禪院の王庫   作:ナムルパス

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第8話 切り札の重さ

任務書類は、簡潔だった。

 

場所:都内郊外・廃工場

想定呪霊:二級相当・複数

被害:なし(発見次第対処)

 

「……二級か」

 

真依は、紙を見ながら小さく呟いた。

 

三級とは、明確に違う。

銃だけで押し切れるかどうか――

相手次第になる等級。

 

「問題ない」

 

総司は、それだけ言った。

 

不安を打ち消すわけでも、

励ますわけでもない。

 

事実として、処理可能だと判断した声音。

 

車内。

 

五条が、バックミラー越しに二人を見る。

 

「今回さ」

 

「俺、あんまり口出さないから」

 

「好きにやっていいよ」

 

軽い口調。

 

だが、それが意味するのは

完全に見られているということだ。

 

現場に到着する。

 

廃工場は、外壁が崩れかけ、

中には錆びた機械が放置されている。

 

結界を張った瞬間、

空気が、はっきりと変わった。

 

(……いる)

 

複数。

気配が重なっている。

 

真依は、銃を構えた。

 

(弾は問題ない)

 

生成は、安定している。

銃という形に最適化された呪力操作。

 

これは、自分の“領分”だ。

 

問題は――

王庫。

 

あの武器生成は、

呪力総量を一気に削る。

 

一日一回。

それ以上は、身体が持たない。

 

(……使うかどうか)

 

判断は、常に付きまとう。

 

呪霊が、姿を現す。

 

二体。

どちらも二級。

 

動きが速い。

体表の呪力も厚い。

 

「来る」

 

総司の声。

 

短い。

 

合図だけ。

 

真衣は、撃つ。

 

一発。

二発。

 

弾丸が、呪霊の脚を削る。

 

動きが、鈍る。

 

(いける)

 

銃だけでも、戦える。

 

だが――

呪霊は、数で押してくる。

 

一体が前に。

もう一体が、側面へ。

 

(……囲まれる)

 

真依は、位置を変えながら撃つ。

 

冷静。

だが、呪力の消費は確実に積み上がる。

 

(まだ、王庫は切らない)

 

ここで使うべきじゃない。

 

そう判断した瞬間――

 

呪霊の一体が、無理に距離を詰めてきた。

 

避けきれない。

 

「――っ」

 

衝撃。

 

壁に叩きつけられる。

 

息が詰まる。

 

だが、銃は落とさない。

 

(……まだだ)

 

立ち上がる。

 

照準を合わせる。

 

引き金。

 

弾丸が、呪霊の頭部を貫く。

 

一体、消滅。

 

残り一体。

 

(……ここ)

 

真依は、理解した。

 

銃だけでは、押し切れない。

 

時間をかければ、勝てる。

だが、その間に

こちらの消耗が先に来る。

 

視線の先。

 

総司は、動かない。

 

出てこない。

助けない。

 

だが――

見ている。

 

(……決めるのは、私)

 

王庫を切るか。

温存するか。

 

一日一回。

今日の切り札。

 

呪霊が、再び踏み込んでくる。

 

真依は、引き金から指を離した。

 

銃を下げる。

 

呪力の流れを、変える。

 

(……重い)

 

弾とは、違う。

 

もっと、はっきりとした“形”。

 

――生成。

 

短剣。

 

呪具。

 

王庫の武器。

 

その瞬間、身体が理解する。

 

(……これで、今日はもう使えない)

 

だが、迷いはない。

 

踏み込む。

 

一閃。

 

短剣が、呪霊の核を正確に裂いた。

 

消滅。

 

静寂。

 

真依は、その場に立ち尽くす。

 

息が荒い。

 

腕が、重い。

 

王庫を使った反動が、

じわじわと身体に広がる。

 

「……終了」

 

五条の声。

 

「いい判断だったよ」

 

総司が、近づいてくる。

 

視線は、短剣――

ではなく、真衣に向いている。

 

「使ったな」

 

「……うん」

 

真依は、正直に答えた。

 

「銃だけじゃ、長引くと思った」

 

総司は、頷いた。

 

「正しい」

 

評価は、それだけ。

 

「ただし」

 

一拍。

 

「無闇に切るな」

 

「お前の呪力総量じゃ、

王庫の武器生成は一日一回が限界だ」

 

事実確認。

 

命令ではない。

 

「分かってる」

 

真依は、即答した。

 

「だから、決めた」

 

総司は、それ以上何も言わない。

 

詰める必要がないと、判断したのだ。

 

帰り道。

 

車内は、静かだった。

 

「……ねえ」

 

真依が、口を開く。

 

「今日さ」

 

「王庫、使わなくても

ギリギリはいけたと思う」

 

総司は、前を見たまま答える。

 

「それでも使った」

 

「うん」

 

「なら、それが答えだ」

 

真依は、少しだけ目を伏せる。

 

「……怖かった」

 

正直な言葉。

 

総司は、否定しない。

 

「怖いなら、なおさら切れ」

 

「躊躇って死ぬより、

切り札を切って生きろ」

 

それは、守る言葉じゃない。

 

甘やかしでもない。

 

――所有物に対する、判断基準。

 

それでも。

 

真依は、小さく頷いた。

 

(……私は)

 

守られているわけじゃない。

 

期待されているわけでもない。

 

ただ――

使われる価値があると、判断されている。

 

それでいい。

 

それが、

今の自分の立ち位置だ。

 

高専の結界が、近づく。

 

次は、もっと厄介になる。

 

だが――

切り札の重さを知った今、

真依は、前よりも少しだけ

前に立てていた。

 

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