禪院の王庫   作:ナムルパス

13 / 23
第7話 異物 

朝。

 

高専の空気は、禪院家とまるで違った。

 

騒がしいわけではない。

むしろ静かだ。

 

だが、そこには屋敷特有の、

“張り付いた沈黙”がない。

 

(……)

 

真依は、胸の奥で小さく息を吐いた。

 

息がしやすい。

そう感じてしまったこと自体が、少し怖い。

 

慣れるな。

ここは、仮置き場だ。

 

廊下を歩く。

 

制服姿の生徒たちが、ちらほらと視線を向けてくる。

 

――禪院。

 

その姓だけで、意味を持つ。

 

ただし、屋敷のそれとは違う。

 

畏怖でも、侮蔑でもない。

好奇と警戒が、入り混じった視線。

 

(……やっぱ、変な感じ)

 

真依は、心の中でだけ呟いた。

 

総司は、気にしない。

 

歩幅も、速度も、変えない。

視線がぶつかれば、正面から受ける。

 

逸らさない。

 

それだけで、周囲の空気が一歩引く。

 

「お前は周りを見るな」

 

不意に、総司が言った。

 

「必要ない」

 

「……分かってる」

 

短く返す。

 

分かっている。

ここでも、自分は“付属品”だ。

 

教室。

 

簡素な机と椅子。

壁には、任務表が貼られている。

 

禪院家では見なかった光景。

 

そこへ――

 

「……また増えたか」

 

気怠げな声。

 

振り向くと、

長い髪を後ろで束ねた少女が、壁にもたれていた。

 

気だるそうな目。

眠そうで、だが鋭い。

 

「家入硝子」

 

「医者みたいなもん」

 

視線が、真依に向く。

 

「……銃?」

 

「術式です」

 

真依は、淡々と答えた。

 

硝子は少しだけ目を細める。

 

「ふーん」

 

「分かりやすいね」

 

評価でも、否定でもない。

 

ただ、事実を受け取っただけ。

 

次に、総司を見る。

 

「で、君は?」

 

「総司」

 

「禪院総司だ」

 

硝子は、軽く肩をすくめた。

 

「また厄介なの来たなあ」

 

「五条が楽しそうだった理由、分かる」

 

総司は、答えない。

 

沈黙が、そのまま場を支配する。

 

そこへ――

 

「おはよー」

 

間延びした声。

 

白髪、目隠し。

 

五条悟だった。

 

「どう? 初日」

 

「居心地は?」

 

真依は、少し考えてから言う。

 

「……静かです」

 

五条は、笑った。

 

「あー、それ褒めてないね」

 

総司は、五条を見る。

 

「俺たちは、いつから任務だ」

 

「はやっ」

 

五条は楽しそうに言う。

 

「焦らなくていいよ」

 

「まずは――」

 

教室を見渡す。

 

「君たちが、どれくらい“異物”か」

 

「みんなに分かってもらわないと」

 

真依の肩が、わずかに強張る。

 

異物。

 

否定できない言葉。

 

だが――

 

総司は、平然としていた。

 

「分からせる必要はない」

 

「使えるかどうか」

 

「それだけだ」

 

五条は、にやりと笑う。

 

「いいね」

 

「じゃあ午後、軽く行こうか」

 

「実地で」

 

真依の胸が、きゅっと縮む。

 

(……来る)

 

ここでも、試される。

 

総司が振り返る。

 

「準備しろ」

 

短い命令。

 

けれど――

屋敷で受けるそれより、ずっと軽かった。

 

高専の空気は、噂が走るのが早い。

 

任務の詳細は伏せられていた。

それでも、断片だけは確実に広がる。

 

――禪院家の娘が前に立った。

――銃の術式で、呪霊を処理した。

――当主筋の少年は、一切動かなかった。

 

教室の隅。

 

真依は、椅子に座ったまま俯いていた。

 

視線を感じる。

昨日よりも、明確なそれ。

 

(……やっぱ、そうなるよね)

 

無視しようとしても、耳に入る。

 

「……あの子が?」

 

「銃だけで?」

 

「でも、呪力量は――」

 

評価と疑念が、混ざった声。

 

禪院家で浴びてきたものと、似ている。

けれど、決定的に違う。

 

ここでは、

“最初から出来損ない”として扱われていない。

 

それが、怖かった。

 

「真依」

 

声をかけられて、顔を上げる。

 

硝子だった。

 

「調子は?」

 

「……普通」

 

嘘ではない。

 

硝子は、それ以上踏み込まない。

 

「そう」

 

短く言って、隣に座る。

 

「ここさ」

 

「出来るようになると、急に距離詰めてくる人、増えるから」

 

真依は、少しだけ眉を動かした。

 

「……それ、慰めですか?」

 

「忠告」

 

硝子は、淡々としている。

 

「壊れやすい人ほど、消耗が早い」

 

その言葉に、真依は返せなかった。

 

――別の場所。

 

訓練場。

 

総司は、一人で立っていた。

 

視線の先には、誰もいない。

 

それでも、周囲の呪力の流れを読んでいる。

 

「……相変わらず、浮いてるねえ」

 

背後から、五条の声。

 

「褒め言葉じゃない」

 

総司は、振り返らない。

 

「分かってるよ」

 

五条は、隣に立つ。

 

「でもさ」

 

「君、あの子を前に出しすぎ」

 

総司の視線が、初めて五条に向いた。

 

「使える」

 

それだけ。

 

五条は、少しだけ表情を変えた。

 

「それ、“使えるから出す”じゃなくて」

 

「“出したいから使ってる”でしょ」

 

総司は、否定しない。

 

「俺の物だ」

 

「壊れるかどうかは、俺が決める」

 

五条は、苦笑した。

 

「禪院らしいね」

 

「でも――」

 

一拍。

 

「ここでは、君の所有物って理屈は通らない」

 

総司は、静かに言った。

 

「通す」

 

断言。

 

五条は、それ以上言わなかった。

 

――夕方。

 

寮の廊下。

 

真依は、壁にもたれていた。

 

考えないようにしても、考えてしまう。

 

前に出た。

撃った。

倒した。

 

――評価された。

 

それが、落ち着かない。

 

足音。

 

総司だ。

 

「戻るぞ」

 

「……どこに?」

 

「訓練場」

 

短い返答。

 

真依は、立ち上がる。

 

「私、今日は……」

 

言いかけて、止まる。

 

“疲れた”と言いそうになったから。

 

総司は、真依を見る。

 

「無理はさせん」

 

「だが、慣れろ」

 

真衣は、小さく息を吸う。

 

「……うん」

 

訓練場。

 

銃を構える。

 

弾は、今日は作らせない。

 

総司が、そう決めている。

 

「撃つな」

 

「構えろ」

 

真依は、従う。

 

前に立つ。

 

何もできない状態で。

 

心臓の音が、うるさい。

 

(……嫌だ)

 

また、あの感情。

 

だが、今日は違う。

 

総司が、後ろにいる。

 

出てこない。

 

助けない。

 

それでも、そこにいる。

 

「いい」

 

総司が言う。

 

「それを覚えろ」

 

「撃てなくても、前に立て」

 

真依は、唇を噛んだ。

 

それは、

守られる側の言葉じゃない。

 

「……私」

 

声が震える。

 

「壊れてもいい、って言われる方が楽だった」

 

総司は、答えない。

 

ただ、一言。

 

「それは許さん」

 

真依は、目を閉じた。

 

逃げ場がない。

 

それでも――

ここに立っている。

 

それだけで、

何かが変わり始めている気がした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。