禪院の王庫   作:ナムルパス

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第5話 逸脱 前編

禪院家の任務は、いつも静かに始まる。

 

声を荒げる者はいない。

作戦の確認も、意見のすり合わせもない。

 

決まっているからだ。

誰が前に出て、

誰が消耗し、

誰が評価されるか。

 

「配置は変わらない」

 

総司の声が、森の中に落ちる。

 

真依は短く頷いた。

それで十分だった。

 

この数年で、

そのやり取りは当たり前になっている。

 

彼が決める。

彼女が従う。

 

そこに疑問はない。

 

周囲の禪院家の術師たちは、

二人の距離感を気にしながらも、何も言わない。

 

言えない、が正しい。

 

当主・直毘人が黙認している以上、

この配置に異を唱えることは、

そのまま総司に逆らうことと同義だった。

 

「……ふん」

 

少し離れた位置で、直哉が鼻を鳴らす。

 

視線は真依に向いている。

 

女。

出来損ない。

 

それが、銃を構え、前線に立っている。

 

しかも――

総司の指示で。

 

気に食わない。

だが、口には出さない。

 

出せば、

自分の立場が削られることを、

直哉自身が一番よく分かっている。

 

今回の対象は、二級呪霊が主体の群体だった。

 

単体で見れば脅威ではない。

だが数が多く、散開する。

 

一体ずつ確実に潰せば問題はない――

その判断は、正しい。

 

だからこそ、この任務は成立する。

 

弾を使わせる。

呪力を削らせる。

 

それだけでいい。

 

真依は銃を構えた。

 

指先の感触は、いつもと変わらない。

冷たく、確かで、裏切らない。

 

(……問題ない)

 

撃てる。

まだ撃てる。

 

最初の一発で、呪霊の頭部が弾ける。

続けて二発、三発。

 

正確。

無駄がない。

 

総司は動かない。

王庫も開かれない。

 

――これは、真依の仕事だ。

 

呪霊が距離を詰めてくる。

横から、背後から。

 

真依は位置を変え、撃ち続ける。

 

一体。

二体。

 

弾数が、確実に減っていく。

 

(……まだ)

 

数えている。

無意識に。

 

残り、四。

残り、三。

 

直哉が、ちらりと総司を見る。

 

(助けへんのか)

 

だが、総司は一切動かない。

 

助ける必要がない。

それだけのことだ。

 

残り、二。

 

呪霊の動きが、少しずつ変わる。

無駄に突っ込んでこない。

距離を測り、散る。

 

(……誘ってる)

 

無駄撃ちを。

 

真依は歯を食いしばり、撃つ。

 

残り、一。

 

最後の一体を撃ち抜いた、その直後――

視界の端で、別の呪霊が動いた。

 

(……まだ、いた)

 

銃口を向ける。

引き金を引く。

 

――空。

 

乾いた音だけが鳴った。

 

一瞬、世界が止まる。

 

(……あ)

 

呪霊が迫る。

 

距離は近い。

回避は間に合わない。

 

それでも、

真依の胸に湧き上がったのは恐怖ではなかった。

 

(……また)

 

何もできない。

 

役に立たない。

 

必要とされない。

 

嫌だ。

 

その感情だけが、

はっきりと、鋭く、胸を貫いた。

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