キヴォトス企業、アーキバス・コーポレーション 作:ねうしとら
フロイトと便利屋68の戦いをタブレット端末片手に観戦しているスネイルです。
アーキバスにおける雑事を熟しながら、一時のコーヒーブレイクと言ったところでしょうか。
結局、戦闘を途中で辞めさせるのは諦めました。
フロイトが後でうるさいというのもそうですが、一番の理由は戦場に変化が生じてきたためです。
端的に言えば、フロイトが劣勢に追い込まれました。
多少驚きましたが、まあ想定の範囲内です。便利屋68の実力が、アビドスに並ぶものだったというだけのこと。
……スウィンバーンは、信じられないと言わんばかりに目を見開いていますが。
今までフロイトが便利屋68と互角に渡り合えていたのは、彼の類まれなる戦闘センスによるところだけではありません。確かに、そういった側面も大きいですが。
しかし、その程度でヘイローを持つ生徒に勝てるはずがありません。私はヴェスパー第二隊長ですが、単独で便利屋と戦えば、数秒で鎮圧させられる未来が見えます。
元々、スウィンバーンを始めとした第七隊の十数人で相手にするつもりでしたが、今の便利屋の実力を見れば、彼らでは彼女たち相手に十分も持ちこたえられれば御の字だったでしょう。
ではなぜ、フロイトは単独で四人相手に立ち回れているのか。
それは単純です。彼は『大人』だった。
実力差こそ明確にありますが、それを埋めるだけの豊富な戦闘経験と知識量。戦場を俯瞰して見れる冷静さ。生徒を相手にした時の戦い方を熟知しているなど、良くも悪くも『軍人』としての能力値が突出しているのが、フロイトという男です。
また、彼は軍を率いるよりも単独で戦った方が性に合っているため、そちらの方が自由に動ける分強いのです。
便利屋68が如何に強くても、生徒であるということは経験の少なさから咄嗟の事態を的確に判断し、行動する力がまだ十全に備わっていません。
今回のシミュレータにおけるマップが市街地を模していることも追い風でしょう。障害物の多い戦場は、ゲリラ戦に持ってこいです。
まあ、一言で言えば、
隠れ、逃げ、痺れを切らした相手を迎撃し、徐々に削り取る。
わざと相手が隙を作るような行動をしたり、集中力が必要な場面を的確に把握し、相手の集中を乱す行動を取るなど……。
現実的で効果的な手段ですが、相手にしたくはありませんね。
しかし、それも品切れです。
そもそも、この戦闘データ提供依頼において、生徒たちと交戦し続けたことで明らかとなった傾向が存在します。
それは、彼女たちは大人との戦いになると無意識に実力を抑えるということです。
例え訓練であることが分かっていたとしても、相手を傷つける行動を行うには相応の理由が必要です。ましてや、キヴォトスにおいてヘイローを持っている生徒は、持っていない大人とは隔絶した実力差がある。
下手に実力を出して相手を傷つけたり、ケガをさせたりなどしては、罪悪感に苛まれるのが人間でしょう。それが、相手に許可された行動だったとしても完全に割り切ることは難しい。
人としての倫理が働くのです。皮肉にも、このキヴォトスだからこそ。
このキヴォトスにおいて『死』は、非常に重い。
銃弾や爆撃程度では死なないという頑丈さを持ち合わせているためか、よほどのことがない限り死ぬことはありません。しかし、それは死を軽く見ることには繋がらなかったようです。
寧ろ、滅多なことでは死なないからこそ、『死』というものがどれほど恐ろしく、忌避すべき概念であるかというのが、一般的な認識です。
そのため、如何に素行不良が目立つ生徒であっても、ある一定のラインにおける線引きというのは存在しています。
それが理由なのか、そうではないのかは不明ですが、少なくとも関係していることは確かでしょう。
メーテルリンクを除き、ヴェスパーと交戦するようにと伝えた生徒たちは、必ず『手加減』をするのです。大人を気遣う。そうではない生徒も一定数存在しましたが、それは表面的な物でした。
データを取り続ければ、彼女たちでさえ明らかに本来の実力を抑えた戦い方をしていることが分かってきました。アビドスとて、例外ではありませんでした。
まあ何が言いたいのかと言えば、便利屋68もその例に漏れないということです。
戦闘開始時は明らかに、戦闘に対して後ろ向きだった面々。しかし、フロイトの実力が相応にあることを知ると多少本来の実力を見せ始めました。しかし、それでも全力とは程遠かったのでしょう。
先ほどから収集したデータを合わせて考えるに、私の勝手な目算ですが、精々五割と言ったところですか。
しかし、フロイトがそれだけでは倒せない実力を持っていることを便利屋は理解し始めました。
相手の実力の全貌が徐々に見え始めてきたことで、便利屋もどこまで力を出せば良いのか、その目算が立ってきたのでしょう。
段々と、アクセルを踏み込み始めたといったところですか。
伊草ハルカのショットガンの威力も精度も上がってきている。浅黄ムツキの動きは先ほどとは見違えるものになってきている。鬼方カヨコの冷徹さには磨きが掛かり、陸八魔アルの集中力は、最早妨害できる次元ではなくなっている。
これでも、彼女たちの実力の十割ではないと思うと、便利屋68がキヴォトスでも最上位に位置する実力を持っていることが分かります。
少々、甘く見すぎていたのかもしれません。アビドスレベルの生徒はもう来ないだろうと高を括っていたという事実も多少はあります。
加えて、フロイトの動きに慣れてきたというのもあるでしょう。搦手を用いているというのは、裏を返せば肉体的なスペックでは敵わないということ。
彼女たちは生徒であることが付け入る隙のようなことを、私は先ほど言いましたが。生徒であることは悪いことではありません。それ即ち、若いということです。
相手の動きから戦い方を学び、自らの糧とする。そういった伸びしろがあるのが、若さですから。
つまり、短期決戦ならばフロイトに多少の分があるのでしょうが、戦闘が長引けば長引くほど不利となるという訳です。
「――そうだ、もっとだ! もっと全力を見せてみろ……!」
追い込まれているというのに、非常に楽しそうですね。
フロイトは戦いにおいて自身の実力を伸ばすことしか考えていません。そこには、己の勝ち負けどころか、生死すら度外視している節があります。
強者との戦闘を楽しみ、その経験を自身の糧とする。生粋の戦闘狂です。
便利屋が段々と実力の一端を見せ始めたことに、高揚しているのでしょう。
「狂犬というのは訂正しよう。お前は……紛れもなく猟犬だ!」
……流石のフロイトと言えど、実力を発揮し始めた彼女たち相手は厳しいでしょうね。
一対一ならまだ付け入る隙もあったかもしれませんが、相手は四人。数の差は如何ともしがたいでしょう。本来なら部隊同士での戦闘データが欲しかったのですが、フロイトはなぜか一人で戦おうとしますし……。
アビドスの時は最低限ラスティを付けていたというのに……。
前回、一人で戦えなかったことが相当不満だったのでしょうね。
「まだだ……! これからもっと、面白く……」
負けましたね。
まあしかし、良い戦闘データが取れました。
生徒たちに如何に本気を出させるかというのが、この仕事の重要な部分ではあるため、フロイトの存在はメリットでもあるのですが……。
一人で突っ走る癖だけは何とかして頂きたいものです。
とはいえ、スウィンバーンでは便利屋の相手としては不足でしたでしょうし、彼女たちの実力。その一端を引き出したフロイトには感謝しています。前回のアビドスでは、小鳥遊ホシノは全くと言っていいほど本領を発揮していませんでしたから。
ACの完成が待ち遠しいです。
この戦闘データはACの開発のためにも役立てられていますが、それだけではありません。我が社の製品の品質向上、ヴェスパーが装備する対生徒用防具などにも使用されるデータです。
フロイトとて、装備が万全でなかったら陸八魔アルの狙撃一つでダウンしてしまいますから。
ACの装甲素材、その実地検証も兼ねているのです。
「そこまで! 依頼はこれにて完了です。何か質問等があれば今のうちに済ませなさい。私はこれから仕事に戻らねばならないので」
戦闘が終了した面々を仕切ります。
こういった合図がなければ、辞め時が分からない物でしょうし。
私の一言で武装を解除した便利屋と、僅かに不満げなフロイト。……おい、まだやるつもりなのか。流石に許可できませんよ。これでも多少大目に見ているのです。
フロイトからの視線を無視し、便利屋に目を向ければ特に質問などは無いようです。
「……報酬、ちゃんと支払われるの?」
おや、あったようです。
鬼方カヨコから、そのようなことを問われましたが、無論です。
「あなた方から頂いた口座に、翌日までに振り込んでおきます。今回の戦闘データは我が社にとって非常に貴重なものとなるでしょう。四人合わせて四十万円が、本来の報酬額ですが……」
「…………」
「多少色を付けましょう。七十……いや、八十五万円でしょうか」
アビドスに次ぐなどと言いましたが、その評価は誤りでした。正しくは、アビドスに並ぶ貴重な戦闘データです。報酬額は、一人当たり倍の値段を払いましょう。更に今回は、依頼時間も多少長くなってしまったため詫びとして少々上乗せしておきます。
『……え?』
私がそのようなことを言えば、目の前の便利屋の面々は何やら呆気にとられた表情を浮かべています。
何か不満でもあるのでしょうか。これ以上の報酬をせびるようであれば、払うこともやぶさかではありませんが今後の関係は一切無いものとします。
「は、八十五万円……!?」
「くふふっ。太っ腹ぁ~」
「……それ、本当に?」
「あっ、ああああ、アル様! やりましたね!」
何やら喜んでいるようですが、この程度で喜ばれては困ります。あなた方も企業であるのなら、適切な価値というものは理解して然るべきでしょうに。
それに、依頼主の前でそのような感情を出すとは、ビジネスマンとして脇が甘いどころの話ではありません。あまりにひどい弱点です。
鬼方カヨコは疑っているようですが、企業を疑おうなどあってはならない。
やはりガキですか。
「……はぁ。あまり私の手を煩わせないでほしいものです。疑うのであれば、この場で支払っても構いません。スウィンバーン。頼みます」
「了解しました。閣下」
さっさと報酬を振り込んで、帰ってもらうのが上策のようです。
我がヴェスパーの第七隊長であり、会計責任者であるスウィンバーンに報酬を支払うよう命じました。
彼は手元の端末を操り、便利屋へ依頼の報酬を振り込もうとし……。
「……閣下。便利屋68の口座は、どうやら凍結されているようで……」
「……何?」
『……あ』
なるほど、腐っても指名手配犯ということですか。口座の凍結とは、なるほど。
どこまでも私を苛立たせる……!
……まあ、いいでしょう。
「便利屋68。此度の依頼の遂行に関して、私から直々に褒めて差し上げます。しかし、これではあまりに締まらない。さっさと新たに口座を開設し、番号を我が社に知らせるように。今後も、我がアーキバスから依頼を回すことがあるかもしれませんので」
「は、はい……。分かりました」
そう伝えて、私はこの場から去ります。そろそろ業務に戻らなければ支障が出かねませんから。
「くふふっ。中々楽しかったよおじさん。私もちょーっとだけ本気出しちゃった!」
「そうか。ならば、次は本気を出させるとしよう」
そんな会話を背に、私は戻ります。
かなり貴重なデータを手にすることができましたが、フロイトを始め問題児が多かった今回の仕事は、中々疲れました。
さっさとこのデータをAC開発に活用するとしましょう。
生徒たちが圧倒的な個としての暴なら、フロイトやラスティは圧倒的な技でしょうか。
基礎スペックじゃネームド生徒を相手に手も足も出ないでしょうが、技量や知識、センスや装備で食らいついているようなイメージ。
良くも悪くも、『大人』としての強さなので、生徒たちとは強さの指標が全然違うんですね。
ACが完成すれば話は違うがな!