キヴォトス企業、アーキバス・コーポレーション 作:ねうしとら
飛鳥馬トキは困惑していた。
目の前にいる客人が、苛立ちを隠すことなくモニターを凝視している様子を眺めていた。
自身が仕えるミレニアムのセミナー会長、調月リオが唯一協力を要請した企業のトップであり、このキヴォトスにおいて一二を争うほどの大企業の長たるスネイルが、何やらテレビゲームに興じていた。
彼にも息抜きとしてそのような趣味があるのかと、トキは思った。
キヴォトスに名を轟かせるほどの立場を持った彼でさえ、テレビゲームに興じるくらいの庶民的感覚を持ち合わせているのだと僅かに意外性を覚えた。
飛鳥馬トキは難しいことが分からぬ。
彼女はただ、言われたことを遂行するためのエージェントたれと自分を戒めている少女である。
C&Cのコールサインゼロフォーとして、調月リオの懐刀として己の本懐を成し遂げることが責務であり、生き甲斐である。
そんな彼女にとって、ゲームというものがどのような物かは分からない。ゲームは楽しいのか、それとも退屈なのか。手を出したことすらないため理解はできない。ましてや、共感なんて以ての外だ。
だが、それでよいとトキは考えていた。元より、ゲームに興味を持っているわけではない。任務を遂行する上で必要となるものでもない。彼女にとって、取るに足らない一つの娯楽。それが、ゲームであった。
来るべき日に備え、用意された要塞都市。その一角で、スネイルが我が物顔でゲームに興じている様子は、傍から見るとおかしな光景である。
しかし、この一室を用意したのは彼女が敬愛するリオであり、それと同時にある種公共スペースとも化していた。
調月リオ、飛鳥馬トキ、そしてスネイルに彼の護衛として付き添っているラスティ。その四者が自由に使える空間。
普段は各々生活するスペースが割り与えられているが、折角スネイルがミレニアムに滞在しているのだ。この機会を逃す手はないと、リオはスネイルとの会談の場としてここをセッティングしていた。
基本的に、客人の身の回りの世話はメイドでもあるトキが行っている。
そのため、スネイルがいる場にトキもまた控えているというのがここ最近では当たり前の光景となっていた。
「……どうなっている。これではただの拷問ではないか……」
「なんとも、滅茶苦茶なゲームだな」
目の前の客人は、まるでキヴォトスにおける偉人であるとは思えない態度でゲーム一つに翻弄されている。
彼がプレイしているのは、確か『テイルズ・サガ・クロニクル』。
ゲーム開発部の成果であり、クソゲーランキング一位の座に君臨した、名実ともにクソゲーである本作。
あまりの理不尽仕様、支離滅裂なシナリオ、誤用のオンパレードである語彙。
どれをとってもクソと形容するのが最も適しているゲームとは名ばかりのナニカ。
それが、現在スネイルがプレイしているゲームである。
ゲーム開発部の部員である天童アリスを巡った問題が起こっているのであれば、ゲーム開発部とはどのような部活なのかを調べる一環で、その成果物である本作に手を出したスネイルは、開始したその時からストレスがマッハとなっていた。
スネイルはモニターの電源を落とした。
一応、クリアしたためだ。これ以上画面を見つめていては精神衛生上よろしくないと判断し、即刻気分転換をするために、スネイルはコーヒーを淹れだした。
ゲーム開発部。
タイトルからして察していたが、中々癖の強い作風をしているらしい。そもそも、『テイルズ・サガ・クロニクル』とは、直訳すると『物語・物語・物語』であることはどうなのだろうか。
一抹の疑問が脳裏を過ぎる中、客人ふたりは呆れを通り越した様子で頭を抱えていた。
ラスティという、スネイルの護衛としてミレニアムにやって来ている男は決して貶すことはないが、それでも失笑と共にスネイルを見やっている。
現在、調月リオは天童アリスの動向を追っている。
自身が危惧する通りに事が動くのか、それとも先生と言う変数の登場により、名もなき神々は起動することなく終わるのか。
飛鳥馬トキは、主である調月リオからの連絡があるまではここで待機するように命じられていた。
それは偏に、協力者であるスネイルとラスティを監視するためであり、突然の裏切りがあった際に迅速に対応することができるようにという備えだった。
明星ヒマリという、ミレニアムでも随一の天才であり、能力だけで見れば会長であるリオに並ぶほどの人物との協力を求めて、アリスを巡った意見交換を行ったこともあった。
しかし、リオとヒマリは決定的に袂を分けた。
リオは、アリスを兵器と定義し。
ヒマリは、アリスを後輩と定義した。
排除すべき対象か、慈しむべき対象か。
その二つの意見は正反対であり、決して交わることのない水と油。
真っ向から対立することになったリオとヒマリは、互いに手札を切り、そしてあらかじめ想定していたリオが一枚上を行った。
リオは、最大の脅威となり得るヴェリタスの部長、明星ヒマリを捕らえエリドゥ内部、中央隔離施設へと隔離することになる。
恐らく、そう遠くないうちにアリスを巡ったいざこざが発生するだろう。
(リオ様は協力者であるとおっしゃられていましたが、同時に『先生』と同程度に危険視されていた方々……。
リオ様の技術を以てしても全貌を掴むどころか、カウンターハックの可能性を捨てきれなかったほどに厳重に管理されたデータ。それが、アーキバスにはある)
リオ、それからヒマリは、アーキバスが秘密裏に何らかの兵器の開発を行っていることは察知していた。
不自然な資本の流れ、市場に流れている武装に比べ、明らかに過剰ともいえる物資の流れ。
確実に、秘匿されている何かがあることは確実だった。
彼らが何を行っているのか。ヒマリが本腰を上げ、リソースに糸目を付けなければハッキングすることもできたかもしれない。しかし、時間をかければかけるほどカウンターハックのリスクが高まる。
アーキバスは、ミレニアムと同等の技術力を保有しているキヴォトスでも随一の企業だ。
下手に蜂の巣を突いて、外交問題に発展すると厄介極まりない。
そういった理由から、詮索は行っていなかった。しかし、やはり未知の変数を抱えている企業であることは確かだ。
(リオ様であれば、協力など要請しないと思っていましたが……)
しかし、リオにとってスネイルとは三年間の付き合いがある。
加えて、EN兵装を量産し、市場へと流している技術力を持った企業とのかかわりは捨てきれない。
キヴォトスの危機なのであれば猶更のことだった。
何やら見えない部分はあるが、それでもなお協力を要請するに値すると判断された。
それは、合理を重んじるリオが、スネイルのことを自分と同様に合理を重んじる人物だと分析していたから成り立ったことである。
普段の言動に問題はあるが、スネイルの行動方針や言葉の内容自体は合理に基づいたものだ。
企業を成長させることができたのは、偏にそういった側面があったからこそであり、ミレニアムの長となったリオにとって参考に値する人物でもあった。
つまり、これまで積み重ねてきた信頼関係による賜物であった。
「これをゲームと形容する度胸だけは認めて差し上げましょう……!」
「まあ、落ち着けスネイル。学生が作ったにしては形になっているんじゃないか?」
「形にはなっているかもしれませんが、肝心の内容がお粗末では話になりません。……とはいえ、クソゲーランキングで一位を取るくらいには成り立っているようですね」
トキからすると、いい年をした大人二人がミレニアムの生徒が作ったゲームを巡ってあれこれ議論を重ねているという、なんとも気の抜ける光景にしか見えなかった。
今回の騒動の中心人物である天童アリス。
彼女が所属しているゲーム開発部とは何なのか。彼女たちを知るためにも。
「クソゲーではあるものの、見どころ自体は確かにあります。そもそも、ランキングに入るには、一定以上の出来が担保されていなければならない。プレイヤーから愛される要素が何かしら存在するからこそ、一位と言う座に君臨しているわけです」
「そういうものか」
「ええ。そうでなければ、それは最早ただの虚無です。批評する気にもなれなければ、注目を浴びることもない。まして、一部門のランキングで一位を取るなど不可能と言える」
彼らの会話に耳を傾けていたトキは、意外に思った。
ある種、肯定的な言葉が聞こえてくること自体があり得ないと思っていたからだ。
「奇をてらいすぎて、プレイヤーにストレスしか与えないとしても。あまりに常識を外れているのであれば、それは魅力ともいえるのでしょう。クソゲーと言うより、バカゲーに足を踏み入れているのかもしれませんね」
「そうか。それでスネイル。そのゲームをプレイしてみて、何か分かったことはあるか?」
「あります。まず一つ確実に言えることは、ゲームに対する愛情ですか。それを持ち合わせていること自体は確実でしょう。次作であるTSC2が特別賞を受賞したというのも、偶然ではないのでしょうね」
「ああ、それは私も感じられた。あれほどの超展開に、初見で理解させる気のない操作設定。信用できない語り手などは、見ている分には愉快だったな」
「ふざけているのですか。……ミレニアムプライスで特別賞を受賞したという二作目にも手を出すつもりでしたが、流石に体力が持ちませんね。ラスティ、貴方がプレイしなさい」
「それは上官命令か?」
「ええ。上司の言うことには従うのが部下の役割でしょう?」
「了解した。ならば、僭越ながらこのラスティが、特別賞を受賞したゲームとやらを見極めさせてもらおう」
何をしているのだろうかこの大人二人は。
飛鳥馬トキは、メイドとして控えている傍らそんなことを思っていた。とても企業のトップとその企業が保有している精鋭部隊の隊長には見えない。
この二人、もしや普通に休暇を満喫しているだけなのではないか。
トキの脳裏に過る一抹の疑問。しかし、それを問う気はなかった。キヴォトスの危機という非常事態が間近に迫っている可能性があるのに、呑気にゲームをプレイしている姿を見て困惑するのがトキにできる精一杯だった。
しかし、ゲームをプレイする理由はゲーム開発部の調査。
彼女たちが出した成果をその身で直に体験することで、どのような人物なのかをプロファイリングする。
そういった大義名分を得ているため、強くは言えない。
要塞都市、エリドゥ。
その一室で、古き良きレトロゲーム風RPGをプレイする大人二人。
コーヒーを口にしながらぼんやりと、部下がプレイするゲームを眺める企業のトップ。
しかし、様々なところからクソゲーと評されているこのゲームに対し、製作者は愛を以て作成していると分析することができたのは、流石に企業の長と言わざるを得ないだろう。
人物をプロファイリングする。
その腕があるからこそ、キヴォトスで有数の企業にまで成長したということの裏返しでもあった。
そんな風に考えていたトキの下に、一通の連絡が入る。
トキが仕えている主であり、ミレニアムのセミナー会長。調月リオからの出動命令だった。
どうやら、ヴェリタスの部室で天童アリスが『Divi:Sion』と接触しようとしているとのことだった。
「お客様。私は一時この場を離れます」
「そうですか。どうやら、事態が動いているようですね。まあ、私たちは続報が届くまではこの場に留まっています」
「承知しました。では、失礼します」
そうして、トキは素早くこの場を去った。
ここからミレニアムサイエンススクールまではかなりの距離があるだろうが、問題はない。
「さて、ラスティ。どうやら動きがあるようです」
「そのようだな。確か、天童アリスという少女の抹殺だったか。キヴォトスの危機と聞いたときは耳を疑ったが、どうやら彼女も背負っているようだからな」
「調月リオのことでしょうか」
「ああ。まだ危ういが、しかし確かな強さがある。自分が正しいと思ったことを貫き通す意思の強さ。誰にも理解されなくてもよいと考える孤高さ。何かを切り捨てなければ得られない強さを、彼女は既に持っている」
「貴方の目からはそう見えますか。どうなるかは分かりませんが、企業の手を煩わせないようにしていただきたいものです」
「そうか? いざという時はフロイトを出せばいいだろうと考えているんじゃないか?」
「否定はしません。フロイトとロックスミスであれば大抵の問題には対処できるでしょう。加えて、彼の戦闘欲の解消にもなる」
「違いない」
大の大人がゲームやってるだけで終わったんですけど…