禪院の王庫   作:ナムルパス

5 / 23
第3話 当主の眼 前編

禪院直毘人が屋敷の門をくぐったのは、日が傾ききる直前だった。

 

季節は秋。

だが、屋敷に漂う空気は妙に重く、湿っている。

 

「……変だな」

 

独り言のように呟き、直毘人は足を止めた。

長年この家に身を置いてきた男の感覚が、はっきりと警鐘を鳴らしている。

 

――禪院家が、落ち着いていない。

 

玄関先に控えていた使用人たちは、いつもより動きが硬い。

頭を下げる角度も、声をかけるタイミングも、どこか揃っていない。

 

「……お帰りなさいませ、直毘人様」

 

ようやく絞り出したような声。

 

直毘人は軽く手を上げ、靴を脱ぎながら視線を巡らせた。

 

「何かあったな」

 

問いというより、確認だった。

 

使用人は一瞬言葉に詰まり、

それから覚悟を決めたように答える。

 

「……数日前、屋敷の内部で呪霊が」

 

「内部?」

 

その一言で、空気が張り詰める。

 

直毘人の目から、酒気の抜けた鋭さが覗いた。

 

「結界の外じゃないな」

 

「……はい」

 

(なるほど)

 

直毘人は理解する。

禪院家の結界は、外から破られるほど甘くない。

 

ならば原因は一つ。

 

「対処したのは誰だ」

 

使用人は、声を低くして答えた。

 

「……禪院総司様です」

 

直毘人は、ふっと息を吐いた。

 

「やっぱりか」

 

驚きはない。

むしろ、想定より少し早かっただけだ。

 

 

 

奥座敷。

 

急ごしらえで集められた長老たちが、畳の上に並んでいた。

 

直毘人が入ると、一斉に頭が下がる。

 

「お戻りになられて早々、恐れ入ります」

 

「いい。で、どういう話だ」

 

直毘人は腰を下ろし、盃を受け取る。

 

「総司の件です」

 

「他にないだろ」

 

ぶっきらぼうな返答に、長老の一人が苦々しく続ける。

 

「術式が……想定以上でした」

 

「想定、な」

 

直毘人は鼻で笑う。

 

「想定できてたら、今頃こんな顔してない」

 

沈黙。

 

別の長老が、重い口を開く。

 

「《王葬庫》……

あれは、術式の域を超えています」

 

直毘人は盃を傾けながら言った。

 

「具体的に言え」

 

語られたのは、数日前の出来事。

屋敷内部に侵入した呪霊。

虚空が歪み、刃の“概念”が現れ、触れただけで存在が消えたこと。

 

話を聞き終えた直毘人は、しばらく黙っていた。

 

(やはりな)

 

術式ではない。

在り方そのものが違う。

 

「で、結論は?」

 

長老の一人が、慎重に言葉を選ぶ。

 

「……囲うべきかと」

 

「殺せない。使えない。逃がせない。

だから囲う、か」

 

直毘人は盃を置く。

 

「無難だな」

 

「お認めになりますか」

 

直毘人は、長老たちを見回した。

 

「一つ聞く」

 

全員が身構える。

 

「――総司は、禪院を守るか?」

 

答えは出ない。

誰も、肯定できない。

 

直毘人は、小さく笑った。

 

「だろうな」

 

立ち上がり、言葉を続ける。

 

「勘違いするな。

あれは、禪院が飼える存在じゃない」

 

一拍置いて、はっきり告げる。

 

「禪院が、選ばれる側だ」

 

長老たちの顔色が変わる。

 

「囲うのは構わない。

だが、主従を履き違えるな」

 

そう言い残し、直毘人は部屋を出た。

 

 

 

夜。

 

直毘人は一人、屋敷の奥へ向かう。

 

目的地は分かっている。

今、この屋敷で最も“中心”に近い場所。

 

禪院総司の部屋。

 

襖の前で足を止め、気配を隠さず声をかける。

 

「入るぞ」

 

返事はない。

だが、拒絶もない。

 

襖を開けると、畳の上に少年が座っていた。

 

禪院総司。

 

その背後、半歩下がった位置に禪院真依。

 

二人の距離感を見ただけで、直毘人は理解する。

 

(もう関係は出来上がってる)

 

「初めてちゃんと話すな」

 

直毘人はそう言って、向かいに腰を下ろした。

 

総司は立たない。

礼もしない。

 

だが直毘人は、それを咎めなかった。

 

「噂は聞いてる」

 

視線を真依に向ける。

 

「随分、歪んだ拾い方だ」

 

総司は即答する。

 

「俺の物だ」

 

「だろうな」

 

直毘人は軽く笑った。

 

「問題があるか?」

 

「ない」

 

即断だった。

 

「禪院らしい」

 

その言葉に、真依の指先がわずかに震えた。

 

直毘人は総司を真正面から見る。

 

「一つだけ聞かせてくれ」

 

「何だ」

 

「お前は、禪院に何を求めてる?」

 

総司は少し考え、それから答えた。

 

「何も」

 

迷いのない声。

 

「俺は、俺の物だけ守る。

禪院は、その中に入っていない」

 

直毘人は、確信する。

 

――これは、当主では制御できない。

 

だが同時に、

これほど禪院家らしい存在もいない。

 

直毘人は立ち上がり、背を向けた。

 

「好きにしろ」

 

襖に手をかけ、振り返る。

 

「ただし」

 

一言、付け加える。

 

「禪院を壊す時は、

一声かけてくれ」

 

総司は答えない。

 

だが、否定もしなかった。

 

 

 

廊下に出た直毘人は、独り言のように呟く。

 

「……直哉には、刺激が強すぎるな」

 

そして理解していた。

 

禪院家はもう、

王を抱えた。

 

この家は、

王に選別される側になったのだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。