禪院の王庫   作:ナムルパス

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第11話 隔たり 前編

訓練場の結界が、音もなく閉じた。

 

それだけで、空気が切り替わる。

視界に映るものは何も変わらない。

それなのに、同じ場所ではないような感覚が生まれる。

 

五条悟は、いつもと変わらない様子で立っていた。

片手をポケットに突っ込み、首を軽く鳴らす。

 

「じゃ、模擬戦ね。

 お互い、殺しなし。壊しすぎもなし」

 

条件としては、あまりに緩い。

だが、それを疑う者はいない。

 

向かいに立つ総司は、返事をしない。

頷きもなく、構えもない。

 

呪力を立たせることすらしない。

 

それが、妙に目についた。

 

(……何も、出してない)

 

真依は、少し離れた場所からその背中を見つめる。

視線を逸らせば楽なのに、どうしても外せなかった。

 

訓練のはずだ。

それなのに、胸の奥がひやりとする。

 

(同じ高専にいるのに……)

 

理由は分からない。

ただ、立っている“位置”が違うと感じる。

 

五条が、一歩前に出る。

 

それだけの動きなのに、

空間が押し縮められたような錯覚が走った。

 

五条の動きは速い。

派手さはないが、迷いもない。

 

拳が来る、と認識した時には、

もう間合いは詰められていた。

 

総司は、前に出ない。

下がりもしない。

 

代わりに――空間が歪む。

 

王庫が開いた。

 

背後に生じた裂け目から、呪具が吐き出される。

刃、杭、短槍。

どれも見覚えのある、2級呪具。

 

(……それだけ?)

 

真依は、一瞬そう思ってしまう。

 

だが、次の瞬間、

その認識が間違いだと分かった。

 

総司は、武器を掴まない。

 

呪具は宙に静止し、

次の瞬間、射出された。

 

直線じゃない。

角度を変え、時間差をつけ、

五条の立つ空間そのものを削るように放たれる。

 

「へぇ……」

 

五条が、心底楽しそうに声を漏らす。

 

軽口だ。

だが、視線は一瞬も逸れていない。

 

射出された呪具は、五条に届かない。

しかし、意味はある。

 

踏み込める場所が、減る。

動ける選択肢が、削られていく。

 

「投げてるってより、完全に“撃ってる”ね」

 

感想のように言いながら、

五条は自然に間合いをずらす。

 

総司は追わない。

詰める判断もしない。

 

王庫から、別の呪具が現れる。

 

鎖。

射出と同時に分裂し、周囲を囲う。

 

完全な拘束ではない。

だが、五条の動きが、わずかに制限される。

 

「なるほど」

 

五条が笑う。

 

「派手なのは、あんまり好きじゃない?」

 

それは冗談めいている。

だが、核心を突いていた。

 

総司は答えない。

鎖を王庫へ戻し、射出を止める。

 

戦場が、一瞬だけ静まる。

 

(……切ってない)

 

真依は、はっきりと気づく。

 

王庫には、もっとある。

あんなものだけで終わるはずがない。

 

それでも、使わない。

 

(まだ、届いてないんだ)

 

自分も。

この場も。

 

五条が、少し距離を取る。

 

「前半は、こんなところでいいかな」

 

軽く手を叩き、戦闘を区切る。

 

「面白いよ。

 ちゃんと“選んで”戦ってる」

 

総司は、何も言わない。

王庫を閉じ、元の位置に戻る。

 

特別な動作はない。

誇示も、余韻もない。

 

それでも。

 

真依には、はっきりと残った。

 

強さの差じゃない。

技術の差でもない。

 

立っている場所が、違う。

 

その隔たりが、

今はまだ、埋めようもなく遠い。

 

 

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