キヴォトス企業、アーキバス・コーポレーション 作:ねうしとら
ルビコン総合技術学園。
我がアーキバスと連邦生徒会長の両者連盟で設立された学園です。
元々は、我が社が抱える生徒たちの所属先を『企業』ではなく『学園』とする目的で建てられたものでしたが、主に軍事と工学に力を入れている学園であるため、それらに興味を持っている生徒はアーキバスに関係なく入学してくるケースも存在します。
何? あまり縁起の良い名前ではない?
…………。
運営権は九割以上が我がアーキバスが所有していますが、今ではそれも形骸化しています。形だけはアーキバス傘下の学園ですが、実態はほとんどルビコン自治区と言って差し支えないでしょう。
未だ書類上はルビコンの自治権限はアーキバスにありますが、折を見てすべて移譲してしまっても良いと考えています。
確かに、学園の運営権限を持てるというのは、このキヴォトスにおいてあまりに大きなアドバンテージとなるでしょう。カイザーPMCも職業訓練校を立てる計画を立てているなんて話を聞きますし。
しかし、正直なところ私としては、今の段階まで来てしまったのであれば旨味はそこまでないと考えています。
設立当初こそ、ルビコン総合技術学園には様々な狙いがありました。
我が社が抱えていた生徒たちに公的身分を与えること。キヴォトスにおけるアーキバスの地位と名声の獲得のため。人材教育の場を確保するため。公的な自治区の確保など。
我が社が資金を提供して作り上げるだけの利点は十分に存在した。
それはもう、学園の設立以前と以後ではアーキバス社の成長率はまるで比較にもなりません。
しかし、今の段階で学園を抱える旨味は既に消えかけています。
黎明期から草創期、成長期まではアーキバスに多大なる利益を齎してくれました。それは疑いようのない事実であり、美点です。されど、安定期に達した今のルビコン学園がアーキバスに齎す利は、大してありません。
アーキバスは既に、生徒に公的身分を与えました。それに伴う世間からの地位も名声も獲得しています。人材教育の場は、学園を設立した時点で達成している。権利の移譲は自治区を手放すことに繋がりますが、例え権利を放棄したとしても学園はアーキバスを無視できるわけありませんので、何も問題はありません。
ルビコンでの経済圏さえ確保できてしまえば良いのですから。あくまで私は企業なので。
学園に存在するカリキュラムにはアーキバス入社のための履修モデルが存在していますので、エスカレーター式に人材がやってくるシステムも構築済み。
何より実習と称して実質的なアーキバス社員として扱っているので、今更な感じはありますが……。
無論、生徒の自主性は重んじています。学科も複数あり、これ以外のカリキュラムも存在するので、強制ではありません。
以上により、学園を所有することで得られる利益はほとんど吸い尽くしてしまったわけです。
残っているのは、搾りかす程の権利と義務。そして責任だけ。
もちろん、権利を所有していることでアーキバスが得られる利益は今もあります。例えば、連邦生徒会への議席などでしょうか。ルビコンから連邦生徒会へ所属する人間が増えれば、アーキバスは行政への口出し権利も手にすることができるでしょう。
素晴らしい!
このまま行政にまで手を出して、企業の威光を愚民どもに知らしめるのです!
などと言ってみましたが、まあカイザーなら喉から手が出るほど欲しい権利かもしれませんね。野心ばかりが溢れて、理性を失った哀れな駄犬の考えそうなことです。
私はそのような些事に興味はありません。そもそも、行政に手を出せば軋轢が生まれるのは道理でしょう。曲がりなりにも不安定ながら一応は安定している今の政権を崩壊させ、混乱を招く趣味は私にはありません。
加えて、この世界を手中に収めたところで、何になるというのです。日々銃撃戦が行われているこの治安の中、各学園とのやり取りを行い、場合によっては調停役となる? 正気とは思えません。
認めましょう。連邦生徒会長は確かにガキでしたが、このキヴォトスの長を務めるだけの能力はあったと。
とはいえ、一個人が権限を持ちすぎている現状は、政府として『欠陥品』と言わざるを得ないが。
おかげで良い反面教師になりましたよ。
我が社アーキバスも私ばかりに権限が集中するなどあってはならない。私がいなくても組織として回るよう、システムは作っています。
話を戻しましょう。
ともあれ、私がルビコン総合技術学園を所有していることで生じる旨味は現時点でも確かにありますが、それはさほど重要ではない。あるいは、それらから生じるリスクと釣り合っていないのです。
学園の所有者としての業務も発生しますし、学園で何か問題が起こった際に責任を取るのは私になります。それがアーキバスにまで悪影響を及ぼすようでは、たまったものではありません。
私の第一目標はACの開発。
あまり多方面に手を伸ばしては、本命に取り組む時間が減ります。何もかも抱えるのではなく、手放せるのならさっさと手放し、独立させることも一つの手段です。
この世界の流儀に則りましょう。あるべきところに戻ったと捉えることもできます。子供が支配する世界なのであれば、さっさと子供が支配してしまってください。そろそろ巣立ちの時でしょう。
独立した学園として、企業と業務提携、あるいは協力関係を結ぶ。それが健全な組織の関係です。とはいえ、独立したところで企業の影響は色濃く残るでしょうが、そんなことは当然です。
それに何より、私の業務が減る。理事長など柄ではないのです。任せられるところはさっさと他の人間に任せる。それが、賢い大人の選択でしょう。
目下の問題は、ルビコンの権利について連邦生徒会長も一枚嚙んでいることでしょうか。権利関係のプランについて、一応筋を通すべく、彼女にも話を通しておく必要があります。
アーキバスが持つ権限全てをルビコン生徒会に託してしまえば、如何に連邦生徒会長といえどルビコンに口を出すことはできないでしょうが……。それは社会人としてあまりに道徳を欠いた行いです。報告くらいはするべきでしょう。
連邦生徒会長へのアポがいつ取れるのかという不安はありますが、そう遠からず許可は取れるでしょうし、あまり深く考える必要はありませんね。
あとは、現時点でルビコン総合技術学園の生徒会長を務めているメーテルリンクにこの旨を伝える必要もありますか。彼女であれば、まあ反対はしないでしょう。
さて、この話はここで終いです。
ACについての話をしましょう。
開発は非常に順調です。このままデータを取り続け、研究が進めば求める結果は得られるでしょう。焦る必要はありません。ホームページに記載した依頼もかなり受理され、今ではそれなりの戦闘データが企業の下に蓄積しています。
無論、セキュリティは厳重に管理しています。ACに関連する情報は、何人たりとも抜き出せないようわが社が独自に開発したファイアウォールにより守られています。
ミレニアムには、ホワイトハッカー集団がいるとのことですから、万が一にも情報が抜き取られてはかないません。この技術を他社や他学園に取られでもしたら大損レベルではありませんから、情報管理には細心の注意を払っています。
また、オキーフを始めとした工作員により無謀にもわが社に潜入したスパイは軒並み捕え、指導を施していますし。
セキュリティ面では非常に優秀なスタッフが常駐しているため、並みのハッキングなどしてこようものならカウンターハックにより相手のサーバーごと破壊します。
あとは、これが最も効果的なのですが、絶対に抜かれたくない情報はすべて紙面で管理しています。決して紛失しないように細心の注意を払い、書類を持ち出せる場所も限られた場所に限定し、何重にも鍵をかけたアーキバス本社の地下施設。通称『ウォッチポイント』内部にある、わが社が独自に開発した金庫にしまっています。
この時世にアナログでやり取りするとは非効率的かもしれませんが、それだけの価値がある開発記録ですから。この程度は当然の措置です。
万が一にもこの情報が他者の手に渡るなど、考えただけで吐き気がする。
不測の事態を予測した結果です。
まあ、あくまで最重要項目のみ紙面での管理となっているだけで、開発においてデジタルデバイスは効率的に使用しています。当たり前ですが。
その甲斐あってか、未だ情報が流出するようなことは起こっていません。
話は変わりますが、ミレニアムと言えば、私が企業となってすぐの頃は、かの学園の技術力を目当てに当時のセミナーと交渉したことがありました。しかし、彼女たちもそう簡単に学園の技術を流出する気はないようで、あまり相手にされませんでしたが。
まあ当然でしょう。
他の学園と比べ一歩も二歩も進んでいる技術力を他の学園や企業に提供するなど、自ら強みを手放すことと同義。
ミレニアムサイエンススクールが三大学園として頭角を示しているのは、その技術力にあるのです。当時の私も交渉の場に立っておきながら、内心ではみすみすアドバンテージを手放すことはしないと半ば確信していました。
取引にすらなりませんでしたが、それにより奇妙な縁というのは結ばれたらしく、今もセミナーとはやり取りがあります。
ACの開発によって生まれた副産物。EN武装の試作品などを材料に、セミナーのビッグシスターとは個人的な取引を行っています。ミレニアムの技術を提供して頂けることは無いようですが、顧客としては上質です。
客商売とは信用によって成り立つものですから、今後とも贔屓にして頂きたいものですね。
さて、業務報告としてはこのあたりでしょうか。
最初の数年は耐えの時期でしたが、今は羽化し羽ばたく時期。
私の野望が刻一刻と実現に向けて迫っている……。非常に喜ばしいことです。
◆◇◆◇
某日。アーキバス本社にて、私は頭を抱えていた。
「やあメーテルリンク君、缶コーヒーを抱えて放心しているようだけど……。スネイルに呼び出されて、何か変なことでも言われたのかい? もしよかったら、僕の方から釘をさしておくけど」
休憩室の自動販売機でコーヒーを買ったはいいものの、ベンチに座って放心していた私を見かねたホーキンス隊長が話しかけてくれる。
「……お気遣いありがとうございます。ホーキンス隊長。しかし、私は閣下からお叱りを受けたわけではありませんので、お気持ちだけありがたく」
何やら閣下について誤解されているようだったので、少し訂正した。すると、また一人この休憩室に訪れる人がいた。
「おや、メーテルリンクにホーキンスさんとは、珍しい組み合わせだ。何かあったのか?」
「やあラスティ君。メーテルリンク君が何やらぼーっとしていたから、何があったのか聞いてたところだよ」
「なるほど。真面目なメーテルリンクのことだ、少し根を詰めすぎていたといったところかな?」
休憩時間と言えど、ヴェスパーの隊長が三人揃うとは珍しい。
ラスティ隊長とホーキンス隊長が、そう言いながら私の方を見る。
「いえ、根を詰めていたとかではなく……。先ほど、スネイル閣下に呼び出され、ルビコンについてのお話をされたのです」
彼らにこのことを話すかどうか迷ったが、そういえば閣下は……
『このことについて、あなたの判断で信用できる人間に伝えても構いません。いえ、ルビコン生徒会のメンバーには周知させるように。できる限りスムーズに行いたいので』
と言っていた。ならば、この二人には伝えても構わないだろう。
「ルビコンか。確か、君はそこの生徒会長だったか」
「はい。お二方は、ヴェスパーの隊長として特別講師としてお招きしたことがありましたよね」
「そうだね。今でも偶に講義をするけど、ルビコンの生徒たちはみんな優秀だよ。彼女たちがアーキバスに来てくれるのなら、今後も安泰だろう。それに、おかげで楽しく仕事ができた」
「ああ。私もルビコンには何度か訪れているが、あそこは活気にあふれている。良い場所だ」
「……あ、ありがとうございます」
予想外の方向から学園に関して褒められ、なんだか照れてしまった。
お礼を言い、私は聞かれていたことに対して本題に入る。
閣下から伝えられたのは、近々ルビコン総合技術学園はアーキバスの手から離れるということ。
アーキバスは所有しているすべての権限をルビコンに移譲し、ルビコンは一つの学園として独立させる。そのため、自治区の運営は生徒会に一任されるため、その用意をするようにとのことだった。
「……なるほど。今の生徒会長である君の立場からすると、嬉しいことかもしれないが、同時に業務や責任も増える。ヴェスパーとしての任務もある。あまり根を詰めすぎないようにな」
「閣下も人が悪い。ルビコンを独立させるのは、確かに今のアーキバスにとっては理にかなっているけど、唐突に親元を離れることになる生徒たちの気持ちも汲むべきだった」
二人の隊長が、私の話を聞いて笑みを浮かべながら所感を言い合っている。どちらの言い分も、理想と現実を的確に捉えたものだった。
「君はどう思っているんだい? ルビコンが独立して嬉しいのか、それとも不安なのか」
ラスティ隊長が、問いかけてくる。
「……わかりません。突然のことで、未だ情報が処理しきれていなく……」
だが、私にはその問いに答えられなかった。
突然、閣下より伝達されたルビコンの独立。嬉しいことは嬉しいのだろう。だけど、それだけではない感情が渦巻いている。
混乱する思考を纏めるため、私は半ば独白のようになるのを自覚しつつ、二人に語る。
「……私は、困惑しているのだと思います。元々、居場所を失い途方に暮れていたところを閣下に拾われました。そして、アーキバス。延いてはルビコンという居場所を与えられ、それだけでも満ち足りていました。もう、これ以上を望んでは罰が当たると、そう思っていたのです……」
続けて、私は吐く。
「しかし、閣下は託してくださった。ルビコンを独立させ、一つの学園として、生徒の自治を認めると。閣下により居場所を与えられた私が、自治区の長になるなど……。あまりに、身の丈に合っていないのではないかと」
そうだ。
確かに歓喜した。私は、独立した一人の個人としての立場を与えられる。学園都市から疎外された私は、学園の長として自治を行えるようになった。とてつもない運命だ。
だけど、そんなこと、本当に良いのだろうか。
ルビコンを取りまとめるなんて、私に相応しくないのではないか。そういった不安が、渦巻いていた。
私の独白を、二人の隊長は真剣に聞いている。
私にどのような言葉を掛けようか、思案しているのかもしれない。
こんなことを伝えられても困るだけだろう。
私は、今の話を聞かなかったことにしてもらおうと口を開き……。
「メーテルリンク。君は一つ、思い違いをしている」
ラスティ隊長によって遮られた。
「……思い違い?」
その言葉に、私は驚く。
思い違いなど、言われるなんて思わなかった。
そんな私の様子を見ながら、ラスティ隊長は続ける。
「ああ。ルビコンがここまで活気にあふれ、笑顔で満ちる学園となったのは、他ならぬ君の尽力あってのものだ」
いや、そんなことはない。閣下がいなければ、私たちは居場所すらなかったのだから。
そう考え、否定しようとして……。
「それは……閣下の恩寵で――」
再び、遮られる。
「確かに、スネイルがきっかけとなったのは間違いないだろう」
「なら――」
だが、ラスティ隊長は止まらない。
とても強い眼光を以て、私を真正面から捉え、力強く宣言する。
「しかし。アーキバス、延いてはスネイルによって居場所を与えられたとしても、腐っていた人間が立ち直ることはできない。それを成すには、彼女たちを率い、熱を与える存在が必要だ。一度諦めた人間に、再び前を向かせることは並大抵のことではない。
それは、君が生徒会長として、これまで一度たりとも彼女たちを見捨てず、腐っていた生徒たちを導き、目を逸らさず、諦めず、手を差し伸べ続けたからこそできたことだ。……それは他ならぬ、君の人望あってのもの。他の何者でもない、君自身が築き上げてきた居場所だ」
目を奪われる。
耳を奪われる。
彼が発する一言一言が、私の心を解きほぐす。
「今のルビコンを治めるのに、君以上の適任を私は知らない」
最早、私にかつての不安はなかった。
目の前の大人が、私を認めている。閣下だけではない。ヴェスパーは、ルビコンは、しっかり私を見ていたのだと思い知る。
そうして、解きほぐされた私の心を、最後に強く引き出す一言が告げられる。
「――君が燃え殻に、火を点けたのさ」
嗚呼……。
私は、こんなにも恵まれていたのか。
「気張れよ。君の戦いは、まだまだこれからだ」
目じりに感じる湿気を無視し、私は強く返事をする。
「……はい!」
ラスティ隊長は楽し気な笑みを、ホーキンス隊長は優しい笑みを浮かべ、私を祝福していた。
今の私なら、誰にも負ける気はなかった。
賽は投げられた(丸投げ)