少年が繰り返しの中、理不尽に一矢報いる話。


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白夜

 

 

 換装体 破損 損耗率 甚大

 

 仮初の体が壊れる(おと)を、どこか他人事のように聞いて俺は背中から地面に倒れる。

 仰向けになって見えた空は憎たらしいほど青く。雲が一つもない快晴だった。

 

 掌にある魔装機器(デバイス)が冷たい。

 

 自身の感情と密接に交わる魔力を増幅、操作するこの機械は、まさしく俺の心だった。

 どれだけ意気込んでも、どれだけ熱意を込めて挑もうとも、終わった後にはこうなる。そしてこいつは俺に言うのだ。

 

【ほら、勝てっこないだろ?】

 

 俺は魔装機器(デバイス)を握りしめる。無意識だった。

 指が食い込み、込められていた予備魔力が短絡と共に手を傷つける。だが俺には知ったことではない。

 

『は、白陽(はくよう)選手の換装体が解けました! これにより第88回魔装天武祭(まそうてんぶさい)の王者が決定し、歴史に残る偉業が達成されましたッ!!!」

 

 実況席から発せられる終了のお告げ。観客は沸かず、(どよ)めきと「()()()」「()()()()」などといった冷めたため息が聞こえる。

 

『これまで数多くの猛者を打ち倒した白陽選手。準決勝ではあの雷帝に接戦の末に勝利しましたが。そんな彼であっても頂にあと一歩届かず、敗れましたッ』

 

 寂しい決闘場に実況の声だけが虚しく響く。場をなんとか盛り上げようとしているが逆効果だろう。

 

 ()()()変えられなかった結末。

 俺はそれを一言一句聞き逃さず、空を眺めていた。

 

『見事、三連覇を果たした覇導(はどう)学園の神凪(かむなぎ)選手。白陽選手との激闘の末、白陽選手が放った渾身の一撃を黄金の剣が一刀両断ッ! その斬撃の軌跡を捉えれたのはこの場に何人いることでしょう!』

 

 思わず笑いが込み上がる。激闘? 遊びの間違いだ。俺はアレに手も足も出なかった。

 事実、俺は相手に傷一つ、服の汚れ一つ付けられてすらいない。無傷の王者とはよく言ったものだ。

 

 右手に走る痛み。消え失せそうな胸の熱。

 憎たらしいほど青く美しい空を睨んでいると友人の声が聞こえた。

 

「・・・ハル、大丈夫?」

 

 数人の救護員と共に友人が声をかけてくれる。気遣っているのか、彼女は珍しく俺を心配していた。

 

 だが俺には彼女に応える気力も、余力も持ってはいなかった。

 

 なぜなら──

 そこで俺の視界は闇に包まれる。

 

 ああ、次こそは。

 

 

●●●○○○

 

 

「マサハル、大丈夫か?」

 

 瞼を開けると何度も見た白い天井。先ほどまでとはまるで違う人工的景色に俺の中にある熱が再び冷たく燃え盛っていく。

 

「ああ、大丈夫。アヤト、決勝まであとどれくらい?」

「15分前だ。お前な・・・・・仮眠するか、普通? 昨日は緊張で眠れなかったのか?」

「いや、快眠だった。ちょっと精神統一していただけだよ」

 

 思ってもいないことをすらすらと口から出る。この会話は何回目だろうか? アヤトが控室(ここ)に来るのも久しく感じる。

 

 あの天災野郎の行動しか記憶にないからか、他のことが少し朧げだ。細部までパターン化がされていない繰り返しは覚えてもしょうがない。

 

「一応、様子を見に来てよかった。頑張れよマサハル。これまでの雪辱を果たして来い」

「・・・・・ああ。期待しててくれ」

「おう、じゃあな」

 

 そう言って友達(アヤト)は出て行った。

 また1人となった俺は掌に視線を落とす。そこには傷ひとつもない、俺の魔装機器(生き写し)があった。

 

「俺に、余裕なんてないよな」

 

 数十秒前まで失っていたはずの魔力は満タンで、魔装が解けた疲労感もない。あるのは────。

 

 魔装機器(デバイス)を起動する。

 接続良好。魔力充填済。不備なし、異常なし。

 

 会場に行く前に最後の調整を行う。どれだけ繰り返しても、どれだけ冷めきっても、この作業だけはやめていない。

 

 一通りの点検と調整を終えて、操作パネルを閉じる。すると画面の端に1枚の画像があった。

 

 粗雑な絵だ。

 クレヨンによって描かれた少女の似顔絵。園児が描いたような絵。

 これを描いた本人は俺と同い年だが、俺はここまで酷くはない。

 そして自画像のつもりらしいが、全く似ていなかった。絵が崩れないように魔装機器(デバイス)に落とし込むのにどれだけ苦労したか。

 

「行くか」

 

 俺は魔装機器(デバイス)を仕舞、部屋を後にする。

 長く続く会場への廊下は照明もあるのに、暗く感じた。

 

「・・・・・・・・」

 

 俺はただ黙って歩いた。

 意味のない後悔。

 理不尽への怒り。

 理不尽を前にする恐怖。

 次は俺が勝つという理由のない期待。

 

 様々な感情、感傷が胸を刺し、通り過ぎる。

 

 決闘場に続く道、その奥から光が差し込むのが見える。俺の戦場が間近に迫る。

 

『さあッいよいよ始まります第88回魔装天武祭

 ここまで多くの者たちが研鑽を積み、競いあった戦い。その頂点がここ華月(はなづき)に集約します。そしてそれは新たな伝説となり、歴史に刻まれることでしょう!

 舞台に上がるのを許されたのは2人の剣豪!

覇導(はどう)]が王者として君臨し続けるのか!

翁月(おうげつ)]が王者を打ち破るのか!

 東北の【天真】か!!

 関西の【魔刃】か!!

 今ここに、全ての若き魔装者(ディバイザー)を代表する2人が雌雄を決します!!!』

 

 大きな、とても大きな歓声が聞こえる。

 それに呼応するように、胸から腕に、腕から掌を通って魔装機器(デバイス)に魔力が循環するのがわかる。

 熱く脈打つのがわかる。

 

「はは・・・・・・」

 

 思わず笑みが、乾いた笑いが出る。なんだ、まだやれるのか俺は。

 

 固い階段を登り、俺は決闘場に足を踏み入れる。相手も同じく、その姿を衆目の中に晒した。

 

 そいつは特に外見的威圧も、異質もない。どこにでもいる普通の少年だ。ただ才能が他と隔絶しすぎた少年だ。いやちょっと容姿が整っているなと思う。

 良家の生まれではない。不思議な能力はない。異質な力を持たない。

 

 ただただ強い少年なのだ。

 

 俺がどれだけ繰り返しても勝てない、絶対な存在。

 

 そんな理不尽を、俺は打ち砕きたい。

 

“見てろよ”

 

 遠い場所を思い起こす。

 今もこの光景を、液晶の画面から見ているであろう彼女を思う。

 寂しいあの白の空間で見ている彼女に、俺は証明するのだ。

 

【勝つぞ】

 

 魔言認証 識別番号0714を承認 換装体へ変換

 

 少しの浮遊感と共に、俺の視界が一瞬だけ白に塗りつぶされた。

 

 太陽はまだ落ちない。

 

 

○○○○○○

 

 

 少し昔話をしよう。

 

 その日も空は快晴で、太陽が爛々と輝いていた。

 

 まだ小学生だった俺は、いつも通り1人で通学をしていた。

 違ったことは、とても朝早くから通学していたことだ。朝の暇な時間に友達に誘われて遊んでいただけ。俺も楽しかったから付き合っていた。

 

 しかし、その日は違った。

 通学路に小さな背中を見かけた。俺と同じか、それ以下の女子だった。ただ違ったのは彼女を見かけることではない。

 時たまに見かける彼女を見て、俺は「この子も友達と遊んでるのか」と呑気に思った。

 

 その子は突然地面に座った。靴紐が解けたのかと思ったが、力の抜け方に違和感を覚えて無意識に視線を送っていた。

 

 彼女は咳をして、ゆっくりと立とうとするが電柱に寄りかかった。

 

「風邪なら帰ったら?」

 

 その時の俺は馬鹿だったのだろう。いくら心配したからといっても初対面で一言目がコレとは、我ながらガキすぎた。

 

 俺の無神経な言葉を聞いて、彼女は横目で俺を見て「大丈夫です」とそれだけ言ってゆっくりと歩き出した。

 呼吸は整ったのか、さっきまでの不調は嘘のように歩く彼女を見て、俺は「そうか」としか思えなかった。

 

“そもそも体調が悪かったら親が休ませるだろ”

 

 そう思った俺は遅い彼女を追い越して学校へ走った。

 

 

●●●●○○

 

 

 白い火花が散る。

 

 魔力によって形造られた武器が真正面からぶつかり合うと(まと)った魔力が飛び散る。それは別に特別なことでも、忌避されることでもない。誰にでも起こることだった。

 

「相変わらず、すげぇ魔力操作だな神凪ッ!」

「どうも。白陽君も凄いよ」

「お前の凄いは嫌味と憐れみだろ!!!」

 

 魔力の漏れが一切ないその剣はもはや芸術だ。それだけで俺とこいつの差は天と地と言ってもいい。

 更に言えば、才能だけで戦っているのだ。本当に嫌になって、とても羨ましい。

 

 俺は鍔迫り合いから神凪を吹き飛ばす。その隙に短剣を生成し、神凪を囲むように放つ。

 

“ここッ!”

 

 何度も見た。何度も経験した。何度も負けた。

 それら一つ一つを、丁寧に繋ぎ合わせ完成した光景。

 

 放った短剣と同時に攻めると思わせ、力を溜める。だが意識は足ではなく剣先。目敏い神凪には暴かれないように発火点の直前で止める。

 

“来いよ神凪ッ!」

 

 囲む短剣が次々と粉々にされる。魔力を爆ぜさせて迎撃するでも、超スピードによる回避でもなく、正面から全て1本の黄金剣だけで斬り落とした。

 

 想定内だと冷静に、そして想定外を予期して一気に魔力を増幅させる。爆発的に膨れ上がった魔力を霧散させずに、全て剣先に集中させる。

 

 複数の短剣による攻撃を一手間で神凪は対処する。ならばその一手間を致命的な隙にしてみせる。

 

 絶大な魔力量を持つ神凪を一撃で倒す絶技。遊び半分、()()()半分の神凪を倒す必殺。

 

 そうさ。あいつが俺と鍔迫り合いなんてする必要なんてない。その気になれば、俺の首なぞ一瞬で刈れるだろう。

 それをしないのは、俺の立場と周囲への配慮だ。日本中が注目する大会、その決勝が瞬殺で終わりとなれば反応する側も色々と困る。更に言えばここまで研鑽した俺たちを少しでも立たせるための茶番でもある。

 

 始めはわからなかったが、繰り返す内に理解した。こいつは俺と遊んでると。そして俺の勝ち筋はそこにしかない。

 

 その油断、驕り、善意を断つ。

 

【白刃・逢魔ッ!】

 

 放たれる必殺。魔言の強化(ブースト)が更に剣速を速めた。

 まさしく、俺の渾身。この繰り返しの中で編み出した、神凪を斬るための一撃。

 

【一閃】

 

 小さな声が聞こえた。それと同時に俺は、自分が斬られたことを自覚した。

 

“・・・・・これでも、ダメなのか”

 

 漏出する魔力。換装体を維持するそれが漏れ出ていく。だが負けじゃない。まだ死んでいない。

 俺は上半身だけで体を捻り、残った魔力を放とうと───

 

 トスッ、と俺の首が貫かれる。

 振ろうとした腕は斬り落とされ、もはや戦う術を俺は持ち合わせていなかった。

 

 換装体 破損 損耗率 甚大

 

 ああ、また負けた。

 

 神凪の超越した速さに反応することができなかった。しかし確かに俺は天才の、最強の一端を感じた。

 

“逆立ちしても勝てねぇな”

 

 そんなことは重々承知。だから俺は油断している神凪を如何に出し抜き、切り伏せるかを考えていた。

 

 神凪が本気になったら誰も勝てないことなんて、俺が1番理解している。

 

 実況が会場を包む。歓声は少ないが、拍手は多かったと思う。もしかして俺を慰めているのだろうか?

 

「立てるかい、マサ君」

 

 友達が仰向けの俺に語りかける。関係者ではあるが、友達なだけの彼女たちが誰かしら試合後のここになぜ来れるのか、俺にはわからなかった。

 

 言えば悪いが、この瞬間はいい目安になる。誰かが来ると繰り返しが始まるからだ。

 

 心配してくれる友達を横目に俺は追い詰められる。

 

“もう、アレしかないか”

 

 視界が白に包まれ、意識が暗転する。

 

 太陽はまだ落ちない。

 

 

○○○○○○

 

 

 小学校5年生の夏頃に俺は身体を壊した。

 事故とか、怪我じゃない。それは俺の身体が成長していることであり、順調に目標へ近づいている証でもあった。

 

 何十年か昔に発見された魔力という新エネルギー。それに適合する肉体を持つのは少なく、扱えるのは更に極小だった。

 俺はその適正のギリギリらしく、医者? 博士? に長い戦いになると言われた。

 

 魔力を体に馴染ませる必要がある。それは遅くなれば適正も低くなる。激痛とまでは言わないが、痛みや痒みが節々に来るのは辛いことだった。

 

 魔力適合者は魔装機器(デバイス)を与えられ国防として戦う道を選べるようになる。才能に富んだ人は国から直々にスカウトされる人もいると聞いたが、俺には関係なかった。

 

 特別大きな病院に入院して、義務教育と並行して魔力のカリキュラムも組まれ他の子供と過ごすこととなっていた。だが安定すれば一度は小学校に戻されるらしい。それをする意味は知らないが、その時の俺は不満だったし、嬉しくもあった。

 

“もう少しで退院か。皆と会うのも久しぶりだな〜”

 

 「今更普通の学校に戻る理由は?」とか、「俺は凄いんだ」とか自惚れてもいた。久しぶりに友達に会える喜びもあった。

 

 テレビの音がうるさい病室を通り過ぎて、俺は足を止めた。目の前にいる人物に面食らったからだ。

 

 少女が廊下で看護師の人と談笑していた。

 色素の薄れた髪。補助器具の杖で小さな体を支えている。

 

 俺は彼女を知っている。

 道端で呼吸を乱し、俺が無神経に話しかけて、ふらふらと歩いて行く彼女を今でも何故か覚えている。

 

 あの日のうちに彼女が遠くから引っ越して来た転校生だと俺は知った。学年中は彼女で話が持ちきりだったらしいが、偶然にも俺と俺の友達は興味がなかった。

 

 だが彼女は不定期的に学校を休むことが多くなっていった。それでも孤立することはなかったが、休みは多くなり、俺が入院する前には学校では見なくなっていた。

 

 そんな彼女が目の前にいた。

 そこまで仲を深めたわけでもない。同じクラスになって、班として勉学を共にしたこともあるがそれまでだ。

 

 でも俺は、心からよかったと思えた。

 

「白陽君? なんでここに? というか、なに笑ってるんですか?」

「あ、いや、雨夜(あまや)がしっかり生きててよかったな〜って思っただけ」

「???」

 

 少女の名は雨夜(あまや)ユイ。元々は黒い髪が白髪へとなり、久しぶりに見た彼女の色の比率が逆転し、一瞬本当に彼女か疑った。

 

「あ、そうだ。白陽君っていま暇? 手伝って欲しいことがあるんだけど」

「ん? 別にいいけど」

 

 今日の授業は終わって、宿題をする前に気分転換に歩いていた俺は久しぶりのクラスメイトの手伝いをすることにした。

 

 少し歩いて、雨夜と書かれた部屋に辿り着く。どうやら彼女は個室で過ごしているらしい。中は白に支配されて、色がついた物はとても少なかった。

 いや少なすぎた。カーテンも、ベッドも、壁も、天井も、花瓶も、本も、全てが白く塗りつぶされていた。

 

 手伝ってほしいこととは、資料の整理だった。学校で配られる紙ではなく、電子の板だった。内容はデータ化した学校の宿題と教材の整理整頓。古い物から新しい物へデータを移したいというもの。

 

 作業自体はすぐに終わった。学校の授業もでもタブレットを使う現代っ子には朝飯前というもの。そして、ただ単に彼女が少し機械音痴なだけだった。

 俺はタブレットを彼女へ返して、事もなさげに彼女について聞いてみた。質問はもちろん、ここにいる理由だ。

 

「あんまり知らないし、わからないけど。私の体ってちょっととくべつ? とくしゅ? なんだって。“まりょく”ってものが少しだけ漏れてて周りの人には影響はないんだけど、筆箱とか、机とかを白色に染めるって」

 

 他人事のように彼女は語った。

 

「なんとかのコーソ? が作れてないから、おっきくなる前に身体が魔力でボロボロになって死ぬみたい

 いや〜、人の体って不思議がいっぱいだね〜」

 

 テレビの向こう側の出来事のように、自分の死を彼女は語った。

 

「いやいや、俺のじいちゃんもガンとか出来て、『今日が儂の命日だ』とか言ってて10年は生きてたぞ? わかんねーよ、そんなの」

「わかるよ

 病院の先生とお母さんお父さんのお話、聞いちゃったし。ネットで調べたらすぐだったよ

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その最後の一言が、俺の心を突き刺した。

 そのへらりとした態度が、癪に障った。

 

 彼女の全てが俺を否定しているように感じた。

 

「そんなのわからないだろ! やってみなきゃ、わかんねぇって!」

「ちょっと白陽君、ここ病室。・・・・・やってみなきゃって、私はどうしたらいいのさ? 外で皆と運動もできない、ずっと寝ているだけの私に・・・・・」

 

 俺はバッ! と立ち上がり、雨夜を指差す。俺は闘志に燃えていた。

 

()()()、雨夜ユイ!

 勝負もなにも出来ないお前の代わりに、俺が勝負してやる!」

「??? なんの話・・・・・?」

 

 俺はポケットに入った1つの機械を取り出して彼女へ見せる。それは魔力適合者に与えられる簡易的な魔装機器(デバイス)だった。起動はできないが、意思表明には十分。

 彼女は面食らって、俺の魔装機器(デバイス)を眺めていた。

 

覇導(はどう)学園って知ってるか?」

「なに急に・・・・・・凄い高校ってことくらいしか知らないよ。甲子園みたいな大会してて、いっつもその高校の人が優勝してる」

「・・・・・・俺の兄ちゃんもさ、でぃばいざーになってさ。3年前、全国大会に出た凄い人なんだ」

 

 俺はポツリポツリと言う。大きくて偉大な兄を、最高にかっこいい人を思って語った。

 

「超かっこいいんだ。剣を持って、他の強い奴をバッタバッタ倒してたんだ。そのまま全国で優勝して、“くごうとう”って奴に選ばれて、皆のヒーローになると思ってたんだ」

「・・・・・うん」

「でも、勝てなかった。その時の注目されてた覇導学園の奴にコテンパンにされた・・・・・・1回戦目だった」

 

 その時も、そして負け続ける今でも脳に焼き付いている。部屋で1人、泣き続ける兄を。

 

『俺じゃあ無理だったんだ。あんなもの、どうにもならない・・・・・ごめんな、マサハル』

 

 俺は彼女を見た。いや睨んでいたのかもしれない。

 

「だから雨夜ユイ、お前は見ていろ!

 俺が勝負して、俺が勝つところを見ていろ!!」

「もうっ、だから! それがどうして私の話になるのって聞いて───」

 

「人生になあッ!!! ()()()()()()()()なんてことがあってたまるか! 不戦敗なんて認めねぇ! コールドゲームなんて許さねぇ!!

 そんなもん、俺は絶対に認めないッ!!!

 だから俺が、戦えなくて、うじうじ諦めているお前の代わりに戦うんだよ! 覇導とか、“くごうとう”とか、全部ぶっ倒してお前に見せてやる!

 そんなもんはねぇって証明してやる!!!」

 

 思いの丈をぶつける。宣言する。彼女に誓う。

 

 しょうがないなんて、軽々しく言ってたまるか。

 

「はぁ、はぁ、絶対勝つ。俺が勝ったら、それはお前も勝てるってことだ。それでいいな?」

 

 そんなメチャクチャな理論に、でも大真面目に言った俺に彼女は笑って言った。

 

「いやだ」

「ふ、そうだな、そう来なくちゃ──はあああ!?」

()()()()()()()()()? 勝手に巻き込まないで」

「うるせぇ! 嫌でも見てろよこの野郎! 俺は絶対になぁ!」

「は〜い坊や。他の人の迷惑になるからね〜。元気は外で出すのよ〜」

 

 それが青い空に見守られ、白い部屋で誓ったこと。

 俺と雨夜の勝負が始まった日。

 

 

●●●●●○

 

 

『これはいったいどういうことでしょうか!? 白陽選手が魔装機器(デバイス)を起動しません。いや、起動はしている? まさか換装体を作らない気なのか!?』

 

 別に反則でも、違反行為でもない。人によって変わる魔装の能力を考慮して、換装体を作らない、または一部だけ(まと)うという行為は認められている。ただし、その際の魔装者(ディバイザー)に起こった事故、負傷は責任を取りかねるというものもあるが。

 

「白陽君、本気なんだね?」

「ああ、始めよう神凪。俺は・・・・・お前を斬る」

 

 膨大な魔力が右手に集約される。まるで極小の嵐を手にしているようだった。

 

 嵐となった白剣を生身で扱うのは、考えた時点で自分になにが起こるのかわかる。

 肉は軋み、骨が鳴き、肺が侵され、足が震えそうだった。

 

“一振りでいいんだ”

 

 それだけで決められる。それだけで全てが終わる。

 

 試合開始の合図を、居合の構えで待ち受ける。神凪は珍しく、いや大会で初めて合図前に構えを取っていた。

 

 それは俺が脅威として見てもらえたようで、戦うに値する相手として認められたようで、俺は嬉しかった。

 

 始まる、と直感する。意識を集中する。それと共に、俺は不思議に感じた。

 

 永遠としては短く、刹那というには長い引き延ばされた感覚の世界で、俺は自分が勝てると期待していた。

“本気の神凪には誰にも勝てない”と言っておきながら、一瞬先の俺の未来予想図には勝利した俺がいた。

 

 雨夜に自慢する俺がいた。

 

 感覚が鈍っていくのに、研ぎ澄まされているのがわかる。

 ここから先は危険だと警鐘が鳴り響く。臓腑が、神経が痛みと共に警告する。

 

“うるさいッ!!!”

 

 全細胞を叱責する。

 俺は見たはずだ、あの病室で。

 

『いや"た" 嫌だ (いや)た"』

 

 聞いたはずだ、彼女が戦う声を。

 

『く"る"、し"い" うっ く"ぅ 負け、な"い!』

 

 1人で戦う彼女を、俺は知った。

 学校で、学友やライバル、先生に囲まれていた俺とは違う。

 仲間と高めあった俺とは違う。

 

 俺は見ていたはずだ。1人で学校に登校していた彼女を。

 授業中に体調を崩して、呼吸が乱れても自分だけで立った彼女を。

 病室でいつも勉強をしている彼女を。

 

『せ"っいに 勝つ"ん"た"!』

 

 俺の前で、苦しむ姿を見せない彼女を俺は知っていたはずだ。

 

 こんな意味もわからない現象に巻き込まれて、苦しんでいるのは俺だけだと自惚れて。

 挙句の果てには心が折れて、彼女と会って赦しを乞おうだなんて。

 

 馬鹿にするな 馬鹿にするな 馬鹿にするな。

 

 たかが10分程度の()()を、『死』が見えない戦いをしていたくらいで図に乗るな。

 

『勝つ"ん"た" 死にた"く" う"っ く"ぅっ 死にた‶く‶な‶い‶』

 

 彼女は17年間、1人で勝負をしていたんだ。

 俺もそこに並ぶチャンスを得ただけ。神凪に、理不尽に、彼女に勝てる道理なんてなかった。

 

“──くッ!”

 

 痛みがなんだ、天才がなんだ、神凪がなんだ、理不尽がなんだってんだ。

 日本のヒーロー? 九卿灯(くごうとう)になる? 皆を守る?

 

 笑わせるな、ビビりな俺が、白陽マサハルが戦う理由なんてたった1つだけだ。

 そして、あいつと同じ舞台に立てるなら、なんだってやるさ。

 

『勝つ"ん"た" わ"た"し"は ハルに"』

「俺が勝つッ!!!」

 

 魔力渦巻く会場に試合開始のブザーが鳴る。

 

 二筋の白と黄金の軌跡が同時に生まれ、交わった。

 

 舞い上がるは血飛沫。そして黄金の魔力。

 

 右腕が舞台に落ちる。それは忽ち魔力となって霧散した。

 無敵の王者に傷を付けた。腕を斬った。それが俺が出来る最大最高の敗北。

 

 代償は見ての通り。

 剣が手からこぼれ落ちる。血だまりに胴体が落ち、下半身もバランスを崩した。

 

 阿鼻叫喚。

 だが、遠く感じる喧噪の中で、俺の傍らに誰かがいた。

 

 朧げな視界の中でも、美しく、何色にも染まらない白い彼女がいた。

 

 くそったれな青空より綺麗で、大地を照らす太陽よりも眩しい笑顔。

 暖かく心地いい満足感の中、彼女は俺に笑って言った。

 

「私の勝ち」

 

 太陽は沈み、夜が来た。

 

 

 





《白陽 マサハル》
 昔からビビりで、魔装者(ディバイザー)になったのも親が勧めたからなのと、兄に憧れて。
 名だたる強豪、猛者たちを倒して、高校3年最後の大会で最強と3度目の戦いに挑むことに。
 
 試合後、つまりループ後は一命だけは助かる。しかし。選手引いては魔装者(ディバイザー)としての生命は完全に失った。
 それと同時に憑き物が取れたように、白い少女の隣で笑って、「就職どうしよ」と日々嘆いている。
 彼の戦いはまだ続くのだった。

《雨夜 ユイ》
 少女の体質は、“魔酵素”という人間が魔力を体に循環させる機能が崩壊し、周りに影響を与えるもの。
 一度は緩やかな死を受け入れようとしたが、その時にある少年と出会い、彼女の戦いは再び始まった。
 始めたのは「売られた喧嘩は買う」が信条だったから。それ以上でも以下でもない。

 勝利後、つまりは()()()()では学業に復帰。諦めずに独学であれ続けたことが花開き、数年後には名門の医学部へと籍を得た。
 今では隣にいるクソ馬鹿鈍感野郎と過ごす日々。彼を狙う肉食獣たちとの血で血を洗う戦いが続いている。とても充実した日々に、彼女はとても満足げに笑っている。


────
────
────

 この度はこの短い話を読んでいただきありがとうございました。
 拙い文字と表現でも、読者様のひとときに代えられたなら幸いです。
 
 また私の作品を見ていただければと思います。
 それでは、さよなら。

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