禪院の王庫   作:ナムルパス

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第14話 呪いの重さ

沈黙が、教室に落ちた。

 

里香の姿は完全に現れてはいない。

だが、乙骨の背後――

“そこにいる”という感覚だけが、はっきりと残っていた。

 

重い。

空気が、押し潰すように重い。

 

誰もが、無意識に呼吸を浅くしていた。

 

「……ふぅ」

 

その沈黙を破ったのは、五条だった。

 

間の抜けたような吐息。

緊張感を壊すようでいて、実際には壊れていない。

 

「いやー……」

 

五条は、床に走った亀裂を見下ろす。

 

「やっぱり迫力あるね」

 

「ふざけんな!」

 

真希が即座に声を荒げた。

 

「どう見ても洒落になってないだろ!!」

 

「冗談じゃないよ」

 

五条は軽く肩をすくめる。

 

「事実。

 今の、下手したら校舎半分、消し飛んでた」

 

乙骨の胸が、強く締めつけられた。

 

(……え)

 

視線が、床に落ちる。

割れたコンクリート。

壁に刻まれた無数のひび。

 

(……これ、僕が……?)

 

何かをした記憶はない。

ただ、名前を呼ばれただけだ。

 

それだけで、これだ。

 

「憂太」

 

五条が、少しだけ声の調子を落とす。

 

乙骨は、びくりと肩を震わせた。

 

「分かってる?」

 

首を振ることしか、できなかった。

 

「君に憑いてる呪いはね」

 

五条は、淡々と続ける。

 

「今の呪術界でも、かなり危険な部類」

 

一拍。

 

「正式には――

 特級過呪怨霊」

 

言葉が、脳に届くまで時間がかかった。

 

「……とっ、きゅう……?」

 

声が、かすれる。

 

「そ」

 

五条は、あっさり頷く。

 

「呪術師でも、命がけで相手するレベル」

 

乙骨の思考が、追いつかない。

 

(……そんなものが)

 

(僕の、そばに……)

 

「だから」

 

五条は、乙骨の前にしゃがみ込む。

 

目線を合わせる。

 

「このまま放っておくと、君か、周りの誰かが死ぬ」

 

はっきりとした断言だった。

 

曖昧さは、ない。

 

「……っ」

 

乙骨は、唇を噛みしめる。

 

「……僕は……」

 

喉が、震える。

 

「どうすれば……」

 

答えは、すぐには返ってこなかった。

 

五条は立ち上がり、後ろを振り返る。

 

「真希」

 

「……何だよ」

 

「準備」

 

真希は舌打ちしながら、呪具を手に取る。

 

「おいおい……」

 

パンダが、身構える。

 

「まさか……」

 

「そのまさか」

 

五条は、軽く言った。

 

「実地授業」

 

乙骨の顔から、血の気が引く。

 

「……え?」

 

「百聞は一見にしかず」

 

五条は笑う。

 

「自分がどれだけ危険か、ちゃんと知っとこう」

 

真希が、低く言う。

 

「覚悟しろよ」

 

狗巻が、一歩前に出る。

 

「……こんぶ」

 

パンダは、深く息を吸った。

 

「死なない程度には、手加減する」

 

(やめて……)

 

乙骨は、後ずさった。

 

身体が、言うことをきかない。

 

その時だった。

 

「……ユ゛ウタぁァァ……」

 

背後から、声。

 

粘つくような、歪んだ音。

 

乙骨の全身が、硬直する。

 

「……コワいノォ……?」

 

空気が、変わる。

 

黒い呪力が、ゆっくりと濃くなる。

 

「ダイジョウブ……」

 

「ユウたァ……」

 

乙骨は、震える指で振り返る。

 

里香が、そこにいた。

 

完全な姿ではない。

だが、圧だけで十分だった。

 

「イジメる……ノ……?」

 

低く、重い。

 

「……コロす……」

 

真希が、歯を食いしばる。

 

(……本物だ)

 

パンダが、息を呑む。

 

「冗談じゃねぇ……」

 

狗巻は、静かに距離を取る。

 

乙骨の喉から、声が絞り出される。

 

「……や、やめて……」

 

「出てこないで……!」

 

必死の叫び。

 

里香の動きが、止まる。

 

「……ユ゛ウタ……?」

 

不満そうな、間。

 

「……ヤ……」

 

「……デナい……」

 

呪力が、ゆっくりと引いていく。

 

圧迫感が、薄れていく。

 

教室に、静寂が戻った。

 

五条は、その一部始終を黙って見ていた。

 

(……なるほど)

 

制御は、できていない。

だが――拒否は通る。

 

「決まりだね」

 

五条が、手を叩く。

 

「乙骨憂太」

 

改めて、その名を呼ぶ。

 

「君は、呪術高専で呪いの使い方を学ぶ」

 

乙骨は、俯いたまま、小さく頷いた。

 

選択肢は、ない。

 

だが。

 

(……それでも)

 

(ここに、いるしかない)

 

恐怖に押し潰されそうになりながら、

乙骨憂太は、最初の一歩を踏み出した。

 

呪いと共に、生きる道へ。

 

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