「最強の格闘者はありふれた職業になっても世界最強」   作:武藤 桜

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第九話「最強トリオ」

 サソリモドキの初手は尻尾の針から噴射された紫色の液体だった。かなりの速度で飛来したそれを、ハジメはすかさず飛び退いてかわす。着弾した紫の液体はジュワーという音を立てて瞬く間に床を溶かしていった。溶解液のようだ。

 

 ハジメはそれを横目に確認しつつ、ドンナーを抜き様に発砲する。

 

ドパンッ!

 

 最大威力だ。秒速三・九キロメートルの弾丸がサソリモドキの頭部に炸裂する。

 

ハジメの発砲と同時に香織が逆方向から斬撃を放ち、サソリモドキの鋏部分に直撃した。

 

 ハジメの背中越しにユエの驚愕が伝わって来た。見たこともない武器で、閃光のような攻撃と燃え盛る斬撃を放ったのだ。それも魔法の気配もなく。若干、右手に電撃を帯びたようだが、それも魔法陣や詠唱を使用していない。つまり、ハジメが自分と同じく、魔力を直接操作する術を持っているということに、ユエは気がついたのである。

 

 自分と〝同じ〟、そして、何故かこの奈落にいる。ユエはそんな場合ではないとわかっていながらサソリモドキよりもハジメを意識せずにはいられなかった。

 

 一方、ハジメは足を止めることなく〝空力〟を使い跳躍を繰り返した。その表情は今までになく険しい。ハジメには、〝気配感知〟と〝魔力感知〟でサソリモドキが微動だにしていないことがわかっていたからだ。

 

 それを証明するようにサソリモドキのもう一本の尻尾の針がハジメに照準を合わせた。そして、尻尾の先端が一瞬肥大化したかと思うと凄まじい速度で針が撃ち出された。避けようとするハジメだが、針が途中で破裂し散弾のように広範囲を襲う。

 

「ぐっ!」

 

 ハジメは苦しげに唸りながら、ドンナーで撃ち落とし、〝豪脚〟で払い、〝風爪〟で叩き切る。どうにか凌ぎ、お返しとばかりにドンナーを発砲。直後、空中にドンナーを投げ、その間にポーチから取り出した手榴弾を投げつける。

 

 サソリモドキはドンナーの一撃を再び耐えきり、更に散弾針と溶解液を放とうとした。しかし、その前にコロコロと転がってきた直径八センチ程の手榴弾がカッと爆ぜる。その手榴弾は爆発と同時に中から燃える黒い泥を撒き散らしサソリモドキへと付着した。

 

 いわゆる〝焼夷手榴弾〟というやつだ。タールの階層で手に入れたフラム鉱石を利用したもので、摂氏三千度の付着する炎を撒き散らす。

 

 流石に、これは効いているようでサソリモドキが攻撃を中断して、付着した炎を引き剥がそうと大暴れした。その隙に、ハジメは地面に着地し、既にキャッチしていたドンナーを素早くリロードする。

 

 それが終わる頃には、 〝焼夷手榴弾〟はタールが燃え尽きたのかほとんど鎮火してしまっていた。しかし、あちこちから煙を吹き上げているサソリモドキにもダメージはあったようで強烈な怒りが伝わってくる。

 

「キシャァァァァア!!!」

 

 絶叫を上げながらサソリモドキはその八本の足を猛然と動かし、ハジメ達に向かって突進した。四本の大バサミがいきなり伸長し大砲のように風を唸らせながらハジメに迫る。

 

 一本目を〝縮地〟でかわし、二本目を〝空力〟で跳躍してかわす。三本目を〝豪脚〟で蹴り流して体勢を崩しているハジメを、四本目のハサミが襲う。

 

 が、ハジメは、咄嗟にドンナーを撃ち、その激発の衝撃を利用して自らを吹き飛ばしつつ身を捻ることで辛うじて回避に成功した。背中のユエが激しい動きに「うぅ」と唸っているが、どうにか堪えられているようだ。

 

 ハジメは、そのまま空中を跳躍し、サソリモドキの背中部分に降り立った。そして、暴れるサソリモドキの上でなんとかバランスを取りながら、ゴツッと外殻に銃口を押し付けるとゼロ距離でドンナーを撃ち放った。

 

ズガンッ!!

 

 凄まじい炸裂音が響き、サソリモドキの胴体が衝撃で地面に叩きつけられる。

 

 しかし、直撃を受けた外殻は僅かに傷が付いたくらいでダメージらしいダメージは与えられていない。その事実に歯噛みしながら、ハジメはドンナーを振りかぶり〝風爪〟を発動するが、ガキッという金属同士がぶつかるような音を響かせただけで、やはり外殻を突破することは敵わなかった。

 

 サソリモドキが「いい加減にしろ!」とでも言うように散弾針を自分の背中目掛けて放った。

 

 ハジメは、即行でその場を飛び退き空中で身を捻ると、散弾針の付け根目掛けて発砲する。超速の弾丸が狙い違わず尻尾の先端側の付け根部分に当たり尻尾を大きく弾き飛ばすが……尻尾まで硬い外殻に覆われているようでダメージがない。完全に攻撃力不足だ。

 

 空中のハジメを、再度、四本の大バサミが嵐の如く次々と襲う。ハジメは苦し紛れに〝焼夷手榴弾〟をサソリモドキの背中に投げ込み大きく後方に跳躍した。爆発四散したタールが再びサソリモドキを襲うが時間稼ぎにしかならないだろう。

 

 どうすべきかと、ハジメが思考を一瞬サソリモドキから逸した直後、今までにないサソリモドキの絶叫が響き渡った。

 

「キィィィィィイイ!!」

 

 その叫びを聞いて、全身を悪寒が駆け巡り、咄嗟に〝縮地〟で距離をとろうとするハジメだったが……既に遅かった。

 

 絶叫が空間に響き渡ると同時に、突如、周囲の地面が波打ち、轟音を響かせながら円錐状の刺が無数に突き出してきたのだ。

 

「畜生」

 

避けきれないと悟り、ユエをかばうように防御姿勢を取った。

 

二虎流 金剛ノ型  不壊!!

 

飛んできた刺が深く食い込まないように全身の筋肉を締め上げ耐えた。

 

ハジメは衝撃で吹き飛ばされた。激痛に襲われながら更に地面に叩きつけられ、そのまま転がる。ユエもその衝撃で背中から放り出されてしまった。

 

 体に無数の針を突き刺されながらも、ハジメは歯を食いしばって痛みに耐え、ポーチから〝閃光手榴弾〟を取り出しサソリモドキに投げつける。放物線を描いて飛ばされた〝閃光手榴弾〟はサソリモドキの眼前で強烈な閃光を放った。

 

「キィシャァァアア!!」

 

 突然の閃光に悲鳴を上げ思わず後ろに下がるサソリモドキ。どうも最初からハジメの動きを視認しているようだったので、いけると踏んで投げたのだが、その推測は間違っていなかったらしい。

 

 ハジメは奥歯に仕込んだ神水を噛み砕き飲み干しながら一気に針を抜いていく。

 

「ぐぅうう!」

 

 深く食い込まないようにしても刺さらないようにすることはできないので激痛の余り食いしばった歯の間から呻き声が漏れる。しかし、耐えられないほどではない。ハジメは、今の何倍もの苦痛を耐え切ってここにいるのだ。この程度は、心折れるにはまるで足りない。

 

 ハジメは、針を抜きながら視線を巡らせユエを探す。しかし、ハジメが見つけるよりも、ユエがハジメのもとに来る方が早かった。

 

「ハジメ!」

「ハジメくん!!」

 

 

 心配そうにハジメに駆け寄るユエと香織。表情は今にも泣き出しそうだ。

 

「大丈夫だ。それよりアイツの外殻は鉱石だ。錬成を狙おうにも四本のハサミが邪魔で通らねぇし……ダメージ覚悟で特攻するか?」

 

 原作知識知っているハジメはユエの心配を余所にサソリモドキを攻略すべく思案するハジメ。そんなハジメにユエがポツリと零す。

 

「……どうして?」

「あ?」

「どうして逃げないの?」

 

 自分を置いて逃げれば助かるかもしれない、その可能性を理解しているはずだと言外に訴えるユエ。それに対して、ハジメは呆れたような視線を向ける。

 

「俺達は敵対した奴は必ず殺す生き方を選んだが、それでも目の前で泣いてる女を見放すほど落ちてねぇよ」

 

 ハジメと香織は、生きるためなら闇討ちも不意打ちも騙し討ちも、あるいは卑怯や嘘、ハッタリだって使う。爪熊との戦いは唯一の例外で、基本的には正々堂々なんてクソくらえだと思っている。そんな余裕をかませるほど甘い場所ではないのだ。そのことに罪悪感もない。そういう風に変わってしまった。

 

 だが、好き好んで外道に落ちたい等と思ってはいない。通すべき仁義くらいは弁えている。弁えることができている。そのことを思い出させたのは、取り戻させたのは、他ならぬユエだ。

 

 だからこそ、ここで助けたユエを見捨てるという選択肢はない。彼女がハジメに己を預けたとき、その時のハジメの決断こそが、ハジメが外道に落ちるか否かのターニングポイントだったのだ。

 

 ユエは、ハジメに言葉以上の何かを見たのか納得したように頷き、いきなり抱きついた。

 

「お、おう? どうした?」

 

 状況が状況だけに、いきなり何してんの? と若干動揺するハジメ。そろそろサソリモドキが戻って来るころだ。ハジメの傷はもう治っている。早く戦闘態勢に入らなければならない。

 

 だが、そんなことは知らないとユエはハジメの首に手を回した。

 

「ハジメ……信じて」

 

 そう言ってユエは、ハジメの首筋にキスをした。

 

「ッ!?」

 

 否、キスではない。噛み付いたのだ。

 

 ハジメは、首筋にチクリと痛みを感じ、香織た。そして、体から力が抜き取られているような違和感を覚えた。咄嗟に振りほどこうとしたハジメだったが、ユエが自分は吸血鬼だと名乗っていたことを思い出し、吸血されているのだと理解する。

 

 〝信じて〟――――その言葉は、きっと吸血鬼に血を吸われるという行為に恐怖、嫌悪しても逃げないで欲しいということだろう。

 

 そう考えて、ハジメは苦笑いしながら、しがみつくユエの体を抱き締めて支えてやった。一瞬、ピクンと震えるユエだが、更にギュッと抱きつき首筋に顔を埋める。どことなく嬉しそうなのは気のせいだろうか。

 

「キィシャァアアア!!」

 

 サソリモドキの咆哮が轟く。どうやら閃光手榴弾のショックから回復したらしい。こちらの位置は把握しているようで、再び地面が波打つ。サソリモドキの固有魔法なのだろう。周囲の地形を操ることができるようだ。

 

「だが、それなら俺の十八番だ」

 

 ハジメは地面に右手を置き錬成を行った。周囲三メートル以内が波打つのを止め、代わりに石の壁がハジメとユエを囲むように形成される。

 

 周囲から円錐の刺が飛び出しハジメ達を襲うが、その尽くをハジメの防壁が防ぐ。一撃当たるごとに崩されるが直ぐさま新しい壁を構築し寄せ付けない。

 

 地形を操る規模や強度、攻撃性はサソリモドキが断然上だが、錬成速度はハジメの方が上だ。錬成範囲は三メートルから増えていないので頭打ちっぽい上に、刺は作り出せても威力はなく飛ばしたりもできないが、守りにはハジメの錬成の方が向いているようだ。

 

 ハジメが錬成しながら防御に専念していると、ユエがようやく口を離した。

 

 どこか熱に浮かされたような表情でペロリと唇を舐める。その仕草と相まって、幼い容姿なのにどこか妖艶さを感じさせる。どういう訳か、先程までのやつれた感じは微塵もなくツヤツヤと張りのある白磁のような白い肌が戻っていた。頬は夢見るようなバラ色だ。紅の瞳は暖かな光を薄らと放っていて、その細く小さな手は、そっと撫でるようにハジメの頬に置かれている。

 

「……ごちそうさま」

 

 そう言うと、ユエは、おもむろに立ち上がりサソリモドキに向けて片手を掲げた。同時に、その華奢な身からは想像もできない莫大な魔力が噴き上がり、彼女の魔力光なのだろう――黄金色が暗闇を薙ぎ払った。

 

 そして、神秘に彩られたユエは、魔力色と同じ黄金の髪をゆらりゆらゆらとなびかせながら、一言、呟いた。

 

「〝蒼天〟」

 

 その瞬間、サソリモドキの頭上に直径六、七メートルはありそうな青白い炎の球体が出来上がる。

 

 直撃したわけでもないのに余程熱いのか悲鳴を上げて離脱しようとするサソリモドキ。

 

 だが、奈落の底の吸血姫がそれを許さない。ピンっと伸ばされた綺麗な指がタクトのように優雅に振られる。青白い炎の球体は指揮者の指示を忠実に実行し、逃げるサソリモドキを追いかけ……直撃した。

 

「グゥギィヤァァァアアア!?」

 

 サソリモドキがかつてない絶叫を上げる。明らかに苦悶の悲鳴だ。着弾と同時に青白い閃光が辺りを満たし何も見えなくなる。ハジメは腕で目を庇いながら、その壮絶な魔法を唯々呆然と眺めた。

 

 やがて、魔法の効果時間が終わったのか青白い炎が消滅する。跡には、背中の外殻を赤熱化させ、表面をドロリと融解させて悶え苦しむサソリモドキの姿があった。

 

 あの摂氏三千度の〝焼夷手榴弾〟でも溶けず、ゼロ距離からレールガンを撃ち込まれてもビクともしなかった化け物の防御を僅かにでも破ったユエの魔法を称賛すべきか、それだけの高温の直撃を受けて表面が溶けただけで済んでいるサソリモドキの耐久力を褒めるべきか、ハジメとしては悩むところである。

 

 トサリと音がして、ハジメが驚異的な光景から視線を引き剥がし、そちらを見やると、ユエが肩で息をしながら座り込んでいる姿があった。どうやら魔力が枯渇したようだ。

 

「ユエ、無事か?」

「ん……最上級……疲れる」

「はは、やるじゃないか。助かったよ。後は俺達がやるから休んでいてくれ」

「ん、頑張って……」

 

 ハジメは、手をプラプラと振りながら〝縮地〟で一気に間合いを詰めた。サソリモドキは未だ健在だ。外殻の表面を融解させながら、怒りを隠しもせずに咆哮を上げ、接近してきたハジメに散弾針を撃ち込もうとする。

 

 ハジメは素早くポーチから〝閃光手榴弾〟を取り出し頭上高くに放り投げる。次いで、ドンナーを抜き、飛んできた散弾針が分裂する前に撃ち抜いた。そして、電磁加速させていない弾丸で落ちてきた〝閃光手榴弾〟を撃ち抜き破裂させる。

 

 流石に慣れたのか、サソリモドキは鬱陶しそうにしているものの動揺はしておらず、光に塗りつぶされた空間でハジメの気配を探しているようだった。

 

 しかし、いくら探してもハジメの気配はなかった。サソリモドキがハジメの気配をロストし戸惑っている間に香織はサソリモドキの目の前に立ち魔法で焼けただれていないサソリモドキの眼球にハジメが作ってくれた義足に仕込んである使い捨て剣を眼球の奥深くに打ち込み、ハジメはサソリモドキの背中に着地する。

 

「キシュア!?」

 

 声を上げて驚愕するサソリモドキ。それはそうだろう、探していた気配が己の感知の網をすり抜け、眼球を潰し突如背中に現れたのだから。

 

 ハジメは、〝気配遮断〟により閃光と共に気配を断ち、サソリモドキの背に着地したのだ。

 

「錬成」

 

 自身の外殻が剝がされたと気づいたサソリモドキは自分が傷つく可能性も無視して二本の尻尾でハジメを叩き落とそうとするが、それより早くハジメが動いた。

 

「これでも喰らっとけ」

 

 ポーチから取り出した〝手榴弾〟を開けた肉の穴に腕ごと深々と突き刺し、体内に置き土産とばかりに埋め込んでおく。ハジメの腕が焼け爛れるがお構いなしだ。

 

 そして、サソリモドキに攻撃される前に〝縮地〟で退避した。サソリモドキが、背後に離れたハジメに再度攻撃しようと向き直る。

 

 しかし、そこまでだった。

 

ゴバッ!!

 

 そんなくぐもった爆発音が辺りに響くと同時にサソリモドキがビクンと震える。動きの止まったサソリモドキとハジメが向き合い、辺りを静寂が包む。

 

 やがて、サソリモドキがゆっくりと傾き、そのままズズンッと地響きを立てながら倒れ込んだ。

 

 ハジメは、ピクリとも動かないサソリモドキに近づき、その口内にドンナーを突き入れると念のため二、三発撃ち込んでからようやく納得したように「よし」と頷いた。止めは確実に! という最近できたハジメのポリシーだ。

 

 振り返ると、無表情ながら、どことなく嬉しそうな眼差しで女の子座りしながらハジメを見つめているユエがいた。迷宮攻略がいつ終わるのか分からないが、どうやら頼もしい相棒ができたようだ。

 

 パンドラの箱には厄災と一握りの希望が入っていたという。どうやらこの部屋に入る前に出したその例えは、中々どうして的を射ていたらしい。そんなことを思いながら、香織と顔を見合わせながらハジメはゆっくりと彼女のもとへ歩き出した。

 

 

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