三本立てです。
『傭兵たちの晩餐』
ロンドンのダウンタウン、貸し切りのパブ。
紫煙と喧騒、そして男たちの怒号が飛び交う。
「おいおいおいおい!! なんだそのザマはァ! だらしねぇぞ貴様らァ!!」
ベルナドットがテーブルの上に立ち、ビール瓶を片手に叫ぶ。
「それでもワイルドギースか! 傭兵か! 玉ナシのチキン野郎共かァ!?」
テーブルの周りには、すでに数名の傭兵が泡を吹いて沈没していた。
その中心で、狩人はマスクをずらし、無表情のままグラスを空にしていた。
中身はポーランド産のスピリタス(アルコール度数96%)。
「つ、強ぇ……強すぎる……」
「この陰気なハンター…肝臓がミスリルで出来てんのか……?」
狩人は空になったグラスを置き、淡々と言った。
「……水っぽい」
(数あるヤーナム産の秘薬に比べれば、ただの水だ)
「水だとォ!? なめやがってこのやろオオオ!!」
ベルナドットが叫ぶ。
「持ってこい! 工業用アルコールでも燃料用メタノールでもなんでもいい! このすかした色男を泥酔させて、あんなことやこんなことして、ひん剥いて写真撮って売りさばいてやるんだァァァ!!」
「隊長! 発想が最低です!」
セラスがツッコミを入れるが、すでに店内は混沌としている。
「嬢ちゃんも飲め! 吸血鬼ならドラム缶ごといけるだろオッパイ女!」
「だ、誰がオッパイ女ですかセクハラおやじぃぃ!」
ギャーギャーと騒ぐ一同。
狩人はそれを静かに眺め、ナッツを齧った。
───────────────
宴もたけなわ。酔いつぶれた死屍累々の山の中で、セラスがカウンターの隅で溜息をついていた。
「……はぁ」
狩人が隣に座る。
「……楽しめないか、新米」
「あ、狩人さん。……いえ、楽しいですよ。でも……」
セラスは自分の手を見つめる。
「私、もう人間じゃないんですよね。血を吸わなきゃ生きていけないし、日光も苦手だし……。このまま戦い続けたら、心まで化け物になっちゃうのかなって」
狩人は懐から、小さなオルゴールを取り出した。
ガスコイン神父の娘が持っていた、小さな箱。
ハンドルを回すと、物悲しくも優しいメロディが流れる。
『家族』を繋ぎ止める音色。
「……綺麗な曲……」
「獣になった男が、最後まで忘れなかった音だ」
狩人は静かに語る。
「……獣になるか、人であり続けるか。それは血が決めることではない。意志が決めることだ」
「この男は、家族を愛していた。……最後は狂ったが、その愛だけは本物だった」
狩人はオルゴールの底に入っていた、一本の「赤いリボン」を取り出し、セラスに手渡した。
「え? い、いいんですか? すっごく可愛いリボンですけど……」
「私には必要ない。それに……」
狩人はセラスの金髪を見た。
「貴公には、赤が似合う」
セラスは顔を赤くして、リボンを大事そうに胸に抱いた。
「……ありがとうございます! 大切にします!お守りにしますね!」
その笑顔は、吸血鬼のものではなく、年相応の少女のものだった。
(……ああ。守らねばな)
狩人はマスクの下で、少しだけ口元を緩めた。
『老いた死神と徴』
深夜、ヘルシング機関地下工房。
オイルの匂いが立ち込める中、狩人は「仕込み杖」のメンテナンスをしていた。
ガチャン、ジャキッ。
複雑な変形機構を調整する金属音が響く。
「……良い音だ」
背後からウォルターが現れる。
「夜分に失礼。……貴方のその武器、以前から興味がありましてね」
ウォルターは杖を手に取り、その蛇腹構造をしげしげと眺めた。
「単純なようで複雑。打撃と斬撃、剛と柔を兼ね備えている。……私の鋼線(ワイヤー)と組み合わせれば、より芸術的な解体ショーができそうです」
「……貴公の糸も、悪くない」
狩人もまた、ウォルターの手袋に仕込まれた極細の鋼線を見る。
「獣の皮も骨も、バターのように断つ。……ヤーナムの狩人でも、これを使いこなせる者は少ないだろう」
二人の「処刑人」の間で、静かな技術談義が交わされる。思いの他話が弾んだのか、狩人の仕掛け武器はさらなる強化が施されることになった。
───────────────
「……それにしても」
ウォルターは狩人の顔──若々しく、人形のように整った素顔を見つめた。
「貴方は歳を取らないのですか?」
「……時の流れが、違うところにいたからな」
「羨ましいことです」
ウォルターは自嘲気味に笑い、自分のシワだらけの手を見た。
「老いとは、残酷ですね。技術は洗練されても、肉体は朽ちていく。……ゴミを作るために、必死に磨き上げているようだ」
ウォルターの眼鏡の奥が、冷たく光る。
「貴方はどう思います? ……もし、全盛期の肉体を取り戻せるなら。悪魔と契約してでも、それを望みますか?」
それは、ただの冗談で済まないような重みを含んだ問いかけだった。
狩人は手を止め、ウォルターを真っ直ぐに見据えた。
「……老いもまた、人の証だ」
「だが……抗う意志も、否定はしない。人は誰しも、悪夢に囚われることがある」
狩人は懐を探り、一枚の奇妙なアイテムを取り出した。
ルーン文字が刻まれた、錆色の薄片。
「狩人の確かな徴」
使用すれば、全ての遺志を抱えたまま、夢へ帰還できる徴。
「これは?」
「お守りだ」
狩人はウォルターの手に、それを握らせた。
「……もし、道を見失い、どうしようもなくなったら。これを握りしめて強く念じろ」
「夢が、貴公を拾うだろう」
「……夢、ですか」
ウォルターはそれを珍しそうに眺め、ポケットにしまった。
「フッ……御守りとは、貴方らしくない。ですが、ありがたく持っておきましょう」
老執事は一礼して去っていく。
その背中には、決意と迷いが入り混じった、複雑な影が落ちていた。
『夢のティータイム』
霧深い「狩人の夢」
大樹の下に白いテーブルが置かれ、優雅なティータイムが開かれていた。
「美味いな。この紅茶は」
アーカードは優雅にカップを傾ける。
「人形が淹れたのか? よくこれほど温かい味が出せるものだ」
「ありがとうございます、アーカード様」
人形が嬉しそうに微笑む。
狩人はその横で、居心地悪そうにビスケットを齧っていた。
「どうした狩人? そんなに縮こまって」
アーカードがニヤニヤと笑い、狩人の肩を突く。
「この間のように、熱烈に抱きついてきてもいいのだぞ? ん?」
「……黙れ」
「ククク……。あの時のおまえのマヌケ面は愉快なものだったなァ」
アーカードのセクハラ的絡みに、狩人は深く帽子を被る。
「ふふ、仲良しですね」
人形が微笑ましそうに見守る。
話題は、来るべき戦争、ミレニアムへと移る。
「ナチスか。……50年前、貴公は奴らの『研究』を見たか?」
狩人が問う。
「いや? 私が見たのは死体の山と、出来損ないの吸血鬼だけだ」
アーカードは答える。
「まさか奴らが、貴様の世界の『因子』を持ち込んでいたとはな。知らなかったぞ」
「……医療教会」
狩人は語り出す。
「頭を肥大化させ、瞳を求め、海へ還ろうとし、赤子を求めた者たち。……奴らの所業は、ナチス以上に狂っている」
「頭だけの実験体、継ぎ接ぎの生物、上位者の会合……」
話を聞き終えたアーカードは、膝を打って笑った。
「ハハハハ! 素晴らしい!」
「半端な連中とは違う! 奴らは人でありながら、狂っている!」
「人を超えようとして、獣になり、それでも神に手を伸ばすか! その貪欲さ、その傲慢さ! まさに人間だ!」
アーカードは立ち上がり、コートを翻した。
「気に入ったぞ、狩人。貴様の世界の『悪夢』とやら、骨の髄まで味わいたくなった」
───────────────
「さて、腹ごなしだ」
アーカードが手袋を締め直す。
「見せてみろ、狩人。貴様の『本気』を」
「……?」
「玩具はいらん。貴様の中に眠る、あの『
アーカードの体が崩れ、無数の眼球と黒犬の影が溢れ出す。
「来い! 狩人ッ!!」
狩人は溜息をつき、立ち上がった。
「……後悔するなよ」
狩人が右手を掲げる。
ズズズズズ……ッ!!
彼の右腕が、人間の形を捨てた。
骨が弾け、肉がねじれ、青白い光を帯びた「触手」へと変貌する。
『月の魔物』の肋骨のような、あるいは『ゴースの寄生虫』のような、ヌメヌメとした質感を持つ異形の腕。
「ほう……!?」
アーカードが目を見開く。
ギャァァァンッ!!
狩人の触手腕が伸び、アーカードの黒犬を一撃で消滅させる。
物理攻撃ではない。神秘の奔流。
「ハハハハハ! いいぞ! 気持ち悪い! 最高だ!」
アーカードは狂喜し、影を槍のように変えて殺到させる。
狩人は触手を盾にし、あるいは鞭のようにしならせ、空間そのものを削り取るように迎撃する。
ズドォォォンッ!!
夢の大樹の下、二つの人外の力が激突する。
アーカードの影と、狩人の触手が絡み合い、衝撃波が花畑を吹き飛ばす。
「あらあら、お花が散ってしまいます……」
人形が困ったように頬に手を当てる。
決着などつくはずもない。
これは、これから始まる地獄のような戦争への、ほんの軽い準備運動に過ぎなかったのだから。
to be continued…