内政チートが独り歩きしてる 作:Ο-01/0001-Δ-1A-1000
Θ-66/5B2CはSWF警備機構宣誓儀礼監督総局執行監理部業務課主任監督官──縮めてSWF総主監と呼ばれる役職に就いている。
基幹特性がΘかつ、5000番台の若いクラスタ……でありながらここまでの重役に就いていることは異例であるとはいえ、周囲も彼自身もその力量を疑うことはない。
仕事を最優先事項とし、感情の発生を唾棄する。精霊至上主義者であると同時、精霊もまた人類社会の歯車の一つと考えるリアリスティックな部分から、どこからともなく『
その彼は今、一枚のカードを見つめていた。
「お疲れ様です、5B2C。33DD以下配置につきました。拝聴準備整っております」
「ご苦労。……聞こえるか? 聞こえているな? いいか、今回の警備任務は普段とちと違う。──精霊シャウヘンからの直々の
どよめかない。騒がない。
この
これが基幹特性Ψの「無感情無感動」である。彼らは社会の手足としてだけ生き、社会の手足としてだけ死んでいく。個というものの存在しない流動体。
「俺たちが相手にするのはロック・エリーを名乗る盗人だ。そいつは可変光学式視覚調律レンズを狙っている。わかるか? わかるよな? 俺達の眼球の材料ってやつだ」
「正確には材料の一部、ですが」
「うるせえ。──守れよ、てめぇら。それが全体のためだ」
Θ-66/5B2Cがどかりと椅子へと座れば、報告と茶々を入れてきた部下が机の前で敬礼をした。
「お疲れ様です。それでは私も警備にあたってきます」
「ああ。……硬いのが息苦しいのはわかるが、あんま派手にやんなよ。すぐにでも落ちるぞ」
「それは恐ろしい。体制を敷く我々こそ国民の規範となる必要がありますからね。肝に銘じておくことにいたしましょう。では、失礼いたします」
小さく笑って出ていく青年。基幹特性Σの初期クラスタ。
長い付き合いではあるが──既に要注意人物だ。Θ-66/5B2Cはレッドリストにその名を書き加える。
「誰も信用できない。誰も信用してはいけない。──つらくないか、苦しくないか? その生き方は──幸せか?」
「ッ!?」
声が聞こえた。性別も年齢もわからない聞き取り難い声だ。
すぐに周囲を見渡すΘ-66/5B2C。しかしどこにも……見渡す限りのどこにも人影はない。
「何者だ」
「怪盗ロック・エリー。はは、シャウヘンも可愛らしい名前をつけてきたものだよな」
「……てめぇが、精霊様に名指しの危険分子判定を食らったやつか」
「そうさ。すまんな姿を見せられなくて。怪盗はソレを盗む時にしか姿を見せないのさ」
普段使うことの少ない主監権限でこの場全体を俯瞰で映すカメラにアクセスしても、集音装置で声の出所を探っても……Unknownのエラーが返るばかり。
「そうカッカすんなよ、禿げるぜ?」
「知らん言葉だな。特殊個体特有のダストワードか?」
「おっとそうか、その辺も全部調整されてんなら概念自体ないわな。すまんすまん。まだ慣れてないんだ、許してくれよ」
ふわ、と……羽根か落ち葉がΘ-66/5B2Cの頭に乗る。乗った感触があった。
「!」
違う。それだ。
「誰でも自分の頭頂は見えない──怪盗たるもの盲点を突かなきゃな。ああ、この場を見ている監視カメラには数分前からループ映像を流しておいたよ。この国基本人は決まったところしか通らないからさ、フェイク映像を作るのは簡単だったよ」
「……重さを感じねえ。てめぇ、
「違う違う、怪盗たるもの羽根の落ちるようにふわっと着地できないとダメだからね。それを実現するための技術だよ」
「そうか。聞くべきじゃねえことを聞いたな。──何用だ。警備の厚さに惧れを成して、盗むのを諦めたか?」
「まさか」
スイッチを押すような音が響く。
その瞬間、見渡す限りのすべてがレンズになった。
「な──」
「いいね、感情が豊かだ。いやね、怪盗ってのも難しいもんでさ、あんまりにも完璧にやりすぎると山も谷もない──そんなことにやってから気付くとは、俺もまだまだだよね」
レンズだ。材料の方ではなく、"生産管理工場"に回す方のレンズ。
そうだ、見渡す限りのどこにも人影がないなどあり得なかった。Θ-66/5B2Cがいるのはどこかのビルのオフィスではなく工場近くに立てられた作戦本部なのだから。
せめて部下が……あるいは第二の手足たるFF91、FF92がいて然るべきはずだった。
「俺の座標だ! 来い、全優先事項をこちらに切り替えろ!」
「それじゃあ、ギス・レヴィード!」
重みが無くなる。同時、周囲のレンズも消えてなくなった。
程なくして警備隊が駆けつけるが……そこには何の痕跡も残っておらず。
SWF警備機構は設立以来初めての大敗を喫することとなった──。
いやー、流石ディストピア。娯楽が無いから経験値が無くていい。
こんな単純なトリックにも引っかかってくれるんだから。
「TIPS:お見事です、コャレ。Θ-66/5021-Δ-8A-5B2Cの可変光学式視覚調律レンズにフェイク映像を流し込み、盗まれたと錯覚させる……人間の先入観の強さを利用した、シンプルで且つ強力な思い込みによるトリックでしたね」
「……」
「QUESTION:どうかしましたか?」
いや。……褒め方が「THE☆AI」だったな、って……。
この……温度の無いというか、親身過ぎて逆にキモイというか……。
まぁ……なんだ。トリック……そう、トリックは今シャウヘンが言った通りのものだ。
精霊至上主義なら視界に映るものを疑わない。システムに対して疑念を持たない。ただ材料状態のレンズがどんなものかわかんなくて、結果製品状態のレンズを積む、というあまりにお粗末な出来になってしまったフェイク映像だけど、まぁコロっと騙されてくれた。
おかげでこうして悠々自適に無人の工場へ入っての盗みができるわけ……だけど。
「なぁシャウヘン。別に俺これ要らないからさ。ここの工場だけ在庫をごっそり減らして、残りは他の工場に分配する、とかってできる?」
「勿論です。恐らく使い道がないだろうな、と考えて、既に他の工場へ材料を転送済みです」
「わお有能」
どうせ考えなしの思い付き行動だろう、って思われてたんだろうなァ。
俺のことがよくわかっているようで何よりだ。
「そうだシャウヘン、前あの子……リジュナに言われたんだけどさ、もしかして他人に話しかけるって行為あんまりよろしくない?」
「ANSWER:そのためにコャレに管理番号を与えました。基幹特性Ξは"外部接触許可個体"です。災害や魔素の侵入により居住区が隔離される状況が何年も続いた場合、内部では独自の文化圏が形成される恐れがあります。そういった際に派遣するのがこの個体群であり、そういった事態への学習のために平時から他の個体へ話しかける許可が為されています」
「へえ。それ、他のやつには伝わってんの?」
「ANSWER:基幹特性については全人類の基礎知識ライブラリに格納されています。コャレには……質量を持たない電子的な本の形で管理番号についての資料をお渡しします」
「おお、ありがと。こんな長いの基本覚えらんないから助かるよ」
覚える気がないともいう。
……さて。
「それじゃあちょっくら散歩に行ってくるよ。怪盗には日常ターンも必要だからな」
「いってらっしゃいませ」
では改めての──観光タイムだ。
規則正しく、そして段々になって並ぶ高層ビル。でこぼこしていたり奇抜なデザインがあったりしない。道路はいわゆる賽の目状で、迷うということが起き得ない。
あまりに機能的で……そして文字のない国だな、というのが第一感想。
多分あのレンズに必要な情報が出てくるからだろう、国自体に文字が無い。案内が無い。
観光客なんて訪れないし、人は決まった道しか通らないし、生まれた時にはデータが入力されているし。
「怪盗……なんて訳されるんだろうな。この国の言語が完全日本語かどうかは知らんけど」
ちなみに怪盗ロック・エリーはlok erayと綴る。そう、
まぁコャレに辿り着いたとしても早々名前だとは思わんて。
「こんにちはー」
「はい、こんにちは。……Ξの方ですか。初めてお会いしました」
国民同士はその眼球機能で互いの管理番号が見えているらしい。上級国民は隠すこともできるらしいんだけど、誰もやらないらしい。隠し事がある、というのがそもそも「無い」らしい。「あり得ない」し「存在しない」。最初は密告社会かとも思ったけど、どうやらそれ以上らしい。
凄まじいまでの同調圧力というか。あり得ないほどの罪悪感。そういうものが出てくるから「できない」のだとか。
目の前の糸目の青年はΦ-13/0703-Δ-2A-1773。わかっていいのは最初と末尾だけ。
「なにかの調査、でしょうか?」
「調査じゃなくて、学習かな。Ξとしての任務続行のために学習が必要だから、意図しない出会いについての経験値を溜めなきゃいけないの」
「そうですか……申し訳ありません、よくわからず、お役に立てそうにはありませんが……」
「コャレからの質問に答えてくれるだけでいいよ。そうだな、まず……1773はどんな仕事をしているのん?」
先のΘ-66/5B2C君たちには明確な仕事があったけど、基本的にこの国の人間は「働いているようで働いていない」が実施されている。
仕事はしているけどそれって仕事なの? というのを生涯やり続けるのだそうだ。
というのも、「国を回していくだけの歯車」は正直機械だけで充分だそうで、むしろミスを頻発する人類は邪魔にしかならない。けど人類は存続させなければならないものであり、堕落させるのもオーダーと違う。
だから外界との交流をさせずに適度な仕事を行わせ、「最低限人間であること」を保たせて管理している、と。
「私の仕事は計算ですよ。一日中計算をするんです」
「なんの計算?」
「……? 計算をします。計算は計算ですが、当該機能がインプットされていないのでしょうか」
「ああいや大丈夫。わかるよ。今のは学習に必要な反芻だったんだ」
「そうでしたか。失礼いたしました」
恐らくだけど、計算させているだけと見た。
何の計算でもないのだろう。ランダムに弾き出された数字が届いて、計算をする。もしかしたら答えがあっているかどうかも関係ないのかもしれない。
仕事……この場合は最早力学における仕事に近くなるかもしれない。「人間に仕事をさせて、最低限人間であることを保つ」。ひゅう、おっそろしいね。
「でも、1773。あんたどうしてこんなところにいたんだ? 仕事の時間じゃないにしても、なんで」
「家が……」
「家?」
ぽつりと零した言葉。
みるみるうちに暗くなる顔。同時、俺にだけ見えている全文の管理番号……Φ-13/0703-Δ-2A-1773がΦ-13/0703-μ-2A-1773に変わる。
確か状態コード「μ」が表すのは、「感情過多」。
「ここに……家があったはずなんです。今は見る影もありませんが、私の……元の家が」
「家なんてどこも一緒だろ。元の家もなにも」
「違いますよ。……昔は違った、はずなんです。ここに……明るい屋根の家があって、近所の子供達が良く遊びにきていて……私はそれを、その声が、腰の痛みを和らげてくれるからと……それで」
決壊したダムのように言葉が溢れてきている。
……どういうことだ? Φ-13/0703-μ-2A-1773の見た目は青年だ。少年から青年に上がったくらいの年齢感に見える。加えて、そこまでの年寄りをシャウヘンは作らない。どれほど老いても皆若いままを維持できるはず。
それでいて……俺が眠っていたのは数百年、下手したら四桁に届く時間だという。その間ずっとシャウヘンが支配をしていたのなら、遺伝子に焼き付いた記憶だってとっくになくなっているだろうに。
「Φ-13/1773、状態コードが安定していない。落ち着いた方が──」
「私はそんな名前じゃあない!!」
睨まれる。苦しむような声を上げて、歯を食いしばって。
「──状態コードγ移行個体を発見。魔素に毒されている危険性が高いため、即断の排除を行います」
「基幹特性Ξが周辺にいることを確認しました。現場急行員はΞの保護をしてください。Ξは我々人類にとって最後の希望となる存在です」
これは……警備ロボットの声か。
いや、なんだ。俺が話しかけたからああなったのか? それとも……この国の民は皆あれくらい「爆発寸前」なのか?
なんにせよ捕まるのは面倒臭い。失礼させていただこう。
「基幹特性Ξの消失を確認。指示を──」
「指示など待つ必要はありませんよ。μからγへと移行した個体は最終的にωまで行きますので、この場で処分で問題ありません」
ヂッという……熱された鉄の出すような音が響いたかと思えば、Φ-13/0703-Δ-2A-1773の上半身が消え去っていた。
……え、こわ。なにあれ。ビームサーベノレ?
振るったのは……こちらも糸目の男性。長い金髪をストレートに降ろした……ともすれば「美人さん」なんて表現の似合いそうな人。
量産型の顔じゃない。特殊個体ってやつだ。Θ-66/5021-Δ-8A-5B2C君もそうっぽかったし、案外いるのかな特殊個体。
「まったく……基幹特性にΦを持っておきながら、ああ、汚らわしい。何があればμだのγだのになれるんだか……」
「活動停止体の処理、及び除染処理完了いたしました」
「なら撤収しなさい。こんな場所にとどまっていては、アナタたちまで汚染を受けてしまいかねません」
「ですが、報告にあった保護すべき基幹特性Ξの捜索がまだ済んでおらず……」
「……流石はΛシリーズですね、自己判断が欠片もできない。いいですか、基幹特性Ξは逃走したのでもなく消失したと報告にあったのです。つまり消えたのですよ。そんなもの、どう捜せと?」
「ですが──」
ブゥンと振るわれるさっきの熱線剣。
そこに正当性があるようには見えなかったから、小石の投擲で妨害する。
「……誰ですか、今、ワタシに向かって石を投げたのは」
「……」
「スキャンなさい。……Unknown? Not foundではなく? ……これ以上はワタシの仕事ではありませんね。SWGに通報なさい。この近辺にこのワタシ、Θ-33/9999に逆らった者がいます。全てのログを洗い、なんとしてでも見つけなさい。──ワタシは帰りますからね」
……死ななかったことを喜びもしない……リアクションの一つも取らない部下らしき男性。
死んでも補充される、っていうのは……どこまで共有されている認識なんだろうな。
にしてもSWGか。Fとの違いはなんだろう。
あとでシャウヘンがくれた資料を読まなきゃなー。
それと……もし、俺が話しかけたことがあんたを暴走させたっていうんなら、謝るよ。ごめんな、1773。