英国チェダー村、郊外の路上。
冷たい霧が立ち込める夜。空には不吉な月が浮かんでいた。
吸血鬼アーカードは、胸を貫かれ瀕死の状態にあった婦警、セラス・ヴィクトリアの首筋から口を離した。
血の盟約は結ばれた。彼女は人間を辞め、
アーカードは口元の血を拭い、満足げに夜空を見上げようとした。
だが、その動きが凍りつく。
背筋を駆け上がる、怖気。
異質で、冷たく、粘り気のある……「深淵」からの視線。
「……ほう?」
アーカードがゆっくりと振り返る。
舗装された道路の向こう、霧の奥から、ジャリ……ジャリ……と足音が近づいてくる。
そこに立っていたのは、時代錯誤な格好をした一人の男だった。
古びた三角羽根帽子。裾の長い革のコート。顔の半分を覆うマスク。そして右手には、錆と血に塗れた、ノコギリのような歪な鉄塊が握られている。
(誰……この人…?)
地面に転がるセラスは、薄れゆく意識の中でその男を見た。
吸血鬼になったはずの彼女の本能が、警鐘を鳴らしている。
『アレはダメだ』と。
私の主となったこの赤いコートの男も化け物だが、あちらに立っているのは、この世の
狩人は立ち止まり、帽子のつばの下から鋭い視線を投げる。
彼の「瞳」には、常人には見えない世界が映っていた。
目の前の赤い男。その内側に蠢く、数百万の命の渦。それは圧倒的な「個」でありながら、同時に穢れた血の集合体でもある。
そして足元の娘。無理やり血を注がれ、望まぬ獣へと変えられた被害者。
狩人の思考は、瞬きするよりも速く、冷徹に結論を下す。
酷い獣臭だ。狩らねばならない。
ジャキッ!
狩人が手首を返すと、ノコギリ鉈が展開し、長柄の殺戮兵器へと変貌する。
「クク、ハハハハハ! 素晴らしい夜だ!」
アーカードは両手を広げ、歓喜の声を上げた。
「吸血鬼になったばかりの娘への祝いか?貴様、どこから迷い込んだ?」
「その瞳……貴様、人間ではないな? かといって吸血鬼でもない。……化物か。俺と同じ、夜を統べる側の、だな」
狩人は答えない。ただ、前傾姿勢をとる。
その沈黙こそが、肯定だった。
「いいだろう、歓迎しよう! 闘争の時間だ!」
アーカードが愛銃「454カスールカスタムオートマチック」を抜き放つと同時、狩人の姿が掻き消えた。
ドォォォンッ!!
大口径の銃弾が地面を砕く。だが、そこにはもう狩人はいない。
加速。
古い狩人の遺骨を用いた一瞬の加速。風を切り裂く音と共に、狩人はアーカードの懐へと滑り込んでいた。
「ッ!?」
ガァンッ!!
展開されたノコギリ鉈が、アーカードの胴体を深々と斬り裂く。
ただの斬撃ではない。肉を断ち、骨を砕き、その勢いのまま地面に叩きつけるような、重く粗暴な一撃。
「グ、ゥゥッ!?」
アーカードの体が吹き飛び、ガードレールをへし折って転がる。
しかし、赤い怪物はすぐに立ち上がった。傷口からは黒い瘴気が溢れ、瞬く間に肉体が再生していく。
「ハハッ! 速い! そして重い! 」
アーカードは笑う。痛みはある。だが、それ以上に興奮が勝る。
「だが、この程度か? その鉄塊で俺を殺しきるつもりか!?」
今度はアーカードが一気に詰め寄り、弾丸を発射する。狩人はそれを遺骨の加速で避けるが、幾つか肩を掠める。
その弾丸の威力はとても片手で発射するものとは思えぬほど、強かった。
「どうした!さあ来てみろ!」
アーカードが目を大きく見開き、愉しげに言う。
ヤーナム式の短銃よりも、散弾銃よりも、その弾丸の水銀弾よりも威力が大幅に高い。致命傷になりうる。
ならばこちらも攻めを変えなくてはならない。
武器を納める素振りを見せる。
否、持ち替えたのだ。
虚空から取り出したのは、「教会の杭」
医療教会の古い「仕掛け武器」の1つ
獣の古い伝承にある、大型の杭を狩り武器に仕立てたもの。変形前は片手持ちの槍のような大剣、変形後は長柄のウォーピック。
狩人の
この男は「不死」に近い。だが、その不死性は「血」に依存している。ならば、血族を狩るための武器が特効となるはずだ、と。
「……!」
狩人が再び踏み込む。今度は正面から。
アーカードもまた、真正面から迎え撃つ。
「こいッ!!」
ズドォッ!!
杭が、アーカードの心臓とおぼしき位置を正確に貫いた。
その瞬間、アーカードの絶叫が夜のチェダー村に響き渡った。
「ギ、ァァァァァァァッ!?」
痛い。熱い。
ただ肉体が貫かれた痛みではない。
杭に宿る不可視の概念「穢れた血を浄化する」という祈りが、アーカードの中に存在する「命のストック」を焼き尽くしていく。
数人、いや数十人の命が、たった一撃で蒸発した。
「なんだ、それはァ!銀ではない、祝福儀礼された武器でもない! なのに俺の中の命が、悲鳴を上げている!?」
アーカードは口から大量の血を吐き出しながら、それでも笑みを深める
「浄化しているというのか!? この呪われた俺を! 異界の
「最高だ! 貴様は最高だ、名も無き狩人ッ!!」
セラスは、ガタガタと震えながらその光景を見ていた。
(うそ、でしょ……黒い人の体が、煙を上げてる……)
彼女の目には、狩人の背後に「何か」が見えていた。
星のような、宇宙のような、冷たい闇。この狩人は、人の形をした宇宙の端末だ。
これ以上戦えば、きっとこの村ごと消し飛んでしまう。
狩人は攻撃の手を緩めない。
アーカードが反撃の拳を繰り出す。その腕が、狩人の身体を捉える寸前。
パンッ!
乾いた銃声。狩人の左手に握られた短銃が火を吹いた。
水銀弾の衝撃が、攻撃動作に入っていたアーカードの体勢を崩す。
パリィ。致命的な隙。
狩人は武器を捨て、素手でアーカードの胸板へと手を突き出した。
内臓攻撃。
ズブリ、と腕が胸郭を突き破り、その奥にある「核」のようなものを鷲掴みにし、引き千切る。
「ガ、ハッ……!?」
大量の血液が噴水のように舞い散る。
狩人はその血飛沫を浴びながら、帽子を目深にかぶり直した。
返り血を浴びることで、狩人の活力は満ちていく。
アーカードは膝をついた。だが、その目は爛々と輝いている。
「……イイぞ。実にいい。心臓を抉られる感覚など、何百年ぶりだ」
アーカードの影が膨れ上がる。無数の目が、闇の中からギョロリと狩人を見据えた。
「礼をしよう。ここからは、俺も本気で応えねば失礼というもの」
「
闇が奔流となって溢れ出す。
巨大な黒犬の顎、無数の蝙蝠、そして怨嗟の声。
チェダー村の通りが、赤と黒の地獄へと塗り変えられる。
それを見た狩人は、静かに息を吐いた。
(……ああ。やはり、貴公もそうなのか)
(夢に囚われた、哀れな獣)
狩人は背中から取り出した長柄の武器の包帯を解く。
現れたのは、湾曲した巨大な大鎌「葬送の刃」
かつて最初の狩人が用いた、夢を介錯するための武器。
そして、狩人は右手を天にかざした。
「彼方への呼びかけ」
狩人の頭上に、小さな宇宙が爆ぜる。無数の星々が流星となって降り注ぎ、アーカードの放つ闇の軍勢を光の雨が焼き尽くしていく。
「ハハハハハハ!魔術か!? 奇跡か!? いや、これは!」
「悪夢だ! 素晴らしいッ!!」
アーカードの体から拘束された使い魔が溢れ出し、狩人の大鎌がそれを刈り取る。
一撃ごとに空間が歪み、上位者のオーラが世界を軋ませる。
セラスは悲鳴を上げることもできず、ただ地面に張り付いて耐えるしかなかった。
これが、彼らの「挨拶」なのか。
互いに必殺の間合いへ踏み込む。
アーカードの黒犬が顎を開き、狩人の大鎌が首を刎ねる軌道を描く。
その時
ヒュンッ、と鋭い風切り音が響き、無数の鋼線が二人の間に割って入った。
「……そこまでにしていただけますか」
老紳士の声が、加熱した空気を凍らせる。
鋼線は狩人の大鎌を絡め取り、同時にアーカードの黒犬の鼻先を封じていた。
「アーカード。それに、奇妙な訪問者殿も」
ヘルシング家の執事、ウォルター・C・ドルネーズ。
彼は冷や汗を隠しつつ、慇懃な笑みを浮かべて二人の間に立っていた。
「チッ……」
アーカードは舌打ちをし、黒犬を霧散させた。
その顔は不満げだが、どこか満ち足りた余韻に浸っている。
「ウォルターか。間の悪い男だ。最高のメインディッシュだったものを」
「……まあいい。腹八分目もまた一興か」
アーカードが殺気を収めると、狩人もまた、瞬時に戦闘態勢を解いた。
大鎌を背に収め、ただの寡黙な男へと戻る。
その切り替えの早さは、彼が「戦い」を感情ではなく、あくまで「狩り」という仕事として捉えている証左だった。
ウォルターは狩人に向き直り、恭しく一礼する。
「お見事でした。我が主の最強の切り札と互角に渡り合うとは。……貴方のような
狩人は答えない。ただ、じっとウォルターを見つめる。
その視線に敵意がないことを悟り、ウォルターは続けた。
「当主インテグラルが、是非お会いしたいと言うでしょう。……それに」
ウォルターは狩人の汚れた武器に視線を落とす。
「その珍しい武器、整備が必要では? 我が家の設備でよければ、お貸しできますが」
「……工房」
狩人の口から、初めて言葉が漏れた。
乾いた、しかし深い響きのある声だった。
「あるのか。……この地に」
「ええ、最高のものが」
狩人は小さく頷いた。
それだけで十分だった。彼はウォルターの後ろに従う。
「……ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ!」
取り残されたセラスが、涙目で叫んだ。
「なんなんですか今の! あの人なんなんですか!? 私これからどうなっちゃうんですかぁ!?」
アーカードは愉快そうに笑い、新たな眷属を見下ろした。
「騒ぐな婦警。面白いことになっただろう?」
「今夜は素晴らしい満月だ」
一行は霧の中へと消えていく。
ロンドンの闇に、新たな、そして最も深い「悪夢」が混ざり込んだ瞬間だった。
to be continued…
戦闘は以降めっちゃ盛ります。この武器とかにそんな作用とかついてないよ?みたいになりますが、派手に見えるので盛っていきます。