キヴォトス企業、アーキバス・コーポレーション 作:ねうしとら
キヴォトス滅亡の危機を乗り越えるため協力してほしい。
調月リオに呼び出された私は、彼女にそのようなことを言われました。
ミレニアムが現在抱えている一人の生徒。彼女の存在が、今のキヴォトスにとって危険因子となる可能性を秘めている。
彼女を捕らえ、ヘイローを壊すことでキヴォトスの危機を未然に防ぐ計画を立てているため、その計画に協力しろと言うのが、調月リオの主張でした。
正直に言えば、バカバカしいと一蹴してしまうような内容です。荒唐無稽で現実味のない、子供の妄想だと切り捨てられるような話でしょう。
しかし、それを言い出したのがミレニアムのセミナー会長であるというだけで一定の信頼性が生まれるのですから、立場と言うのは侮れません。
加えて、これまでの説明の中で尤もらしいエビデンスも提供されてしまいましたから、一先ず信じる程度はしてもよろしいでしょう。
頭の痛くなる内容ですが。
「少々意外ですね。私の認識では、あなたはこのような状況に陥った場合、第三者の介入など嫌って一人で問題に対処する傲慢さを持ち合わせていると思っていましたが」
今回、調月リオは我がアーキバスに対して協力要請を出しました。
キヴォトスの危機なのであれば、各組織との連携が不可欠であることは当然の帰結ですが、私は彼女のこの行動が今回最も意外性のあるものであると思っています。
彼女は、個人としての能力が極めて高く、そしてその性格は他人とのコミュニケーションに向いていない。いえ、その機会に乏しいのでしょう。まあ、出力される結果は同じですが。
そして、キヴォトスの……延いてはミレニアムの危機という最重要案件に対して、確実に計画を遂行できるように変数は最小にしておきたいと考えると思っていました。
他者とのかかわりが得意ではない彼女が、ミレニアムですらない企業に協力を要請するとは、あまりにらしくない。
「私としてもこの件は私だけで進めるつもりだったわ。けれど、キヴォトス全土に影響力を持つ企業のトップであるあなたの協力を得ることができれば、備えとして十分だと判断したの。それに、キヴォトスが滅亡するとなればあなたも黙っていないでしょう?」
「先日の問答が協力を決意したきっかけだったということですか」
「そうね。貴方のあの発言で、協力を申し出る気になったわ。それに、これが最も合理的でしょう?」
まあ、確かに合理的ではあるでしょう。
真にキヴォトスの危機なのであれば、ミレニアムが一丸となって対応しなければならない問題でしょうから。そのため、本当ならば彼女はまず身内に協力を要請する必要があるはずなのですが……。
明星ヒマリと手を組むことができれば、天童アリスに関する問題も苦労することなく解決しそうなものですがね。どうやら相性が良くないようだ。
外様である企業に対して詳細を説明する気になったことは気になりますが。
恐らく、一定の距離を保ち続けている企業だからこそ協力者として白羽の矢が立ったのでしょう。
それが健全かどうかは、この際考えないことにします。
私は、手元にある調月リオから手渡されたタブレット端末に目を落とします。
そこに映し出されているのは、一人の生徒の情報。天童アリスという、一見するとなんの変哲もないただの女子生徒としか思えない人間のプロフィールが記載されています。
彼女は確か、先日ミレニアムで先生とすれ違った際に共に行動していたうちの一人でしたか。
私のことを雑魚モンスター呼ばわりするだけの胆力があることは称賛に値するでしょう。しかし、見た目通りただのガキとしか思えない言動をする生徒でした。とても世界を滅ぼすことのできる存在であるとは思えません。
見た目、そして精神性も機械とは思えないほど自然な人間です。彼女をAIと定義するのは、難しいのではないでしょうか。
「名もなき神々の王女でしたか。貴方の口から聞かされていなければ、到底信じようとは思わなかったでしょう」
「まだ仮説の段階だけれど、私の想定では十中八九そうだと考えているわ」
天童アリスという少女のヘイローを壊す。それが、彼女の目的であり延いては世界を救う手段である。調月リオはそう言っています。
名もなき神々。
古の民が残した遺産。
天童アリスを語るうえで避けては通れない因子であるそれらについて、私はどうとも思いません。古代文明であり、現代の科学技術を軽く凌駕する文明が存在していたというのは腹立たしい限りですが、敗北者にかける情など企業たる私は持ち合わせていません。
「このキヴォトスは、現在の形になる前の世界が存在していたと。かつてこの世界の支配者だった存在が残した超文明による遺産であり、現在のキヴォトスを滅亡に向かわせるための兵器であると。中々、よくできた設定だと感心しているところです」
「これは現実よ。創作物でもなんでもなく、れっきとした事実」
「理解しています。ですから、頭を抱えているのでしょうが」
私はオカルトは嫌いなのですが。
これが厳密にオカルトと言う分類に当たるのかどうかには、議論の余地が残されているでしょうが。
しかし、現代の科学では説明のつかない技術を用いていたこともまた事実でしょう。半ばオカルトに足を突っ込んだ存在ではあるようです。
過去の遺産を巡ったトラブルなど、碌なものではない。
正直なところ、関わりたくはないのですが。
しかし、本当にキヴォトスを滅ぼすのであれば対処しないわけにもいかないでしょう。私はこれを知ってしまったのです。であれば、責任も生じてしまう。
甚だ不愉快ですが、これもキヴォトス随一の企業としての責務ということですか。
「過去の遺物の清算をなぜ現代に生きる無関係の我々が行わなければならないのか、甚だ疑問かつ腹立たしい事実ですが。まあいいでしょう。それで? 貴方はその天童アリスを殺すことができると?」
ヘイローを壊すなどと婉曲な表現をしているが、それは殺害と同義です。
調月リオは天童アリスを機械として見ているようですが、私に言わせれば甘いとしか言いようがない。
人は、人を殺すことができる。
だが、まともな精神性であるのならば、人を殺すことにはとてつもないエネルギーを要するのです。
私は敢えて強い言葉を使うことで、その覚悟があるのかを彼女に問う。
「少女の形をしてはいるけれど、ソレは紛れもなく兵器よ。壊すくらいなら造作もないわ」
なるほど。
彼女の答えを聞き、理解しました。
調月リオは、未だ割り切れていないと。
「どうやら語るに落ちたようですね。愉快極まる。私は一度たりとも天童アリスの外見について言及していません。人の形をしているものを壊すというのは、人間であれば躊躇うものです。あなたの心中でも、その懸念が取り払い切れていないのではないのですか?」
「…………」
やはり図星ですか。
全く、一目見ただけの私でさえ、天童アリスを機械として見ることなどできやしなかったのです。機械であると証明するには、人間との差異を見つける必要がある。
だが、天童アリスには人間との差異が見当たらない。
内部構造を解剖すれば、分かるのかもしれません。ですが、それでは意味がない。大切なのは、中身ではなく外見。人と変わらぬ形をし、人と変わらぬ感情を持ち、人と変わらぬ生態をしている。
それは果たして、人ではないと言えるのか。
このタブレットに映っている天童アリスのプロフィール。そして、彼女がミレニアムで過ごしていた生活の一部を切り取った監視カメラの映像。私もそれに目を通しました。
「世界を救うという大義名分を得ているというのに、未だに葛藤しているのは滑稽としか言いようがありませんが。まあ、所詮は子供。身に余る行為であることを自覚したほうが身のためでしょう」
全く以て、度し難い。
調月リオは、天童アリスを人間であると思っている。であれば、彼女がこれから行おうとしているのは“殺人”となる。これは、客観的事実がどうであれ、彼女の主観からそう判断されています。
つまり、彼女がこれから抱く罪悪感は、それと同等であるということの裏返し。
「さて、一通り詳細は把握しました。それで、あなたは企業に何をさせたいのです?」
「……私が求めているのは、サブプランとしての役割よ。貴方たちは、あくまで外部の組織。名もなき神々の王女の件は、今はまだ学園内のトラブルでしかない」
「理解しているようで何より。我が社がこの件に下手に介入してしまえば、企業と学園間の問題になりかねません。天童アリスはどのような経緯があったにせよ、今は正式なミレニアムの生徒です。その状態では、我が社が介入する理由がありません」
キヴォトスの危機であることは事実なのでしょう。それに備える必要があるのもまた事実です。
しかし、天童アリスという生徒を巡ったトラブルであることに限れば、これはミレニアム内部の問題でしかありません。そのような状態で、下手に企業が首を突っ込めば最悪の場合外交問題にまで発展しかねません。
いくらセミナー会長の許可という大義名分があったとしても、ミレニアムを構成するのはそこに所属する大多数の生徒です。
彼女たちの反感を買ってしまえば、面倒なことになるのは避けられません。
企業を保険として使うなど、気に食わないどころではありませんが、合理的な判断であることは認めましょう。
もし、今の段階から本格的に協力し、天童アリスの捕獲に兵力を出せなどと言われていたら、即刻関係を断っていたところです。
「そうね。自分たちの問題は自分たちで解決する。厚かましいとは思うけれど、この件がミレニアムを超えてキヴォトスに波及するようなことがあれば、その時は力を貸してちょうだい」
「では、条件を一つ追加します」
「……何かしら」
「今回の協力に際し、ミレニアムの技術をアーキバスに提供する。これに同意するのであれば、我が社も協力しましょう」
ただ協力するだけではこちらに何の利益もありません。無駄骨です。
キヴォトスの危機だから、対価は無しでいいだろうなどという甘い考えを抱いているのなら、それは捨てるべき思考でしょう。
調月リオは、数秒沈黙し答えを出しました。
「分かったわ。可能な限り、ミレニアムの技術をアーキバスに提供することを約束する」
「いいでしょう。万が一、あなたの計画が破綻し、名もなき神々の王女がキヴォトスに牙を剥くことになった場合、アーキバスは直ちに天童アリスの無力化を行います」
ここに、約定は交わされました。
我がアーキバスは、この問題がキヴォトス全土に波及することになった際の保険として調月リオに対し協力を認めることになります。
願わくば、そうならないことを祈っていますが。
「では、私はしばらくミレニアムに留まることにします。あなたの計画の行く末を見届ける必要がありますから」
ミレニアムが抱えるキヴォトス崩壊の危機、その因子。
それに関連する事柄がどう進むのか、そして天童アリスはキヴォトスの危機足り得るのか。それを見極め、企業が兵力を導入するのか否かを判断するためにも私は今回の件を間近で観測する必要があるでしょう。
一時的な傍観者。
なんだかゲマトリアのようで釈然としませんが、今回の件に対しては完全にただの審判役でしかありませんし。
「そうね。滞在場所はこちらで用意しておくわ」
「当然でしょう。この契約は決して対等なものではないのですから」
向こうのお願いを仕方なく聞いているのが今の企業と調月リオの図式です。
キヴォトス滅亡の危機という無視できないカードを切られたため、無理やり交渉の席につかされているのが今の私なのですから。
そう考えると腹が立ってきました。
企業をいいように使おうなど、その傲慢さは尊敬に値するでしょう。
「調月リオ。私が先日の問答で言ったことを覚えていますか?」
「…………ええ」
「『切り捨てるべきと判断された“少数”が、ただ何もせずに言われるがまま犠牲になることなどない』
企業のありがたい教訓です。努々、忘れることのないように」
天童アリスが、黙ってその身を差し出すのか。それとも、不条理な運命に立ち向かおうとするのか。
はたまた、その本性をあらわにし、無差別に攻撃を開始するのか。
ゲーム開発部でしたか。
天童アリスの処遇に、彼女たちが黙って従うのかどうか。
今現在、ミレニアムに滞在しているシャーレの先生がその判断をどう思うのか。
この選択が向かう結末がどのようなものか。
私は客人として、ミレニアムの行く末を見物させてもらいましょう。
……もし、キヴォトスの危機になれば、出撃せざるを得ないフロイトの戦闘欲を少しばかり下げられそうだと考えてしまったが、あまり不謹慎なことを考えるものではないな。
はぁ。まあ、いいでしょう。
どちらにせよ、選ばないやつとは敵にも味方にもなれないという、どこかの誰かの言葉を借りましょうか。
哲学的で難しい話だ…。
三年間個人的に関わり、取引を続けてきた企業に対するある程度の信頼により、この状態のリオでも計画が失敗したときの予防策程度には協力を要請しました。