キヴォトス企業、アーキバス・コーポレーション 作:ねうしとら
どうやら無事にシャーレは奪還され、連邦生徒会は行政機能を回復したようです。
ルビコンが派遣した増援が、レイヴンとエアであったことを除けば成果は完璧と言えるでしょう。
ルビコンにおける治安維持組織のツートップを、わざわざ外部に派遣するとは何を考えているのだとメーテルリンクに問いかけましたが、返ってきた答えはいざとなったら自分がいるから大丈夫とのことでした。
まあ、そうかもしれませんが。それでも治安維持組織の頭を駆り出す必要はなかったでしょう。せめて、執行部部員とかでよかったのですが……。出動させるにしてもレイヴンかエアどちらかにしなさい。全く。
過ぎたことを嘆いても仕方ありません。
ルビコンが決定したことに対して、文句を言う筋合いはないのですから。
とはいえ、ルビコンがシャーレと関係を持つことができたのは大きいでしょう。ルビコン総合技術学園の存在を先生に知っていただくことができたのですから。
間接的に、我が社もシャーレとの接点を持つことができたということです。
いつ会えるのかは分かりませんが、そう遠くないうちにお会いする機会もあるでしょう。今は、アビドスへと出張しているようですし。
連邦捜査部シャーレの先生は、良くも悪くも『先生』といった人柄とのことで。明らかな善人ではあるものの、政治的手腕が秀でているわけではないと、オキーフから評価されています。
であれば、あまり心配する必要はないでしょう。
彼を狙ったテロ行為が起こらないとは限りませんが、現時点でどうしようもないので考えるだけ無駄です。それは、向こうが努力するべきことですから。
さて、現在シャーレの先生はアビドスからの支援依頼に基づき、物資提供のためアビドスへと向かっているとのことでした。
アビドス対策委員会とは、企業も関係がありますので、彼女たちの現状は理解しているつもりです。
しかし、かなりどうしようもない状態であることは疑いようのない事実でしょう。
砂嵐により、人が住める土地は減り、自治区としての力を失った。
自然災害に対抗するべく多額の資金を当時の生徒会はつぎ込んだようですが、残ったのは借金のみ。
今のアビドス高校に打つ手はありません。
何せ、借金は合法的な手順によって契約されているものですし、自然災害は回避不可能です。
その土地に住む人々しか知らぬ事情というのがあるのは分かりますが、大多数はアビドスから離れているのですから。
連邦生徒会とて、自然災害に見舞われた土地にまで手を伸ばすことはできません。わざわざ一学園に対して肩入れすると、それだけで立場としては面倒なことになるのが目に見えていますから。
とはいえ、カイザーが何かを企んでいる土地であることは疑いようのない事実。加えて、機械仕掛けの大蛇の存在もあります。このままみすみすカイザーにアビドスの土地を取られるのも、それはそれで腹が立ちます。
しかし、腹が立つ程度です。企業が動く必要性のない些事でしかない。
先生が訪れたことで何かが好転するのであれば、私としては些細な喜びです。
さて、それはさておき。
シャーレに関する情報はこれくらいでいいでしょう。
私は今、ヴェスパーの隊長たちを率いて、AC開発の主要ラボへと向かっています。
ACの開発は苦労の連続でした。何せ、一般的な一軒家と同等かそれ以上の高さを誇る人型兵器の開発ですから。
最初は、開発スペースを確保するだけでも困難でした。土地も資金もない状態から、一から事業を立ち上げ、その事業を軌道に乗せるだけでも手一杯。
少ない社員数で、企業たる私も現場の人員として生産工場で働いていました。
社員を集め、エンジニアを雇い、優れた兵器を開発し、資金を集める。
徐々に、我が社は規模を拡大していきました。
そして、アーキバスとしての事業が軌道に乗り、本社ビルが建ち、社員も増えてきた頃。ようやく、ACの開発へと舵を取り始めたのです。まずは、私の理想に共感する技術者を集めることから始めました。
徐々に、起業してから少しずつ、ACに関する情報を信頼できる人間に開示しました。無論、現実的ではないと主張する者も出てきましたが。誰も彼もが私の理想と共感するわけではありません。
しかし、諦めずに根気強く説得しました。これを実現することが私のロマンであると。
企業たるもの、社員を率いるカリスマ性が必要不可欠です。
そうして、社内でもゆっくりとですが私の理念に共感するエンジニアたちが集まりました。
ここまでたどり着くのに、何年かかったことやら。
しかし、それでも未だスタートラインに立っただけ。
エンジニアたちをようやく集め、ACに関する議論を行いました。
私の理想を現実にするために、これだけの鉄の塊をどのように動かすのか。まず、自立して立たせることから理論を組み上げていく必要がありました。それが形になれば、次はどのようにして歩かせるのか。この質量を持ちあげるブースターはどれほどの性能が必要なのか。出力は? 大きさは?
設計図を組み立て、破綻のないよう慎重に設計をし、薄皮一枚一枚を丁寧に積み上げるように理論を組み上げ、そうして、ある程度まで理論が積み上がり、壁にぶつかり全てを最初からやり直し。
丁寧に積み上げてきた積み木、その最上に置くべきパーツが今の土台では不可能だとなった時、それは土台から見直す必要があります。一つの理論を現実的な物にするためには、土台となっている理論では到底及ばない。であれば、土台から見直す必要がある。端的に言えば、やり直しです。
ACの開発に、そのようなことは日常茶飯事でした。
アセンブリ式にするために、各パーツとの互換性を持たせるにはどうすればよいのか。
腕部の構造を設計するために、既に形となっていたコアの設計を見直す必要がある。
まあ、何かを作る際には往々にして起こりうる、当然のことです。
こちらを立てればあちらが立たず。未だ、製造にすら至っていない、理論の組み立ての段階だけでいくつもの壁に当たりました。
腕、胴、脚、頭、FCS、ブースター、ジェネレータ。コア拡張機能。そして、武器。
すべてが規格外。十メートル級の人型兵器が扱う武器の開発だけでも一苦労でした。EN武装の開発にも苦労の連続です。ありとあらゆるパーツの開発に、圧倒的な時間を割きました。しかし、アーキバスの事業が軌道に乗り、キヴォトスにおける一大企業として成長したため、人材に困ることはありません。
並列してありとあらゆる機能の開発に勤しみ、私も開発の一員として働きながら統括ディレクターとして各ラインの管理を行い、徹夜をするなんて当たり前のような日々を過ごしたこともあります。
まるで、先の見えないマラソンを走っているような。景色の変わらない場所で、ゴールも分からずひたすら歩き続けているような虚しさを感じたこともあります。
最初の内はそうでした。私が生きているうちに完成するのかと不安に思うこともあった。
ですが、そういった不安は徐々になくなっていきました。一歩一歩確実に進む開発の成果を見れば、ゴールがどこにあるのかも見当がつきます。
企業となってからは藻掻いてきただけの生活でしたが、一度軌道に乗りさえすれば、後は指数関数的に研究開発が進む。
そして、今日。ようやく、私の理想。その第一歩が踏み出されるのです。
試作機ですが、それでも十分な性能を有している。
オートパイロット状態での試運転でも問題なく機能した、我が社の技術力を総動員した新たな兵器。
今日は良い日です。天候は快晴、まるで企業を祝福しているかのよう……!
アーキバスが保有するAC開発のために造られた工場。そこに、私はヴェスパーを連れて訪れています。
フロイトは、楽し気な雰囲気を隠しきれておらず。
オキーフも同様ですが、彼ほど好戦的な気配を出してはいません。
ラスティは、とても興味深そうに。
ホーキンスは、穏やかながらも高揚した様子で。
メーテルリンクは、やや緊張した面持ちで。
スウィンバーンは、緊張しつつも興奮した様子で。
ペイターは、遊びに行くような面持ちで。
そうして、我々はエンジニアたちに導かれ、今宵その姿を目に焼き付けるべく工場内部へと足を踏み入れます。
この場にいる全員が、企業の偉業を前に高揚している。それが手に取るようにわかります。開発に勤しんだエンジニアたち、普段の業務に励み、企業を成長させた社員たち。我が社の治安を維持するべく、今日まで任務を遂行したヴェスパー。
我が社の社員全員が、一様に一つの機体を見つめている。
「……ようやくか」
待ち望んでいたと言わんばかりに、フロイトは呟く。
「長かったな」
ようやくたどり着いた感慨に耽りながら、オキーフは言う。
「なるほど、これは……」
目の前のロマンに目を輝かせ、ラスティは口を開く。
「まさか本当に造り上げるとは……。閣下の執念も侮れない」
呆れ半分、賛辞半分で、ホーキンスは評価した。
「閣下の展望。その一端が、遂に……」
メーテルリンクは目の前の現実を咀嚼している。
「……圧巻ですな」
この日ばかりは噛みしめるように、スウィンバーンは表す。
「素晴らしいです!」
目に入る光景に圧倒されながら、高揚しつつペイターは放った。
「……ようやく、私の理想が実現した」
そして、私は現実を受け入れた。
そう、目の前にあるのはこの世界で私が目指した最終目標。私の人生を賭けた、壮大な計画の最終目標にして、第一目標。
改善、改良の余地はあります。規格化と標準化の課題もある。リペアキットもまだ完成とは言い難い。
しかし、目の前には紫色を基調とした、二脚のACが佇んでいる。その存在感は、あまりに大きい。
この場にいる誰も彼もが言葉を失い、目の前の機体に目を奪われている。
我が社が一丸となり、総力を挙げて開発した、世界で唯一の人型機動兵器。
キヴォトスにおける最初の一機。それが今、目の前にある!
ようやく完成したのです! 私の理想、その第一歩!
――私の、『