南米ブラジル、首都リオデジャネイロ。
ギラギラと照りつける太陽の下、高級ホテル「リオ」のエントランスに、場違いな黒塗りの車が到着した。
降り立ったのは、黒スーツにサングラスの長髪の男、青い軍服にトップハットの紳士、そして眼帯の傭兵。
「最上階のスイートの予約を入れておいた者だが」
アーカードがカウンターで告げる。
「はッ。最上階のスイートのお客様。『J・H・ブレナー』様で御座いますね。承っております」
その背後では、ベルナドット指揮下の現地ポーターたちが、巨大な荷物を運び込もうとしていた。
「おいこっちだ、最上階だってよ」
「
あまりにもデカイ、そして不吉な形状をした荷物に、ホテルのボーイが戸惑いの声を上げる。
「お、お客様、あの大きなお荷物は当ホテルといたしましては……」
アーカードは振り返りもしない。
ただ、サングラス越しに赤い瞳を光らせ、スッと手をボーイの額にかざした。
「問題ない」
アーカードの声には、抗いがたい強制力が籠もっていた。
「なにも、問題は、ない」
ボーイの目が虚ろになる。
「……なにも、問題、ありません」
彼はあっけらかんと答え、笑顔でキーを渡した。
「行くぞ。早く運び込め」
アーカードが歩き出すと、ベルナドットが冷や汗を拭いながら追いつく。
「はあ? ……なにをやった。魔法か?」
「何もしていないさ」
アーカードは嘯く。
「それより、運ぶ過程で問題は?」
「何もかも順調すぎて怖いくらいだ」
ベルナドットが肩をすくめる。
「まるで誰かが道を開けてくれてるみたいにな」
「………そうかね」
アーカードは歩みを止めず、ニヤリと笑った。
「フン」
鼻を鳴らし、楽しげに呟く。
「何も問題は無い。……楽しい
ベルナドットは訝しげに黙り込み、隣を歩く狩人に小声で尋ねた。
「………なんかあるのか? ハンターサンよ」
狩人はトップハットのつばを直しながら、低く答えた。
「分かり得ぬな。……だが、ヤツがあぁ言うのならどちらにせよ、”何か”はあるだろうな」
「そ、そうかよ……」
彼らの背後、ホテルのロビーの隅で、客を装った男が無線に囁いていた。
「こちら赤テブクロから白クツシタヘ、『お客』は入店した。繰り返す、お客は……」
最上階、プレジデンシャル・スイート。
なんとも広々している王侯貴族のための部屋だ。
「何たる差別!! 俺は市外の30ドルの安宿だってのに! 何たる差別!! あぁブルジョアジー!! ブルジョアヌー!」
ベルナドットが煙草に火をつけながら喚く。
「安宿の方が良いこともある」
アーカードが窓の外を見下ろしながら嗜める。
「そうですか〜ァ」
ふと、狩人が部屋の空気を探るように呟いた。
「……静かだな。
あの騒がしい婦警の気配がない。
「どうせ騒ぎ疲れただけだろう」
アーカードが短く答える。
「
ベルナドットが手を叩く。
「途中随分と暴れていたんですよ。誤魔化すのに一苦労です。流石に疲れたのか諦めて寝ちまったみたいですがね」
アーカードは部屋の中央に置かれた巨大な荷物に歩み寄ると、被せてあった布を勢いよく剥ぎ取った。
現れたのは、黒塗りに銀の縁取りがされた、重厚な棺桶。
「……それがアンタの棺桶かい……」
「そうだ。私の最後の領地だ。ここで生まれここで死ぬ」
ベルナドットは呆れたように帽子を被り直した。
「確かにスイートだのなんだのの、へったくれもあんたには無さそうだ。それじゃあ、明日から調査という事でヨロシク。グッドハンターさんは朝から、あなた方吸血鬼は夕方頃迎えに来ますわ。夜の方がいいんだろ?」
「承知した」狩人が頷く。
アーカードは何かを含んだ口調で言った。
「フン……まあ楽しみにしておけ」
「は?」
「なかなか楽しめそうだ、此処は」
「は、はぁ……」
ベルナドットが部屋を後にし、広いスイートルームには二人の怪物だけが残された。
狩人はトップハットをテーブルに置き、アーカードに問う。
「……何を予感している?」
アーカードは白いコートのボタンを外し、不敵な笑みを浮かべた。
「ふッ……さあな? だが、いずれ答えが来るだろう」
彼はジャケットを脱ぎ捨て、虚空からいつもの真紅のロングコートを取り出して羽織った。
そして懐からヤーナムでの戦利品、「レイテルパラッシュ」を取り出し、チャキリと撃鉄を起こして機構を確かめる。
その所作だけで十分だった。
狩人もまた、理解した。
狩人は青い軍服の上着を脱ぎ、使い古した狩装束へと袖を通す。
「仕込み杖」と「獣狩りの短銃」を持つ。
マスクを装着し、いつもの三角帽子を目深に被る。
その姿は、一瞬にして理性的な官憲から、夜を駆ける処刑人へと変貌した。
その時だった。
窓の外から、けたたましいサイレンの音が響き渡り始めた。
ウゥゥゥゥゥ──ッ!!
パトカーの回転灯がビルの壁面を赤く染め、階下からは避難する人々の悲鳴と、警官たちの怒号が漏れ聞こえてくる。
狩人がカーテンの隙間から外を覗く。
ホテルは完全に包囲されていた。ブラジル軍警察の特殊部隊の装甲車が道を塞ぎ、完全武装の兵士たちが突入の準備を進めている。
下界は、まさに混沌としていた。
「始まった…か。…クク……」
アーカードが低く笑う。悠然と棺桶に近づき、蓋を開けた。中ではセラスが仰向けになって眠っている。
「起きろ」
アーカードが顔を近づける。
「っ!! お、おは、おはようございます……」
「起きろ。面白いから起きろ」
バタバタバタバタ……!!
強烈なダウンウォッシュが窓ガラスを震わせる。
「なっ、なんの有様ですかコレ……?」
セラスが目をこすりながら窓を見る。
そこには、サーチライトを向けた戦闘ヘリコプターが、ホバリングしながらこちらを覗き込んでいた。
「なっ、なッ、何! 一体…これは一体ッ!?」
パニックになるセラス。
「さあ、戦争の時間だ」
アーカードが両手を広げ、歓喜に震える。
「…………」
狩人は無言で短銃に水銀弾を装填し、鉈のロックを外した。
その瞳は、獲物を前にした獣のように冷たく光っていた。
テレビの画面には、「速報」の文字が踊っていた。
『現在、リオデジャネイロ市内のホテル「リオ」最上階に、凶悪なテロリストグループが立て籠もっております』
『警察当局の発表によりますと、主犯格の男の名はJ・H・ブレナー。共犯の女、およびもうひとりの男については現在氏名不詳とのことですが……』
安宿のベッドの上で、ベルナドットは飲んでいたビールを派手に吹き出した。
「ぶッ!? げほッ、ごほッ!! な、なんだァ!?」
──ロンドン、HELLSING本部。
ひっきりなしに鳴る電話のベル。
ウォルターが受話器を耳に当てながら、冷静に対処している。
その横で、インテグラはテレビ画面を睨みつけ、ギリリと歯を食いしばった。
「上等じゃないか。そんなに戦争がしたいならやってやる。……戦争屋共め」
──ミレニアムのとある基地にて。
無数のモニターの光を浴びて、小太りの男はモニターを眺めていた
「どうだね
「彼らはいいです。いい素体だ。……そしてこれで、確かめられる事でしょう」
ドクがデータを記録しながら答える。
「化物でありながら化物共を狩り続けるあの男は、人間を……なんの罪も無い人間たちを……殺すのか、殺さないのか。それとも殺されるのか……」
男の眼鏡が怪しく光る。
「……そして、あの異界の狩人。ヤツはどこまで血に酔うのか……"ヒト"相手にどうするのか……」
「見せてくれたまえよ。闘争の歌劇を」
──北アイルランド、孤児院の一室。
薄暗い自室で、アンデルセン神父は小さなテレビを見つめていた。
画面には、追い詰められた(ように見える)怪物たちのホテルが映し出されている。
「神父様、お食事の時間ですよー。どうなさったんですか?」
ドアの向こうから、子供たちの明るい声が聞こえる。
「あぁ、もうそんな時間だったのですか。すぐ行くと寮母さんに伝えてあげてくださいね」
「はーい! 早く来てくださいね」
足音が遠ざかるのを確認し、アンデルセンは獰猛な笑みを浮かべた。
「……踊り踊れ
世界中の視線が注がれる中、リオのホテルは血塗られた戦場へと変わろうとしていた。
to be continued…