禪院家の朝は、選別から始まる。
まだ空が白みきらない時間。
屋敷の中庭に、子供たちは一列に並ばされていた。
年齢も、男女も関係ない。
ここではただ一つ――
使えるか、使えないかだけが問われる。
「始めろ」
低い声と同時に、竹刀が振るわれた。
最初に叩かれたのは、短く切った黒髪の少女だった。
禪院真希。
「……っ」
肩を打たれ、よろめきながらも歯を食いしばる。
だが、顔は上げたままだ。
その視線を見て、男が鼻で笑う。
「睨むな、出来損ない」
呪力を持たない。
それだけで、禪院家では存在価値が地に落ちる。
「呪力のない者が、術師を名乗ろうとするな」
「身の程を知れ」
真希は何も言わない。
言えば、次は顔を殴られる。
少し離れた位置に、もう一人の少女が立っていた。
禪院真依。
同じ顔、同じ血。
双子として生まれた存在。
だが、禪院家は“同じ”ことを許さない。
「次、真依」
呼ばれ、真依はびくりと肩を跳ねさせた。
竹刀が振られる。
威力は、真希と変わらない。
「……っ」
声を殺し、真依はただ俯く。
「呪力はあるが、才能がない」
「結局は同じだな」
真希も、真依も。
禪院家にとっては――失敗作だった。
ただ一つ違うのは、
真希は吠え、
真依は黙る。
それだけ。
「模擬戦だ」
大人の声で、子供たちが前に出される。
真希は素手で、呪具を持つ相手に向かった。
無謀だと分かっていても、下がらない。
真依は、一歩遅れて動く。
怖くて、足が震える。
結果は分かりきっていた。
真希は打ち倒され、
真依は役に立たないと切り捨てられる。
稽古が終わる頃には、
真希は地面に膝をつき、
真依は声も出なかった。
⸻
「……総司様は、今日は?」
片付けの最中、使用人の一人が小声で呟いた。
その瞬間、周囲の空気がわずかに変わる。
「その名を、軽々しく出すな」
叱責する声。
だが、別の男が低く続ける。
「だが……あの方は別だ」
「今日も姿を見せていないが」
別。
その言葉が、真依の耳に残った。
禪院総司。
同じ屋敷にいるはずなのに、
ほとんど見たことがない少年。
年は、真希や真依よりいくつか上。
それだけは、噂で知っている。
「総司様には、触るな」
「関わるな」
「見かけても、道を空けろ」
理由は、誰も教えてくれない。
ただ――
逆らうなとだけ言われる。
(……なんで)
真依は思う。
同じ禪院なのに。
同じ子供なのに。
どうして、そんな存在がいるのか。
⸻
夕方。
稽古で痛めた腕を抱え、真依は蔵の裏に座り込んでいた。
ここは、人目につきにくい。
真希は、別の場所で叱責を受けているはずだ。
(はやく、夜になればいい……)
そう思った時だった。
「何をしている」
低い声が、背後から落ちてきた。
真依は、心臓が跳ね上がる。
振り返ると、そこに少年が立っていた。
自分より、明らかに年上。
だが、大人とは違う。
静かで、冷たく、
まるで感情が存在しないような目。
――禪院総司。
初めて、ちゃんと見た。
(この人が……)
背筋が、ぞっとする。
「……総司、さま」
声が震えた。
総司は、真依を一瞥するだけだった。
「泣いているのか」
「……ちがいます」
嘘だった。
目は腫れ、声は掠れている。
だが、総司はそれ以上追及しない。
「お前は」
一拍置いて、言う。
「ここで、どうなりたい」
問いの意味が分からず、真依は黙り込んだ。
答えられないのを見て、総司は興味なさそうに言う。
「考えろ」
それだけ告げ、踵を返す。
去り際、淡々と落とす言葉。
「価値のないものは、壊れる」
真依は、その場に立ち尽くした。
(……こわい)
けれど、不思議と。
逃げたいとは、思わなかった。
⸻
それから数日。
総司は、真依の前に何度か姿を現した。
助けない。
声もかけない。
ただ、見る。
殴られる真依を。
叱責される真依を。
何も言えず、耐える真依を。
ある日、真依は耐えきれずに聞いた。
「……どうして、見ているんですか」
総司は即答した。
「観察だ」
冷え切った声。
「壊れるか、残るか」
その言葉に、真依の胸が締め付けられる。
(試されてる……)
逃げ場はない。
でも、ここで壊れたら――終わりだ。
⸻
そして、夜。
真依は、蔵に呼び出された。
薄暗い空間。
冷たい床。
総司は、そこに立っていた。
「選べ」
静かな声。
「このまま、潰されるか」
「それとも――俺の物になるか」
真依の喉が鳴る。
怖い。
でも。
(この人の後ろなら……)
初めて、
生き残れる気がした。
「……もし、ものになったら」
震える声で、聞く。
総司は答える。
「守る」
即断。
「俺の物は、壊させん」
それは優しさではない。
でも、真依には――十分だった。
「……ぜんぶ」
声が掠れる。
「ぜんぶ、ささげます」
その瞬間。
蔵の空気が、歪んだ。
真依には見えないはずの“何か”が、
無数に、開く。
冷たい圧だけが、空間を満たす。
総司は、淡々と告げた。
「契約成立だ」
――王が、動き始めた。