某所、ミレニアム秘密基地。
巨大な飛行船がドックに収まり、タラップから少佐が降り立つ。
「敬礼ッ!!」
ラスト・バタリオンの兵士たちが一斉に踵を鳴らす。
「おかえりなさい少佐。いかがです空中散歩は? やっぱりこんな穴倉じゃ息が詰まりますからねぇ」
シュレディンガー准尉が、猫のように軽やかに少佐の前に現れる。
「ご苦労……
「へぇ、やっぱり。相手はかのご高名な『
「だからいったでしょお? 僕らヴェアウルフに任せてって。きれ〜に息の根止めてあげるから」
シュレディンガーが自信ありげに言う。
「シュレディンガー准尉、言葉が過ぎるぞ」
ドクが冷や汗をかいて注意する。
「まあまあ良い良い。だが成果はあった」
少佐はニヤリと笑い、背後に控える大尉に視線を向けた。
「ねぇ、大尉。そうでしょう?」
大尉は無言でシュレディンガーを見下ろす。その瞳の奥には、人狼(獣)としての野生と、さらに深い場所にある「古き血」の共鳴が静かに渦巻いている。一喝のような視線。
「僕らだったら……ヘルシングなんかは……あ、いやあの…も、申し訳ありません。少佐殿っ…」
シュレディンガーが縮こまる。少佐は気にするなと手を振った。
「まあまあ急にかしこまるな。気持ち悪いぞ准尉。……他のヴェアウルフの連中は?」
「はい。こんなに早くお着きになると思わなかったんで……多分慌ててこっちに…」
「そうかそうか。いよいよだぞ。准尉」
「♪」
シュレディンガーが目を輝かせた。
その時。
キィッ、キイッ……
錆びついた車輪を引く音が響く。
「何がいよいよなのかね? 少佐!?」
奥の通路から、車椅子に乗った老人たち。
ナチスの残党である大佐たちが現れた。彼らの目は血走り、焦燥に駆られている。
少佐は彼らの前に立ち、由緒正しく敬礼をする。
「ジークハイル!!総統特秘第666号に基づく、特務を完了しただいま帰投いたしました」
すると杖をついて大柄な「大佐」が近づく。
「貴様は…貴様らは……一体何をしているのだ!?」
「全く完全にお答え出来ません大佐殿。今は亡き我らが総統閣下の特秘命令はいかに上官のご命令でもお答え出来ません」
「これは重大な独断専行命令違反だ」
「特秘命令はあらゆる命令系統の上位に存在します。」
「貴様ごときが総統の名を借りて勝手な…」
「小官は命令を実行にしているに過ぎません」
「何もかも貴様の思い通りにいくと思うなよ、少佐…!」
大佐が怒声を上げる。
「ならば小官の尻でも舐めたらいかがです? 大佐殿」
少佐の軽口に、周りの兵士たちがクスクスと笑う。
「き、貴様ッ!!」
大佐は堪えきれず、車椅子から立ち上がり、少佐を杖で殴り飛ばした。
バゴォッ!
少佐が床に転がり、眼鏡が飛ぶ。場が静まり返る。
大佐は肩で息をしながら、倒れた少佐に歩み寄る。
「貴様は我々が何も知らないと思っているのか? 一介のSS少佐風情が『代行』等と呼ばれて調子付き、調子よく踊ってるにすぎん!」
大佐は少佐の胸ぐらを掴んだ。
「何故だ!? 何故我々に『血』を与えない!? 何故我々を『進化』させない!?」
「50年前に持ち帰った『聖杯』の力はどうした!? この化け物め! 化け物共め!! 答えよ少佐!」
大佐たちが求めていたのは、単なる若返りではない。
彼らは知っていたのだ。この基地の奥底で、ドクたちが作り上げている「人工吸血鬼」や「獣化兵」たちが、人間を超越した生命力を得ていることを。彼らもまた、その「上位の存在」になりたかったのだ。
大佐が再び杖を振り上げ、少佐の頭を砕こうとする。
しかし。
ドガッ!
杖は空中で停止し、無惨に砕け散った。
「!?」
大佐が振り返ると、そこには巨大な鎌を担いだ女──ゾーリン・ブリッツと、マスケット銃を持ったリップ・ヴァーン・ウィンクルが立っていた。
彼女たちの肌には、魔術的な刺青と共に、見る者を狂わせる「カレル文字」が刻まれている。
「そこら辺にしておいた方がいいわよ……」
ゾーリンが瞳を爛々と輝かせて笑う。
「年寄りの冷や水だ。大人しく寝ていればいいものを」
「おッ、お前は………お前は何をしようと言うんだ…!おまえは一体何をするつもりなんだ少佐!!」
少佐はゆっくりと起き上がり、割れた眼鏡をかけ直した。
「……私の目的? ふふ、目的ですか大佐」
少佐は恍惚とした表情で、天井を見上げた。
「貴方方は勘違いをしている。私は『吸血鬼』になりたいわけでも、『上位者』になりたいわけでもない」
「ただ、味わいたいのだ」
「戦争の歓喜を無限に味わうために。次の戦争の為に。死んだ後の戦争のために」
「永久に続く人間の為に……ですよ」
少佐の言葉に、大佐は理解不能な恐怖を覚えた。
「人間……だと? 貴様はロンドンに『神』を降ろそうとしているのではないか!?」
「ええ、降ろしますとも」
少佐は満面の笑みで答えた。
「
「素晴らしいと思いませんか? 神殺しの戦争など!」
────────────────
視点は変わり、大西洋上空を飛ぶジェット機内。
機内は静まり返り、エンジンの音だけが響いている。
狩人は、座席で深く眠っていた。
彼にとって、眠りとは「狩人の夢」への帰還を意味する。だが今回は違った。
彼は、見たことのない──しかし、酷く懐かしい光景の中にいた。
(……ここは?)
石畳の街。尖塔が立ち並ぶゴシック様式の建築。
ヤーナムに似ている。だが、どこか違う。
ビッグベンのような時計塔があり、テムズ川のような大河が流れている。
しかし、空には「赤い月」が低く垂れ込め、街全体が歪み、蠢いていた。
『ギャアアアアッ!!』
獣の咆哮。
見れば、ロンドンの近衛兵たちが、次々と獣へ姿を変え、市民を貪り食っている。
空からはアメンドーズのような上位者が無数に張り付き、街を観測している。
(……ロンドンなのか…?此処は…ヤーナム……)
(否。これは……儀式か)
狩人の
何者かが、強制的に世界を書き換えようとしている未来のヴィジョン。そのような気配。
そこには、少佐の狂気と、持ち去られた
「へその緒」の気配が満ちていた。
「…………ッ」
狩人はハッとして目を覚ました。
脂汗が頬を伝う。
心臓が早鐘を打っている。眠りについて夢なんか、どのくらい久しぶりに見ただろうか。
『旦那ーッ、グッドハンターサーンッ、もうすぐ英国ですよォ! あと10分で着陸体制をとるから準備をしてくれェ』
ベルナドットのアナウンスが現実に引き戻す。
ふと、狩人は棺を挟んだ隣の座席を見た。
そこには、アーカードが座っていた。
彼は眠っているようだったが、そのサングラスの下から、一筋の赤い雫が零れ落ちていた。
「……夢」
狩人は呟く。
アーカードが目を覚まし、不快そうに血の涙を拭う。
「この私が……!? 夢だと……!? 馬鹿馬鹿しい……」
彼もまた、何かを見たのだ。
自らの過去か、それともこれから訪れる「終わりの始まり」か。
狩人は何も聞かず、ただ静かに拳を握りしめた。
機体の窓の外、夜明け前のロンドンの街並みが見えてくる。
そこはまだ平和な眠りについていたが狩人の目には、すでに赤い月に照らされた廃墟のように映っていた。
(……備えねばならん)
(長い夜になる)
to be continued…