HELLSING×Bloodborne   作:椛―もみじ

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第22話

 

海を越え、空を征くミレニアムの「最後の大隊」。

甲板に溢れる兵士たちは、水平線の向こう、闇の中にまたたく無数の光を見て歓喜の声を上げていた。

 

「欧州だ……。欧州だぞ……ッ」

「光が……!? ロンドンか!? ロンドンか?」

「見ろ!! もう見えるぞ!! ヨーロッパだ!!」

 

その喧騒の中、一人の男が影の中から歩み出る。

コートを翻し、狂気と愉悦を湛えた眼差しで地平を見つめる指揮官、少佐である。

 

「そうだ。あれが遂に我々が待ちに望んだ欧州のひかりだ」

彼は兵士たちに向き直り、慈しみすら感じる声で宣言した。

「私は諸君らを約束通り連れて帰って来たぞ。あの懐かしの戦場へ。あの懐かしの戦争へ」

 

狂信的な忠誠を誓う部下たちが、一斉に唱和する。

「少佐!!」「少佐殿!!」「代行殿!!」

 

少佐は満足げに目を細め、レンズの奥で怪しく瞳を光らせた。

「そしてアシカ(ゼーレヴェ)は遂に大洋を渡り、(おか)へとのぼる」

「ミレニアム大隊各員に伝達!! 大隊長命令である!!」

 

彼は最高の愉悦を噛みしめるように、死の宣告を口にする。

 

「さあ諸君。地獄(ヤーナム)を作るぞ」

 

 

────────────────

 

 

ロンドン地下、安全保障指導部本営。

そこは今や、パニックと絶望の坩堝と化していた。

 

「将軍!! 何事だ」

「政府中央情報統制本部、通信途絶……! 連絡が取れませんッ」

「ロンドンBTN社、管制局と通信途絶!!」

「現在首都圏、広域に民生通信電話回線が不通になっています!!」

 

次々と舞い込む絶望的な報告。英国の防衛網は一瞬にして沈黙した。

真っ青になったペンウッド卿が震える声で漏らす。

「馬鹿な……!? 戦争でも始まったとでもいうのか!!」

 

その時、一通の電文が届く。それはもはや報告ではなく、断末魔の叫びだった。

「近衛兵アイリッシュ連隊本営より打電!! 『交戦中!! 現在正体不明の敵と交戦中!! 化物だ、助けてくれ、化物!!』」

 

凄惨な戦場の気配を感じながら、インテグラは静かに、しかし確信を持って呟いた。

「始まった……。そう、とうとう。戦争が始まったのです」

 

ドガァァァァァンッ!!

扉が爆破され、吹き飛ぶ。

土煙の向こうから現れたのは、異形の武装集団。

英国軍の制服を着ているが、その目は赤く輝き、口からは異常に発達した牙が覗いている。

 

「おっと。妙な真似はやめて頂こう。ヘルシング卿」

突きつけられた銃口の先で、インテグラは泰然と葉巻をくゆらせていた。

侵入者の一人、かつてのペンウッドの部下である中佐が不敵に告げる。

「この施設はこれより、『ミレニアム』の支配下となる!!」

 

「中佐!! お、おまえ達……どういう事だ、これはッ」

「やかましい!!」

中佐と呼ばれた男が一喝する。その顔には、もはや人間の理性など微塵も残っていない。

「こういう事ですよ将軍。吸血鬼(ヴァンパイア)とはすばらしい!!」

「ハッハハハハは。まさかあのヘルシング卿まで捕えられるとはなァ」

 

勝ち誇る彼らの嘲笑を、静かな笑い声が遮った。

「クックックッ……」

インテグラは銃口を向けられながらも、腹の底から湧き上がるような笑みを浮かべていた。

 

「貴様ァ……女ぁ!! 何がおかしい!!」

逆上した兵士が銃を握り直す。

しかし、インテグラの冷徹な眼差しは揺るがない。

 

「おまえ達は生まれたばかりの赤子(ベビー)の様な吸血鬼で、私達はその吸血鬼の殲滅機関」

「そして……ここには、『獣』を狩る専門家も居るのだぞ?」

 

「……あ?」

中佐が怪訝な顔をした瞬間、インテグラは哀れむように言い放った。

「尻尾も取れぬ赤子の蛙が、蛇を前にして『幸運(ラッキー)』とは。笑える冗談だ、売国奴」

 

「き……貴様ぁ~~ッ」

「……あの世で伍長に鉄十字章(アイアンクロス)をもらうといい」

 

男が引き金を引こうとしたその瞬間。

 

ザンッ!!

 

鋭い金属音と共に、中佐の腕が銃ごと切断され、宙を舞った。

「ギャアアアアッ!?」

 

インテグラは動じることなく、背後の闇へ命じた。

執事(バトラー)狩人(ハンター)

「仕事だ」

 

闇の中から、恭しく、しかし冷徹な声が響く。

「わかりました、お嬢様(マイ・マスター)

「……狩りの時間だ」

 

ウォルターと狩人が、扉の奥から姿を現す。

ウォルターは指先で鋼線を操り、狩人は仕込み杖を鞭状態へと展開し、石畳を叩くように構える。

 

「さて、御相手仕ろうぞ!! 赤子共!!」

武装した兵士たちは激昂し、銃を乱射する。

「こッこのォ! 化物!!」

 

ドガドガッ!

しかし、その弾丸は彼らに届かない。

ウォルターの鋼線が網のように弾丸を弾き返し、狩人は超人的なステップで射線を潜り抜ける。

 

ギギッ!

ウォルターの指が舞う。鋼線が生き物のように兵士たちに巻き付き、その四肢を切断していく。

「ギャッ! グ、ギャアアアッ!?」

 

だが、切断された兵士たちの傷口から、血と共に剛毛が吹き出した。

「ウ、ウウウゥゥッ!!」

彼らの肉体が膨張し、狼のような獣へと変貌しようとする。

ミレニアムによる人工的な獣化因子だ。

 

「死してなお、獣に堕ちるか」

狩人が冷ややかに見下ろす。

「……ならば、介錯してやろう」

 

ジャッギィ!!

仕込み杖が唸りを上げる。

ノコギリのような刃を持つ鞭が、獣化しかけた兵士たちを容赦なく打ち据える。

肉が裂け、骨が砕ける音。

 

「ガ、ルルッ!?」

獣たちは再生する間もなく、ミンチ状に切り刻まれていく。

狩人の動きは洗練されていた。無駄がなく、残酷で、そして美しい。

それは単なる戦闘ではない。長年積み重ねられた仕事(ワーク)の所作だ。

 

ザシュッ!

最後の一匹の首を刎ね飛ばし、狩人は杖を振って血を払った。

狩人の足元には、もはや原形を留めぬ肉塊が転がっている。

 

返り血がペンウッド卿の頬をかすめる。

「失敬」ウォルターがハンカチで拭う。

周りの将校たちは、あまりの惨状と、それを平然とやってのけた二人の従者に言葉を失っていた。

 

インテグラは、ようやく正気を取り戻し始めたペンウッド卿に視線を向けた。

「大失態ですか。ペンウッド卿」

「私はてっきり、あなたが裏切っていたのかと思いましたよ」

 

皮肉めいた言葉を浴びせられたペンウッド卿は、情けなくも誠実な声を絞り出す。

「私は無能かもしれんが……卑怯者ではないよ。インテグラ」

 

その率直な言葉に、インテグラはわずかに口角を上げた。

「将軍!!」

そこへ、通信兵が転がり込んでくる。

「大変です、将軍!!」

「47空の民間機が、ロンドン南方、ニューフィルズ上空で北上する飛行船団を目撃したと……」

 

「飛行船……!? 飛行船だと!? 何かの間違いではないか!! 飛行船!?」

絶叫に近い問いかけに対し、通信兵は絶望を打ち明けるように繰り返した。

「飛行船です。それも信じ難い程、巨大な…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上空。

 

夜空を圧する咆哮を上げ、巨大な船体が雲を割って現れた。

ツェッペリン型飛行船の大編隊。

その側面には、赤く輝くカレル文字『戦争』が描かれている。

 

「最大船速!! とばせ!! もっとだ!! もっともっともっと!!」

「エンジンが焼け落ちるまで回せ!! もっと!! もっと!! もっとだ!!」

 

狂気に満ちた号令の下、大隊は突き進む。

ニューフィルズからロンドンまで、直線距離でわずか約100km。

数十分後には、地獄がロンドンの上空に到達しようとしていた。

 

船内の兵士たちは、眼下に広がる街の灯を見つめ、狂喜に顔を歪めて叫ぶ。

「疾っ走れ!! 疾っ走れ!!」

「あの微かに見える都市の尖塔へと向かって、疾っ走れ!!」

「今でも思い出す、あの喧騒と打撃へと向かって、疾っ走れ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地上。

 

燃え上がるロンドンの街並みを見据え、マントを翻して歩む巨影があった。

イスカリオテ機関、アンデルセン神父。

彼は眼鏡を光らせ、狂熱を孕んだ祈りの言葉を口ずさむ。

 

「"All flesh is grass, and all the glory of man as the flower of the grass. Because"」

(人はみな草のようで、その栄えはみな草の花のようだ)

「"The grass withereth, and its flower fall away..."」

(草は枯れ、花は散る…)

 

アンデルセンは不愉快そうな顔を浮かべ、最後に力強く唱えた。

 

 

「──Amen!」

 

 

同時に狩人もまた、窓の外を見上げていた。

 

(……来るぞ。本当の『夜』が)

 

ロンドン大空襲。

そして、悪夢の顕現。

今、幕を開ける。

 

to be continued…

 

 

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