視点はロンドン、HELLSING本部。
「TVクルーがホテルを映さなくなりました」
ウォルターが冷徹に告げる。
「突入する気か、バカどもめ……正気とは思えない」
インテグラは拳を握りしめた。
「アーカードにとって、彼らは目的達成の至上命令における単なる障害でしかない。例えそれが人間だとしても……」
「だとしたら狩人はどうなる?」インテグラの声が揺れる。「ヤツは人を狩ったことがあるとはいえ、無関係の人間を……」
「どうでしょうね」
ウォルターは静かに答えた。「ただ言えることがあるならば、彼らは化け物であること……ですね」
───────────────
リオデジャネイロ、ホテル「リオ」最上階。
ドォン!!
ドアが蹴破られ、ブラジル軍警察の兵士たちが雪崩れ込んでくる。
「クリア!」「クリア!」
兵士たちは部屋を索敵し、やがて部屋の中央に鎮座する巨大な棺桶に目を止めた。
隊長が歩み寄り、棺の表面に刻まれた銘文を読み上げる。
『私はヘルメス。私は自らの羽を喰らい、飼い慣らされる』
「なんだコレは……?」
そう言った刹那、闇の底から響くような声がした。
「私の棺に触るな」
兵士たちが一斉に振り返る。
窓際、月明かりに照らされた逆光の中に、真紅のコートを纏った男が立っていた。
「FREEZ!!」
数十の銃口が向けられる。だが、男は動じない。淡々と、少し苛立ったように繰り返す。
「私の棺に触るな。わたしの、棺から離れろ」
「撃てッ!」
ドドドドドドドド!!!!!
ドガドガドガドガドガドガドガ!!!!
一斉射撃。アサルトライフルの弾丸が嵐のように男を襲う。
肉が弾け、血飛沫が舞い、真紅のコートが穴だらけになって床に崩れ落ちる。
静寂。硝煙の匂い。
「動くなと言っただろうが、この変態野郎」
「元より射殺命令が出ていますが、撃ちすぎでしょうこりゃ」
兵士たちは荒い息を吐きながら、肉塊と化した男を見下ろす。
「知るか。念入りに殺せと言われただろ」
「しかしこいつ一体なんなんだ、ただのバカか?」
「知るか。お偉い方の事情じゃねぇか。なにしろ仕事は3分の1終わった」
「もうふたりの男と女がいたはずです」
「よし! すぐ探し出せ!! 発見次第即刻こいつのように射殺しろ!!」
すると、肉塊の中から声が響いた。
「
「「「!!!?」」」
兵士たちが凍りつく。
床に広がった血の海が、意思を持った生き物のように逆流し、肉片が集まり、男の形を成していく。
「なるほど大した威力だ。しかし走狗では私は殺せん」
男──アーカードの体が、無数の赤い目玉と黒い影を纏いながら再構築されていく。
彼は嘲笑うように告げた。
「化け物を打ち倒すのはいつだって人間だ」
「………」
その一言が、クローゼットの中に潜んでいた狩人の胸を打った。
『化け物を打ち倒すのはいつだって人間だ』
狩人の脳裏に、遠い街、ヤーナムでの記憶がフラッシュバックする。
血に酔った狩人たち、悪夢に囚われた古狩人たち。
ヤーナムの路地を跋扈する獣、瞳を求めた学徒たち、実験棟の患者たち、そして漁村の民。
彼らは皆、人を超えようとし、獣となり、あるいは上位者へと近づき──そして、狩られた。
(……私はどうだ?)
人の身で、化け物を狩り殺してきた自分。
そんな私は果たして「人間」として彼らを狩っていたのか?
いや、かつての私でさえ、既に「化け物」の側から、同族を狩っていたのではないか?
(……いつ頃だろうな、化け物となったのは)
狩人の瞳が冷たく沈んでいく。
今の自分は紛れもない化け物だ。人の範疇などとうに超えている。
だが「獣」ではない。
本能のままに血を貪り、理性を失ったケダモノとは違う。
それだけは、決して譲れない一線。
「か、狩人さん……?」
ふと、共に潜んでいたセラスの震える声に引き戻された。
「大丈夫ですか…? その…様子がおかしかったので……」
「………大丈夫だ」
狩人は深く息を吐き、思考のノイズをシャットアウトする。今は、狩りの時間だ。
「……頃合か」
狩人はクローゼットから音もなく滑り出た。
そこには、無惨に引き裂かれた兵士たちの死体が転がっていた。
そして、部屋の隅に追い詰められた最後の一人の兵士。
彼はガタガタと震えながら、自身のこめかみに拳銃を当てていた。
「ばッ…ばっ…! 化け物ッ!!」
上擦って酷く恐怖した声。その銃口はアーカードに向けられている。
アーカードは冷たく見下ろす。
「よく言われる。ソレと対峙したお前はなんだ? 人か狗か化物か」
兵士は絶望の息を吐き、引き金を引いた。
バンッ!
自殺。
アーカードはつまらなそうに、そしてもどかしそうに兵士を睨みつけた。
人間として挑んでこなかった弱者への失望。
狩人はその死体を見つめ、心の中で短く祈りをくべた。
(……安らかに眠れ。悪夢に囚われぬように)
セラスも出てきて、惨状に目を見開き、そして俯いた。
「準備しろ、脱出するぞ」
「あの……その……」
「どうした、グズグズするな」
「いや、あの…ま…マスター…あ、あの…彼ら…人間です…」
「………だからなんだ」
「にッ人間なんですよ!!」
「だからなんだ!!」
アーカードがセラスの胸ぐらを掴み上げた。
「鉄火を以って闘争を始める者に人間も非人間もあるものか! 彼らは来た!! 殺し、打ち倒し、朽ち果てさせるために! 殺されに、打ち倒されに、朽ち果たさせるために! それが全て!! 全てだ!!」
「闘争の契約だ!! 彼らは自らの弱いカードに自らの全てを賭けた! そういう事だ!!」
「殺さなければならない!!」
「それを違える事は出来ない。誰にもできない唯一の理だ。神も悪魔も私も狩人もおまえも」
狩人は心中で頷いた。
元より闘争を望むものが居るならば、ましてや殺し合うなら、どちらが死んで、どちらが生きるかだ。
それが「人間」であろうと「化け物」であろうと、命を賭けたチップの重さに変わりはない。
(……この世界にいると、どうしても思考が人間臭くなる)
狩人は自嘲気味に口元を緩めた。
アーカードが胸ぐらを離す。
「行くぞセラス。せいぜい薄暗がりをおっかなびっくり着いて来い。狩人も行くぞ」
「はッはいッ!」
───────────────
アーカードが電話をかける。
『誰だ、敵か? 味方か?』
「お前の従僕だインテグラ。
アーカードは状況を説明し、そして問うた。
「この人間たちは上の命令を実行してるに過ぎない。それを私と狩人は殺すことができる。化物だからだ。ではお前はどうだ? お嬢さん」
「銃と鈍器は私たちが構えよう。照準も定めよう。弾を弾倉に入れスライドを引きセーフティは私が外そう。鈍器を展開し、敵に刃をあてがうのは狩人がやろう」
「だが、殺すのはお前の殺意だ。さあどうする? 命令を、局長インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング!!」
電話の向こうで、インテグラの激情が爆発した。
『私をなめるな従僕!! 私は命令を下したぞ、何も変わらない!!』
『「
アーカードは喉を鳴らして笑った。
「
「ならば打って出る、とっくりとご覧あれヘルシング卿」
電話が切れると同時に、セラスと狩人は脱出の準備を終えていた。
棺桶は布で覆われ、黒紐で固く括り付けられている。狩人の手際は職人のように完璧だった。
「屋上に運び、ヘリを奪って脱出しろ」
「どうやってやるんですかぁ」
「何とかしろ」
「……口答えしてもムダだからなんとかしまス」
セラスは諦めたように棺桶を背負った。
「マスターと狩人さんはどうする気ですか?」
アーカードはニヤリと笑い、狩人に向いた。
「着いてきてくれるだろう?
狩人は三角羽根帽子のつばを指でなぞり、静かに答えた。
「………
その返答と共に顔を上げた狩人の瞳。
それは、感情のない上位者のそれとは違っていた。
犠牲者への慈愛、救済への祈り、そして敵対者への無慈悲な殺意。
相反する感情が静かに同居する、「狩人」の眼だった。
「フフ…ならば正面玄関から歩いて出る。高見の見物をしている奴らに教育する。自分がどんな相手に喧嘩を吹っ掛けたのかということを」
アーカードが二挺拳銃を抜き、狩人が仕込み杖を鞭へと変形させる。
「……さあ、行こうか。
二人の死神が、ゆっくりと歩き出した。
ホテルの廊下は、これから始まる虐殺の舞台へと変わる。
to be continued…
次回からやっと戦闘です。