ロンドン郊外、王室別邸「クラウニーハウス」
数々のロンドンの権力者たちが円卓に腰掛ける。そこにはヴァチカンの13機関、エンリコ・マクスウェルやその従者、そしてハインケル・ウーフーもその後ろにて立っていた。
重苦しい沈黙の中、女王陛下が口を開く。
「ヘルシング卿、まだ彼らは到着しないのですか?」
「はッ。もう間もなく到着すると思われます」インテグラが深く頭を下げる。
するとマクスウェルの後ろに立ったハインケルが小声で囁く。
「アンデルセンを使いに出したのはマズかったでしょうか?」
「否」マクスウェルは苦々しく吐き捨てる。「残念な、そして不愉快な事に我々は後手後手に回っている。我々の行動は完全に奴らに筒抜けだ。彼ほどの手練れでなければ接触すらできなかったろう」
マクスウェルは円卓を見回し、声を張り上げた。
「奴らの協力者はあらゆる所に蔓延っている。政府、軍部、経済界、宗教、エトセトラエトセトラ……」
「そうだとも。世界中にもいる、英国にもヴァチカンにも、そしてたぶんこの中にも……糞虫共め…!」
その時、大扉がガチャリと音を立てて開かれた。
現れたのは、南米での虐殺を終えたばかりの怪物たち。
アーカード、狩人、セラス、ベルナドット。
アーカードは円卓に座っている人物たちを見渡し、不敵に笑った。
「全員おそろいとは、誠に重畳」
カツカツと上座にいるインテグラの元へ歩み寄る。
「ただ今帰還した。我が主」
「任務御苦労、我が下僕。女王の御前だ、サングラスを取れ」
アーカードはサングラスを外し、SPたちの制止も気にせず、王座に座る女王の目の前に立つ。
「……お久しぶりね。吸血鬼」
「50年ぶりかな。そうか、もう女王になったのだったな」
「顔をよくお見せなさい」
女王が手を伸ばすと、アーカードはその手に収まるよう恭しく跪く。そして彼女の老いた手が、吸血鬼の冷たい頬を包む。
「あなたは何もかわらないのね、アーカード。わたしはもうこんなに年老いてしまいました。もう、しわくちゃのお婆ちゃん」
「貴方も50年前のようなおてんばのままだ。お嬢さん。いや、貴方は今こそが確実に美しいのだ
女王は少女のように微笑み、視線を逸らせた。
「ふふ……あぁ、そうね。奥にいる狩人さんも来て下さる?」
狩人が反応し、無言で玉座に向かう。
SPや通りかかったインテグラも「女王の御前だぞ、粗相のないように…」と身構える。
しかし狩人の行動は、彼らの予想を遥かに上回るものだった。
玉座への階段下。SPたちが左右に警戒する中、狩人はゆっくりと黒布のマスクを下に降ろし、傷のある端正な素顔を晒した。
そして、被っていた三角羽根帽子を取り、胸に当てる。
そのまま右足を一歩引き、深く跪きながら、右手を横に優雅に伸ばす。
『拝謁』
ヤーナムにおいて、血の女王アンナリーゼにのみ許された、騎士の最敬礼。
その洗練された所作と、狩人が纏う静謐な空気に、円卓の老人たちやマクスウェルまでもが息を呑んだ。
ただの野蛮な殺し屋ではない。血の契約に基づく、高貴な騎士の魂を感じさせたのだ。
「……まあ、お行儀がよろしいわね……狩人さん」
女王は満足げに頷いた。「それもまあ随分と懐かしい作法……ふふ」
「……フッん…」アーカードが鼻を鳴らす。
「あら、嫉妬ですか? アーカード」
「…さあな? 女王…」
「そう……なら、報告をなさい」
アーカードが立ち上がり、語り始めた。
「…昔昔々ある所に、狂った親衛隊の少佐がいた。『不死者たちの軍隊を作ろう。不死身の軍隊を作ろう』。膨大な血と狂気の果てに、その無謀を成就しつつあった」
「それがミレニアム機関ミレニアム計画か」とインテグラが答える。
「そうだ。だが55年前に、その計画を台無しにしてやった。この私とウォルターでだ」
アーカードの声が低く、重くなる。
「だが、連中は心底あきらめなかった。誰も彼もが彼らを忘れ去り、忘れようとした。しかし連中は暗闇の底で執念深く、確実に存在してきた。ゆっくりとその枝葉を伸ばしながら……」
アーカードは狩人を一瞥し、続ける。
「そこで連中は持ち込んだのだ。狩人の世界、『ヤーナム』の因子を。……吸血鬼の肉体にヤーナムのありとあらゆる『血』を混ぜ込む」
「それにより、死んでも内なる『核』が暴走し、獣となり、あるいはさらに高次のナニカへと変貌する。まさに不死身の
「これこそまさにジークフリートの再来、神話の軍勢。第三帝国最後の敗残兵、『最後の大隊』」
円卓がざわめく。単なる吸血鬼部隊ではない。異次元の生物兵器を取り込んだ悪夢の軍団。
「
唐突に、背後から少年の声がした。
「!!」「!?」
ハインケルとベルナドットが即座に銃を抜く。狩人も拝謁を解き、音もなく振り返る。
そこには、ヒトラーユーゲントの制服を着た少年、シュレディンガーが立っていた。
「待った。僕は特使だ。やりあうつもりはないよ」
シュレディンガーは銃口を向けられても動じない。
「特使? いつの間に? 一体どこから? ウォルター!?」
インテグラが冷や汗をかきながら問う。
「準備は万全でした。破られた様子もありません」
「無駄だよ。僕はどこにでもいるし、どこにもいない」
シュレディンガーがモニターがついた電子端末を取り出す。
(……この気配)
狩人は目を細めた。
(実体がない。……使者のような、あるいは悪夢の住人のような……「現象」に近い)
セラスもまた、本能的な嫌悪感に震えていた。
(こんな子供まで!? ミレニアムって…最後の大隊って…一体何なの…何が目的なの…?)
「今日はお集まりいただいた英国・ヴァチカン両陣の方々へ、我々の指揮官、少佐殿より大事なお話がありますのでしっかりとお聞きください」
トンッと小型モニターをテーブルの上に置き、リモコンをつける。
「あれ?おろろ…?」
何度押しても何故か映らない。
『あれ? どうした何も映らないぞ?』
『何してる、早く准尉殿を壁に立たせて差し上げろ』
『少佐ッ…! やめろッ! やめてくれッ…! 後生だ……! アアアアアアアアアァァァァァァ!!!!!』
暗い画面の向こうから、かつての上官である大佐たちの断末魔と、グチャリ、バリボリという、あからさまな獣の咀嚼音が聞こえてくる。
バチリ。映像が繋がる。
『ん? ああ映った映った』
画面には、少佐が映っていた。
その背後には、異形化した兵士たちが、まだ息のある老人たちを貪り食っている。
アーカードがモニターの前に立つ。
「やあ、少佐」
『…久しぶりだねぇ、アーカード君。再び出会えて歓喜の極みだ』
「お前が敵の総帥か」インテグラがモニターを向き言う。
『おお、貴方が王立国教騎士団機関長、インテグラ・ヘルシング卿ですね。お初にお目にかかる』
「何が目的で、こんな馬鹿な真似をする!? 答えろ!?」
『目的?
少佐は優しく諭すように言った。
『極論してしまうのならば、お嬢さん。目的など"存在"しないのだよ』
「目的がないだと? ふざけるな!」アイランズ卿が激昂する。
「目的もなく我々に攻撃だと!? 冗談も大概に…!」
『黙れ』
少佐の声が冷たく響く。
『おまえとは話をしていない。私はこのお嬢さんとお話をしている。女の子と話すのは本当に久しぶりなんだ。邪魔をしないでくれ「
『目的の為ならば手段を選ぶな。
『いいかなお嬢さん。貴方は仮にも一反撃戦力の指揮者ならば知っておくべきだ。世の中には手段の為ならば目的を選ばないというような』
『どうしようもない連中も確実に存在するのだ。つまりは、とどのつまりは我々のような』
画面の奥では、吸血鬼化した兵士たちが骨ごと肉を噛み砕いている。
『ーーッ!!! ー〜ッッ!!!!』
『中途半端にはするなよ。
「うはぁーッちょっとコレはきついみたいですよー少佐ーっ」
シュレディンガーが口元を押さえる。見せつけられる円卓の老人たちが戦慄する。ベルナドットは煙草を落とし、セラスはゾクリとし、インテグラも冷や汗をかく。
その中、マクスウェルだけは冷徹に、蔑むように言った。
「狂ってるよ。貴様ら」
『…ふゥん。君らが狂気を口にするかね? ヴァチカン13課局長』
少佐が眼鏡の位置を直し、マクスウェルを見据える。
「ああそうだ。お前たちはマトモじゃない」
少佐は嘲るように笑った。
『ありがたいことに私の狂気は、君達の神と、そして
『よろしい。ならば私も問おう。君ら神の正気は一体どこの誰が保障してくれるのかね?』
「……ッ!」マクスウェルが言葉を失う。
『我々が50年前に触れた「聖杯」。そこに満ちていたのは「上位者」という名の、人知を超えた真理だ』
少佐は恍惚とした表情で語る。
『メンシス学派、聖歌隊、ビルゲンワースの狂気、医療教会の探求……彼らは人の身で星に触れようとし、獣に堕ちた。なんと人間臭い! なんと愛おしいあがきか!』
『それに比べれば、君らの信じる神など、なんと退屈な偶像か!』
『…一体どこの誰に話しかけているか判ってるかね? 私が黒衣のSS軍装を着ていれば良かったかね?』
『我々は第三帝国親衛隊だぞ? 一体何人殺したと思っているのかね? 闘争と暴力を呼吸するかのように行う髑髏の集団かね?』
『イカれている? 何を今更! 半世紀程言うのが遅いぞ!!』
少佐は身を乗り出し、カメラを睨みつけた。
『よろしい!! 結構だ!! ならば私を止めてみろ自称健常者諸君!!』
『しかし残念ながら私の敵は君らなどではないね。少し黙っていてくれよ13課』
『此処にいる私の敵は英国、国教騎士団、いや!!』
少佐の指が、画面越しに二人を指差す。
『そこに佇んでいるふたりだ!!吸血鬼アーカード!異界の狩人!』
「!!」
全員の視線が集まる。
アーカードは嬉しそうに嗤い、狩人はただ静かに佇んでいる。
「クックックックックックッ…くはッははははははッは」
アーカードが喉を鳴らす。
「執念深い奴らだ。ははは素敵な宣戦布告だ。いいだろう何度でも滅ぼしてやろう」
『そうだとも、我々は執念深く根に持つタイプでね。くだらん結末など何度も覆してやるさ』
『狩人殿も、歓迎するよ。君の故郷の「悪夢」を、このロンドンで再現しようじゃないか。私の手によってね』
「…………」
インテグラが決断する。
「…アーカード、狩人、
その命令が下るよりも早く、狩人は動いていた。
彼は懐から「獣狩りの短銃」を抜き、ノールックで横にいたシュレディンガーの頭を撃ち抜いた。
ドンッ!
水銀弾が少年の頭蓋を粉砕する。
『…!特使を撃つなんていやはや穏やかじゃないね』
少佐は驚く素振りも見せない。
「特使? ふざけるな」インテグラが吐き捨てる。「宣戦布告? 馬鹿馬鹿しい。お前たちはただのテロリスト集団に過ぎない。御大層な戯言はもう結構だ」
「我々は貴様らの存在を排除する。我々は唯我々の
『震える拳は隠していたまえ、
少佐は満足げに頷いた。
『成程これはいい当主だ。アーカードが入れ込むのも分かるというものだ』
『さようならお嬢さん。戦場での再会を楽しみにしているよ』
『
「
「了解…!!」
ドガッ!!
セラスのハルコンネンが火を吹き、モニターを木っ端微塵に粉砕した。
部屋に静寂が戻る。
シュレディンガーの死体は、いつの間にか霧のように消え失せていた。
「ヘルシング卿、アーカード、狩人」
インテグラは震える拳を隠し、毅然と顔を上げた。
「命令よ。彼らを打ち倒しなさい」
狩人は無言で三角羽根帽子を被り直し、再びマスクで口元を覆った。
これより先は、再び血塗られた狩りの時間が始まる。
to be continued…