キヴォトス企業、アーキバス・コーポレーション   作:ねうしとら

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勇者たれ

 エリドゥの中央タワー最上階。

 

 調月リオにより作成された、対名もなき神々の王女を想定した要塞。その中心部に佇むタワーの最上階。

 

 現在、私はそこに呼び出されていました。

 

 飛鳥馬トキというメイドに案内をされていますが、企業を呼び出すのであればこれ以上の盛大なもてなしを期待したかったところでしょう。

 

「名もなき神々の王女を捕獲したということでしたが、まさか大人しく従ったと?」

 

 私がエリドゥの中央タワーに呼び出された理由は一つ。

 調月リオが恐れていた天童アリスもとい、名もなき神々の王女を手中に収めたという連絡を受け取ったためです。

 

 あまりにあっさりと確保に成功したという報せが入ったため、少々意外でした。

 

「はい。リオ様の説得により、彼女は自らの意思でこちらまでやってきました」

 

 飛鳥馬トキは私の質問に答えた。

 

「なるほど。何か目的があるのか、それとも自己犠牲の精神なのか。きっかけは分かりませんが、一度捕えたのであれば計画の九割が達成されたと同義でしょう」

 

 こちらが手中に収めたのであれば、後は然るべき手段に則った対処をすればよいだけの話。

 

 天童アリスをどのようにして確保するかと言う点が最大の懸念点だと、私は考えていましたので、この段階まで達することができたのであれば計画はほぼ完了と言って差し支えないでしょう。

 

 妨害がなければの話ですが。

 

 飛鳥馬トキの話によれば、天童アリスは自らの意思で死を受け入れたとのことです。

 

 大方、調月リオが天童アリスに対して真実を教えたのでしょう。

 

 自責の念に駆られたのか、責任感によるものか。それともただの諦観か。いずれにせよ、自身が世界の敵対者であることを知ったことで、自ら捕縛を良しとしたというのは中々気概がある。

 

 その倫理観をカイザーの害獣にも分けてほしいくらいです。

 

 何故、目覚めて一年にも満たないほどの少女の倫理が、キヴォトスにおける数多の大人のそれを上回っているのか。

 どこまでも鬱陶しい害獣は、人間の価値観を学習した自動人形にも満たない欠陥品であることがここに証明されてしまいました。

 

 全く、度し難い上に嘆かわしい。

 

 世界の敵である彼女の方が、よほど道理を弁えているなど……。

 

 まあいいでしょう。

 

「シャーレの先生と言う最大の変数が存在していることが懸念点でしょうか。当然、調月リオも対策を講じているようですが」

 

 天童アリスという少女を犠牲に世界を救う。

 

 合理的な選択肢ではあるのでしょう。

 

 私とて、無関係の人間が犠牲になって世界が救われたと知れば、その犠牲に敬意を払いこそしますが、レバーを引いた人間が間違っているとは思いません。

 

 しかし、シャーレの先生や天童アリスと接したことのあるミレニアムの生徒にとってはその限りではない。それは自明の理というものです。

 

 論理よりも感情を優先するのは人間の常であり、そしてそれは未だ物事の道理を咀嚼しきれていない子供であるのなら猶更でしょう。

 

 合理を重視する調月リオは、統治者としては優秀なのかもしれませんが。

 民意を蔑ろにした統治者に待ち受けているのは、敗北の二文字。

 

 超法規的組織であるシャーレの先生が確実に敵に回る以上、調月リオの思い通りになるとは思い難いと私は思います。

 

 アビドスの件はシャーレの介入というきっかけによって好転したところを見ていますから。

 あれは痛快でした。カイザーなどというゴミが痛い目を見るというだけで、私は秘蔵のロマネコンティを開け、その日を優雅に過ごしたほどです。

 

「シャーレの先生か。私は会ったことがないが、中々高潔な精神を持っていると聞く。一度、話をしてみたいものだな」

 

「あれを高潔と評するのは些か疑問ですが。とはいえ、聖人の類ではあるでしょう」

 

 ラスティの人物評に私とのズレが見られましたが、まあ誤差の範疇でしょう。

 

 さて、どうやら到着したようです。

 

 あくびが出そうなほど長いエレベーターを昇った先にあるその部屋では、二人の少女が佇んでいました。

 

 一人は、当然ながら調月リオ。

 そしてもう一人が、私も一度会ったことのあるキヴォトスの危機にして、現ミレニアムの生徒。

 

「貴方が天童アリスですか」

 

 全体的に青が目立つ服装や瞳をしている少女。

 調月リオからの報告にあった通りの外見をしている彼女こそが、キヴォトスを滅びに向かわせる兵器である『名もなき神々の王女』。

 

 ……少し疑問に思ったのですが、何ですかその髪の長さは。

 

 最早モップでしょう。

 

「あなたは……」

 

「一度お会いしたことがあるはずですが、改めて自己紹介をしましょう。私はアーキバス・コーポレーション代表取締役社長。V.Ⅱスネイルです」

 

「アリスは……アリスです」

 

 データで見るよりも極めて意気消沈した様子を見せる天童アリス。

 

 どうやら、自身がどのような存在なのかということを知らされているようです。

 

「存じています。さて、私がなぜこの場にいるのか、その説明は必要で?」

 

 私がそう問うと、目の前の少女はゆっくりと頷いた。

 

「よろしい。では、企業が直々に説明をして差し上げます。一度で理解するように。

 まず、私はあなたという危険因子がミレニアムに存在しているという報告を受け、調月リオからの協力要請に応じました。内容は、キヴォトスが滅亡する因子に対してそれを阻止すること。簡単に言えば、貴方を無力化することです」

 

「……?」

 

「ですが一つ問題が発生しました。貴方はどのような経緯を辿ったにせよ、正式なミレニアムの生徒として登録されています。ここで企業が手を出すとなると、アーキバスによるミレニアムへの内政干渉として捉えられかねません。現段階ではミレニアム内部の問題である、貴方を巡ったトラブルは、調月リオを主導としたミレニアムの行政機関により適切な対処が求められています」

 

 何やら目の前の天童アリスの表情に陰りが見え始めてきましたが……理解できているのでしょうか。

 

「そこで、私が彼女から要請された協力内容は、天童アリスがミレニアムでは対処不可能なキヴォトスの脅威として認定されたその時点から、アーキバスは正式にあなたの無力化に尽力する。というものです」

 

「つまり、魔王であるアリスが世界を滅ぼそうとしたときに、アリスを止めるということですか……?」

 

「…………まあ、非常に端的に言えばそうなるでしょう」

 

 不服ですが、最低限捉えるべき内容は捉えています。

 かなり比喩表現が用いられていますが、大枠はそのような内容ですから。

 

 ゲーム開発部に所属しているとは聞いていましたが、つまりこの少女はゲームによって語彙を学習したのでしょうか。

 

 だとするのなら恐ろしきはゲームですか。

 

 元々は世界を破滅させるAIの思考メカニズムが侵食されるほどとは、何をプレイしたらそうなるのやら……。

 

 まさか、一切何もプログラミングされていない白紙のAIが目覚めたというわけではないでしょう。だとするのなら、それは世界を滅ぼす兵器とは言えません。

 

 いや、目的があり製造されたのであれば、目覚めた瞬間からプログラミングが作動して然るべきだ。だというのに、天童アリスという人格を得ているということは、元々のプログラミングが作動していないということか?

 

「調月リオ。天童アリスが世界を滅ぼす兵器であると証明できるものはありますか?」

 

「あるわ。ヴェリタスの部室で彼女が起こした騒動。Divi:Sionとの接触によって、あれらを従えた映像が残っているわ」

 

 そうして、私は彼女から送られた映像データに目を移す。

 確かに、紫色のロボットと接触した天童アリスの様子がおかしくなっている姿が目に映る。

 

 つまり、天童アリスは何らかの外的要因によって本来の役目を遂行する、謂わば『器』に値するものなのかもしれません。

 

 そのような非効率的な設計にする意図が見えませんが……。

 

 可能性として考えられるのは、作成者ですら理解できないが、実行プログラムを独立させることで完成した兵器であるというもの。

 また別の可能性では、天童アリスを作成した人物と敵対する何者かによってセーフティを設けさせられたというものでしょうか。

 

 先生が持っているというシッテムの箱の性能次第では可能かもしれませんね。

 

「……やっぱり、アリスは魔王なのですね」

 

 天童アリスは自らを戒めるように言う。

 

 私が眺めていた映像を彼女も目にしていたようです。

 友人を傷つけたという事実に、自責の念を抱いている。それは間違いないようだ。

 

「そのようですね」

 

「アリスが消えれば、世界は平和になる……。モモイやミドリ、ユズや先生が傷つくこともないのですから……」

 

「……はぁ」

 

 自身が世界にとって相容れないという事実を知り、それでも友人を慮れる精神性は見事に他ならないのでしょう。

 ええ。このキヴォトスにおいて他者を顧みて自身を切り捨てることができる人間がどれほど存在するのか。

 

 このような、人格を得て間もない兵器にでもできることなのですから、さぞ高潔な精神を持った人間であふれていることと思いますが。

 

 しかし。

 

 ……はぁ。まあ、いいでしょう。

 

 色々と言いたいことはありますが、私では手に負えませんし、私が何かを伝える筋合いはありません。あくまで、調月リオとの協力関係でこの場にいるだけですので。

 

「ラスティ。こういうのはあなたの方が得意でしょう」

 

「おや。ここで私の出番か。そうだな、では少しばかり思ったことを言わせてもらおうか」

 

 私は、同行していたラスティに全てを任せることにします。

 

 このようなくだらぬ問答に、企業の時間を割くなど以ての外。

 私は用意された席で、悠々とコーヒーブレイクを嗜むことにしましょう。

 

「やあ。君がアリスか。私は、アーキバス所属、V.Ⅳラスティだ。そうだな、君に伝わるように言うなら……スネイルのパーティメンバーといったところか」

 

「スネイルさんのパーティメンバー……ですか」

 

「まあ、そういう感じだ。さて、アリス。早速だが、君は今の状況に納得できているのか?」

 

「……はい」

 

「本当か? 本当に、それで納得していると?」

 

「…………」

 

「かなり大人げないことを言っている自覚はあるが、どうにも君は、自分自身の気持ちと向き合えていないようだ。本当は、友人とゲームでもして楽しく過ごしたい。そう願っているんじゃないか?」

 

 ラスティと天童アリスが何やら会話をしています。

 

 断片的に聞こえてきた内容では、どうやら天童アリスの内に潜む欲望を問うているようです。

 私は顔を顰める天童アリスを尻目に、コーヒーと甘味を嗜むことで心の平穏を保ちます。

 

「……あの問答に意味はあるのかしら」

 

 何やら横からセンスのない質問が飛んできましたが、情緒のないことです。

 

「それはあなたが考えることです。くだらぬことで企業を煩わせることのないように」

 

 彼女の疑問に答える必要は見出せません。

 

 そんなことを考えるより、目の前の茶番に興じた方が何倍もマシです。

 

「ですが、アリスがいるとみんなに迷惑が掛かってしまいます。アリスのせいで、みんなが傷つくのです! モモイだって、アリスが……!」

 

「……友人を傷つけてしまったのは、確かに心苦しいことだ。だが、それでもまだ友人でいたいのだろう? 自分が消えることで平和が訪れるかもしれないが、それは君が本当に望んだことではないはずだ」

 

 続けて、ラスティが言う。

 

「考えてみてほしい。君がいなくなったとして、そしてそこには平和が訪れていたとして。君がいない中で友人たちが、仲良く遊んでいる様子を」

 

「…………!」

 

「それで納得できるのか?」

 

 天童アリスは逡巡する。

 自身が傷つけ、気を失ってしまっている友人のことを口にもした。

 

 しかし、それは考えるなとラスティに遮られる。

 

 大切なのは、君がどうしたいのかだと鋭い目つきで問われた。

 

 短くも長い時間が過ぎ、アリスは決意する。

 

「……できません。モモイにミドリ、そしてユズ。ゲーム開発部のみんなの中に、アリスがいないのは嫌です!」

 

「どうやら、背負ったようだな」

 

 ラスティは好戦的な笑みを浮かべてアリスを見る。

 そして、天童アリスもまた先ほどまでの暗い表情を少しはマシなものにした。

 

「さて、アリス。君は、何になりたい」

 

「アリスは……。アリスは――勇者に、なりたいです!」

 

 

 

 少しは、見ていても苦ではない姿になったようですね。

 

「さて、そろそろ時間よ。貴方はここに座りなさい」

 

 彼らの会話が終わったところで、調月リオが天童アリスに椅子型の装置に座るように命じた。

 

 どうやら、これが彼女のヘイローを破壊する方法のようです。

 数多の配線で繋がっている椅子型の装置。恐らく、要塞都市中の電力を集中させることでヘイローを破壊するエネルギーを生み出す目的なのでしょう。

 

 目に見えた処刑台。

 

 そこに自らの意思で、今の彼女が座るのか。

 

 そのような疑問が生まれ、そしてやはり躊躇っている。

 

「今は彼女の言うことに従いなさい。どうせ、貴方を助けるためにシャーレの先生を始めとした多数の生徒がやってくるでしょう。今すぐにヘイローを破壊することができるわけではないでしょうし、助かる準備だけしておけば良いでしょう」

 

「あなたとの契約内容は、キヴォトスの滅亡を防ぐことだったはずなのだけれど? 今のあなたの発言はまるで彼女が助かることを見越している。それは、キヴォトスが滅びることを意味するわ」

 

「今の私はただの傍観者です。彼女が助かったとして、それでキヴォトスが危ういのであれば本来の要請に従うまで。何か勘違いをしているようですが、私は彼女に助かってほしいと思っている訳ではありません。ここで彼女に暴れられでもしたらたまったものではありませんので、先程の発言は、話を円滑に進めるための方便に過ぎないのですよ」

 

 私は、促されるまま装置に横になる天童アリスを見る。

 

「アリスは信じます。みんながアリスを助けてくれて、そしてアリスも世界を滅ぼすことのないハッピーエンドを!」

 

 ……余計なことをしてしまいましたか。無駄な希望を与えすぎるのも、あまり良くは無いのですが。

 

「それは、彼女たちの実力次第でしょう」

 

「はい! ですが、仲間を信じるのも勇者の役目です!」

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