海を越え、空を征くミレニアムの「最後の大隊」。
甲板に溢れる兵士たちは、水平線の向こう、闇の中にまたたく無数の光を見て歓喜の声を上げていた。
「欧州だ……。欧州だぞ……ッ」
「光が……!? ロンドンか!? ロンドンか?」
「見ろ!! もう見えるぞ!! ヨーロッパだ!!」
その喧騒の中、一人の男が影の中から歩み出る。
コートを翻し、狂気と愉悦を湛えた眼差しで地平を見つめる指揮官、少佐である。
「そうだ。あれが遂に我々が待ちに望んだ欧州のひかりだ」
彼は兵士たちに向き直り、慈しみすら感じる声で宣言した。
「私は諸君らを約束通り連れて帰って来たぞ。あの懐かしの戦場へ。あの懐かしの戦争へ」
狂信的な忠誠を誓う部下たちが、一斉に唱和する。
「少佐!!」「少佐殿!!」「代行殿!!」
少佐は満足げに目を細め、レンズの奥で怪しく瞳を光らせた。
「そして
「ミレニアム大隊各員に伝達!! 大隊長命令である!!」
彼は最高の愉悦を噛みしめるように、死の宣告を口にする。
「さあ諸君。
────────────────
ロンドン地下、安全保障指導部本営。
そこは今や、パニックと絶望の坩堝と化していた。
「将軍!! 何事だ」
「政府中央情報統制本部、通信途絶……! 連絡が取れませんッ」
「ロンドンBTN社、管制局と通信途絶!!」
「現在首都圏、広域に民生通信電話回線が不通になっています!!」
次々と舞い込む絶望的な報告。英国の防衛網は一瞬にして沈黙した。
真っ青になったペンウッド卿が震える声で漏らす。
「馬鹿な……!? 戦争でも始まったとでもいうのか!!」
その時、一通の電文が届く。それはもはや報告ではなく、断末魔の叫びだった。
「近衛兵アイリッシュ連隊本営より打電!! 『交戦中!! 現在正体不明の敵と交戦中!! 化物だ、助けてくれ、化物!!』」
凄惨な戦場の気配を感じながら、インテグラは静かに、しかし確信を持って呟いた。
「始まった……。そう、とうとう。戦争が始まったのです」
ドガァァァァァンッ!!
扉が爆破され、吹き飛ぶ。
土煙の向こうから現れたのは、異形の武装集団。
英国軍の制服を着ているが、その目は赤く輝き、口からは異常に発達した牙が覗いている。
「おっと。妙な真似はやめて頂こう。ヘルシング卿」
突きつけられた銃口の先で、インテグラは泰然と葉巻をくゆらせていた。
侵入者の一人、かつてのペンウッドの部下である中佐が不敵に告げる。
「この施設はこれより、『ミレニアム』の支配下となる!!」
「中佐!! お、おまえ達……どういう事だ、これはッ」
「やかましい!!」
中佐と呼ばれた男が一喝する。その顔には、もはや人間の理性など微塵も残っていない。
「こういう事ですよ将軍。
「ハッハハハハは。まさかあのヘルシング卿まで捕えられるとはなァ」
勝ち誇る彼らの嘲笑を、静かな笑い声が遮った。
「クックックッ……」
インテグラは銃口を向けられながらも、腹の底から湧き上がるような笑みを浮かべていた。
「貴様ァ……女ぁ!! 何がおかしい!!」
逆上した兵士が銃を握り直す。
しかし、インテグラの冷徹な眼差しは揺るがない。
「おまえ達は生まれたばかりの
「そして……ここには、『獣』を狩る専門家も居るのだぞ?」
「……あ?」
中佐が怪訝な顔をした瞬間、インテグラは哀れむように言い放った。
「尻尾も取れぬ赤子の蛙が、蛇を前にして『
「き……貴様ぁ~~ッ」
「……あの世で伍長に
男が引き金を引こうとしたその瞬間。
ザンッ!!
鋭い金属音と共に、中佐の腕が銃ごと切断され、宙を舞った。
「ギャアアアアッ!?」
インテグラは動じることなく、背後の闇へ命じた。
「
「仕事だ」
闇の中から、恭しく、しかし冷徹な声が響く。
「わかりました、
「……狩りの時間だ」
ウォルターと狩人が、扉の奥から姿を現す。
ウォルターは指先で鋼線を操り、狩人は仕込み杖を鞭状態へと展開し、石畳を叩くように構える。
「さて、御相手仕ろうぞ!! 赤子共!!」
武装した兵士たちは激昂し、銃を乱射する。
「こッこのォ! 化物!!」
ドガドガッ!
しかし、その弾丸は彼らに届かない。
ウォルターの鋼線が網のように弾丸を弾き返し、狩人は超人的なステップで射線を潜り抜ける。
ギギッ!
ウォルターの指が舞う。鋼線が生き物のように兵士たちに巻き付き、その四肢を切断していく。
「ギャッ! グ、ギャアアアッ!?」
だが、切断された兵士たちの傷口から、血と共に剛毛が吹き出した。
「ウ、ウウウゥゥッ!!」
彼らの肉体が膨張し、狼のような獣へと変貌しようとする。
ミレニアムによる人工的な獣化因子だ。
「死してなお、獣に堕ちるか」
狩人が冷ややかに見下ろす。
「……ならば、介錯してやろう」
ジャッギィ!!
仕込み杖が唸りを上げる。
ノコギリのような刃を持つ鞭が、獣化しかけた兵士たちを容赦なく打ち据える。
肉が裂け、骨が砕ける音。
「ガ、ルルッ!?」
獣たちは再生する間もなく、ミンチ状に切り刻まれていく。
狩人の動きは洗練されていた。無駄がなく、残酷で、そして美しい。
それは単なる戦闘ではない。長年積み重ねられた
ザシュッ!
最後の一匹の首を刎ね飛ばし、狩人は杖を振って血を払った。
狩人の足元には、もはや原形を留めぬ肉塊が転がっている。
返り血がペンウッド卿の頬をかすめる。
「失敬」ウォルターがハンカチで拭う。
周りの将校たちは、あまりの惨状と、それを平然とやってのけた二人の従者に言葉を失っていた。
インテグラは、ようやく正気を取り戻し始めたペンウッド卿に視線を向けた。
「大失態ですか。ペンウッド卿」
「私はてっきり、あなたが裏切っていたのかと思いましたよ」
皮肉めいた言葉を浴びせられたペンウッド卿は、情けなくも誠実な声を絞り出す。
「私は無能かもしれんが……卑怯者ではないよ。インテグラ」
その率直な言葉に、インテグラはわずかに口角を上げた。
「将軍!!」
そこへ、通信兵が転がり込んでくる。
「大変です、将軍!!」
「47空の民間機が、ロンドン南方、ニューフィルズ上空で北上する飛行船団を目撃したと……」
「飛行船……!? 飛行船だと!? 何かの間違いではないか!! 飛行船!?」
絶叫に近い問いかけに対し、通信兵は絶望を打ち明けるように繰り返した。
「飛行船です。それも信じ難い程、巨大な…」
上空。
夜空を圧する咆哮を上げ、巨大な船体が雲を割って現れた。
ツェッペリン型飛行船の大編隊。
その側面には、赤く輝くカレル文字『戦争』が描かれている。
「最大船速!! とばせ!! もっとだ!! もっともっともっと!!」
「エンジンが焼け落ちるまで回せ!! もっと!! もっと!! もっとだ!!」
狂気に満ちた号令の下、大隊は突き進む。
ニューフィルズからロンドンまで、直線距離でわずか約100km。
数十分後には、地獄がロンドンの上空に到達しようとしていた。
船内の兵士たちは、眼下に広がる街の灯を見つめ、狂喜に顔を歪めて叫ぶ。
「疾っ走れ!! 疾っ走れ!!」
「あの微かに見える都市の尖塔へと向かって、疾っ走れ!!」
「今でも思い出す、あの喧騒と打撃へと向かって、疾っ走れ!!」
地上。
燃え上がるロンドンの街並みを見据え、マントを翻して歩む巨影があった。
イスカリオテ機関、アンデルセン神父。
彼は眼鏡を光らせ、狂熱を孕んだ祈りの言葉を口ずさむ。
「"All flesh is grass, and all the glory of man as the flower of the grass. Because"」
(人はみな草のようで、その栄えはみな草の花のようだ)
「"The grass withereth, and its flower fall away..."」
(草は枯れ、花は散る…)
アンデルセンは不愉快そうな顔を浮かべ、最後に力強く唱えた。
「──Amen!」
同時に狩人もまた、窓の外を見上げていた。
(……来るぞ。本当の『夜』が)
ロンドン大空襲。
そして、悪夢の顕現。
今、幕を開ける。
to be continued…