禪院家の屋敷は、夜になると余計に静かだった。
音がないわけではない。
人の気配も、呪力の流れも、確かにある。
ただ――
それらがすべて、抑え込まれている。
当主の部屋。
障子の向こうに、数人の気配が揃っていた。
「……で?」
低い声が、場を支配する。
禪院直毘人だ。
感情は読めない。
怒っているわけでも、楽しんでいるわけでもない。
ただ、事実を待っている。
「報告しろ」
命令は、それだけ。
一歩前に出たのは、分家筋の術師だった。
言葉を選びながら、口を開く。
「本日の任務で……真依が、本来の構築術式とは異なる挙動を見せました」
「異なる?」
「はい。
弾ではなく、武器そのものを――
一時的に、ですが」
部屋の空気が、わずかに変わる。
直毘人は、すぐには反応しなかった。
「一時的、とは?」
「再現性はありません。
本人も意図していない様子で……」
「ほう」
短い声。
興味を示したのか、
それとも――確認か。
「で?」
視線が、横に流れる。
そこに立っていたのは、直哉だった。
「……偶然ですわ」
少し早口だった。
「弾切れで追い詰められて、たまたま出ただけや」
「二度とできへん」
断定するように言う。
直毘人は、直哉を見る。
その目は、穏やかだった。
「……そう思う理由は?」
直哉は、一瞬、言葉に詰まった。
「二級相手です。それに……」
言いかけて、止める。
直毘人は、待たない。
「それに?」
「……女です」
場の空気が、凍る。
だが、直毘人は怒らない。
「女、か」
ゆっくりと、繰り返す。
「なら聞こう」
「総司は、どう見た?」
その名が出た瞬間、
直哉の表情が、わずかに歪んだ。
「……異常やと」
「管理下に置くべきやと、そう言うとりました」
直毘人は、ふう、と息を吐く。
「管理、ね」
しばらく、沈黙。
やがて、直毘人は言った。
「なら話は早い」
「――高専に出す」
直哉が、顔を上げる。
「は?」
素の声だった。
「高専、ですか?」
「そうや」
直毘人は、淡々としている。
「家の中で抱えとくには、あれは少し面倒や」
「外で揉ませる」
「使い方を覚えるか、壊れるか」
「どっちに転んでも、禪院に損はない」
直哉は、奥歯を噛み締める。
「……総司も、ですか」
「当たり前やろ」
直毘人は、笑った。
「王は、檻に入れたら腐る」
「外に出してこそや」
その言葉に、
誰も反論できなかった。
――同じ頃。
屋敷の別棟。
真依は、銃の整備をしていた。
分解。
清掃。
組み立て。
手順は、身体が覚えている。
(……高専)
総司から、まだ何も聞いていない。
だが、
この家が“動いた”気配だけは、
はっきりと感じていた。
足音。
顔を上げる前に、分かる。
総司だ。
「行くぞ」
短い一言。
「準備しろ」
「……どこへ?」
真依が尋ねると、
総司は、ほんの一瞬だけ視線を落とした。
「外だ」
それだけ。
真依は、それ以上聞かない。
銃を収め、立ち上がる。
外。
禪院家の外。
胸の奥が、わずかにざわついた。
それが不安なのか、
それとも――期待なのか。
真依自身にも、まだ分からなかった。