禪院の王庫   作:ナムルパス

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第4話 禪院という檻 後編

朝の禪院家は、異様な静けさに包まれていた。

 

鳥の鳴き声すら遠く感じる。

屋敷に勤める使用人たちは、普段よりも足音を抑え、視線を落として歩いている。

 

理由は、誰もが分かっていた。

 

――当主が、動いた。

 

 

 

広間は、最低限の人数だけが集められていた。

 

直系。

分家の中でも、発言力を持つ者。

そして、禪院という家の歪みを象徴する存在たち。

 

真希は、壁際に立っていた。

 

(……空気が重い)

 

呪力ではない。

威圧でもない。

 

“決まる”という予感そのものが、空気を張り詰めさせている。

 

やがて、襖が開いた。

 

禪院直毘人が、入ってくる。

 

歩き方は遅い。

だが、迷いはない。

 

誰かが声をかけることもなく、

直毘人は定位置に立った。

 

「……話がある」

 

それだけだった。

 

形式も、前置きもない。

 

「最近、家の中が騒がしい」

 

視線が、自然と泳ぐ。

 

直哉。

真希。

分家の長老格。

そして――総司。

 

「原因は分かっている」

 

直毘人は、総司を見る。

 

値踏みする目ではない。

評価する目でもない。

 

ただ、“事実を見る目”だった。

 

「お前が来てから、家の均衡が崩れ始めた」

 

責める調子ではない。

だが、肯定でもない。

 

「直哉との件。真依の扱い。分家の動揺」

 

一つずつ、淡々と並べる。

 

「放置すれば、この家は内側から割れる」

 

沈黙。

 

誰も否定できない。

 

直毘人は、軽く息を吐いた。

 

「だから決めた」

 

その言葉だけで、場の全員が理解した。

 

――裁定だ。

 

「禪院総司」

 

名を呼ばれ、総司が一歩前に出る。

 

姿勢は変わらない。

背筋も、視線も。

 

「お前を、禪院家の正式な一員として扱う」

 

ざわめきが広がる。

 

期待。

反発。

恐れ。

 

その全てが、混ざった音。

 

直毘人は続ける。

 

「命令はしない。思想にも口出ししない」

 

(……?)

 

真希は、眉をひそめた。

 

「誰を守るか、誰を切るかも、お前が決めろ」

 

一瞬、広間の空気が凍る。

 

当主が言う言葉ではない。

少なくとも、普通の家なら。

 

「ただし」

 

直毘人の声が、低くなる。

 

「禪院の名を使う以上、結果はすべて、この家に返ってくる」

 

責任だけを、突きつける。

 

囲わない。

縛らない。

だが、逃がしもしない。

 

それが、直毘人の出した答えだった。

 

総司は、少しの間、黙っていた。

 

考えているようにも、

迷っているようにも見えない。

 

やがて口を開く。

 

「構わない」

 

短い。

 

「俺は、

禪院を背負う気はない」

 

ざわめきが大きくなる。

 

だが、総司は気にしない。

 

「ただ、

俺のものを守るためにこの名が使えるなら、使う」

 

真希は、思わず歯を食いしばった。

 

(……こいつ)

 

徹底している。

理想もない。

言い訳もない。

 

直毘人は、しばらく総司を見つめた後、言った。

 

「それでいい」

 

驚きの声が上がる。

 

「禪院は、

お前の信条を矯正する気はない」

 

「その代わり、お前が壊したものは、禪院が引き受ける」

 

視線が鋭くなる。

 

「覚悟だけは、忘れるな」

 

総司は、短く頷いた。

 

 

 

集まりは、それで終わった。

 

誰も余計な言葉を発さず、

それぞれが広間を出ていく。

 

真希は、廊下で立ち止まった。

 

総司が、前を歩いている。

 

(……今の裁定)

 

納得できない。

だが、否定もできない。

 

真希は、足を進め、声をかけた。

 

「……真依は」

 

総司が、立ち止まる。

 

真希は、言葉を切った。

 

「納得してるのか」

 

疑問形だが、詰問に近い。

 

総司は、振り返らない。

 

「している」

 

即答だった。

 

「選択肢は示した。決めたのは、あいつだ」

 

真希は、拳を握る。

 

「逃げ場がないだけだろ」

 

総司は、ゆっくり振り返った。

 

「この家に、逃げ場があったことがあるか」

 

言葉が、真希の胸に刺さる。

 

「俺は、それを“俺の側”に置いただけだ」

 

真希は、唇を噛んだ。

 

「……壊すな」

 

総司は、少しだけ黙る。

 

「壊すのは、禪院だ」

 

静かな声。

 

「俺の物は、壊させない」

 

それだけ言って、

総司は歩き去った。

 

 

 

夜。

 

真依は、自室で銃を整備していた。

 

噂は、耳に入っている。

 

当主の裁定。

総司の立場。

自分の扱い。

 

(……静か)

 

不思議なほど、心が落ち着いていた。

 

怖くないわけではない。

だが、迷いがない。

 

(私は……)

 

一人では、生きられない。

 

それを、否定しなくていい。

 

捧げると誓った。

守られると決めた。

 

それが、

自分の選んだ“生存”だ。

 

 

 

一方、直毘人は一人、酒を飲んでいた。

 

(……総司)

 

忠誠も、理想もない。

 

ただ、

自分の所有物だけを守る。

 

(王だな)

 

民を導かない王。

だが、財を失わぬ王。

 

「……厄介だ」

 

小さく呟き、酒を煽る。

 

(だが)

 

(この家には、必要かもしれん)

 

そう思ってしまう自分を、

直毘人は否定しなかった。

 

 

 

禪院家は、

確実に変わり始めていた。

 

それが破滅か、

あるいは――

生き残りか。

 

答えは、まだ出ない。

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