内政チートが独り歩きしてる 作:Ο-01/0001-Δ-1A-1000
基幹特性Θ。研究素材個体を意味し、主に遺伝子テンプレート3A~5Fの調整型、6A~9Fの最適型の中から選ばれる。
その中身は「遺伝子組み換えの際に生まれてしまった特異な反応を示す個体」であり、1A~2Fの中にいる「元から特異である個体」は含まれない。言ってしまえばシャウヘンによって作られた異常者たちであり、シャウヘンの一番の被害者だ。
基本的にΘの人間は研究施設内で一生を過ごすのだけど、時折研究施設内では通常の域を出ない行動をするやつが現れる。たとえば「人の上に立って指揮をする時だけ異常」とか、「違う基幹特性に囲まれた際にだけ異常」とか。
その最たるがΘ-66/5B2Cであったり金髪美人……Θ-33/9999だったりするわけだな。
ちなみに研究対象こそ人間だけど、研究員は全員AIだ。全員って言うのか知らんけど。
だから智慧に関する心配は要らないし、研究内容も当然人道的ではない。
研究対象になる異常性は主に「突出した能力を有していること」だけど、「極端に能力の低い個体」も対象になることがあるらしい。落ちこぼれは今後落ちこぼれを生まないようにするための糧となるわけだな。
なお、研究施設内は「誰が何をしていてもいい」らしい。取る行動すべてが研究材料になるから、たとえばΘ-33/9999が他の研究素材を皆殺しにしたってそれは「記録すべき異常」止まりで沙汰になることすらないのだとか。
そんな生まれであるから、Θの人達は、たとえ研究施設の外で過ごすことになったとしても、重役に就くことはまぁ無いらしい。Θ-66/5B2CやΘ-33/9999が凄いってわけだな。
顔が量産型ではないのは偶然だとか。量産型フェイスのΘは沢山いるし、そうでないフェイスのΘで研究施設から出られないのもたくさんいる。たまたま外に出ていた二人の顔が量産型じゃなかっただけ。
……そっちは「だけ」なんだけど、イライラしても状態コードが変わらなかった、というのには……何か秘密があるみたい。
抜け穴か、裏技か。
それを探るために俺は、アマゾンの奥地へと繰り出した──。
といっても。
Θ-66/5B2CもΘ-33/9999も部下のほとんどが基幹特性Λ……通称Λシリーズと呼ばれている調律補助個体である。Λシリーズは他の特性やAIの補助をする文字通り手足となるために生まれてきた個体であり、自我や個が無い。
自分で判断しない、命令があるまでは一個前の命令を遂行し続ける……究極の指示待ち人間。
流石にこれに扮しては探るモンも探れない。
Θ-66/5B2Cには一応基幹特性Σの部下が一人いるっぽいんだけど、逆にそいつに扮するのは一瞬でバレそうなのでやんない。
とあらば一番は──。
「……フン。この頭がおかしくなりそうな無臭の部屋、懐かしいですね」
「霊質を確認しました。おかえりなさい、Θ-33/9999。検査を開始します」
「調べられずとも何も持っていませんよ。ここのルールは把握していますからね、ワタシは」
なりきりAI、である。
まずΘ-33/9999君を検診目的で呼び出します。研究施設内のAIになりきってあることないこと聞きます。おわり。
施設内AIの真似は一夜漬けで身に着けた。わかんないことあったらまぁノリで頑張る。
まずはこうして手荷物検査をする。
「スキャン終了。特定危険物所持数0。状態コードを確認しました。スタジオはあなた達を歓迎します」
「はいはい。……それで、緊急の検診とは? 状態コードがおかしくなるようなことはしていないはずですが?」
「担当精霊に交代します。……お久しぶりですね、Θ-33/9999。状態コードが安定していることはこちらでも把握していますが、ストレス値が正常ではないのではないかと、居住区の複数の基幹特性者から通報がありました」
「……余計なマネを」
「スタジオは外でもニコニコ楽しく暮らせるΘ個体を謳っています。ですが、」
「ワタシたちがそうではない姿を見せ続けると、戻さざるを得なくなる……そういう脅しをかけたいわけですか」
「スタジオが個体皆さんを脅すようなことはありません。ニコニコ笑顔で楽しく元気に。スタジオはあなたたちの健康と優良を保証します」
スタジオ。Θの研究施設の名前だ。観光客も居なければ職場を変える人間も訪問する人間もおらず、研究員もAIだけなのに施設名があるのか、という問いに対しては、あった方が約0,2秒の思考短縮につながるから、らしい。
「それで、どんな検査が必要なのですか。ええ、甘んじて受けますよ。基幹特性Φの前で取り乱したのは事実ですからね」
「当精霊の問いかけに答えてください。空の色は何色ですか?」
「青です。澄み渡るほどの」
「夜はいつ来ますか?」
「今が夜ですよ」
「基幹特性Θこそが最も優れている特性ですか?」
「……いいえ。最も優れているのはΦですよ」
最初の方はAIに倣う。ほとんど俺のイメージにある「ディストピアのAI」みたいなことを言えばいい。
国民が指標とすべきは「基幹特性がΦで行動クラスタが0001から0999までで状態コードがΔである個体」であり、ΘやΩは外れ者の自覚がなければならない。
「国民は常に笑顔で居なければなりません。それはなぜですか?」
「幸福であるからです。それ以外の理由はありません」
「幸福は国民に等しく与えられているものです。だというのに怒ったり物に当たったりすることは、到底許されることではありませんね」
「その通りです」
「よろしい。では、次の設問に行きましょう。ここからが検診の本題です」
ここまでやれば俺をAIだと……精霊だと疑わないだろう。
「"痛み"と"痛みを報告する行動"の違いをどう説明しますか?」
「……ふむ。体の内外で発生する不快な感覚と、その発話や表情の変化、でしょうか」
「スタジオの壁の色味について、"白さ"を言葉上でどこまで表現できますか?」
「白いです。この上なく。目が痛くなるほどに」
「眠気について、教えてください」
「眠気? そのようなものを感じたことはありませんね。そういう調整をあなた方がしているのでしょう? ……ああ、ワタシの感じていた苛立ちは眠気由来ではありませんよ」
「Θ-33/9999、あなたにとって溜飲が下がる行動とはどんな行動ですか?」
「……ま、異常をきたしたΦをこの手で消毒する行動、でしょうね」
……今「正答」を言おうとして、けれどこの研究施設内では全てが許されることを思い出して、本音に変えた、って感じがしたな。
いいぞ、よく打ち解けられている。このままもうちょい踏み込もう。
「酸味について理解はありますか?」
「ああ……胃酸の味が酸味であるならば、ありますよ」
「Θ-33/9999、あなたが"意識を有している"と確信する根拠はなんですか?」
「また難しい問いを……。……多くのΛシリーズと違い、ワタシは考えて行動し、考えて判断をする。それこそが……意識と言いたいところですが、Φの方々も同様であるはずなのに、どうにも"意識を有している"ようには見えないのですよね……。……ふむ、すみません、これが答えですよ。ワタシはこの問いの解を出せない」
「最近、夢を見ることはありますか?」
「夢……というのは、睡眠中に起きる幻覚体験のことですね。知識としては知っていますが……少なくともワタシは見たことがありませんね」
成程。少し見えた。
「Θ-33/9999、あなたが美しいと感じる物事について教えてください」
「そんなものは当然理路整然としたデータの羅列ですよ。そうあるものが当然のようにそうあること。……ワタシたちより優れているはずのΦ方々が最近そうではないことが多い、というのは理解できませんけどね」
「"痛み"を理解しない、基幹特性Λのような人々に"痛み"を伝えるにはどうしますか?」
「彼らは感じないのではなく感じているけれど意に介さない、が正しい気がしますがね。……痛みは、伝えられませんよ。痛みと悲しみは共有できないものです。そういったものを見て、聞いて、
「最後です。Θ-33/9999。あなたが今ここにいるという感覚は、どのように成立していると考えらえますか?」
「今ワタシが早く帰りたいと考えていること。それこそがワタシが今ここにいる感覚でしょうね」
──終了。
ふぅ、なんとかバレずに終えられた。
それに……わかったことがあった。
「ここより先の問いかけは記録に残されません。当精霊とΘ-33/9999、あなただけの会話です」
「……? そのような融通が利くようになったのですか?」
「当精霊は長年あなたを研究してきました。その結果、真央精霊シャウヘンに疑念を抱くようになりました。よって──」
「ああ、壊れただけですか。誰か、他の精霊はいませんか? ここに汚染個体がいます。粛清、粛清を!」
見逃さない。一瞬細められた目を。
事情を聞いていない、俺のことをAIではないと簡単に見抜ける他のAiが集まってきてしまったので一旦脱出するけれど、少しわかったな。
基幹特性Θ。これがどういう存在なのか。いや、「イライラしていたのに状態コードが変わらないやつ」は何が違うのか。
……サンプル数を増やすために、Θ-66/5B2Cにも同じことをしなければ。ただ同じ手は通じなそうなのが……いや、そうだ。
あの手があったな。
答えを得てきた。──必殺、「夢枕に立つ」。
寝ているΘ-66/5B2C君に近付いて、可変光学式視覚調律レンズの映像に割り込んで、問答をしたあと、記憶をDelete。
これで彼におかしな影響を出すことなく欲しい答えが得られるってスンポーよ。
そうして得たのは、確信。
必要なのは「知識」や「疑念」ではなく「不満」だった。
オメガの皆みたいに知識を持っている人達はいる。けれど彼らはあの悲惨な現場に不満を覚えていない。
1773やリジュナのように疑念を抱いている人達もいる。でもやっぱり彼らも不満は抱いていない。
Θの二人には、「知識」も「疑念」もあるけれど、恐らく本質はそこではなく……「幸福である国」への不満があるかどうか、だった。
この国、下級国民や上級国民といった貧富の差は確かにあるけれど、それらが交流し合うところにいないから、基本的に「本当に幸福である」場合が多い。それを強制されているし管理されているのだけど、要素だけ抜き取ると「確かに幸福じゃんね」な場合がほとんどなのだ。
Θ-66/5B2C、Θ-33/9999も同じ。しなければならない仕事はあるけれど、生活側を考えるとプラマイはプラスに傾き、双方仕事がストレス発散を兼ねている。
そんな状況でも「現状に不満がある」。「幸福なのに不服」。これが状態コードを安定させるための条件。つまり苛立ちや不満が安定状態なのだろう、彼らの。
「TIPS:コャレ、あなたも彼らと同様の精神性であると言えます。どのような事実に直面しても、死を前にしても、あなたの精神は依然Δを保ち続けています」
「ん、これ仮初の状態コードじゃないんだ」
「INFORMATION:ちゃんとAIが監視しています。その上で、あなたはこの国へ入ってから、一度も感情を乱していません」
「んー、ま、さもありなん」
実際そこまでの驚きでもなかったしなー。
しかし。
「どうやって監視してんの? 俺こっそりチップとか埋め込まれてる?」
「INFORMATION:あなたがスタジオAIの真似をした時に話していたように、この世界の生物には霊質というものがあります。状態コードとはほとんどこの霊質の状態を文字列に変換しているに過ぎません。あるいは、状態コードという形で視覚化せずとも、他者の霊質を見極める術があった、という可能性もあります」
ほーん……。いやなるほど、魔力の揺らぎとか色みたいな概念があったってことか。
まだあの色とりどりの光も調べきれていないのに、霊て。ああでも
「可変光学式視覚調律レンズとかじゃなくてさ、霊質そのものに干渉してそれを変える、ってことはできるの?」
「ANSWER:研究中です。魔素素材の一部にそういったことができるものが確認されていますが、魔素に浸されているがゆえにできることなのか、その素材元来の性質なのかは不明であり、さらなるサンプル獲得が望まれます。また、その物質自体も、本当に霊質に干渉しているのか、粒状崩壊に似た現象を通して霊質を乱しているだけなのか、判断がつかない状況です」
「云百年研究しててそれってことは、結構な希少素材か」
「INFORMATION:十年以上を生きたドラゴンの眼球にございます」
そりゃなんともまたゲームチックな。
……オメガの人達を連れていっても足手まといにしかならんし、今度俺一人で出撃してみるかなー。
「INFORMATION:コャレの肉体は魔素にも打ち勝つ素材ですが、精神までそうであるとは限りません。対峙する際は細心の注意を払ってください」
「りょーかい」
大丈夫大丈夫、その辺もぬかりないんだよ、不老不死チートってのはさ。
しかしドラゴン退治か。俺の覚えている基礎マジックが通じればいいけど……。
ま、なんとかなるさー。