禪院の王庫   作:ナムルパス

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第12話 触れない距離

結界が解けたあとも、五条悟はしばらくその場に残っていた。

 

周囲には、もう誰もいない。

生徒も、教師も、それぞれの日常へ戻っている。

 

五条だけが、訓練場の中央で、少し空を見上げていた。

 

「……楽しかったな」

 

ぽつりと漏れた言葉には、嘘はない。

模擬戦として見れば、十分すぎるほど刺激的だった。

 

ただし。

 

(教育的かって言われると、微妙)

 

五条は、肩をすくめる。

 

今日の模擬戦で、誰かが“分かりやすく”成長したわけじゃない。

技術を盗める場面も、真似できる動きも、ほとんどなかった。

 

それでいい、と思っている。

 

むしろ――

分からないままで終わったこと自体が、正解だ。

 

「静かすぎるんだよなぁ」

 

思い返すのは、総司の立ち位置だ。

 

前に出ない。

詰めない。

かといって、逃げてもいない。

 

距離を測っているようで、測っていない。

最初から、“踏み込まない場所”を選んで立っていた。

 

(ああいうの、嫌いじゃない)

 

五条は、自分の中に浮かんだその感想に、小さく笑う。

 

強いとか、危険だとか、

そういうラベルは、まだ貼る気にならない。

 

ただ、変だ。

 

便利なものを、便利な使い方で済ませている。

それが一番おかしい。

 

王庫。

あれは確かに、選択肢の塊だ。

 

普通なら、

「どれを使うか」で迷う。

 

でも、彼は違う。

「どれを使わないか」で、最初から削っている。

 

(面倒だなぁ……)

 

心底そう思う。

 

五条は、基本的に単純なものが好きだ。

強ければ強いほど、分かりやすい方がいい。

 

なのに、

今日の相手は、強さを主張しない。

 

出し惜しみでもない。

遠慮でもない。

 

ただ、今は必要ないと判断しているだけ。

 

「……やりにくい」

 

独り言のように言ってから、

五条はふと、別の存在を思い出す。

 

真依。

 

模擬戦の最中、

ずっと外側に立たされていた視線。

 

理解できない、という顔。

それでも、目を逸らさなかった。

 

(あれは、悪くない)

 

才能がどうとか、向いてる向いてないとか、

そういう話は、今する段階じゃない。

 

分からない、という実感だけが残ったなら、十分だ。

 

今日見たものは、

真似するための戦いじゃない。

 

追いつくための指標でもない。

 

「見えなくて正解」

 

あれは、慰めじゃない。

事実だ。

 

今の位置から、見えてしまったら、

それはそれで問題がある。

 

五条は、ゆっくりと歩き出す。

 

訓練場の出口に向かいながら、

もう一度、総司の立っていた位置を振り返る。

 

(……まだだな)

 

教える段階じゃない。

止める段階でもない。

 

かといって、

完全に放っておくわけでもない。

 

距離は保つ。

触らない。

 

でも、目は離さない。

 

それくらいが、ちょうどいい。

 

「さて」

 

五条は、いつもの軽い調子に戻る。

 

「この先、どうなるかな」

 

答えは、出さない。

 

出さないままにしておく方が、

たぶん、面白い。

 

そう思いながら、

五条悟は、何事もなかったかのように校舎へ戻っていった。

 

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