「悲鳴をあげる? この私が? まだわからないのか、おめでたいねアーカード君」
トバルカインが嘲笑う。
「脳みそまですっかりとおめでたくなったんですかァ!」
彼の両手から、無数のトランプが放たれる。
ヒュンッ!
鋼鉄をも切り裂く紙の刃が、アーカードに殺到する。
だが、次の瞬間。
ジャキッ!!
アーカードが左手に構えた武器、変形前のレイテルパラッシュが一閃した。
迫りくるトランプが、すべて切り刻まれて舞い散る。
「!? ……何を隠し持っている……!」
トバルカインが目を見開く。
アーカードは愉しげに笑い、カチャリと撃鉄を起こした。
「……フッ」
剣先と銃口が同時にトバルカインを狙う。
ズドンッ!!
至近距離からの水銀弾。
「!!」
トバルカインは辛うじてカードの盾を展開し、弾丸を逸らす。
だが、それは囮だ。
「らああああああっ!!」
轟音と共に、後方の瓦礫の山からセラス・ヴィクトリアが姿を現した。
その手にはアサルトライフル。吸血鬼の動体視力と筋力で制御されたフルオート射撃が、トバルカインを襲う。
ドガドガドガドガドガ!!
「こぉおォォのおォォ!! 小ぉォ娘ェえがァあッ!!! なああぁぁめェるゥぅぅなあAAAAああ!!」
トバルカインは防戦一方を強いられる。カードの盾が削られていく。
弾が切れ、セラスがライフルを投げ捨て、背中の本命、30mm対戦車砲「ハルコンネン」を構える。
「吹っ飛べぇぇぇぇッ!!」
ドガァァァンッ!!
劣化ウラン弾が直撃コースを描く。
「なあァめぇえェェるゥゥうなあァあぁッ!!!」
トバルカインは咆哮と共に全トランプを展開し、砲弾を真っ二つに切り裂いた。
爆炎と土煙が視界を奪う。
「ぐッ!?」
トバルカインが体勢を崩した、その一瞬の隙。
「……終わりだ」
背後の闇から、死神の声がした。
ザンッッッ!!!!
煙を切り裂き、紅い閃光が走る。
狩人の「千景」
神速の抜刀術が、ついにトバルカインの防壁を突破し、その肩から胸へと深々と食い込んだ。
「がァァッ!!!??」
ただの斬撃ではない。刃に纏わせた狩人自身の「血」が、劇毒となってトバルカインの血管を侵食する。再生阻害と壊死の激痛。
「このォ! 程度ォォ!!」
トバルカインは傷口を押さえながらも、必死に反撃のカードを放つ。
だが、そのカードもまた、銀色の
パンッ!!
乾いた銃声。レイテルパラッシュの銃撃が、動きの鈍ったトバルカインの膝を砕く。
「ぐがァァァッ!!」
硝煙が晴れると、そこには二匹の化物が立っていた。
アーカードが優雅に歩み寄り、レイテルパラッシュの細身の剣先を、トバルカインの胸板に突き立てる。
ジュガァゥッ!
「かッ……! グぁッ…! あッ…お゙ぁ゙ッ…!」
肉を抉る嫌な音が響く。
アーカードは剣を引き抜き、指揮者がタクトを振るうように、大きく振りかぶった。
「悲鳴をあげろ…豚のような」
ザンッ! ザンッッ!! ザンッ!!!
縦、横、斜め。華麗なる刺突剣の乱舞が、トバルカインの肉体を無慈悲に切り刻む。
「ガッァ…!」
血に濡れ、臓腑が零れ落ちる。
「………」
狩人は無言で千景を鞘に納め、腰を落とす。居合の構え。
アーカードもまた、レイテルパラッシュを正眼に構える。
二つの殺意が重なる。
グザンッッッッッ!!!!!!!
二人の一撃が同時に奔り、トバルカインの胴体を両断した。
上半身と下半身が泣き別れ、その体はもはや首と僅かな肉片だけとなった。
アーカードがその首を鷲掴みに持ち上げる。
「
「グァが…! ガガグッ!! グ、グ、グ……」
しかし、トバルカインの目はまだ死んでいなかった。
「……ウ、ウウゥゥゥ……!!」
彼の首の切断面から、脊椎が蛇のように飛び出し、異常な速度で肉体を再構築し始めた。
いや、それは人間の形ではない。
「!!」
アーカードが咄嗟に手を離し、バックステップで距離を取る。
「GGYYYYAAAAAAAAA!!!!!」
絶叫と共に現れたのは、全身の皮を剥がれたような赤黒い異形。
長く伸びた四肢、不揃いな牙、そして背中から垂れ下がるボロ布のような皮膚。
かつて狩人が旧市街の聖杯教会で屠った獣
──「血に渇いた獣」。それに酷似していた。
トバルカインの体内に埋め込まれていた「獣の因子」が暴走したのだ。
「フハッ! まだやるか!」
アーカードが嬉しそうに叫ぶ。
「……! 血に渇いた獣か……!」
狩人が即座に反応し、千景の血を振り払う。
「ならば此方も応えてやらねばな! グガァ……」
アーカードの右腕が変質する。
黒い霧と共に剛毛が生え、指先が巨大な鉤爪へと変わる。
以前喰らったルーク・バレンタインの因子と、自身の変身能力を掛け合わせた、吸血鬼流の「獣の爪」
「GYYYYYYYYYYAA!!!」
「その程度か! 獣が!」
二体の獣が激突する。
トバルカイン獣の爪がアーカードを切り裂くが、アーカードはお構いなしにその爪を叩き折り、獣の腹を抉る。
狩人もまた、死角から千景の血の斬撃を飛ばす。
「GGG…GAAAAAA!!!!」
追い詰められたトバルカイン獣が、全身の毛穴から灰色の霧を噴出した。
劇毒の霧。触れるだけで神経を焼き、正気を削る猛毒だ。
トバルカイン獣が最後の力を振り絞り、アーカードの喉笛目掛けて飛びかかる。
その速度は、音速を超えていた。
だが。
パンッ!
乾いた銃声が一発。
空中で、トバルカイン獣の頭が大きくのけぞった。
アーカードの左手にあるレイテルパラッシュ。その銃口から放たれた水銀弾が、獣の
「楽しかったぞ、醜い『伊達男』」
動きの止まった獣の腹に、アーカードの獣化した右腕が深々と突き刺さる。
グチャァァァ!!!
内臓を引きずり出し、握り潰す。
トバルカインだった獣は痙攣し、どうと地面に倒れ伏した。
動かなくなった肉塊に、アーカードが覆いかぶさる。
彼は獣の首筋に牙を突き立て、その血を、命を啜り始めた。
ズズッ、ズズズッ……。
不気味な捕食音だけが、屋上に響く。
狩人はその光景を、ただ静かに眺めていた。
「……悪食だ」
「フッ……そうかもな」
アーカードは口元の血を拭い、満足げに笑った。トバルカインの命もまた、彼の一部となったのだ。
そこへ、瓦礫の陰からセラスが這い出てきた。
「マッ、マスターッ……!?」
セラスの目に映ったのは、返り血に染まり、異形の腕を持つマスターと、静かに血刀を納める狩人の姿。
それはまさに、夜を統べる化け物たちの宴の後だった。
アーカードは月明かりの下、手を叩いた。
パン、パン、パン。
それはヘリコプターへの合図だった。
バタバタバタバタ……!!
強烈な風と共に、軍用ヘリが屋上スレスレまで降下してくる。
「アーカードの旦那ーッ! セラス嬢ちゃーん! グッドハンターさーんッ!」
操縦席では、ベルナドットがパイロットのこめかみに銃を突きつけていた。
「3人の傍に寄せろ! あそこだ! そこに降ろせ! そこに降ろすんだよ!!」
「は…ハッはいッ! はいッ!」
セラスがヘリを見上げる。
「あ、隊長!」
「棺はどうした」
「あッ…はッはい!」
セラスが慌てて棺桶を回収に走る。
「アーカードの旦那ーッ! グッドハンターさーんッ! 早くしてくれ! もうもたん! 早くしろーッ! 早くッ! 何やってんだァっ!」
ベルナドットが叫ぶ。下からは新たな増援部隊が階段を上がってきている。
アーカードはヘリに乗り込む直前、南米の夜空を見上げた。
その視線は、遠く離れた場所にいる「少佐」へと向けられているようだった。
「敵を殺し、味方を殺し、守るべき民も、治めるべき国も、自分までも殺し尽くしてもまだ足りぬ……」
アーカードの目が、冷たく燃える。
「俺もお前らも、全く以って度し難い
「………」
狩人もまた、ヘリのドアに手をかけながら、眼下の街を見下ろした。
燃えるホテル、逃げ惑う人々、そして終わらないサイレンの音。
この事態の黒幕へと近づいている。
そして、この冒涜的な行為──人間の命を弄び、獣の病を兵器として撒き散らす「ミレニアム」を、必ず根絶やしにせねばならぬと、強く心に誓った。
ヘリが上昇し、リオの夜景が遠ざかっていく。
だが、戦いはまだ終わらない。
これは、長い長い夜の始まりに過ぎないのだから。
to be continued…