禪院の王庫   作:ナムルパス

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第2話 王の所有物 後編

呪霊が消えた後も、修練場の空気は戻らなかった。

 

術師たちは誰一人として動けず、

ただ、少年の背中を見つめている。

 

――いや。

正確には、見ないようにしている。

 

「……総司」

 

沈黙を破ったのは、長老の一人だった。

皺だらけの顔に、隠しきれない緊張が浮かんでいる。

 

「今のは……お前の術式か」

 

総司は、ゆっくりと振り返った。

 

「見て分からんか」

 

問い返しでも、挑発でもない。

事実としての一言。

 

長老は喉を鳴らす。

 

(やはり……)

 

《王葬庫》。

禪院家に伝わるどの術式とも異なる、異端。

 

呪具を呼び出す?

否。

 

概念を取り出している。

 

それは術式というより、

「世界の所有権」に近い。

 

「……危険だな」

 

別の長老が呟く。

 

「制御できていない」

 

「いや」

 

遮るように、別の声が入った。

 

「制御している」

 

誰もが振り向く。

そこに立っていたのは、総司の父――ではない。

 

禪院家の分家筋。

現当主の側近にあたる男だ。

 

「制御できていないのなら、

この屋敷はもう半壊している」

 

「……」

 

「総司は、必要最低限しか“開いていない”」

 

その言葉に、空気がさらに冷える。

 

必要最低限。

つまり――

本気ではない。

 

総司は、そのやり取りを興味なさそうに聞いていた。

 

「話は終わりか」

 

そう言って、真依の肩に手を置く。

 

真依の身体が、わずかに強張る。

だが、拒まない。

 

「帰るぞ」

 

「……はい」

 

二人が歩き出すと、

道を塞ぐ者はいなかった。

 

 

 

夜。

 

禪院家の奥座敷では、急遽評議が開かれていた。

 

「危険すぎる……」

 

「だが、切れん」

 

「殺せばいい話ではないのか?」

 

その言葉に、即座に否定が飛ぶ。

 

「無理だ。

あれはもう、“人”として扱う段階を過ぎている」

 

「ならどうする」

 

沈黙。

 

やがて、誰かが呟いた。

 

「……囲うしかない」

 

王を、檻に入れる。

禪院家という檻に。

 

「禪院の名を与え、

守り、縛り、外に出さない」

 

「それで、従うのか?」

 

「従わせる」

 

そう言った長老の声は、震えていた。

 

 

 

一方、その夜。

 

総司の部屋は、異様に静かだった。

 

真依は、畳の端に正座している。

視線は落としたまま。

 

「……あの」

 

珍しく、真依が口を開いた。

 

「私は……役に立ちましたか」

 

総司は、少しだけ考える。

 

「役に立つ、という言い方は違う」

 

真依の指先が、ぎゅっと握られる。

 

「お前は、俺の物だ」

 

淡々とした声。

 

「それ以上でも、それ以下でもない」

 

「……はい」

 

「だが」

 

一拍。

 

「俺の物が壊れれば、俺が不快だ」

 

真依は、ゆっくりと顔を上げた。

 

「だから守る。

それだけだ」

 

真依の胸に、奇妙な感情が広がる。

 

それは安心でも、幸福でもない。

だが――

確かに、救いだった。

 

「……ありがとうございます」

 

総司は、答えない。

 

答える必要がないからだ。

 

 

 

数日後。

 

禪院家の空気は、はっきりと変わっていた。

 

総司を「子ども」と呼ぶ者はいない。

名を呼ぶときは、必ず敬意か警戒が混じる。

 

そして――

一人の少年が、屋敷に戻ってくる。

 

「へぇ……」

 

軽薄な笑み。

鋭い眼。

 

「噂は本当やったんやな」

 

禪院直哉。

 

まだ若いが、

すでに自分を“次期当主”と疑わない男。

 

「総司くん、やったっけ」

 

直哉は、総司を見下ろすように言った。

 

「面白そうやん。

禪院に、王様気取りが生まれたって」

 

総司は、視線を向ける。

 

「……お前は」

 

直哉の背後に、

無数の“所有されていないもの”が見える。

 

空っぽだ。

 

「雑音だ」

 

その一言で、

直哉の笑みが一瞬だけ歪んだ。

 

「……は?」

 

だが、次の瞬間には、また笑っている。

 

「ええわ。

すぐに分かる」

 

――どちらが、上か。

 

総司は興味を失ったように視線を外す。

 

その背後で、真依が小さく息を呑んだ。

 

禪院家は、もう後戻りできない。

 

王を抱えた家は、

いずれ、王に選別される。

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