キヴォトス企業、アーキバス・コーポレーション 作:ねうしとら
便利屋68。
キヴォトスにおける三大学園、その一角。ゲヘナ学園に所属する四名の生徒によって立ち上げられた企業の一つ。ゲヘナにおける治安維持組織、風紀委員会とは真っ向から敵対関係にあり、各人の確かな実力からも相応に危険視されている。
依頼内容に善悪の区別はなく、受けた依頼は必ず熟す。
金を貰えば何でもするがモットーの文字通り「便利屋」例えそれが、悪と呼ばれるものだとしても。
そんな便利屋を率いるのは、真のアウトローを目指し日々邁進している社長、陸八魔アル。彼女の座右の銘は「一日一悪」。
……と、ここまで聞けば油断できない傭兵集団のように思えるが、実態はアウトローとは名ばかりの零細企業だ。
元々は、ハードボイルドなアウトローになることを目指し、ゲヘナ学園で見境なく活動していた部活の一つであった。だが、その活動内容と齎した被害の大きさから風紀委員会に相応に危険視され、真っ向から対立関係となった。
並みの生徒では太刀打ちできない確かな実力を持つ便利屋であったが、ゲヘナの風紀委員長はキヴォトスでも最強と名高い実力を持っていることで知られている空崎ヒナ。例え四人がかりでも圧倒されるため、逃げるように活動範囲を学外へと広げることになったわけだ。
情に厚く、純粋で、一途な性格をしている陸八魔アルと、彼女を慕う三人の生徒により構成されている便利屋68は、彼女の人望のみで成り立っている、その日暮らしの集団だ。
便利屋という名も世間ではあまり売れていないのか、指名依頼が入ってくることは稀であり、ゲヘナ学園では素行不良により指名手配を受けているため口座は凍結。結果、極貧生活を余儀なくされている。
しかし、そんな余裕のない生活を強いられているというのに、構成員は誰も離れることがないのが、社長である陸八魔アルの人望を現している。
そんな便利屋68は、現在窮地に立たされていた。
何故そんなことになっているのか、時は少し遡る。
◇◆◇◆
便利屋68として、真なるアウトローとなるべく陸八魔アルは形から入ることにした。
アクセス良好、清潔感抜群、アクセントとして僅かな怪しさが感じられるビルの一室。猫でも撫でればマフィアのボスとして絵になること間違いなしな物件を見つけた便利屋68は、本格的にハードボイルドなアウトローとなるべくアルの判断により事務所の契約に踏み切った。
しかし、安定した収入源に乏しい便利屋にとって、駅からのアクセスが良く、清潔感もあるビルの一室など、到底払える家賃ではなかった。
無計画に突っ走った弊害がダイレクトにやってくる。過去の自分を恨む気持ちがふつふつと湧いてくる中、現実問題としてどのように解決するべきかという壁に突き当たっていた。
そもそも、なぜ安定した収入がない人間に対して賃貸契約を結ぼうと思ったのか。よほど大家が寛大だったのか、何か裏事情があるのか知らないが、部屋を提供した側も何を考えているのか理解不能である。
便利屋の事務所で、腕を組んで悩み続けるアルと、そんな彼女を見て不安げな表情を浮かべている伊草ハルカ。ため息を吐く鬼方カヨコ。愉快そうに笑みを浮かべる浅黄ムツキ。
便利屋の構成員たちは、底抜けの善人のくせにズレた方向に全力疾走なリーダーを見て、三者三様の反応を示している。
そういう所がいいんだよねと、浅黄ムツキは満足そうだが。
「……今月の家賃、どうしましょう」
現実的な問題が迫る便利屋68。というか、陸八魔アル。
社長である彼女はシンプルに頭を悩ませていた。
「家賃だけじゃないわ……。食費、生活費、その他諸々、支払うお金がない……」
率直に言って、大ピンチだった。
便利屋としての活動を学外に広げ、一応企業として形を整えたはいいものの、肝心の依頼主がこれっぽっちも現れない。
住居と身なりこそ綺麗に整えられているが、それを除けば今の彼女たちはブラックマーケットを拠点とする不良やスケバンと大差ない。いや、場合によってはそれ以下と言えるかもしれない。
そんなアルの様子を見ながら、便利屋の課長であるカヨコはいつものことと言わんばかりに、心の中では今月でこの家ともお別れか。などと思っていた。
華の女子高生の生活ではない。
その日暮らしのギャンブルまみれの限界大学生よりなおひどい。
自業自得、因果応報ではあるのだが、しっかりと企業として形を成している点は高評価だろう。惜しむらくは、どこかから融資を受けられる程度の信頼があればよかったのだが。
名を上げるには実績が足りておらず、実績を作るには信頼が足りていない。
元々、ゲヘナから指名手配をされている人間であるからコネにも期待できない有様だ。八方塞がりである。
「あっ、あああ、あのっ……」
「ハルカ? どうしたの?」
「わっ、わわ、わたしっ……アル様のためなら銀行でもなんでも襲いますっ……!」
「……それもいいかもしれないわね」
「……社長。冗談でもそういうこと言わないで。ハルカが真に受けるから」
限界を迎えたアルは、ハルカによる常軌を逸した提案もありなのではないかと本気で考えそうになったが、カヨコによって止められた。
アルのことを敬愛するがあまり盲目的になっているハルカは、アルの何気ない一言を実行する気概がある。混乱しているアルの発言でも真に受けて、カヨコが止めなければ今からでも銀行を爆破する気でいた。
「くふふっ。ムツキちゃんとしては、それでもいいけどねー。銀行強盗、楽しそうじゃん?」
「……却下。リスクが大きすぎる。今でさえ口座が度々凍結されてるのに、銀行からの信用まで失ったらもう後がないよ」
「……そうね。もっとまともな手段でお金を稼ぐか、このビルのオーナーに直談判するしかないのかしら……」
強硬手段に出るには、便利屋の立場はあまり良くない。
ハードボイルドなアウトローを目指しているのであれば、それくらいのことをしても良いのではないかと思うが、彼女たちはまだ子供だ。
アウトローに憧れてはいるが、未だなり切れていない少女である。多少まともな倫理観が働き、そういった手段は避けてしまう。
ムツキとしては、ここから更にアルやハルカを焚き付け、大きな騒動を起こさせるのも面白そうで悪くはないと考えていたが、幼馴染はそのようなことを望んでいない。
ならば、また別の面白そうな手段に頼ることにした。
彼女は手に持っていたスマートフォンの画面を便利屋の面々に見せる。
「そういうことなら、はいこれ」
「企業の依頼だよ。アーキバスから公示が出てたんだー」
「アーキバス?」
ムツキが見ていたのは、アーキバスによる戦闘データ提供依頼。
アーキバス社について知らないアルが疑問を呈するが、それに対して答えたのはカヨコだった。
「最近成長している企業だね。銃火器類の開発や製造、販売を行っているメーカーで、更には連邦生徒会長と連盟でルビコン総合技術学園を設立している、正真正銘の大企業」
「連邦生徒会長と共同して学園の設立!? よ、よっぽどすごい企業なのね……」
「クフフッ。驚くのはまだ早いよ~? この依頼の報酬額をよく見て」
そう言って、ムツキは画面を拡大させる。
アーキバス本社により直々に出された依頼は、その報酬額にも糸目をつけない。正直に言って、まともな感性を持つ者であれば怪しいと感じるほどに。
「え? ……何々、生徒の戦闘データの提供依頼。報酬は、一人につき……十万円!?」
だが、今の便利屋にそのようなことを考えられる理性はなかった。
一刻も早く資金が必要なアルと、面白そうだからという理由でそんなアルを焚き付けるムツキ。アルの判断ならばすべてに従うハルカに、便利屋のブレーンではあるがアルの決断は基本的に尊重するカヨコ。
「じゅ、十万円っ……!? こ、これ本当に!? 何かの間違いじゃなくて!?」
「ふふっ。間違いなんかじゃないよー。ちゃんと公式ホームページに記載された依頼だもん。アーキバスグループは企業としての信頼も実績もあるし、疑う必要もないと思うよ?」
「……念のため、私も確認したけど、報酬額以外には怪しいところはなかった。よっぽど生徒の戦闘データが欲しいんだろうね」
「詳細な依頼内容はこの動画ファイルにあるっぽいし、さっそく聞いてみよっか」
小悪魔的な笑みを浮かべ、テンション高く動画を再生するムツキ。
そうして流れるのは、アビドス高校のメンバーも聞いたブリーフィング。
V.Ⅷによる依頼の詳細だ。
『生徒各位。これは、アーキバス本社からの依頼です。わが社はこの度、自社製品の品質向上及び新たな製品開発のため、キヴォトスに住まう生徒の皆様から戦闘データを提供して頂く旨を決定いたしました。わが社の製品、その品質向上のためご協力をお願いします。つきましては、この依頼に応じていただける場合、下記のアドレスから必要事項を記入し、D.U.地区にあるアーキバス本社までお越しください。ブリーフィングは以上です。よろしくお願いします』
『…………』
しばらく、沈黙が場を支配する。
カヨコが信頼できると言っていたのなら、信頼できるのだろう。
ムツキが持ってきた依頼というのは気になるが、彼女は本当に便利屋にとって不利益となることはしない。
ハルカは、既にこの依頼を受けるものだと思い込み、「待て」をされた犬のようにこちらを見つめてきている。
アーキバス本社の人間によって説明された依頼。
「――やるわよ。準備なさい」
アルは決断した。
ならば、便利屋メンバーはそれに従うまでだ。
「この便利屋68が、完璧な仕事をしてやろうじゃないの!」
◆◇◆◇
そうして、便利屋68のメンバーはアーキバス本社にやってきていた。
スネイルによる直々の説明を受け、企業のトップがやってきたことにアルは内心で怯えながらもポーカーフェイスを保ち、その威厳を知らしめた。
アーキバスにより提示されたミッションは、アーキバスが誇る精鋭部隊。『ヴェスパー』との交戦。
そして今、目の前にいるのはたった一人の大人。
しかし、アーキバスにおける最強の存在。
――V.Ⅰフロイト。
本来、V.Ⅶであるスウィンバーンを始めとした第七隊との模擬戦を想定していたのだが、急遽割り込んできたフロイトの我が儘により、彼が戦闘相手を務めることになった。
勝ち負けは依頼の達成条件に含まれていない。
だが、便利屋68は勝つつもりで勝負に挑んだ。
大人一人相手にこちらは四人がかりで戦うなんて、最初に聞いたときは本当にそれでいいのかと疑問に思ったものだ。あのカヨコでさえ、困惑気味だった。
侮っていたつもりはないが、しかし便利屋はヒナさえいなければ風紀委員を圧倒できる実力を持つ。キヴォトスでも上位の実力者たちだ。
ヘイローもない大人相手に後れを取るなどという可能性を考えることはまずない。それは、驕りでもなんでもなく、ただ純然とした事実だった。
各々が愛銃を持ち、目の前の敵を倒すべく戦う。あっさり終わってしまわないように、少し遠慮がちに戦闘は始まった。
だが、その慢心は命取り。
目の前にいるのは、V.Ⅰだ。
まず初めに、手加減など知らないハルカが、ショットガンを手に切り込んだ。
そこで勝負はつくかに思われたが、フロイトはその悉くを避け、一瞬のうちに距離を詰め、合気によって体勢を崩した。
その一連の出来事を目にした、便利屋68は、目の前の相手の評価を限りなく高く上方修正した。
(……へぇ)
ムツキは彼の動きを見て、凶暴な笑みを浮かべる。
前衛であるハルカの体勢が崩れたのなら、そのフォローに回るのが役目だ。彼女は手に持っていた爆弾を投げつけ、フロイトへの牽制とする。
当然、彼はそれを最小限の動作で躱す。
しかし、それすら読んでいたカヨコが、回避先に銃弾を放つ。
「――筋がいいな」
フロイトはそれを腕で防いだ。
「陣形も悪くない」
「戦場で冷静さを失わないのもいい」
「チームとしての戦い方も熟知している。よほど仲間を信じているらしい」
自分たちの戦闘スタイルを戦いの中で的確に分析し、それに合った対処をしてくる。
「――だが、惜しいな」
カヨコとムツキのフォローにより体勢を立て直したハルカが再び突撃する。が、先ほどの攻防で対処法を見出したのか、あっさりとあしらわれた。
「お前の戦い方、正に狂犬と言う感じだ。経験を積めば優れた猟犬になるだろうが……。まだ、甘いな」
フロイトの魔の手がハルカに伸びる。
(――させないッ!)
しかし、そう易々と相手の思い通りにはさせないのが、陸八魔アルという女だった。
今までフロイトは、アルの射線が通らない位置取りを徹底していた。だが、ハルカに対する攻撃のため、その守りを捨てざるを得なくなった。
スナイパーライフルによる射撃により、ハルカを救出する。
それがアルの狙いだ。
彼女の狙撃は、よほどのことがない限り外れることはない。威力も十分。これは、当たる。
(――なっ)
かに思われたその凶弾は、しかしフロイトは見逃さなかった。
アルが引き金を引く直前には、既にハルカに対する攻撃行動を取りやめ、回避行動に移っていた。
上体を逸らし、アルの銃弾を躱す。そしてその勢いのままバク転へと移行し、蹴り上げた足でハルカの手元を捉える。
その衝撃でショットガンを手放してしまったハルカに対して、フロイトは腰に備えていたハンドガンを取り出し、追撃を加えた。
「……面白くなってきた」
そう言って、楽し気な雰囲気を存分に出すフロイト。
ヒナのような、常軌を逸した火力があるわけではない。身体能力もキヴォトスにおける常識の範疇。
一撃の火力においては、便利屋が優れている。だというのに、攻めきれない。
戦闘技術。そして、戦場の掌握力。その二つにおいて、目の前の大人とは隔絶した差が存在する。
たったそれだけで、一対四の人数差を埋めている。
「……ええ、そうね。面白くなってきたわ」
相手にとって不足なし。
盤面がリセットされたこの戦いは、第二フェーズへと移行する。
◇◆◇◆
ヴェスパー第二隊長。スネイルです。
今、私の目の前では便利屋68なるゲヘナの生徒たちとフロイトによる模擬戦闘が行われています。
生徒の戦闘データ。その提供依頼を受諾した便利屋68。その相手は、スウィンバーンを始めとする第七隊に務めてもらう予定だったのですが、思わず殴りたくなるテンション感でやってきたフロイトによってすべてが崩れました。
……まあいいでしょう。
便利屋68もアビドスと同じく、中々精鋭揃いです。
今も戦闘を行っていますが、フロイト相手に互角に立ち回れているのは評価が高い。
的確に陣形を崩す行動をとっているフロイトの嫌がらせに対応できるその状況判断能力も光るものがあります。恐らく、あの鬼方カヨコという生徒が一役買っているのでしょう。
一撃一撃の威力もやはり高い。
これは、アビドスに次ぐ貴重な戦闘データとなることは間違いない。
フロイトの闖入こそありましたが、結果としてみれば悪くありません。
「……閣下、良かったのですか? 便利屋68は、ゲヘナの風紀委員が指名手配としているテロリスト集団。彼女たちとの関係性を疑われては、アーキバスにとって不利益が生じる可能性も……」
「貴方の考えは分かります、スウィンバーン。ですが、問題はないでしょう。例えゲヘナの風紀委員会が指名手配としていようとも、ここはゲヘナ自治区ではない。指名手配犯の身柄確保は義務ではありません。彼女たちとの関係を持ったところで、我が社にとって瑕となることはあり得ない」
厄介な人間に知られれば、無理のある批判をしてくる可能性もありますが、アーキバスで情報統制を行えばよいだけのことです。というより、別に彼女たちと関係を持った事実が何らかの犯罪になるわけではありませんから、スウィンバーンの懸念は杞憂でしょう。
「そのような些事とこの貴重なデータ。天秤にかけるとするならどちらか。考えるまでもない」
スウィンバーンの慎重さは美徳ではありますが、やはり大きな決断をする際に弊害となりますね。
さて、そろそろデータも十分に集まってきたころです。これ以上戦闘していても意味はありません。
さっさと介入して、依頼終了の旨を伝えるべきなのですが……。
戦闘を途中で止めるとフロイトが後でうるさいんですよね……。
あまり私の手を煩わせないでほしいものです。
フロイトを始めとしたヴェスパー(メーテルリンクを除く)は、神秘を有していないので常識外れの火力も特殊な力もありません。
が、戦闘技術と戦術眼、豊富な知識がそれを補っています。神秘がなくてもキヴォトス人なので相応のスペックはありますし。
あとは、AC開発によって副次的に生み出されたアーキバスの武装によって火力と耐久力を補助しています。
まあ、フロイトとラスティの強さはちょっと例外ですけど。
とはいえ、本気を出したヒナやホシノには勝てません。
ホームで戦うというある種色々な条件が揃っていたから便利屋相手に互角ですが、場合によっては全然負けます。