禪院の王庫   作:ナムルパス

1 / 23
第1話 王は、すでに在った 前編

禪院家の朝は、選別から始まる。

 

まだ空が白みきらない時間。

屋敷の中庭に、子供たちは一列に並ばされていた。

 

年齢も、男女も関係ない。

ここではただ一つ――

使えるか、使えないかだけが問われる。

 

「始めろ」

 

低い声と同時に、竹刀が振るわれた。

 

最初に叩かれたのは、短く切った黒髪の少女だった。

禪院真希。

 

「……っ」

 

肩を打たれ、よろめきながらも歯を食いしばる。

だが、顔は上げたままだ。

 

その視線を見て、男が鼻で笑う。

 

「睨むな、出来損ない」

 

呪力を持たない。

それだけで、禪院家では存在価値が地に落ちる。

 

「呪力のない者が、術師を名乗ろうとするな」

「身の程を知れ」

 

真希は何も言わない。

言えば、次は顔を殴られる。

 

少し離れた位置に、もう一人の少女が立っていた。

 

禪院真依。

 

同じ顔、同じ血。

双子として生まれた存在。

 

だが、禪院家は“同じ”ことを許さない。

 

「次、真依」

 

呼ばれ、真依はびくりと肩を跳ねさせた。

 

竹刀が振られる。

威力は、真希と変わらない。

 

「……っ」

 

声を殺し、真依はただ俯く。

 

「呪力はあるが、才能がない」

「結局は同じだな」

 

真希も、真依も。

禪院家にとっては――失敗作だった。

 

ただ一つ違うのは、

 

真希は吠え、

真依は黙る。

 

それだけ。

 

「模擬戦だ」

 

大人の声で、子供たちが前に出される。

 

真希は素手で、呪具を持つ相手に向かった。

無謀だと分かっていても、下がらない。

 

真依は、一歩遅れて動く。

怖くて、足が震える。

 

結果は分かりきっていた。

 

真希は打ち倒され、

真依は役に立たないと切り捨てられる。

 

稽古が終わる頃には、

真希は地面に膝をつき、

真依は声も出なかった。

 

 

「……総司様は、今日は?」

 

片付けの最中、使用人の一人が小声で呟いた。

 

その瞬間、周囲の空気がわずかに変わる。

 

「その名を、軽々しく出すな」

 

叱責する声。

だが、別の男が低く続ける。

 

「だが……あの方は別だ」

「今日も姿を見せていないが」

 

別。

 

その言葉が、真依の耳に残った。

 

禪院総司。

 

同じ屋敷にいるはずなのに、

ほとんど見たことがない少年。

 

年は、真希や真依よりいくつか上。

それだけは、噂で知っている。

 

「総司様には、触るな」

「関わるな」

「見かけても、道を空けろ」

 

理由は、誰も教えてくれない。

 

ただ――

逆らうなとだけ言われる。

 

(……なんで)

 

真依は思う。

 

同じ禪院なのに。

同じ子供なのに。

 

どうして、そんな存在がいるのか。

 

 

夕方。

 

稽古で痛めた腕を抱え、真依は蔵の裏に座り込んでいた。

ここは、人目につきにくい。

 

真希は、別の場所で叱責を受けているはずだ。

 

(はやく、夜になればいい……)

 

そう思った時だった。

 

「何をしている」

 

低い声が、背後から落ちてきた。

 

真依は、心臓が跳ね上がる。

 

振り返ると、そこに少年が立っていた。

 

自分より、明らかに年上。

だが、大人とは違う。

 

静かで、冷たく、

まるで感情が存在しないような目。

 

――禪院総司。

 

初めて、ちゃんと見た。

 

(この人が……)

 

背筋が、ぞっとする。

 

「……総司、さま」

 

声が震えた。

 

総司は、真依を一瞥するだけだった。

 

「泣いているのか」

 

「……ちがいます」

 

嘘だった。

目は腫れ、声は掠れている。

 

だが、総司はそれ以上追及しない。

 

「お前は」

 

一拍置いて、言う。

 

「ここで、どうなりたい」

 

問いの意味が分からず、真依は黙り込んだ。

 

答えられないのを見て、総司は興味なさそうに言う。

 

「考えろ」

 

それだけ告げ、踵を返す。

 

去り際、淡々と落とす言葉。

 

「価値のないものは、壊れる」

 

真依は、その場に立ち尽くした。

 

(……こわい)

 

けれど、不思議と。

 

逃げたいとは、思わなかった。

 

 

それから数日。

 

総司は、真依の前に何度か姿を現した。

 

助けない。

声もかけない。

 

ただ、見る。

 

殴られる真依を。

叱責される真依を。

何も言えず、耐える真依を。

 

ある日、真依は耐えきれずに聞いた。

 

「……どうして、見ているんですか」

 

総司は即答した。

 

「観察だ」

 

冷え切った声。

 

「壊れるか、残るか」

 

その言葉に、真依の胸が締め付けられる。

 

(試されてる……)

 

逃げ場はない。

でも、ここで壊れたら――終わりだ。

 

 

そして、夜。

 

真依は、蔵に呼び出された。

 

薄暗い空間。

冷たい床。

 

総司は、そこに立っていた。

 

「選べ」

 

静かな声。

 

「このまま、潰されるか」

「それとも――俺の物になるか」

 

真依の喉が鳴る。

 

怖い。

でも。

 

(この人の後ろなら……)

 

初めて、

生き残れる気がした。

 

「……もし、ものになったら」

 

震える声で、聞く。

 

総司は答える。

 

「守る」

 

即断。

 

「俺の物は、壊させん」

 

それは優しさではない。

でも、真依には――十分だった。

 

「……ぜんぶ」

 

声が掠れる。

 

「ぜんぶ、ささげます」

 

その瞬間。

 

蔵の空気が、歪んだ。

 

真依には見えないはずの“何か”が、

無数に、開く。

 

冷たい圧だけが、空間を満たす。

 

総司は、淡々と告げた。

 

「契約成立だ」

 

――王が、動き始めた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。