キヴォトス企業、アーキバス・コーポレーション   作:ねうしとら

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おじさんの杞憂

「うへ、まさか本当に払われるなんてね……」

 

 そう呟きながら、私たちはアビドス高校の口座を確認していた。

 

 アーキバス本社からの依頼。生徒の戦闘データが欲しいという企業の要望に応え、アビドスのメンバー全員が出向き、提示された様々なミッションを熟したその翌日。

 

 指定した口座には、しっかりと1()0()0()()()が振り込まれていた。

 

 そう、100万円である。

 

 見間違いなどではなく、事実としてその金額が振り込まれている。

 

 この事実に、私たちは喜ぶどころか困惑した。そりゃそうだ。だって、報酬は一人につき10万円だったはずだ。五人全員合わせても50万円。

 倍の金額が支払われるなんて、嫌な予感しかしない。これを理由に、こっちが断れない要求をしてくる可能性だって考えられる。

 

 セリカちゃんは困惑しながらも大金が支払われたことを喜んでいた。純粋な子だし、微笑ましいとさえ思う。

 

 アヤネちゃんは何かの間違いだろうと言って、問い合わせをしようと言った。理性的で、現実的な彼女らしい。地に足の着いた考えだ。

 

 ノノミちゃんは、アヤネちゃんと似たような考えだった。でも、その先に見える色々な可能性を考慮しているみたいだった。流石は二年生だね。

 

 シロコちゃんは……純粋に喜んでたね~。らしいと言えばらしいのかな?

 

 当初私は、どうせ、何かにつけて報酬額を減らすのだろうと思っていた。50万円なんて金額を一日で稼ぐなんて非現実的だし、報酬額につられた生徒相手に、口八丁で言い包めて本来の報酬で納得させる算段だと疑っていた。

 

 

 まさか実際はその逆で、報酬額を()()()()()なんて思わなかったけど。

 

 なんで報酬を増やしたのか、口座の残高を確認した後、気味が悪くなって全員でペイターさんに問い合わせたが、返ってきた答えは契約内容には全く反していないということだけ。

 依頼要項にもしっかりと記載していると言われたため、その場でホームページを開いてみんなで確認した。

 

 私は、依頼内容は何度も読み込んだはずだ。

 

 詐欺ではないか。何か、生徒を騙そうという意思を感じるところはないか。小さな文字でこちらに不利益を齎すことが書いてないか。読む人の解釈次第で如何様にも捉えられる表現を用いていないか。

 

 私は、夜中の暇な時間を用いて何度も何度も読み込んだ。

 

 こと契約において、最も神経質になっているであろう私が。

 

 その結果、怪しいほどに何も問題がないという結論に至ったのだ。

 

 通話越しに、ペイターさんは言う。

 

『得られたデータの内容次第で、本来の報酬額に上乗せするという記載があったはずです。あなた方から頂いたデータは、我が社にとって極めて有用であると判断されました。そのため、閣下のご判断により通常の報酬額に色が付いたという形になります』

 

 言われて思い出す。

 

 ……そういえば、要項には報酬の欄の下の方に、※マークでそんなことが書かれていたっけ。

 

 うへ。どうせリップサービスだと思って無視してたんだけど、確かに契約内容には反してないね……。

 

 それを確認した私たちは、とりあえず何か事件に巻き込まれるなんてことがなかったことを安堵した。

 

「……そっか。おじさんたちのデータってそんなに有用だったんだね~」

 

『ええ。閣下も喜んでおられますよ』

 

「悪かったね。変なこと聞いて」

 

『構いません。アビドス廃校対策委員会の皆さん、先日は依頼の遂行、お疲れさまでした。今後とも、アーキバスグループをよろしくお願いします』

 

 そうして、通話は終わった。

 

 間違いなどではなかった。アーキバスは依頼に沿った報酬を支払ったし、私たちは正式にその対価を貰った。

 他ならぬ本社の人間の口から、その事実が語られたのだから疑う必要はないはずだ。

 

 そんなことを思いながら、私は振り返る。

 

 後輩たちが今の話を聞いてどんな反応をしているのか気になったのだ。

 

「うへ。だってさ。おじさんたちの苦労が認められたってことだね~」

 

 私は言う。

 

 彼らが嘘をついていないのであれば、これは正式に支払われた報酬であり、正当な対価だ。

 なんか、釈然としないのはなんでだろうね。

 

「……せ、正式な……ひゃくまんえん……」

 

「たった一日で、そんな大金が……」

 

 うへ~……。セリカちゃんとアヤネちゃんは現実が呑み込めてないみたい。まあ、気持ちはわかるよ~。おじさんだって未だ実感が湧かないしね~。

 

「……アヤネちゃん、百万円っていくら?」

 

「セリカちゃん!? しっかりして! 実感が湧かないのは分かるけど、冷静さを取り戻して!」

 

「ん。これでしばらく利子に悩まされることはない」

 

「そうですね~。でも、このお金ばかり頼っていてはダメですよ~?」

 

 可愛い後輩たちが、ゆっくりと目の前の現実を咀嚼している。

 

 その様子を見ながら、私は考える。

 

 ペイターさんは、今後ともアーキバスをよろしくと言っていた。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 今回のような依頼を何度も回してくれるのなら、借金に関してはかなり楽になる。実際、そのようなことがあったら目の前の後輩たちは即座に飛びつくだろう。

 

 今回、アーキバスは信頼を勝ち取った。

 

 この企業は、嘘をつかない。報酬を適切に支払う。場合によっては色を付ける。その事実を私たちは知った。

 

 今後、似たような依頼に対してアビドスは疑問を抱かなくなるかもしれない。

 

「うへ……」

 

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということじゃないか。

 凡そ10億近い借金を抱えているアビドス高校に対して、割高な報酬額の依頼を回せば、アーキバスは実質的にアビドス高校の戦力を抱えることができる。

 

 謂わば、専属傭兵。

 

 カイザーによって搾取され、アーキバスによっていいように使われる。

 

 無論、借金を返済しきったらその関係は白紙に戻り、晴れてアビドスは解放されるだろう。

 だが、自分たちが卒業するまでに借金を完全に返済することなどできない。むしろ、今までの関係を逆手に取り、依頼報酬を徐々に減額し、借金を返済させないように仕向けるかもしれない。

 

 悪い予想が、どんどんと形を成す。

 

 一度生まれたモノは、そう簡単には消えない。

 

 脳裏を過った最悪の予想に、私は気を引き締める。

 

 なんで、私たちの大切なものは、こうも汚されるのだろう。

 

 なんで、普通の生活をさせてくれないのだろう。

 

 なんで、大人は優しくないのだろう。

 

「うへ~。喜ぶのはいいけど、気を引き締めてね~? こんな機会、次があるかもわからないんだし」

 

 次はある。

 

 恐らくだが、かなり高い確率で。

 

「今回の報酬にばっか頼らないで、いつも通り堅実に稼いで借金を返そう」

 

 できるのだろうか。

 

 次も似たような依頼を回され、同じように100万円が支払われたら。それが何度も続いたら、もう私たちはアーキバスなしでは生活できなくなってしまうかもしれない。

 

 完全に依存して、実質的な支配下に置かれる可能性も十分考えられる。

 

「何でもかんでも、大人を頼りすぎちゃダメだよ?」

 

 自分の言葉が、ひどく薄っぺらいものに感じられる。

 

 過度に大人を頼ってはいけない。私たちの学校は、私たちで守らないといけないから。ノノミちゃんのカードに頼らなかったのも、そういう理屈だった。でも、()()()()()()()()()()()()()

 

 果たしてその時、私はどういう決断を下すのだろうか。

 

 最早後戻りはできない状態にされているかもしれない。

 

 外堀を埋められているかもしれない。

 

 そう、私たちはそれほどまでに追い込まれている。薄氷の上に積み上げられた砂の上に作られた楼閣。

 少し風が吹いたり、少し波が起こっただけで、容易く崩れ去る。それが、今の私たちなんだ。

 

「ここはアビドス。私たちの、居場所なんだからさ」

 

 かつて、先輩が必死に守ってきたこの場所は、酷く――脆い。

 

 大人の戯れですべてが崩れ去るくらいには。

 

 後輩たちへの警告は、今の私にとって薄っぺらな理想論でしかなかった。

 私が、自分自身に対して警告しているのかもしれない。大人は信用するなと、私は私に忠告している。

 

「……そうね。先輩の言う通り。この場所は、私たちが守らないといけないもの!」

 

「そうですね。浮かれてばかりじゃいられません。節度を保って生活しなければ……!」

 

「ん。一理ある」

 

「アビドスの問題は、私たちが解決する必要のあるものですから。大人にばかり頼るわけにはいきませんね☆」

 

 後輩たちの活気あふれる意思表明に、私は目を細める。

 

 私に言われるまでもなく、彼女たちはちゃんと分かっていたんだ。

 

 ……嫌になる。

 

 アーキバスが、アビドスを狙っている可能性を考えて、一人で勝手に恐れて、警戒して……。私が一番、彼女たちを信じ切れていないじゃないか。

 

「うへぇ~。娘たちが立派に育って、ママは嬉しいよ~」

 

 吐き気がする。自己嫌悪で、立っていられない。

 

 私には、何が残っているのだろうか。

 

 




 極めて重症です。先生の到来が待ち遠しいですね。こじれにこじれた彼女の心を解きほぐす存在が必要です。


 スネイルがそこまで考えているかというと、まあ借金を抱えているから依頼を回せば比較的断らずに応えてくれるだろ程度は考えてます。とはいえ、おじさんの悪い予想は完全に杞憂ですが。

 そもそも企業はカイザー嫌いなんでね。アビドスが借金返済すれば、目論見崩壊してざまぁって感じでしょう。
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