す。二尾狼の基本的な狩りの仕方は待ち伏せであるからだ。

 

 しばらく彷徨いていた二尾狼達だったが、納得のいく狩場が見つかったのか其々四隅の岩陰に潜んだ。後は獲物が来るのを待つだけだ。その内の一頭が岩と壁の間に体を滑り込ませジッと気配を殺す。これからやって来るだろう獲物に舌舐りしていると、ふと違和感を覚えた。

 

 二尾狼の生存の要が連携であることから、彼らは独自の繋がりを持っている。明確に意思疎通できるようなものではないが、仲間がどこにいて何をしようとしているのかなんとなくわかるのだ。

 

 その感覚がおかしい。自分達は四頭の群れのはずなのに三頭分の気配しか感じない。反対側の壁際で待機していたはずの一頭が忽然と消えてしまったのだ。

 

 どういうことだと不審を抱き、伏せていた体を起こそうと力を入れた瞬間、今度は仲間の悲鳴が聞こえた。

 

 消えた仲間と同じ壁際に潜んでいた一頭から焦燥感が伝わってくる。何かに捕まり脱出しようともがいているようだが中々抜け出せないようだ。

 

 救援に駆けつけようと反対側の二頭が起き上がる。だが、その時には、もがいていた一頭の気配も消えた。

 

 混乱するまま、急いで反対側の壁に行き、辺りを確認するがそこには何もなかった。残った二頭が困惑しながらも消えた二頭が潜んでいた場所に鼻を近づけフンフンと嗅ぎ出す。

 

 その瞬間、地面がいきなりグニャアと凹み、同時に壁が二頭を覆うようにせり出した。

 

 咄嗟に飛び退こうとするがその時には沈んだ足元が元に戻っており固定されてしまった。もっとも、これくらいなら、二尾狼であれば簡単に粉砕して脱出できる。今まで遭遇したことのない異常事態に混乱していなければ、そもそも捕まることもなかっただろう。

 

 しかし、襲撃者にとってはその混乱も一瞬の硬直も想定したこと。二頭を捕らえるには十分な隙だった。

 

「グルゥア!?」

 

 悲鳴を上げながら壁に呑まれる二頭。そして後には何も残らなかった。

 

 四頭の二尾狼を捕らえたのはもちろんハジメであった。反撃の決意をした日から飢餓感も幻肢痛もねじ伏せて、神水を飲みながら生きながらえ、魔力が尽きないのをいいことに錬成の鍛錬をひたすら繰り返した。

 

 より早く、より正確に、より広範囲を。今のまま外に出てもあっさり死ぬのがオチである。神結晶のある部屋を拠点に鍛錬を積み、少しでも武器を磨かなければならない。その武器は当然、錬成だ。

 

 ねじ伏せたと言っても耐えられるというだけで苦痛は襲ってくる。しかし、飢餓感と幻肢痛は、むしろ追い立てるようにハジメに極限の集中力をもたらした。

 

 その結果、今までの数倍の速さでより正確に、三メートル弱の範囲を錬成できるようになった。もっとも、土属性魔法のような直接的な攻撃力は相変わらず皆無だったが。

 

 そして、神水を小さく加工した石の容器に詰め、錬成を利用しながら迷宮を進み、標的を探した。

 

 そうして見つけたのが四頭の二尾狼だ。

 

 しばらく二尾狼の群れを尾行した。もちろん何度もバレそうになったが、その度に錬成で壁の中に逃げ込みどうにか追跡することができた。そして、四頭が獲物を待ち伏せるために離れた瞬間を狙って壁の中から錬成し、引きずり込んだのである。

 

「さぁて、生きてっかな? まぁ、俺の錬成に直接の殺傷力はほとんどないからな。石の棘を突き出したくらいじゃ威力も速度も足りなくてここの魔物は死にそうにないし」

 

 ギラギラと輝く瞳で足元の小さな穴を覗(のぞ)くハジメ。その奥には、まさに〝壁の中〟といった有様の二尾狼達が、完全に周囲を石で固められ僅かにも身動きできず、焦燥を滲ませながら低い唸り声を上げていた。

 

 実は、以前、足元から生やした石の刺で魔物を攻撃したことがあったのだが、突き破る威力も速度も全く足りず、到底実用に耐える使い方ではなかった。やはり、そういうのは土属性魔法の領分のようだ。錬成はあくまで鉱物を加工する魔法であって、加工過程に殺傷力を持たせるのは無理があるのだ。従って、こうして拘束するのが精一杯であった。

 

「窒息でもしてくれりゃあいいが……俺が待てないなぁ」

 

 ニヤリと笑うハジメの目は完全に捕食者の目だった。

 

 ハジメは、右腕を壁に押し当てると錬成の魔法を行使する。岩を切り出し、集中して明確なイメージのもと、少しずつ加工していく。すると、螺旋(らせん)状の細い槍のようなものが出来上がった。更に、加工した部品を取り付ける。槍の手元にはハンドルのようなものが取り付けられた。

 

「さ~て、掘削(くっさく)、掘削!」

 

 地面の下に捕らわれている二尾狼達に向かってハジメはその槍を突き立てた。硬い毛皮と皮膚の感触がして槍の先端を弾く。

 

「やっぱり刺さんないよな。だが、想定済みだ」

 

 なぜナイフや剣にしなかったのか。それは、魔物は強くなればなるほど硬いというのが基本だからだ。もちろん種族特性で例外はいくらでもあるのだが、自分の無能を補うため座学に重点を置いて勉強していたハジメは、この階層の魔物なら普通のナイフや剣は通じないだろうと考えたのだ。

 

 故に、ハジメは槍についているハンドルをぐるぐる回した。それに合わせて先端の螺旋が回転を始める。そう、これは魔物の硬い皮膚を突き破るために考えたドリルなのである。

 

 上から体重を掛けつつ右手でハンドルを必死に回す。すると、少しずつ先端が二尾狼の皮膚にめり込み始めた。

 

「グルァアアー!?」

 

 二尾狼が絶叫する。

 

「痛てぇか? 謝罪はしねぇぞ? 俺が生きる為だ。お前らも俺を喰うだろう? お互い様さ」

 

 そう言いながら、さらに体重を掛けドリルを回転させる。二尾狼が必死にもがこうとしているが、周りを隙間一つなく埋められているのだから不可能だ。

 

 そして、遂に、ズブリとドリルが二尾狼の硬い皮膚を突き破った。そして体内を容赦なく破壊していく。断末魔の絶叫を上げる二尾狼。しばらく叫んでいたが、突然、ビクッビクッと痙攣したかと思うとパタリと動かなくなった。

 

「よし、取り敢えず飯確保」

 

香織はというと残った三頭の内の一頭に杖で殴打を繰り返していた。

 

「五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い!!!!」

 

私怨の籠った声と共に何度も何度も二尾狼の頭蓋を殴り続けた。

 

「さっさと死ねよ…!こっちは腹減ってんのよ!!!」

 

「グ…、ルァア…」

 

断末魔をか細く叫ぶとハジメが仕留めたのと同じく痙攣し、動かなくなった。

 

 嬉しそうに嗤いながら、残り二頭にも止めを刺していく。そして、全ての二尾狼を殺し終えたハジメは錬成で二尾狼達の死骸を取り出し、片手に不自由しながら毛皮を剥がしていく。

 

 そして、飢餓感に突き動かされるように喰らい始めた。

 

「あが、ぐぅう、まじぃなクソッ!」

「なん、なの?生肉って少しはおいしいはずだけど…」

「すまねぇな、血抜きした方が生臭さは無くなるはずなんだけど」

 

 悪態を吐きながら二尾狼の肉を喰らっている二人。

 

 硬い筋ばかりの肉を、血を滴らせながら噛み千切り必死に飲み込んでいく。およそ二週間振りの食事だ。いきなり肉を放り込まれた胃が驚き、キリキリと痛みをもって抗議する。だが、ハジメはそんなもの知ったことかと次から次へと飲み込んでいった。

 

 その姿は完全に野生児といった様子だ。現代の人間から見れば酷くおぞましい姿に映っただろう。

 

 酷い匂いと味に涙目になりながらも、ハジメと香織は飢餓感が癒されていく感覚に陶然とする。飯を食えるということがこんなに幸せなことだったとは思いもしなかった。夢中になって喰らい続ける。

 

 どれくらいそうやって喰らっていたのか、神水を飲料代わりにするという聖教教会の関係者が知ったら卒倒するような贅沢をしながら腹が膨れ始めた頃、ハジメの体に異変が起こり始めた。

 

「あ? ――ッ!? アガァ!!!」

「え?あぐああああああ!?がうあ!!!!」

 

 突如全身を激しい痛みが襲った。まるで体の内側から何かに侵食されているようなおぞましい感覚。その痛みは、時間が経てば経つほど激しくなる。

 

「ぐぅあああっ。な、何がっ――ぐぅううっ!」

「ハジ、メくん!?!!」

 耐え難い痛み。自分を侵食していく何か。二人は地面をのたうち回る。幻肢痛など吹き飛ぶような遥かに激しい痛みだ。

 

 ハジメは震える手で懐から石製の試験管型容器を取り出すと、端を噛み砕き中身を飲み干し香織にも分け与える。直ちに神水が効果を発揮し痛みが引いていくが、しばらくすると再び激痛が襲う。

 

「ひぃぐがぁぁ!! なんで……なおらなぁ、あがぁぁ!」

「ぐはういえhs!!?!た、すけ・・・・」

 

 二人の体が痛みに合わせて脈動を始めた。ドクンッ、ドクンッと体全体が脈打つ。至る所からミシッ、メキッという音さえ聞こえてきた。

 

 しかし次の瞬間には、体内の神水が効果をあらわし体の異常を修復していく。修復が終わると再び激痛。そして修復。

 

 神水の効果で気絶もできない。絶大な治癒能力がアダとなった形だ。

 

 ハジメと香織は絶叫を上げ地面をのたうち回り、頭を何度も壁に打ち付けながら終わりの見えない地獄を味わい続けた。いっそ殺してくれと誰ともなしに願ったが当然叶えられるわけもなくひたすら耐えるしかない。

 

 すると、ハジメの体に変化が現れ始めた。

 

 まず髪から色が抜け落ちてゆく。許容量を超えた痛みのせいか、それとも別の原因か、日本人特有の黒髪がどんどん白くなってゆく。

 

 次いで、筋肉や骨格が徐々に太くなり、体の内側に薄らと赤黒い線が幾本か浮き出始める。

 

 超回復という現象がある。筋トレなどにより断裂した筋肉が修復されるとき僅かに肥大して治るという現象だ。骨なども同じく折れたりすると修復時に強度を増すらしい。今、ハジメの体に起こっている異常事態も同じである。

 

香織も変化を始めた。

ハジメと同じく髪の色が白髪になり、何度も壁に頭を打ち付けすぎた影響か眼球の白目の色が黒よりの赤になり、肉体も引き締まり、体の内側に薄らと赤黒い線が幾本か浮き出始める。

 

 魔物の肉は人間にとって猛毒だ。魔石という特殊な体内器官を持ち、魔力を直接体に巡らせ驚異的な身体能力を発揮する魔物。体内を巡り変質した魔力は肉や骨にも浸透して頑丈にする。

 

 この変質した魔力が詠唱も魔法陣も必要としない固有魔法を生み出しているとも考えられているが詳しくは分かっていない。

 

 とにかく、この変質した魔力が人間にとって致命的なのだ。人間の体内を侵食し、内側から細胞を破壊していくのである。

 

 過去、魔物の肉を喰った者は例外なく体をボロボロに砕けさせて死亡したとのことだ。実は、ハジメもこの知識はあったのだが、飢餓感がすっかりその知識を脳の奥に押し込めてしまっていた。

 

 ハジメもただ魔物の肉を喰っただけなら体が崩壊して死ぬだけだっただろう。

 

 しかし、それを許さない秘薬があった。神水だ。

 

 壊れた端からすぐに修復していく。その結果、肉体が凄まじい速度で強靭になっていく。

 

 壊して、治して、壊して、治す。

 

 脈打ちながら肉体が変化していく。

 

 やがて、脈動が収まり二人はぐったりと倒れ込んだ。その頭髪は真っ白に染まっており、服の下には今は見えないが赤黒い線が数本ほど走っている。まるで蹴りウサギや二尾狼、そして爪熊のようである。

 

 ハジメの右手がピクリと動いた。閉じられていた目がうっすらと開けられる。焦点の定まらない瞳がボーと自分の右手を見る。やがて地面を掻くようにギャリギャリと音を立てながら拳が握られた。

 

「……そういや、魔物って喰っちゃダメだったか……アホか俺は……まぁ、喰わずにはいられなかっただろうけど……」

 

「ハジメくん…。大丈夫?」

 

 疲れ果てた表情で、自嘲気味に笑うハジメとそんなハジメを心配する香織。

 

 飢餓感がなくなり、壮絶な痛みに幻肢痛も吹き飛んだようで久しぶりになんの苦痛も感じない。それどころか妙に体が軽く、力が全身に漲っている気がする。

 

 途方もない痛みに精神は疲れているもののベストコンディションといってもいいのではないだろうか。

 

 腕や腹を見ると明らかに筋肉が発達している。実は身長も伸びている。以前のハジメの身長は百六十五センチだったのだが、現在は更に十センチ以上高くなっている。

 

「俺の体どうなったんだ? なんか妙な感覚があるし……」

 

 体の変化だけでなくハジメは体内にも違和感を覚えていた。温かいような冷たいような、どちらとも言える奇妙な感覚。意識を集中してみると腕に薄らと赤黒い線が浮かび上がった。

「おい香織!!お前、眼球の色が変わってんぞ!?髪も白くなってるし!」

「ハジメくんも体が一回り大きくなってるし、体から何か赤黒い線が浮かび上がってるよ!?」

「うわぁ、き、気持ち悪いな。なんか魔物にでもなった気分だ。……洒落(しゃれ)になんねぇな。そうだ、ステータスプレートは……」

 

 すっかり存在を忘れていたステータスプレートを探してポケットを探る。どうやら失くしていなかったようだ。現在のハジメのステータスを確認する。体の異常について何か分かるかもしれない。

 

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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:8

天職:錬成師・格闘家

筋力:300

体力:500

耐性:300

敏捷:400

魔力:500

魔耐:500

技能:錬成・魔力操作・胃酸強化・纏雷・言語理解・「格闘者」+全武器適正・基本全体術適正・二虎流武術免許皆伝・呉一族秘伝免許皆伝・拳眼・自然影響耐性

称号:「絶対不屈」(効果:自身よりステータスが高い存在との戦闘時、全ステータスが上昇する(最大3倍))

 

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白崎香織 17歳 女 レベル:7

天職:治癒師

筋力:300

体力:400

耐性:300

敏捷:400

魔力:600

魔耐:600

技能:回復魔法[+回復効果上昇][+回復速度上昇] ][+イメージ補強力上昇][+浸透看破][+範囲回復効果上昇]・光魔法適性[+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇]・魔力操作・胃酸強化・高速魔力回復・纏雷・言語理解

 

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「……なんでやねん」

「うそやん」

 

 いつかのように驚愕のあまり思わず関西弁でツッコミを入れるハジメと香織。ステータスが軒並み急増しており、技能も三つ増えている。しかもレベルが未だ8にしかなっていない。レベルはその人の到達度を表していることから考えると、どうやらハジメの成長限界も上がったようだ。

 

原作通り死ぬ思いしたがそのかいあって原作よりも高いステータス量になった。

 

「香織…。これからのことなんだが、その前にお前に伝えたいことがある…」

 

「どんな事?」

 

「実はな…」

 

 

 

 

「ってなことが俺が前世で知った物語の全容なんだ…」

 

香織に原作の話をした。きっと幻滅するだろう。本来なら自分はハジメと一緒に奈落に落ちることは無かったのだ。一緒に落ちたせいで片足を失う結果になり生き残るためとはいえ体が何度も崩壊する地獄の苦痛を味わったのだ。

 

「そう、だったんだね…。ありがとうハジメくん私を守ろうとしてくれて…」

 

「おい。話聞いてたのか?俺のせいでお前は死ぬ思いをしたんだぞ。俺を見限って当然だと思うんだが?」

 

「確かに驚いたけど、私知ってるもん。ハジメくんが奈落に落ちた瞬間私を守ろうと抱えてくれたこと。熊爪に殺されそうな私をかばってくれたことも。きっとあの時ハジメくんが押し倒してくれなかったら多分死んでたと思う。完全に避けきれるはずもなかったし片足だけで済んだのはハジメくんのお陰だよ…」

 

「香織・・・」

 

「例えあなたがこれから起こることを知っていたんだと知っても、それを変えようと全力で抗っていたのはあなたの態度が、目が示してた。それに、私は本当ならなるはずだったハジメくんじゃなくていつも誰かを守るために戦うハジメくんを好きになったの。だがら、私は貴方を責めたりしない。今までも、これからもあなたを愛してます…」

 

「香織ぃ…!ありがとう」

 

ハジメは涙を流しながら香織を抱きしめた。それに答えるように香織もハジメを強く抱きしめた。

 

「香織。話した通りここには助けは来ない。自力で脱出する以外助かる方法はない」

 

「うん。だからとにかく生き残るために強くならないと。ハジメくん。私に本格的な武術を教えて…」

 

「いいのか?俺がお前に教えるのはれっきとした殺人拳だぞ。ここから出たら多かれ少なかれ必ず人を殺すことになる…」

 

「いいよ。もう「人を殺す」ってことに何ら忌避感は感じないし。きっとあの時もうそういう感情は無くなったと思う。それに、私は立ちはだかる存在を殺す力が欲しいの。決して目の前にいる全てを皆殺しにする力を求めてうんじゃない」

 

「良かったよ。お前がそっち方面に堕ちてたら最悪の決断をしなくちゃいけないところだった…」

 

そして、ハジメは香織に自分の前世から培ってきた武術の全てを伝授した。

それと同時に錬成の技能を磨き二人の武器を制作した。

ハジメ用のは原作と同じリボルバー拳銃「ドンナー」

香織用のはハジメと同じリボルバー拳銃と刀の二つになった。

銃は原作通り纏雷の電磁加速機能付きにし、刀は燃焼石の粉末を刀身にコーティングし発火する刃に仕立てた。

急ごしらえだが香織の右足用の義足も完成した。

 

蹴り兎を倒して喰らいステータスを徐々に上げ残すは熊爪だけとなった。

 

「よぉ、爪熊。久しぶりだな。俺の腕は美味かったか?」

 

 爪熊はその鋭い眼光を細める。目の前の生き物はなんだ? なぜ、己を前にして背を見せない? なぜ恐怖に身を竦ませ、その瞳に絶望を映さないのだ? 

 

 かつて遭遇したことのない事態に、流石の爪熊も若干困惑する。

 

「リベンジマッチだ。まずは、俺が獲物ではなく敵だと理解させてやるよ」

「絶対に殺す!!」

 

 そう言って、ハジメと香織は銃口を真っ直ぐに爪熊へ向けた。

 

 二人は構えながら己の心に問かける。「怖いか?」と。答えは否だ。絶望に目の前が暗くなることも、恐怖に腰を抜かしガタガタ震えることもない。あるのはただ、純粋な生存への渇望と敵への殺意。

 

 ハジメと香織の口元が自然と吊り上がり獰猛(どうもう)な笑みを作る。

 

「「殺して喰ってやる」」

 

 その宣言と同時にハジメはドンナーを発砲する。ドパンッ! と炸裂音を響かせながら毎秒三・二キロメートルの超速でタウル鉱石の弾丸が爪熊に迫る。

 

「グゥウ!?」

 

 爪熊は咄嗟(とっさ)に崩れ落ちるように地面に身を投げ出し回避した。

 

 弾丸を視認して避けたのではなく、発砲よりほんの僅かに回避行動の方が早かったことから、おそらくハジメの殺気に反応した結果だろう。流石は階層最強の主である。二メートル以上ある巨躯(きょく)に似合わない反応速度だ。

 

 だが、完全に避け切れたわけではなく肩の一部が抉れて白い毛皮を鮮血で汚している。

 

 爪熊の瞳に怒りが宿る。どうやらハジメを〝敵〟として認識したらしい。

 

「ガァアア!!」

 

 咆哮を上げながら物凄い速度で突進する。二メートルの巨躯と広げた太く長い豪腕が地響きを立てながら迫る姿は途轍もない迫力だ。

 

「ハハ! そうだ! 俺は敵だ! ただ狩られるだけの獲物じゃねぇぞ!」

 

 爪熊から凄まじいプレッシャーを掛けられながら、なお、ハジメは不敵な笑みを崩さない。

 

 ここがターニングポイントだ。

 

 ハジメの左腕と香織の右足を喰らい、心を砕き、変心の原因となった魔物を打ち破る。これから前へ進むために必要な儀式。それができなければ、きっと己の心は〝妥協〟することを認めてしまう。二人はそう確信していた。

 

 突進してくる爪熊に、再度、ドンナーを発砲する。超速の弾丸が爪熊の眉間めがけて飛び込むが、なんと爪熊は突進しながら側宙をして回避した。どこまでも巨躯に似合わない反応をする奴である。

 

だが、それも織り込み済みだった。岩陰に身を潜めていた香織が回避の瞬間と同時に飛び出し熊爪の右足を切り落としたのだ。

 

「ガァアア!!?」

 

「ダメ押しだ。これでも喰らえ!!」

 

爪熊の足元にカランと何かが転がる音がした。釣られて爪熊が足元に視線を向けると直径五センチ位の深緑色をしたボール状の物体が転がっている。爪熊がそのことを認識した瞬間、その物体がカッと強烈な光を放った。

 

 ハジメが作った〝閃光手榴弾〟である。

 

 原理は単純だ。緑光石に魔力を限界ギリギリまで流し込み、光が漏れないように表面を薄くコーティングする。更に中心部に燃焼石を砕いた燃焼粉を圧縮して仕込み、その中心部から導火線のように燃焼粉を表面まで繋げる。

 

 後は〝纏雷〟で表に出ている燃焼粉に着火すれば圧縮してない部分がゆっくり燃え上がり、中心部に到達すると爆発。臨界まで光を溜め込んだ緑光石が砕けて強烈な光を発するというわけだ。ちなみに、発火から爆発までは三秒に調整してある。苦労した分、自慢の逸品だ。

 

 当然、そんな兵器など知らない爪熊はモロにその閃光を見てしまい一時的に視力を失った。両腕をめちゃくちゃに振り回しながら、咆哮を上げもがく。何も見えないという異常事態にパニックになっているようだ。

 

 その隙を逃すハジメではない。再びドンナーを構えてすかさず発砲する。電磁加速された絶大な威力の弾丸が暴れまわる爪熊の左肩に命中し、根元から吹き飛ばした。

 

「グルゥアアアアア!!!」

 

 その生涯でただの一度も感じたことのない激烈な痛みに凄まじい悲鳴を上げる爪熊。その肩からはおびただしい量の血が噴水のように噴き出している。吹き飛ばされた左腕がくるくると空中を躍り、やがて力尽きたようにドサッと地面に落ちた。

 

「こりゃあ偶然にしてはでき過ぎだな」

 

 ハジメとしては左腕を狙ったつもりはなかった。まだそこまで銃の扱いをマスターしているわけではない。直進してくる敵や何度もやりあった二尾狼等、その動きを熟知していない限り暴れて動き回る対象をピンポイントで撃ち抜くことは未だ難しい。

 

故に、かつて奪われ喰われたハジメと同じ左腕を奪うことになったのは全くの偶然だった。

 

 ハジメは、痛みと未だ回復しきっていない視界に暴れまわる爪熊へ再度発砲する。

 

 爪熊は混乱しながらも野生の勘で殺気に反応し横っ飛びに回避した。

 

 ハジメは、〝縮地〟で爪熊を通り過ぎその後ろに落ちている左腕のもとへ行く。そして、少し回復したのか、こちらを強烈な怒りを宿した眼で睨む爪熊に見せつけるかのように左腕を持ち上げ掲げた。

 

 そして、おもむろに噛み付いた。魔物を喰らうようになってから、やたらと強くなった顎(あご)の力で肉を引き千切り咀嚼(そしゃく)する。かつて爪熊がそうしたように目の前で己の腕が喰われるという悪夢を再現する。

 

「あぐ、むぐ、相変わらずマズイ肉だ。……なのにどうして他の肉より美味く感じるんだろうな?」

 

 そんなことを言いながら、こちらを警戒しつつ蹲る爪熊を睥睨(へいげい)するハジメ。

 

 爪熊は動かない。その瞳には恐怖の色はないが、それでも己の肉体の一部が喰われているという状況と回復しきっていない視力に不用意には動けないようだ。

 

 それをいいことに、ハジメは食事を続ける。すると、やがて異変が訪れた。初めて魔物の肉を喰らった時のように、激しい痛みと脈動が始まったのだ。

 

「ッ!?」

 

 急いで神水を服用するハジメ。あの時ほど激烈な痛みではないが、立っていられず片膝(かたひざ)を突き激しい痛みに顔を歪める。どうやら、爪熊が二尾狼や蹴りウサギとは別格であるために取り込む力が大きく痛みが発生したらしい。

 

 だが、そんな事情は爪熊には関係ない。チャンスと見たのか唸り声を上げながら突進する。

 

 蹲るハジメは動かない。あわや、このまま爪熊に蹂躙され、かつての再現となるのかと思われたその時、ハジメの口元がニヤーと裂けた。

 

「残念だったな…」

 

ハジメがそうつぶやいた瞬間、背後から香織が放った電磁加速弾が熊爪の背骨を砕いた。

 

 同時に、右手をスッと地面に押し付けた。そして、その手に雷を纏う。最大出力で放たれた〝纏雷〟は地面の液体を伝い、その場所に踏み込んだ爪熊を容赦なく襲った。

 

 地面の液体とは、爪熊の血液のことだ。噴水の如く撒き散らされた血の海。ハジメは拾った爪熊の左腕から溢れでる血を、乱暴に掲げることで撒き散らし、自分の場所と血溜りを繋いだのである。

 

 伊達や酔狂で戦闘中に食事などしない。爪熊を喰らったことで痛みに襲われるとは思っていなかったが、最初から罠に嵌めるつもりだったのだ。わざわざ目の前で喰ったのも怒りを煽り真っ直ぐ突進させるためである。多少予定は狂ったが結果オーライだ。

 

 自らの流した血溜りに爪熊が踏み込んだ瞬間、強烈な電流と電圧が瞬時にその肉体を蹂躙する。神経という神経を侵し、肉を焼く。最大威力と言っても、ハジメが取得した固有魔法は本家には及ばない。

 

 二尾狼のように電撃を飛ばせるわけではないし、出力も半分程度だろう。しかし、それでも一時的に行動不能にさせることは十分に可能だ。ちなみに、人間なら血液が沸騰してもおかしくない威力ではある。

 

「ルグゥウウウ」

 

 低い唸り声を上げながら爪熊が自らの血溜りに地響きを立てながら倒れた。その眼光は未だ鋭く殺意に満ちていてハジメと香織を睨んでいる。

 

 ハジメは真っ直ぐその瞳を睨み返し、痛みに耐えながらゆっくり立ち上がった。そして、ホルスターに仕舞っていたドンナーを抜きながら歩み寄り、爪熊の頭部に銃口を押し当てた。

 

「俺達の糧(かて)になれ」

 

 その言葉と共に引き金を引く。撃ち出された弾丸は主の意志を忠実に実行し、爪熊の頭部を粉砕した。

 

 迷宮内に銃声が木霊する。

 

 爪熊は最期までハジメ達から眼を逸らさなかった。ハジメ達もまた眼を逸らさなかった。

 

 想像していたような爽快感はない。だが、虚しさもまたなかった。ただ、やるべきことをやった。生きるために、この領域で生存の権利を獲得するために。

 

 ハジメと香織はスッと目を閉じると、改めて己の心と向き合う。そして、この先もこうやって生きると決意する。戦いは好きじゃない。苦痛は避けたい。腹いっぱい飯を食いたい。

 

そして……生きたい。

 

 理不尽を粉砕し、敵対する者には容赦なく、全ては生き残るために。

 

 そうやって生きて……

 

 そして……

 

 故郷に帰りたい。

 

 そう、心の深奥が訴える。

 

「そうだ……帰りたいんだ……俺は。他はどうでもいい。俺は俺のやり方で帰る。望みを叶える。邪魔するものは誰であろうと、どんな存在だろうと……」

 

「何が何でも絶対に家に帰る。それを邪魔する存在が誰だろうと、どんな存在だろうと……」

 

 目を開いた二人は口元を釣り上げながら不敵に笑う。

 

「「 殺してやる 」」

 

 

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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:17

天職:錬成師・格闘家

筋力:500

体力:600

耐性:500

敏捷:650

魔力:600

魔耐:600

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地]・風爪・言語理解「格闘者」+全武器適正・基本全体術適正・思考加速・二虎流武術免許皆伝・呉一族秘伝免許皆伝・拳眼・自然影響耐性

称号:「絶対不屈」(効果:自身よりステータスが高い存在との戦闘時、全ステータスが上昇する(最大3倍))

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白崎香織 17歳 女 レベル:16

天職:治癒師

筋力:500

体力:600

耐性:400

敏捷:600

魔力:800

魔耐:800

技能:回復魔法[+回復効果上昇][+回復速度上昇] ][+イメージ補強力上昇][+浸透看破][+範囲回復効果上昇] ・天歩[+空力][+縮地]・風爪・「狂暴者」+感情増減・森羅万象・思考加速・模倣取得・二虎流武術免許皆伝・呉一族秘伝免許皆伝・光魔法適性[+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇]・魔力操作・胃酸強化・高速魔力回復・纏雷・言語理解

 

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