特殊部隊(GATE)の小隊が、防弾盾を先頭に整列していた。
「配置完了。後続部隊も到着、2分後に再突入を行う。ガス弾、閃光弾頭を用意せよ」
隊長がそう告げた、その直後だった。
こちらが動くよりも早く、部屋のドアが内側から静かに開かれた。
「……!」
兵士たちが息を呑む。
奥の暗闇の中から、二対の光が浮かび上がっていた。
一つは、血の池のように底知れぬ真紅の威圧
もう一つは、凍てつく月のような蒼白の殺意
闇の中から、楽しげな挨拶が響く。
「
「
アーカードは口元に凶悪な薄ら笑みを浮かべ、狩人は無言で、しかしその全身から刃物のような鋭気を放っている。
カツ、カツ、カツ……。
二人の怪物は、銃を構える兵士たちの間を、まるで散歩でもするようにズカズカと歩き出した。
あまりの存在感。生物としての格の違いに、歴戦の兵士たちが金縛りにあったようにトリガーを引けない。
「う、うわぁぁぁぁッ!!」
一人の兵士が耐えきれずに引き金を引いた。
それが、虐殺開始の合図だった。
ドォォン!!
アーカードの両手が霞む。愛銃「454カスール」と「ジャッカル」が火を吹き、発砲した兵士の頭部がザクロのように弾け飛んだ。
「撃ッ!撃えぇぇッ!!!!」
残りの兵士が一斉射撃を開始する。
狩人が手にした杖、「仕込み杖」が、ジャキッという音と共に変形した。
鋼の鞭。刃のついた蛇腹剣。
ヒュンッ! バヂィィンッ!!
「グアァァッ!?」
狩人が腕を振るうと、銀色の軌跡が兵士たちを襲った。
重厚なボディアーマーも、強化繊維のチョッキも関係ない。鞭の刃は隙間を縫い、あるいは装甲ごと肉を引き裂き、骨を断つ。
狩人が防具を裂き、肉を晒す。
そこへアーカードの13mm爆裂弾が正確無比に叩き込まれる。正確に頭を撃ち抜いていく。
四方から飛びかかる兵士たちに対し、狩人は
杖による広範囲の斬撃。血飛沫が円を描いて舞う。
その動きには奇妙な優雅さと、死者への手向けのような静けさがあった。
死に切れなく痛みに藻掻く者を「仕込み杖」を変形前に戻し、心臓を杖で一突きし、苦痛から解放する。
「…Amen……」
狩人は血塗れの杖を振り払いながら、首に下げた十字架を強く握りしめた。
それはかつて医療教会が用いたロザリオ。祈りではない。これは、獣となり果てた者たち、あるいはこれから死にゆく者たちへの、せめてもの「介錯」の儀式。
『本部ッ! 本部!!』
『こちら最上階再突入部隊!! 助けてくれ!! 助けてくれ!!』
『化け物だ畜生!! 銃が効かない! あいつら人間じゃなイギィアアアアッ!!』
悲痛な通信が飛び交う中、スーツの男、トバルカイン・アルハンブラは、物陰から冷ややかな目で見つめていた。
「……フフ。随分と派手好きな連中だ」
助ける気など微塵もない。彼はただ、カードを切りながら嗤った。
一方、ミレニアムの基地。
「始まりましたな。やはりこうなりますか」
ドクがモニターを見ながら呟く。
「こんなもので済むものか。死ぬよ、もっと死ぬよ。奴らがこんなもので済ますものかよ」
「ではいかがいたしますか?
「原住民がいくら死んでも構わんけれど、これではらちがあかん。何よりちっとも面白くないね」
少佐の目がギラリと光る。
「トバルカイン・アルハンブラに伝達。出撃準備。思うように埒をあけよ」
視点はホテルへ戻る。
生き残った兵士たちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
だが、二匹の化け物は逃さない。
廊下の奥から、銃声と共に兵士が一人、また一人と崩れ落ちる。
アーカードは死に損なう傷ついた兵士の首に喰らいつき、その血を啜る。
狩人は左手にカインハーストの銃「エヴェリン」を構えていた。
パンッ!
乾いた銃声。水銀に狩人自身の血を混ぜた「血の弾丸」が、逃げる兵士の背中を撃ち抜く。
「が……ッ!?」
撃たれた兵士は、傷口から急速に広がる「劇毒」に侵され、数歩歩いて黒い血を吐いて絶命した。
「早くしろッ! 閉めろ!」
生き残りの兵士たちがエレベーターに雪崩れ込む。
だが、その中の一人、リカルドという兵士が狂乱した。
「あああ……来る! 来るんだよ! 開けろ! 逃げなきゃ!」
彼は閉まりかけた扉を無理やりこじ開けようとする。
「正気に戻れリカルド!」
「ダメだ、こいつ狂ってやがる!」
仲間の兵士がリカルドを蹴り飛ばし、最後には銃で撃ち抜いて外へ放り出した。
「あ……あぁ……」
放り出されたリカルドは、エレベーターホールの床を這う。
ふと見上げると、天井の梁の上に、影があった。
三角帽子、黒い狩装束。
狩人が静かに落下してくる。
その手には、仕込み杖ではなく、巨大な大鎌「葬送の刃」が展開されていた。
リカルドが救いを求めるように手を伸ばす。
「た、たすけ……」
ザンッ!!
慈悲深い一撃。瞬きする間に首が跳ねられ、リカルドの苦痛は終わった。
狩人はそのまま着地し、閉まりかけるエレベーターの扉へ向き直る。
「閉まるぞ! 急げ!」
兵士たちが祈るように閉まる扉を見つめる。
あと数センチ。
その隙間に、巨大な二丁の拳銃がねじ込まれた。
「
アーカードの愉しげな声。
鋼鉄の扉が、怪力によって無理やりこじ開けられる。
「兵士諸君、任務御苦労。……さようなら」
アーカードが銃口を突き入れ、引き金を引いた。
閉鎖空間での乱射。跳弾。肉の飛び散る音。
エレベーター内は瞬く間に赤いペンキをぶちまけたような惨状へと変わった。
狩人は無言でその強烈な死臭のする昇降機に乗り込む。
アーカードと共に、一階へ。
ホテルのロビー。一階に待機していた予備部隊は、上から降りてきたエレベーターの中身を見て戦慄した。
だが、反撃する間もなかった。
鎌の一閃が部隊長を両断し、対戦車ライフル並みの銃弾が残りを肉片に変える。
「……行くぞ」
ホテル前の広場。
特殊部隊の待機していた隊員。TVカメラの放列と、野次馬、そして封鎖線を敷く警官隊。
レポーターが絶叫に近い声で中継している。
「現在、ホテル内部から激しい銃声が…ッ!?」
ガシャァァァンッ!!
二階の窓ガラスが割れ、何かが飛び出してきた。
それは人間だった。いや、人間だったものだ。
兵士たちの死体が、ホテルの前に並ぶ国旗掲揚のポールに突き刺さり、串刺しになって晒されたのだ。
悲鳴。フラッシュの嵐。
その混沌の中、正面玄関のドアが開き、二つの影が現れた。
真紅のコートの吸血鬼。
返り血に濡れた狩装束の異邦人。
アーカードは言葉を発さず、大衆に向かって両腕を大きく広げた。
「さあ見ろ、これが戦争だ」とでも言うように。挑発的で、傲慢なジェスチャー。
そして狩人は、その隣で静かに「エヴェリン」を構えた。
銃口がゆっくりと上がり、カメラのレンズを捉える。
その切っ先は、カメラの向こうにいる「
ロンドンの
葉巻を噛み砕き、獰猛に笑う『鉄の女』に。
眼鏡の奥で目を細める『死神』に届いた。
ヴァチカンの特務局では
不快そうに顔をしかめながらも、その力に戦慄する『司教』に。
孤児院の一室で、テレビ画面にかぶりつき、恍惚の表情で震える『神父』に。
そして───
狩人の銃口と目が合った男は震えた。
その震えは恐怖でなく、心からの歓喜であった。
「なんとも素敵な宣戦布告。……嬉しいね」
少佐は自分に向けられた銃口に向かって、子供のように
「…バーン」
自分の口で指鉄砲を返した。
「戦争だ。これでまた、戦争が出来る」
カメラの向こうとこちら側。
殺意の交信は完了した。
少佐はこれ以上ないほどの闘争を切望していた。
to be continued…