模擬戦は、いったん区切られた。
だが、結界の内側に流れる空気は、
“休止”という言葉とは程遠かった。
誰も、すぐには動かない。
五条悟は、軽く伸びをするように肩を回しながら、
その場に立ったまま総司を見ている。
息は乱れていない。
汗もない。
総司も同じだった。
王庫は閉じられ、
さきほどまで歪んでいた空間は、何事もなかったかのように元に戻っている。
(……終わった、の?)
真依は、視線を二人の間で行き来させる。
確かに、攻撃は止まった。
だが、訓練が終わったという実感が、どこにもない。
ただ――
張り詰めたままの沈黙だけが残っていた。
「いやぁ」
五条が、間を破る。
「想像してたより、ずっと静かだね」
独り言のような調子だ。
だが、その視線は、はっきりと総司に向けられている。
「普通さ、ああいうのって
もうちょい“分かりやすく”来るんだけどさ」
総司は答えない。
立ち位置も、姿勢も、さっきと変わらない。
それを見て、五条は小さく笑った。
「やっぱり」
少し楽しそうに、言う。
「さっきのさ。
全部“確認”でしょ?」
評価でも、指摘でもない。
断定に近い口調だが、責める色はない。
まるで、
同じものを見ていた者同士で、答え合わせをしているようだった。
総司は、視線を逸らさない。
肯定もしない。
否定もしない。
沈黙だけが、答えとして置かれる。
(……確認?)
真依は、胸の奥に引っかかるものを覚える。
何を。
どこまで。
それが、さっぱり分からない。
あの射出。
あの間合い。
あれで終わりだと思っていた。
だが、二人の空気は違う。
(前半……って言ってた)
五条の言葉が、頭の中で反芻される。
前半。
つまり、続きを想定している。
その感覚自体が、真依には遠かった。
「ま、いいや」
五条は、軽く手を振る。
「別に全部見せてほしいわけじゃないし」
一歩、前に出る。
だが、攻める距離ではない。
「たださ」
ほんの少しだけ、声の調子が変わる。
「“使わない理由”がちゃんとあるのは、好きだよ」
それは褒め言葉だった。
だが、同時に線引きでもある。
総司は、短く息を吐く。
それ以上、踏み込むつもりはない。
五条は、ふと視線をずらし、
少し離れた位置に立つ真依を見る。
一瞬だけ。
だが、その一瞬が、妙に重く感じられた。
「安心して」
軽い声。
「今のは、参考にならないから」
理由は言わない。
説明もしない。
それでも、その言葉が意味するところは、
はっきりと伝わってしまう。
(……私には、関係ない)
真依は、無意識に拳を握る。
悔しさ、とは少し違う。
置いていかれている、という実感。
同じ場にいるのに、
同じ会話に参加できていない。
総司は、何も補足しない。
五条の言葉を否定もしない。
それが、答えだった。
「じゃ」
五条は、人差し指を立てる。
「次」
笑顔のまま、言う。
「もう一段だけ、上げよっか」
軽い。
だが、冗談ではない。
総司は、少しだけ間を置いてから、答えた。
「……好きにしろ」
短い言葉。
感情は乗らない。
それでも、その一言で十分だった。
結界の内側で、
空気が、再び張り詰める。
真依は、息を飲む。
(……ここからが、本当なんだ)
前半でも、十分に遠かった。
だが、今から始まるものは――
きっと、
比べることすら許されない距離なのだと。
その予感だけが、
はっきりと胸に残っていた。