車は静かに走っていた。
禪院家の敷地を出てから、しばらく。
真依は窓の外を見ていた。
山道。
街灯は少ない。
それでも、屋敷の闇とは違う。
「……高専?」
ぽつりと、真依が言った。
総司は、前を見たまま答える。
「そうだ」
「決まったんだろう」
疑問ではない。
確認でもない。
事実を、受け取っただけの声だった。
「当主様の指示ですか?」
「直毘人が判断した」
それを聞いて、真依は小さく息を吐く。
(やっぱり)
禪院家が動く時は、いつもそうだ。
説明も、納得もない。
価値があるか。
使えるか。
それだけ。
「……私も?」
「当然だ」
即答。
「お前を置いていく理由がない」
真依は、口を閉じた。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
守る、でもない。
期待する、でもない。
ただ――
「物」として、連れていかれる。
それが、総司の一貫した態度だった。
だからこそ、信じられる。
――数時間後。
東京都立呪術高等専門学校。
結界を越えた瞬間、
真依ははっきりと感じた。
(……濃い)
屋敷とは違う。
雑多で、荒くて、制御されていない呪力。
「ここが、高専……」
「感想は後だ」
総司は、足を止めない。
校舎の前。
既に一人、待っていた。
白髪。
目隠し。
異様な存在感。
「やっほー」
軽い声。
五条悟だった。
「禪院家から二人、って聞いたけどさ」
視線が、総司に向く。
「君が“王様”?」
総司は、五条を見返す。
一切、臆さない。
「俺は総司だ」
「それ以上でも以下でもない」
五条は、一瞬だけ目を丸くしてから、笑った。
「あー、なるほど」
「これは扱いにくい」
次に、真依を見る。
「で、君が?」
「禪院真依です」
声は、小さい。
だが、視線は逸らさない。
五条は、少しだけ真剣な顔になる。
「ふーん……」
「面白い配置だね」
その言葉に、総司が口を挟む。
「説明はいらん」
「条件だけ言え」
五条は肩をすくめた。
「シンプルだよ」
「ここでは、家の序列は通じない」
「強いか、弱いか」
「生き残れるか、死ぬか」
「それだけ」
真依の喉が、わずかに鳴る。
だが、総司は頷いた。
「十分だ」
「それでいい」
五条は、少し意外そうに目を細める。
「……君、ほんとに禪院?」
「禪院だ」
「だからこそ、ここに来た」
沈黙。
五条は、軽く手を叩いた。
「はい決定」
「今日から二人とも、仮入学ね」
「正式な手続きは後」
「どうせ断らないでしょ?」
総司は、答えない。
その沈黙自体が、肯定だった。
――その頃。
禪院家。
直哉は、一人、縁側に座っていた。
「……高専、か」
面白くない。
いや、
分かっていた。
総司を檻に入れておくのは、無理だと。
だが――
「真依まで連れて行く必要は、なかったやろ」
拳を、畳に落とす。
「出来損ないが……」
その言葉が、途中で止まる。
思い出したからだ。
弾切れの瞬間。
あの、目。
(……違う)
出来損ないの目じゃない。
直哉は、歯を噛み締める。
「まだや」
「まだ終わってへん」
高専に行こうが、
外に出ようが。
序列は、覆らない。
覆させない。
「最後まで足掻いたる」
その呟きは、
誰にも届かなかった。
――夜。
高専の寮。
真依は、ベッドに座っていた。
慣れない空間。
慣れない匂い。
「……ねえ」
総司の背中に、声をかける。
「私、ここで……」
言葉に、詰まる。
総司は、振り返らない。
「役に立て」
それだけ。
「使えるなら、残る」
「使えなくなったら――」
一拍。
「その時は、俺が決める」
真依は、頷いた。
それでいい。
それが、誓いの延長だから。
窓の外。
夜空の向こうで、
何かが、静かに動き始めていた。