禪院の王庫   作:ナムルパス

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第1話 王は、すでに在った 後編

蔵の中は、静まり返っていた。

 

夜の禪院家は音が少ない。

だが今、真依の耳には――

何も聞こえすぎている。

 

息遣い。

心臓の音。

自分が、ここに立っているという事実。

 

目の前には、禪院総司がいる。

 

動かない。

何も言わない。

ただ、立っているだけなのに。

 

(……こわい)

 

けれど、それ以上に。

 

(この人は、逃がしてくれない)

 

そう直感していた。

 

「後悔するぞ」

 

総司が、低く言った。

 

「俺の物になるということは、そういうことだ」

 

真依は、小さく息を呑む。

 

「自由はない」

「選択もない」

「お前の価値は、俺が決める」

 

淡々と、事実を告げる声。

 

それでも。

 

「……それでも」

 

真依は、俯いたまま言った。

 

「ここで、何も持たずに壊れるより……ましです」

 

一瞬。

 

蔵の空気が、わずかに揺れた。

 

総司は、真依を見下ろす。

 

(理解している)

 

それが、答えだった。

 

 

――俺は、弱いものを拾わない。

 

哀れだから守る?

守る価値があるから?

違う。

 

そんな曖昧な理由で、

王が何かを手に入れることはない。

 

俺が選ぶのは、

自分の立場を理解しているものだけだ。

 

 

真希は、違う。

 

弱い。

だが、吠える。

 

牙も力もないのに、

王と同じ高さに立とうとする。

 

それは反逆だ。

そして――不快だ。

 

雑種が、王の玉座を見上げるな。

 

 

だが、真依は。

 

こいつは、自分が何も持たないことを知っている。

 

才能がない。

力もない。

選択肢もない。

 

だからこそ――

すべてを差し出せる。

 

それは、

王の所有物に最も近い在り方だった。

 

 

「顔を上げろ」

 

総司の声に、真依はゆっくりと顔を上げた。

 

涙の跡が残る目。

怯えと覚悟が入り混じった表情。

 

総司は、その目を見て確信する。

 

(壊れない)

 

「誓え」

 

静かな声。

 

「命」

「心」

「未来」

 

「全部、俺に捧げると」

 

真依の喉が鳴る。

 

逃げることはできない。

逃げても、何も残らない。

 

だから――

 

「……ちかいます」

 

か細い声だった。

 

「わたしの、ぜんぶ」

「総司さまに、ささげます」

 

その瞬間。

 

蔵の空間が、完全に歪んだ。

 

 

見えない“門”が、開く。

 

一つではない。

十でもない。

 

無数。

 

そこから溢れ出すのは、

鉄の匂い。

血の気配。

呪いの残滓。

 

真依は、理解できない恐怖に息を詰める。

 

「……なに、これ……」

 

総司は、初めて――

ほんのわずかに、口角を上げた。

 

「王葬庫《おうそうこ》」

 

それが、俺の術式だ。

 

 

空間の裂け目から、

一本の刀が現れる。

 

刃こぼれし、

柄には無数の手垢。

 

――死んだ呪術師の呪具。

 

「ここは、墓場だ」

 

総司は言う。

 

「役目を終え、捨てられた武器のな」

 

次々と、門が開く。

 

槍。

鎖。

歪な形をした呪具。

 

どれも、強烈な呪力を纏っている。

 

真依は、立っていられなかった。

膝が震え、床に崩れる。

 

「だが、墓には王が必要だ」

 

総司は、呪具たちを見回す。

 

「管理する者」

「命じる者」

「使い潰す者」

 

呪具たちが、微かに鳴いた。

 

まるで、

主を認めたかのように。

 

 

「これが……総司さま……?」

 

真依の声は、震えていた。

 

総司は、真依を見る。

 

「理解しろ」

 

「俺は、優しくない」

「正しくもない」

 

「だが――」

 

一歩、近づく。

 

「俺の物は、壊させん」

 

呪具の一本が、床に突き刺さる。

 

轟音。

 

「お前が死ぬなら、それは俺が決める」

 

「他の誰にも、選ばせない」

 

真依は、震えながらも頷いた。

 

「……はい」

 

その答えを聞いて、

総司は満足した。

 

 

翌日。

 

蔵で起きた“異変”は、

すぐに禪院家全体に広がった。

 

「呪具庫が……反応した?」

「あり得ん」

「だが、あの蔵から――」

 

大人たちは、ざわつく。

 

だが、誰も近づこうとしない。

 

「総司様の蔵だ」

「触るな」

 

恐怖と忌避。

 

それが、

禪院総司という存在の正体だった。

 

 

中庭では、真希が稽古をしていた。

 

竹刀を振るう。

殴られる。

それでも、歯を食いしばって立ち上がる。

 

その様子を、少し離れた場所から、総司が見ていた。

 

真希は、気づいて睨み返す。

 

その目は、相変わらずだ。

 

――吠える目。

 

総司は、視線を逸らした。

 

「……雑種が」

 

それだけ言い、踵を返す。

 

真依は、その背後に立っていた。

 

昨日とは違う。

恐怖はあるが、揺らぎはない。

 

「行くぞ」

 

総司の言葉に、真依は一歩遅れてついていく。

 

その背中を、真希は睨み続けていた。

 

 

その夜。

 

総司は、蔵の中で一人、呪具の気配に囲まれていた。

 

(……いずれ)

 

いずれ、この力は表に出る。

 

禪院家も、

呪術界も、

宿儺でさえ。

 

俺を無視できなくなる。

 

「面倒だな」

 

だが――

悪くない。

 

王は、

すでに在る。

 

あとは、

踏み潰すだけだ。

 

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