HELLSING×Bloodborne   作:椛―もみじ

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第3話

 

チェダー村の惨状は、ただ事ではなかった。

ウォルターが二人の怪物を引き剥がした直後、現場には異様な静寂が満ちていた。

空を見上げれば、雲の切れ間から覗く月が、不吉な赤黒い色に変色している。それは吸血鬼がもたらす幻術の夜とも、自然現象とも違う。もっと根源的な、世界そのものが病に侵されたような色だった。

 

焼け焦げたバリケードを部下と共に通り抜け、何かをやらかしてくれた従僕を迎えに行く。

ヘルシング機関当主、インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシング。

彼女は葉巻の煙を吐き出しながら、眉間に深い皺を刻んでいた。

 

「……報告では吸血鬼が一体、ということだったが。これはどういうことだ、ウォルター」

 

インテグラの視線の先には、上機嫌で瓦礫に腰掛けるアーカードと、その少し離れた場所で沈黙を守る、古めかしい装束の狩人がいた。

現場の空気は、硝煙と血、そして嗅いだことのない「古い油と獣の臭い」が混じり合っている。

 

「申し訳ありません、お嬢様。少々、規格外の『横槍』が入りまして」

ウォルターが恭しく頭を下げる。

「ですが、事態は収束しました。……彼もまた、人ならざるモノを狩る側のようです」

 

インテグラは鋭い眼光で狩人を品定めする。

 

(……なんだ、この男は。ただ立っているだけで、周囲の空間が歪んで見える。アーカードと対等に渡り合ったというのか? この、博物館から抜け出してきたような男が)

 

「……貴様が、この騒ぎのもう一人の主犯か」

インテグラが問いかけると、狩人はゆっくりと顔を向けた。

帽子のつばの下、その瞳には感情の色がない。ただ、職務に忠実な処刑人のような冷徹さがあるだけだ。

 

「騒ぎを起こすつもりはなかった」

狩人の声は低く、淡々としていた。

「だが、獣がいれば狩る。……それだけだ」

 

その言葉には、言い訳も誇張もない。ただの事実としての重みがあった。

インテグラはふ、と口元を緩めた。

「いいだろう。ここは往来だ。詳しい話は屋敷で聞かせてもらおうか。……乗りたまえ、正体不明の訪問者殿」

 

セラス・ヴィクトリアは、へたり込んだままその光景を呆然と眺めていた。

(な、なんなのこの人たち……。私、これからどうなっちゃうの……!?)

 

 

ヘルシング機関本部、当主執務室。

重厚な机を挟んで、インテグラと狩人は対峙していた。

部屋の隅には、影に溶け込むようにアーカードが佇み、ウォルターが紅茶を淹れている。

 

「……なるほど。貴様は『ヤーナム』という場所から、ある種の『穢れた血』を追ってこのロンドンへ来たと」

 

狩人の説明は簡潔だった。

時空を超えた追跡。獣の病。そして、この世界で感じ取った「死んだ血」の気配。

多くの人間ならば精神異常者の妄言と切り捨てる内容だが、インテグラは違った。彼女は静かに紅茶に口をつけ、記憶の糸を手繰り寄せる。

 

「『ヤーナム』……。その名は、聞き覚えがある」

インテグラは立ち上がり、書架から一冊の古びたオカルト書を抜き出した。

「曾祖父の時代の噂話だ。東欧の山奥とも、地下遺跡の彼方とも言われる幻の都。そこではあらゆる病を癒やす『血の医療』が行われていたが、ある夜を境に住民全員が消え失せた、とな」

 

「……ただの噂ではなかった、ということか」

アーカードが愉しげに口を挟む。

「空間ごと隔離された悪夢の都。クク、道理で匂うわけだ。貴様からは、何百年もの時間を凝縮したような、濃密な血の香りがする」

 

狩人は小さく頷いた。

「街は、夢に沈んだ。私はその夢の狩人であり、掃除屋だ。……こちらの世界で、あの病に似た兆候を感じた」

 

インテグラは頷き、狩人の目を見据えた。

「我々ヘルシング機関の使命は、大英帝国と国教を犯す『化け物』の殲滅だ。最近、我々が相手にしている吸血鬼たちも、どこか様子がおかしい。人為的で、組織的なきな臭さを感じる」

「利害は一致しているようだな。……どうだ、狩人。我々と手を組まないか?」

 

インテグラの提案は合理的だった。

狩人には、この時代の地理や情報がない。ヘルシングには、超常的な戦力が欲しい。

 

「……承知した」

狩人は短く答えた。

「貴公らが獣を匿う者でない限り、私の刃は貴公らの敵に向く。……それに、ここの工房は悪くない」

 

「決まりだな」

インテグラは不敵に微笑んだ。

これが、夜を統べる二つの狂気が手を結んだ瞬間だった。

 

 

翌日、ヘルシング機関射撃場。

そこでは、吸血鬼となったばかりのセラス・ヴィクトリアに対する訓練が行われていた。

 

「いいか婦警。まずは的に当てることなど考えなくていい。銃の反動に慣れろ」

アーカードの厳しい指導が飛ぶ中、セラスは涙目で大きな銃を抱えていた。

「む、無理ですよぉ! こんなの人間が扱える反動じゃ……あ、もう人間じゃないんでしたっけ……」

 

その様子を、ベンチに座ったインテグラが新聞を読みながら横目で見ている。

そして狩人は、壁にもたれて静かにセラスの動きを観察していた。

 

「……筋は悪くない」

狩人がボソリと呟く。

「だが、『間』が死んでいる」

 

「間、ですか?」

セラスが首を傾げる。

狩人は無言で歩み出ると、懐から自身の愛銃「獣狩りの短銃」を取り出した。古臭いラッパ銃のような形状だが、放たれる殺気は本物だ。

 

「貴公の膂力なら、敵の攻撃を止めることは容易い。……見ていろ」

 

狩人はウォルターに目配せをする。ウォルターがスイッチを押すと、訓練用の武装人形(動く標的)が飛び出してきた。

人形が錆びたナイフを振り上げ、狩人に襲いかかる。

その刃が振り下ろされる、まさにその瞬間。

 

パンッ!

 

乾いた銃声が一発。

水銀弾が人形の肩口に衝撃を与え、その姿勢を大きく崩す。

敵の攻撃動作そのものを「弾く」かのような、絶妙なタイミング。

体勢を崩した人形に対し、狩人は素手で踏み込み、胸部へ強烈な掌底、内臓攻撃の予備動作を叩き込み、寸前で止めた。

 

「……敵の殺意が極まる瞬間、水銀の弾丸を叩き込む」

狩人は淡々と解説する。

「早すぎればただ攻撃を喰らうだけ、遅すぎれば相打ち。……筋肉が収縮し、攻撃へと転じる『不可逆の点』を撃ち抜け」

 

「は、はぁ……不可逆の点……」

セラスは呆然としながらも、大型のライフルを構え直した。

「や、やってみます!」

 

次の人形が現れる。セラスは目を皿のようにしてタイミングを計る。

(今だっ!)

ドォォン!!

凄まじい発砲音と共に、人形の上半身が消し飛んだ。

 

「……あ」

「馬鹿者」

インテグラが新聞をめくりながらため息をつく。

「それはパリィではない。ただの粉砕だ」

 

「ち、違うんです! タイミングが分からなくて、つい力んじゃって!」

セラスが慌てて言い訳をする。狩人は小さく首を横に振った。

 

「……貴公のその武器では、威力が過ぎるか。それに、恐れがあるうちは見切れない」

 

「ククク……面白い理屈だ」

それまで黙って見ていたアーカードが、ゆらりと進み出た。

 

「敵の攻撃を『受ける』のではなく、殺意の切っ先を銃弾で挫くか。……リスクを愉しむ、狂人の妙技だな」

 

アーカードは自身の愛銃「カスールカスタム」を構える。

「やってみよう」

 

ウォルターが再びスイッチを押す。今度はより素早い、強化された訓練用ターゲットだ。

高速で迫る刃。アーカードは微動だにしない。

セラスが「危ない!」と叫びそうになった刹那。

 

バァンッ!

 

13mm爆裂徹甲弾が放たれたのは、刃がアーカードの鼻先に届くコンマ数秒前。

衝撃でターゲットの腕が弾かれ、のけぞる。

その隙を見逃さず、アーカードの手刀がターゲットの心臓を貫いていた。

 

「……なるほど。これはいい」

 

アーカードは血に濡れた手を見つめ、恍惚とした笑みを浮かべる。

「ただ殺すだけではない。敵が『やった!』と確信した瞬間を絶望に突き落とす。……実に嗜虐的で、実に有効だ」

 

「……飲み込みが早いな」

狩人もまた、アーカードの技量に感嘆の意を示す。

この吸血鬼は、獣のような狂気を持っていながら、戦いに関しては恐ろしく冷静で貪欲だ。

 

「しかし、シビアだな」

アーカードは銃を回して懐に納める。

「コンマ1秒でもズレれば、肉を断たれる。再生能力を持たぬ貴様がこれを常用しているとは……やはり貴様、狂っているな?」

 

「……正気でなければ、悪夢は生き残れない」

狩人は短く答えた。

 

セラスは、そんな二人(と一人の上司)を見ながら、ガックリと肩を落とした。

「あうぅ……私、こんな人たちの中でやっていけるんでしょうか……」

 

インテグラは新聞を閉じ、立ち上がった。

「安心しろ、婦警。貴様には貴様のやり方がある。……だが、彼らの技術は盗んでおけ。これからの戦いは、今までとは違う」

 

インテグラは窓の外、広がるロンドンの街並みを見据えた。

「吸血鬼、そして『ヤーナム』の影。……忙しくなるぞ」

 

射撃場に、再びセラスの放つ豪快な(そして下手くそな)銃声が響き渡った。

それは、奇妙な共同戦線の始まりを告げる号砲のようでもあった。

 

to be continued…

 






HELLSINGは漫画の方を読みました。いつかOVAもちゃんと見たい…
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