キヴォトス企業、アーキバス・コーポレーション   作:ねうしとら

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動乱の気配

 ACの開発も中々順調に進み、このまま問題がなければ試作機もじきに完成することに喜びを隠すことができないスネイルです。

 

 アーキバスの名で公示した、生徒の戦闘データ収集依頼。これにより、キヴォトスにおける生徒たちの実力を統計的に分析することで、装甲やACSの理論に対する基盤として活用することが可能となりました。

 

 この依頼において、最もデータを収集することができたのはルビコン総合技術学園の生徒たちであり、アーキバスが所有している学園なのですから当然とも言えます。しかし、質の高いデータを取るために理想となるのは無作為抽出です。できる限り偏りがないデータを取ることを目標に、時間をかけて丁寧にデータを集めました。

 

 結果として、十分なデータを集めることができたので、企業としては満足のいく結果となりました。

 

 ミレニアムの技術に頼ることなく、自社の開発力だけでここまでこぎつけることができたのは僥倖というものです。

 

 とはいえ、まだまだ解決するべき問題は山積みです。例え完成したとしても、それがゴールではありませんので。あくまで試作機が完成しようという段階。

 

 まだまだ改良の余地は残されています。

 

 私が企業となり、アーキバスの名がキヴォトス全土に広がるようになった三年ほど前。アビドス砂漠に機械仕掛けの巨大な蛇のような何かが存在するという噂を耳にしたことがあります。

 当初は都市伝説の類だと思っていたのですが、少し詳しく調べてみるとどうやら本当に存在するらしいということが分かりました。

 

 もし可能であれば、その蛇のデータも採りたかったのですが……。

 

 そのころには既に、ACの開発からアーキバスの事業、ルビコンの運営など、噂話を真に受け、それに気を取られて良い段階を超えていましたから、今では放置しています。

 

 しかし、つい最近になってアビドスとは縁が紡がれましたから、何か情報が入ってくる可能性もあります。

 

 かつてはキヴォトスでも有数の学園だったアビドス高校ですが、今では自然災害によって見る影もなくなり、ほとんどの住人が自治区を離れています。

 

 自然災害に見舞われてしまったのであれば、人の手でどうにかなる問題ではありませんのでそれも道理でしょう。

 

 アビドス廃校対策委員会は、何をモチベーションとして活動しているのか理解に苦しみますが。まあ、いいでしょう。当人たちにしか分からない事情というのも考えられます。

 

 砂ばかりが目立ち、旨味のない土地に執着するカイザーが何を企んでいるのか知りませんが、利益が生まれない物に手を出すほどあの害獣も愚かではないでしょうし、何かが眠っているのかもしれません。

 

 あの害獣が何を目当てに砂漠になど執着しているのか、それはどうでも良いことです。何かを探しているようですが、我が社に迷惑をかけるようなことだけはしないでいただきたいものです。

 

 ミレニアムの技術も、大蛇のデータも、今後のACの性能を更に引き上げる可能性があるのなら、今から手にしても無意味ではありません。

 

 さて、本日も堅実に企業として業務に専念するとしましょう。まずは、雑事を片付けてしまいますか。

 

「スネイル。突然すまんが、緊急の連絡だ」

 

 社長室でデスクワークをしようとしていた私の元に、形ばかりのノックをしたオキーフが入ってきました。

 オキーフがやってきたということは、何らかの情報を掴んだのでしょうが、この様子から察するに面倒ごとでしょうね。

 

 ……はぁ。

 

 なぜこうもうまくいっているときに限って余計なことが発生するのでしょうか。

 

「何事です。些事ではないでしょうね?」

 

「当然だ。いいか? 落ち着いて聞けよ。――連邦生徒会長が失踪した」

 

「…………なんの冗談です」

 

 オキーフの口から、理解し難い言葉が発せられました。

 

 一体何を言っている。連邦生徒会長の失踪? それが一体どれほどの影響をキヴォトスに齎すと思っている。

 彼が冗談を言う人間ではないことは分かり切っていますが、それでもそう思わなければやってられない情報です。

 

 ……胃薬が必要かもしれませんね。

 

「冗談だと思いたいが、確かな情報だ。連邦生徒会は必死になってこの情報を隠蔽しているようだが、それも時間の問題だろう。今や連邦生徒会内部は混乱どころの騒ぎではない。頭を失った組織が瓦解した」

 

「……考えられる影響は」

 

「キヴォトス全土で犯罪率の大幅な上昇が予想される。また、行政機関の混乱に伴い、矯正局の警備が手薄になるだろう。連邦生徒会長が設立した、SRT特殊学園の扱いも問題になるだろうな。加えて、これが最も手痛いだろうが、連邦生徒会における重要なシステムへのアクセス権が失われているらしい」

 

「まさか、自身の仕事の引継ぎを行っていなかったと……?」

 

「その表現が適切かは分からん。だが、連邦生徒会長が多大な権限を有していたことは確かだ。その権限を持つ者が失踪したことで、今や行政は立ち行かなくなっている」

 

 ……オキーフから齎された情報を何とか嚙み砕き、理解する。

 

 一個人が権限を持ちすぎていたことに対しては、まだ理解できる。

 そうでもしなければならない状況であったという裏返しと捉えることもできます。

 

 失踪したという事実も、まあ責めるようなことではありません。

 どのような理由で失踪することになったのか、何らかの犯罪に巻き込まれている可能性も考えられます。このことに対して、連邦生徒会長を責めるのはお門違いでしょう。

 

 だが、よりにもよって自身がいなくなった時のことを一切考えていないようなこの状況については話が変わります。

 いえ、失踪という事実を予め考慮して行動しろということを言っているわけではありません。しかし、世の中、短期的にでも自身が仕事に関われない時間というのは存在します。重い病気にかかったり、身内に不幸が訪れたりなど。

 

 そういったとき、他の誰かに仕事を任せる必要が出てくるでしょう。

 

 万が一の時のためにマニュアルは用意して然るべきだ。

 

 だというのに何故、一人の人間が失踪した程度で行政機関の機能が停止する? それは最早、行政機関などと呼称することすら烏滸がましい。欠陥品以前の問題だ……!

 

 どいつもこいつも、この私を苛立たせる!

 

 なぜ企業に大人しく経済活動をさせない……! 私は、ただACの開発に勤しんでいるだけの企業だぞ……!

 

「……どのようにしてそれほどまで重要な情報を手に入れられたのです。貴方の能力を疑う気はありませんが、これに関しては相当な情報統制が敷かれていたのでは?」

 

「ウチは既に、キヴォトスにおける一大企業だ。学園すら保有しているのだから、情報網も並ではない。ルビコンから連邦生徒会に所属した生徒によるリークだ。良い人望だな」

 

「……その生徒に通達しなさい。二度とそのような危険な綱渡りはしないように。己の身をもう少し顧みた行動を取ってほしいものです。この事実が明るみになった時に、最も影響を受けるのは企業なのですよ?」

 

「その心配は無用だ。その程度の情報のやり取りに関して、今の連邦生徒会を出し抜くことなど容易い。向こうも向こうでデスマーチ状態だ。リークとは名ばかりの救援要請だったがな」

 

 心から同情します。

 

 連邦生徒会もあの女に随分と振り回されているようだ。

 

「……兎に角、よくやりました。この情報は値千金の価値があります。被害を最小限に抑えることを目標に、今後の経営方針を会議しましょう」

 

 マイナスを限りなくゼロに戻す戦いというのは、なぜこうも気が乗らないのでしょうか。誰も得をしていないからでしょうね。誰かの尻拭いをする羽目になるとは思いませんでしたよ。

 

 私は企業だというのに。

 

「連邦生徒会長は、その存在自体が抑止力として働いていたほど英雄的な存在だ。だからこその『超人』だが、そんな彼女がいないとなると、キヴォトス全土で大規模な混乱が発生するだろう。……SRTの扱いもどうなるかわからん。解体することになった場合、所属していた生徒たちは他の学園に編入することになると考えられる。主な編入先はヴァルキューレだろうが……ルビコンも軍事に力を入れている学園だ。編入希望の生徒が流れてくるかもな」

 

「メーテルリンクに通達しておく必要があるでしょう。今のうちに備えておかなければ。連邦生徒会長がいないのであれば、ルビコンの権限をアーキバスからルビコン生徒会へと移す計画も実行してしまって良いでしょう。今の連邦生徒会の状況から察するに、こちらに手を出す暇などないでしょうし」

 

 元々、連邦生徒会長に筋を通すべく、アポを取っていた状態だったルビコンの権利問題ですが、当人が失踪したのであれば最早配慮する必要もありません。

 

 何なら、今の混乱の最中に譲渡してしまい、落ち着いたころには既に口を出すことができない状態へと持っていくのが最良ですか。

 

「メーテルリンクも大変だな。まさか、本格的に自治区の長になって早々、これほどの混乱が起こるとは」

 

「……同情しますが、彼女なら上手くやるでしょう。本格的に混乱が起こる前に情報を手にすることができたのは幸いです。ルビコンの治安維持に関しては、執行部長と副長がいれば何とかなるでしょうから」

 

「あの二人か。確かに、治安維持に関しては問題なさそうだな」

 

 ルビコンははぐれ者が集まってできた学園ですが、適切な教育を施したことで治安に関しては他の学園に比べ高い水準を誇っています。

 

 連邦生徒会長の失踪による混乱はあるでしょうが、メーテルリンクを始めとしたヴェスパー第六隊とルビコン生徒会直属の治安維持組織、執行部の存在が抑止力となるでしょう。

 

「今回の騒動における唯一の利点は、アーキバス社の製品売り上げが例年と比べ著しく上昇することが期待できることでしょう。連邦生徒会長が失踪し、治安が乱れることになれば必然的に兵器類の需要は高まります。この際、一儲けさせていただきましょう」

 

 救いがあるとすれば、そこでしょう。

 

 治安が悪化するのは私とて不本意ですが、それにより儲けが出る商売をしているのもまた事実。キヴォトスでは生活必需品でしたから感覚が麻痺していましたが、兵器というのは本来そういうものです。

 

 ACの開発における資金集めは既に達していますが、資金というのはいくらあっても困ることはないのです。

 

 これから、様々な学園から発注依頼が殺到することでしょうし、今のうちに生産ラインの大幅な増強を図る必要があるかもしれませんね。

 

「それと、スネイル。まだ一つ伝えておくことがある」

 

 何とか冷静さを取り戻した私に対して、オキーフは少し言いづらそうに私に話しかけてきました。

 

「……なんです。嫌な予感しかしませんが」

 

 オキーフの様子から、碌な話題ではないことは分かります。できれば聞きたくないのですが……。

 

「連邦生徒会長が失踪する前、新たな組織が立ち上げられていた」

 

 既に聞かなかったことにしたいですが……。いえ、話は最後まで聞きましょう。それに、悪い知らせとは限りません。

 

「新たな組織……。なるほど、つまりこのような状況に対する回答札を用意していたということですか。連邦生徒会長もそこまで狂ってはいなかったと」

 

 そのような私の考察は、否定も肯定もされませんでしたが。

 

「その名は、連邦捜査部シャーレ。超法規的権限を持つ、連邦生徒会に連なる組織だ。だが実態は、連邦生徒会とは名ばかりの独立した組織になる」

 

「…………その、超法規的権限とは?」

 

「その名の通り、超法規的権限だ。言葉通り、法律を超えた権限を持つことを指す。各学園から制限なしに生徒を所属させることができるようでな。最早、自棄としか思えないほど与えられた権限が大きすぎる」

 

「それが、連邦生徒会長の代替となると……?」

 

「恐らくはそうなのだろう。誰が着任することになるのかは、未だ情報が掴めていないが」

 

 なるほどなるほど。

 

 何も解決していない……!

 

 一個人に権限が集中しすぎていることが問題だったというのに、それを解決する組織どころか、権限が何でもありな組織を作り出すなど、連邦生徒会長はキヴォトスをどこに向かわせている……!

 

 シャーレと言いましたか、それを設立する意義は……!? そこに着任する人間次第ではキヴォトスは一気に暗黒時代へと突入するのですよ? それが分かっているのですか……! もしそうなれば、最早ACの開発などと言っていられない状況になるかもしれない……!

 

 私は……私は、企業だぞ!?

 

「あー……。スネイル。なんだ、その……。まあ、とりあえずフィーカでもどうだ?」

 

「……ご一緒します」

 

 ここに来て、キヴォトスの未来が見えなくなるなんて思いませんでしたよ……。

 

 ですが、この先どうなろうと、そう簡単には落ちませんよ。

 

 私はヴェスパー。アーキバスです!

 




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