結界が解けたあとも、五条悟はしばらくその場に残っていた。
周囲には、もう誰もいない。
生徒も、教師も、それぞれの日常へ戻っている。
五条だけが、訓練場の中央で、少し空を見上げていた。
「……楽しかったな」
ぽつりと漏れた言葉には、嘘はない。
模擬戦として見れば、十分すぎるほど刺激的だった。
ただし。
(教育的かって言われると、微妙)
五条は、肩をすくめる。
今日の模擬戦で、誰かが“分かりやすく”成長したわけじゃない。
技術を盗める場面も、真似できる動きも、ほとんどなかった。
それでいい、と思っている。
むしろ――
分からないままで終わったこと自体が、正解だ。
「静かすぎるんだよなぁ」
思い返すのは、総司の立ち位置だ。
前に出ない。
詰めない。
かといって、逃げてもいない。
距離を測っているようで、測っていない。
最初から、“踏み込まない場所”を選んで立っていた。
(ああいうの、嫌いじゃない)
五条は、自分の中に浮かんだその感想に、小さく笑う。
強いとか、危険だとか、
そういうラベルは、まだ貼る気にならない。
ただ、変だ。
便利なものを、便利な使い方で済ませている。
それが一番おかしい。
王庫。
あれは確かに、選択肢の塊だ。
普通なら、
「どれを使うか」で迷う。
でも、彼は違う。
「どれを使わないか」で、最初から削っている。
(面倒だなぁ……)
心底そう思う。
五条は、基本的に単純なものが好きだ。
強ければ強いほど、分かりやすい方がいい。
なのに、
今日の相手は、強さを主張しない。
出し惜しみでもない。
遠慮でもない。
ただ、今は必要ないと判断しているだけ。
「……やりにくい」
独り言のように言ってから、
五条はふと、別の存在を思い出す。
真依。
模擬戦の最中、
ずっと外側に立たされていた視線。
理解できない、という顔。
それでも、目を逸らさなかった。
(あれは、悪くない)
才能がどうとか、向いてる向いてないとか、
そういう話は、今する段階じゃない。
分からない、という実感だけが残ったなら、十分だ。
今日見たものは、
真似するための戦いじゃない。
追いつくための指標でもない。
「見えなくて正解」
あれは、慰めじゃない。
事実だ。
今の位置から、見えてしまったら、
それはそれで問題がある。
五条は、ゆっくりと歩き出す。
訓練場の出口に向かいながら、
もう一度、総司の立っていた位置を振り返る。
(……まだだな)
教える段階じゃない。
止める段階でもない。
かといって、
完全に放っておくわけでもない。
距離は保つ。
触らない。
でも、目は離さない。
それくらいが、ちょうどいい。
「さて」
五条は、いつもの軽い調子に戻る。
「この先、どうなるかな」
答えは、出さない。
出さないままにしておく方が、
たぶん、面白い。
そう思いながら、
五条悟は、何事もなかったかのように校舎へ戻っていった。