そろそろストックが尽きてく気配が…書くかぁ…
石造りの冷たい部屋。
一人の老人が、粗末な椅子に縛り付けられ、脂汗を流していた。
かつてローマ教皇庁に席を置いていた司教。ナチスの残党を南米へ逃す手引きをした張本人。
その目の前には、不愉快そうに書類をめくるエンリコ・マクスウェルと、その背後に控える死刑執行人、ハインケル・ウーフーとイスカリオテ所属のエージェントたちが居た。
「……信じられん」
マクスウェルが低い声で呻く。
「貴方は吸血鬼製造計画の手助けをした。それだけでも万死に値する。だが……なんだこれは?」
マクスウェルは、一枚の古びた羊皮紙のコピーをテーブルに叩きつけた。
そこには、『瞳』の走り書きと、『拝領』という文字、そして『上位者』に関する記述があった。
「41年、
司教はガタガタと震え出した。
「わ、私は……知らなかったのだ。彼らが持ち込んだ『棺』の中身が、あんな……あんな冒涜的なモノだとは……!」
「嘘を吐くな!」
マクスウェルが机を蹴り上げる。
「貴方は知っていたはずだ! 彼らが求めたのは、単なる不死の兵隊ではない! 吸血鬼などという可愛いものではない!」
マクスウェルは司教の胸ぐらを掴み上げ、顔を近づけた。
「『上位者』……そう記述されている。神ならざる神。宇宙の深淵に潜む、異界の支配者。……彼らは、吸血鬼の肉体に、その『穢れた血』を混ぜ合わせ、人を神へと『進化』させようとしていた!」
「ヒィッ……!?」
司教が悲鳴を上げる。
「吸血鬼にして欲しいかったんだろう? 違うか!?」
「違う! 違うんだ!」
司教は涙と鼻水を垂れ流して懇願する。
「彼らは言ったのだ! これは新しい『聖餐』だと! 古き血を取り入れることで、我々は天使に近づけるのだと!」
「黙れッ!!」
マクスウェルが激昂する。
「これのどこが聖餐だ!これは侵食だ!神の似姿たる人間を、獣へ、あるいはもっとおぞましいナニカへ作り変える悪魔の所業だ!」
「貴方は、あろうことかその悪魔の
「わ、私は……騙されたんだ……」
司教は錯乱し、目の前のハインケルにすがりついた。
「た、助けてくれ……あの男がッ、あの太った男が悪いんだ! 私はただ、力が欲しくて……!」
ハインケルは、無機質なゴーグルの奥で冷めた目をしていた。
「残念ながら、それはできませんな」
ガチッ。
ハインケルは銃口を司教のこめかみに押し当てた。
「あ……あぁ……」
「貴方も神の下僕たるものだったなら」
ハインケルは静かに告げる。
「あんなモノに与した人間が、この法皇庁に存在していていい訳がないでしょう?」
ドンッ!!
乾いた銃声。
司教の頭が弾け、崩れ落ちる。
その死に顔は、恐怖と後悔に歪んでいた。
マクスウェルはハンカチで手を拭いながら、死体を蔑みの目で見下ろし、絞り出すように、震える声で呟いた。
「……
「……局長」
ハインケルが銃を収めながら問う。
「ブラジルでの報告にありましたが、あの『狩人』という男……ヤツもまた、このヤーナムの出身かと」
「ああ、間違いない」
マクスウェルは吐き捨てるように言った。
「奴は、ナチスが求めた『完成形』の一つかもしれない。あるいは、奴らが目指す進化の『天敵』か」
「どちらにせよ、我々の
視点は変わり、ミレニアムの飛行船団ドック。
巨大なツェッペリン型飛行船が、朝日の中でその威容を現しつつあった。
少佐は指揮台に立ち、モニターに映し出されたトバルカインの最期──獣化し、そしてアーカードと狩人に蹂躙される映像を、うっとりと眺めていた。
「見ろ、ドク。素晴らしいデータだ」
少佐は獣化したトバルカインを指す。
「50年前、我々が東の地下遺跡で見つけた『聖杯』の欠片。……その血を混ぜた結果がこれだ」
「はい」
ドクがクリップボードを抱えて頷く。
「吸血鬼の肉体強度に、獣の凶暴性が加わりました。ですが……やはり
「それでいい」
少佐は笑う。
「我々が必要とするのは、精巧すぎる人形ではない。敵を食らい尽くす獣の群れだ」
そして、少佐の視線は映像の中の狩人に向けられた。
「そして、彼だ。異界の狩人。……彼が使う『血の刃』。あれは我々の人工吸血鬼の再生を阻害する。文字通りの天敵だ」
「トバルカインが子供のように捻じ伏せられたのも無理はない」
「……危険では?」
大尉が無言で佇む中、ドクが尋ねる。
「アーカードに加えて、あんなイレギュラーまで……」
「いいや、歓迎しよう!」
少佐は両手を広げた。
「予定調和の戦争など退屈だ! あの狩人こそが、私の脚本を書き換える最高のスパイスだ! 彼がいることで、この『死の舞踏』はより一層、混沌と狂気を増す!」
少佐は振り返り、整列するラスト・バタリオンの兵士たちを見渡した。
「準備はいいかね、諸君」
「50年だ。50年待った。我々の悲願、我々の戦争」
「アーカードを、ヘルシングを、そして異界の狩人を……叩き潰しに行く準備だ」
ブラジルの片田舎、セントローズ。
古びたモーテルの電話ボックスで、アーカードは受話器を耳に当てていた。
「任務は遂行したぞ、
アーカードは不敵に笑う。
「私は連中の考えている事を、私の脳味噌に刻みつけたぞ」
電話の向こう、ロンドンのインテグラは疲労の色を隠せずにいた。
『……御苦労。今どこにいる?』
「リオ郊外、セントローズとかいう辺鄙な町だ」
「…直ぐに帰還しろ。報告を正式にしろ」
「ほう…その調子では円卓に随分絞られたか」
アーカードが揶揄うと、インテグラの声が低くなる。
『……それならまだどれほど気が楽か。……その上から直々の御命令だ』
「その上? すると?」
「陛下御自ら円卓を召集なされた」
「ほう!! 女王が!!」
アーカードの笑みが深くなる。
『笑い事ではないぞ! すぐに脱出し帰還しろ!! 彼女を待たせるな』
インテグラが矢継ぎ早に命じる。
『連中に出し抜かれたくはない。13課も動き出している』
「
『うるさいっ!バカ!!知った事かっ!!さっさと帰ってこいバカ!!』
『あぁ、それと狩人もだ! ヤツも必ず連れて来い。陛下が興味を示しておられる!』
「ふはははは、ふふふふん」
アーカードはインテグラの剣幕を楽しむように笑い、受話器を置いた。
「まさしく人間とは複雑怪奇…ふははッ」
ガチャリ。
モーテルの部屋のドアが開く。
「あーい、ただ今帰りましたー」
「ウィ〜ッス」
ベルナドットとセラスが戻ってきた。ベルナドットの手には『MACDOOOLNALD』の紙袋。
「やっぱダメッスね、ムリッスね、どうしたってダメダメッスね」
ベルナドットがポテトを摘みながらボヤく。
「船だとあと一週間は無理ですな。論外だ」
セラスがストローを咥えジュースを飲んでいる。すると不意にアーカードが言う。
「2人とも準備しろ、航空機を奪う」
「…え?」
セラスがキョトンとする中、狩人は扉の奥を見据え、無言で足を止めた。
アーカードもまた、ニタニタと笑いながら見据える。
「?」
セラスとベルナドットが違和感に気づく。
モーテルのドアの前に、巨大な影が立っていた。
スッ……
(……誰だ?)
ベルナドットが反応するより早く、その影が動いた。
カッ、カッ、カッ、カッ……
靴音が響く。
逆光の中、ロングコートの神父が、ゆらりと歩み寄ってくる。
カッ、カッ……
「!?」
セラスとベルナドットが凍りつく。
だが、アーカードと狩人は動じない。
むしろ、待ちわびていたかのように、獲物を迎え撃つ体勢をとる。
バンンッ!
ドアを蹴破り、影──アンデルセン神父が、二人の怪物の前で立ち止まる。
一瞬の静寂。
ドォリャァァァァァァァァァァッ!!!!
アンデルセンの豪腕が唸った。
にぎりひめた拳が、アーカードの顔面を捉える。
ドゴォッ!!
アーカードが吹き飛び、壁を突き破る。
「ヌウッ!!」
狩人が即座に踏み込む。
アンデルセンは振り返りざま、左の裏拳を狩人に叩き込む。
だが、狩人の左手には、いつの間にか無骨な鉄塊が握られていた。
「ガラシャの拳」
指を差し込む穴が開いただけの鉄塊
大柄な女狩人、ノロマのガラシャの特殊な狩り武器。銃を使えぬ彼女は、この鉄塊でただ獣に殴りかかり、だが大きくよろめかせたという
グゴギィィンッ!
アンデルセンの拳と、狩人の鉄塊が衝突する。
骨が砕けるようなが狭い室内に響き渡る。
「ぬぅんッ!!」
アンデルセンが力任せに押し込むが、狩人はパリィの要領でその衝撃をいなし、懐へ飛び込んで鉄塊を鳩尾に叩き込んだ。
ドスッ!!
「グ、ゥッ!?」
アンデルセンが僅かにのけぞる。
そこへ、壁から戻ってきたアーカードが殴りかかる。
「ハハハハハ! もうガマンできないってか!!アンデルセン!!」
「ぶあッばッがはっ、アーカードォ!!」
アンデルセンが頭突きを見舞う。
狩人が足払いをかけ、体勢を崩したアンデルセンの顔面に、再びガラシャの拳を打ち下ろす。
ゴシャッ!
アンデルセンの眼鏡がひしゃげ、鼻血が飛ぶ。
だが、神父は倒れない。
「異教徒がァァァッ!!」
咆哮と共に二人をまとめてラリアットで薙ぎ払う。
もはや武術ではない。
神の怪物、吸血鬼の王、そして異界の狩人による、泥臭く、しかし致命的な
「楽しそうだなぁ! お前もそう思うだろう!?」
アーカードが口から血を流しながら笑う。
狩人もまた、マスクの下で口角を上げ、鉄塊についた血を振るった。
(……バカを言え)
銃も魔術もない、純粋な暴力の応酬。
「死ねェ! チリ紙のように燃え尽きろォ!!」
アンデルセンが両手に銃剣を構え直す。本気の構えだ。
アーカードもジャッカルを抜き、狩人は取り出したノコギリ鉈に手をかける。
殺し合いが再開される──その寸前。
「ど、ど……どおりゃあああああァーッ!!」
ズズズズ……
部屋の入り口から、巨大なハルコンネンと弾丸を咥えたセラスがプルプルしながら銃身を振り上げていた。
アンデルセンの動きがピタリと止まる。
振り上げた銃剣の切っ先が、空中で静止する。
「…………」
アンデルセンは、セラスを見つめ、次に血まみれで笑うアーカードと、鉄塊を構える狩人を見た。
「……フン」
アンデルセンは鼻を鳴らし、構えを解いた。
興が削がれたのか、あるいは理性が戻ったのか。
彼は懐から一枚の書類を取り出すと、持っていた銃剣で壁に突き刺した。
ガンッ!
「北に13km程行った所に、農用飛行場を擬装した我々の飛行場がある」
アンデルセンは背を向け、出口へと歩き出す。
「そこに小型ジェットがエンジンを温めてある」
「!? な、なら……!」
ベルナドットが驚愕する。
「それの譲渡書だ。もって失せろ」
アンデルセンは振り返らずに告げる。
「俺が貴様らへの殺意をおさえられているうちにな」
「行け。さっさと行け」
アーカードは銃を収め、ニヤリと笑った。
「そうか。フフフふふ…そうか」
狩人もまた、ノコギリ鉈を懐にしまい、壁に刺さった書類を引き抜いた。
そこにはヴァチカンの紋章が刻まれている。
敵からの、最大限の侮辱であり、最高の招待状。
「……ロンドンで待っているぞ。吸血鬼、そして狩人」
「次こそは、その心臓に杭を打ち込み、その鉄塊ごと貴様を粉砕してやる」
壊された玄関からアンデルセンが出て行った。
部屋には、破壊された壁と、嵐が去った後の静寂だけが残された。
「……死ぬかと思った……」
ベルナドットがその場にへたり込む。
「なんだありゃ……人間かよ……」
狩人は三角帽子を被り直し、書類をベルナドットに渡した。
「おっ…あ、あざっス…」
アーカードは窓の外、アンデルセンが消えた方向を見つめ、満足げに呟いた。
「クク……いいパンチだった。目が覚めたぞ」
「さあ帰ろうか。女王陛下と、戦争が待っている」
to be continued…