綺羅星は煌めかない 作:夢と希望(ハンプトンズで休暇中!)
頑張った。
心理描写むず過ぎ。
ジュージュー、と。
肉を焼く音は、とても心が安らぐ。
それは食欲が間もなく満たされることを察した本能が、そう脳に思わせるのか。
旋律は心地良く場を踊り回り、いつ迄もぐるぐると弾ける。
じゅーじゅー、と。
ぱちぱち、と。
「■■、大丈夫か?」
肉を焼く匂いは、とても胸がざわめく。
なにか極めて禁忌に触れたような、まるで本能が脳に警鐘を鳴らすように。
体が、鼻が、脳が、その匂いを拒絶する。
「はい、大丈夫です」
その青年は、その匂いがトテツモナク不快だった。
§ § §
「検出法具の破損を確認」
「劣化か?」
「いえ、本土から送られたばかりなのでそれはあり得ません。これは……自己破損です」
「そうか……おい、偵察兵!! どっかでなにかが起きてるぞ!! 法術反応があるから分かりやすい変化が起きてるはずだ!! 直ぐに見つけてくれ!!」
「はいッ?! 何処にも変化は……いや、あそこ……あぁなんてことだ……」
白い法衣を纏った陰陽師───偵察兵が頭上を指差し悲鳴を上げる。
その顔は死人のように蒼白で、まるでローマ連邦が運用する
果たして彼は本当に死人なのか? だとすれば近くにネクロマンサーが潜伏してるな。
青年はそう考え、静かに武器を構え直す。
「どうし……うおっ!? ありゃスゴイな!!」
「スゴイな、じゃありませんよ!! どうするんですか、早く撤退なりなんなりしないと、此処にいる全員死ぬことになりますよ!?」
撤退だ!! 撤退だ!! 軍法裁判に掛けられても死ぬよりはマシだ!!
そうキャンキャンと犬のように叫ぶ男を見ながら青年は緊張を解く───ことは出来なかった。
彼は死人ではない、例え死人だったとしても死者を此処まで感情豊かに操れるネクロマンサーの話は聞いたことがない。ならば少なくとも、彼は操られているわけではないだろう。
死人である可能性は残しつつも、青年はそういう「敵」に対して向けた意識のリソースの一部を戻す。
そのリソースで青年は考える。生き残るにはどうすればいいかを。
青年にはその手の素質は無かったが、それでもその「安倍」と言う名の偵察兵の顔にクッキリと写し出された死相は見ることができた。
生まれはかの高名な安倍晴明に連なる家だが、本土での陰湿で権謀術数渦巻く権力闘争に嫌気を差し、軍に志願して戦場へとやってきた駆け出しの法師───いや、陰陽師。
青年が彼について知っているのはこの程度である。
気の弱い、よく配給された食事をカツアゲされて涙する彼。
なるほど、本土の苛烈な権力闘争から逃げてきたのも納得な気質の男だ。
だが彼の実力は、流石本土の人間だと言わざるを得ない。
それは青年が所属する部隊の全員が認めるところである。
その彼がこのような有様であるのだから、きっととてつもなく危機的な事態が起きているのだろう。
青年は、安倍が見上げた空をつられて見ないように必死に彼の足元に意識を向ける。
安倍が見たであろう絶望の源を、自分が見ることが無いように。
「閣下」
「う〜んどうしようか……ん? お前なんで下向いてるんだ? 寝違えたか?」
「いえ大丈夫です」
「うん。ならまずは顔を上げようか。人と話をする時は相手の目を見てやるものだぞ」
「はぁ……?」
「いやいや、不思議そうな態度で誤魔化しても無駄だよ」
次の瞬間、グイッと顎を掴まれる。その剛力に、どちらかと言うと非力な部類に入る青年は抵抗虚しく顔を上へと向けられた。
顔が上に向いたということは、視点も上を向くということだ。
必然的に、青年は空をみた。
「あっ…………」
星が、堕ちていた。
表面を赤熱させながら地に堕ちるその星は、しかし青年の目に軌跡を見せない。
流れ星は、一瞬ながら堕ちゆく道筋を目で辿ることができる。
それは、星を横から見ているからだ。
───なら正面から見れば?
「あ……あぁ……」
軌跡を見ることは叶わない。
なぜなら、その星は真っ直ぐ堕ちているからだ。
真っ直ぐ、青年のもとへと。
心なしか、先刻より大きくなったように感じられる。
夜だと美しい筈の隕石は、太陽が頂上にある昼間では、ゴツゴツとした岩面が目立ち、非常に醜い見た目をしている。
空に舞い、一瞬で去り、人々の心に深く残るソレは。
空を覆い、延々と近付き、人々に絶望を与える存在へと姿を変えていた。
青年の心もまた、絶望に支配される。
歯はガチガチと本人の意思に関係なく音を立て、脚はプルプルと産まれたての子鹿のように震え出す。
だと言うのに───
「どないしたもんかねー?」
───何故、貴方は其処まで冷静でいられるのですか。
「閣…下……ッ!」
「ん?」
気の抜けた声が返ってくる。
その声に焦りはない。今も着々と接近する隕石を背景にしてもなお、目の前の人物はそれを気にする様子をおくびにも出さない。
今日は天気が悪いねとでも言うように、目を細めて空を見上げている。
或いは本当に何も感じていないのか? この状況で? 嘘だろ?
青年は、その人物をじっと見つめる。青年に顔を上げさせた、彼の上司であり、この部隊の隊長を。
───黒くて艶があって長い後ろ髪を、まるで犬の尻尾のように一つに纏め、ひと目見れば美少女、ふた目見れば美青年という不思議な塩梅の人物。
青年は、その人物の性別を知らなかった。
相手は自身の性別を周囲へ明言したことは無かったし、その声は、目を潰れば男と女で五分五分の票が投じられるような、そんな中性的な声色だったからだ。
青年は、その人物の名前を知らなかった。
相手はただ自分たちには「閣下」と呼ぶように言いつけていたし、後方へと戻った時、司令部まで付き添った青年は、相手が毎回異なる名前を使っていたのを知っていた。
恐らく、それが全て偽名であり、相手が
「どーしたの?」
幼子にするように、或いは擦り寄ってきたペットにするように。
相手はにんまりと口角を上げ、心底楽しそうに笑みを浮かべる。
その喜悦に満ちた表情からは、如何なる不安や恐れも感じることが出来ない。
青年は周囲のざわめきと、飄々とした相手の様子とのギャップに悲鳴を上げそうになりながら、相手に伝える言葉を探す。
最初に掛けるつもりだった言葉は忘れてしまった。
その人物の様子に、青年は理解できないことへの恐怖と、ひとりだけ余裕を持っていることへの頼もしさと、そして何よりも、自分はそんな人物の部下であることに安堵した。
敵でもない、同じ戦場にいるだけの味方でもない。
相手に使われ、その下で戦い、背中を見せてくれる部下であることに。
───青年は心底、安堵した。
「閣下は「ねぇ、■■」……」
青年は、声を遮った相手の話に耳を澄ます。
何を言おうとしたのか、そのことすら忘れて。
この人なら、今の状況を打破してくれる。
そう期待させ、無条件で全てを預けてしまいそうになる、妙なカリスマ。
何も考えず、ただ唯々諾々と従っていればいい。
この御方は、必ず我々に生と勝利を齎して下さる。
「御利益があるから拝めておく」功利主義者を自称する戦友が嘗てそう言った。
今は盲目的な忠誠と崇拝をする「閣下教」の狂信者だが。
ともあれ、この人にはそう思わせるほどの“なにか”があるのだ。
その正体は青年が部隊の副官となった数年間、分からずじまいだけれども。
「───できるよね? 頼りにしてるよー? ■■?」
じゅーじゅー、じゅーじゅー。
なにかがやけるおとがする。
───どこから、きこえている?
§ § §
青年は、過去を想起する。
今やすっかり昔の、だが色褪せることのない記憶。
あの人の飄々とした立ち振る舞い。
絶対に動揺せず、本心を曝け出しながらも本性は一度も知ることが出来なかったあの人のこと。
もしくは、本心すら虚構なのかも知れないけれど。
青年は、それら全てを覚えている。
じゅーじゅー、じゅーじゅー。
何かが焼けている。
食欲の刺激させる音、そして───
「────ゲボッ、ウ゛、ェ………ハァ、ハァッ!!」
───鼻の奥底まで充満する、不愉快な匂い。
それは青年の胸をざわめかせ、本能が嗅いではいけないと喚き散らす。
青年は手に持っていたビニール袋を離す。
袋はどさり、と地に落ちる。
青年は反射的に嘔吐した。
胸のムカつきが収まるように必死に己の服を握り締めながら、地面に跪き胃の中のものを全て吐き出す。
「ウ゛、ッ……げえぇ……」
やがて胃の中は空になる。
下を向く必要はなくなり、青年は顔を上げる。
「……ッ!! い、いや!! いやだ!!」
……青年は顔を上げなかった。まるであの時のように。
だが今回は顔を上げてくれる「閣下」はいない。
無理矢理にでも現実を見せて、飄々とした態度を崩さなかった「あの人」はいない。
そして青年は、既に前を見ていた。
見てしまったからこそ、こうなったのだ。
───死んじゃいましたね。
「───ッ!? うそ、なん……で?」
青年はその声に、顔を跳ね上げる。
それは青年が死ぬまで付き従った「あの人」の声だった。
そして顔を上げると同時に、青年の瞳には赤い焔が生まれる。
今世の故郷、その亡骸の姿が。
───貴方は悪くないですよ。
「いや嫌イヤイヤ嫌いやイヤ嫌」
青年が意図せずに口は言葉を羅列する。
本能が悲鳴を上げるように否定する。
その、此処には居ないはずの人の声を。
認めたくない、この現実を。
───全てはこの世界が悪いんです。
「どうしてドウシテドウシテどウシテどウシテドウシてどウシテドウしてドウシテドウシてドウシテドウシテ」
どうして、こんなことになった?
どうして、この声が聞こえる?
どうして、どうして、どうして、どうしてドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテ。
どうして同じ声なのに
青年は頭を振りかぶる。
お前は違う。お前じゃない。
あの人はそんな話し方しなかった。
あの人はそんなこと言わなかった。
あの人は誰かを否定しなかった。
あの人は誰かを肯定しなかった。
あの人は誰かを受け止めたりしなかった。
あの人は誰かを慰めたりしなかった。
あの人は世界を否定したりしなかった。
あの人は───
───自分は、あの人の何を知っているんだ?
青年は愕然とした。
あの人は常に同じ存在だった。
塹壕で泥を被った時も。
凍りついた大地を踏破した時も。
鬱蒼としたジャングルで食料を集めた時も。
あの飄々とした顔が、態度が、話し方が。
青年の記憶する、「あの人」の全てだった。
あの人の泣いた姿を知らない。
あの人の笑った姿を知らない。
あの人の怒った姿を知らない。
あの人の哀しんだ姿を知らない。
あの人の、本名を知らない。
青年が見た「あの人」は、全て同じ面だった。
───残念ながら夢じゃないんですけどね。いい加減現実を見てください。
「ありえないよ」
今世になってから気付いた自分の発見に、思わず口から飛び出す理解を拒もうとする言葉。
頭に響く声は、青年の理解するところにはない。
アレは偽物だ。紛い物だ。「あの人」を纏った“ナニカ”だ。
青年の全てがそう「声」を否定する。
だが「声」はそんなことに気付いてないのか、話を続ける。
ここに来て青年は察する。
この「声」とやらは、こちらに寄り添う気はなく、ただ一方的に自分の話を押し付けて自分に何かをやらせたいのだ、と。
───だ、か、ら、! 違いますって。貴方は悪くないって言いましたよね。悪いのはこの世界! そして貴方には見えてますよね?───この元凶が。
「見えてる。アレが、アレのせいで、アレが悪いのか?」
だがら青年は「声」に応えた。
気付きたくなかったことに気付くよりも、今は目の前の問題と「声」に向き合っていた方が幾分マシだと考えたからだ。
……そうしたところで、また新たに向き合いたくない現実と向き合う羽目になるのは、もはや青年の運命なのだろうか。
地上からおおよそ10メートル程だろうか。
赤を過ぎ、白熱となった十字架が立っていた。
全長20メートルはあるソレは周囲の気温を急激に押し上げ、その空気は吸うだけで肺をひりつかせる。
気温差と気圧差から生まれる空気の動きは、ドライヤーのような生暖かな風ではなく、当てられただけで水分を奪い尽くし、塗装を溶かし、電柱だろうと溶かし倒す終末的な暴風として周囲を襲っている。
今、青年の故郷はその十字架を中心に火の渦に呑まれていた。
熱して膨らませる最中のガラスのように、都市はオレンジのオーラに包まれ、閉じられている。
そして都市の中央部には、十字架が浮かび、白色に眩しく光り輝いていた。
疲労からか、現実から逃れるためか、青年はこの景色を美しいと感じた。
……感じて、しまった。
そのことが青年をよりおかしくさせる。
自分が狂ってると自覚させる。
───少なくとも“今回の件については”ですね。ほら、今も我が物顔で現し世に居座ってますよ? いいんですか? 仇が目の前にいるのに、貴方は何もしないんですか?
「だって、俺は何も出来なくて……アイツも助けられなくて……」
あぁ、自分は誰に話しているのだろうか。
こんな言い訳まがいの言葉を、紛い物とはいえあの人と同じ「声」に聞かせてもいいのだろうか。
───はぁ……。貴方の目は節穴ですか? アレは見えてるんですよ? 見えてるってことは殺せるってことです。嘗てのアステカ神聖国の英雄“背信者”ユウ・チューバが何を成し遂げたとお思いで?
勿論知っている。
世界で初めて神殺しを成した国家。
そしてその立役者、“背信者”と名乗り、そう記された英雄も。
「情報」という一点に於いて、当時のどの文明よりも先を行っていたアメリカ大陸の先住民文明。
その力の源として“背信者”より伝えられた法術も、青年は知っていた。前世では誰もが知ることだったからだ。
そしてこれらは、ひとつの事実を、そして史実を示す。
神とて、そこにいて、見えるならば、その首に手に掛けることは出来る。
「俺が……殺す? アレを?」
だから、殺せる。
そう、「声」は囁く。
───その通り!! その手段は貴方が持ってるでしょう!! 今!! あなたが!! その手で!! 殺すのです!! 滅するのです!!
コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス。
一際大きく響いた「声」に、青年の意識は明滅する。
これは、まずい。
そう判断する間もなく、青年の頭の中はただひとつの言葉に占められる。
コロス。
アレヲ、コロセ。
青年は、歯を食いしばり、両膝を両手でしっかりと押さえる。
でないと、自分の脚は勝手に
軍人であった前世の生は無駄ではなかった。
青年は、常人を遥かに凌ぐ精神力で、これ以上の理性の侵食を防ぐ。
駄目だ。動いてはいけない。ここで自分が向かってはいけない。
この世界において、
そしてその異常に対処する存在も、日常に溶け込むように存在する世界だ。
だから、自分は立ち向かってはならない。
それが“普通の人”の対応だからだ。
もっと見なければならない存在なのに。
もっと挙げなくてはいけない理由があるのに。
もっと怨嗟の声を哭かなくてはならないのに。
青年は、微かな理性でもって、それら全てを自分ですら触れられない胸の奥底に覆い隠す。
だが同時にこうも思うのだ。
───ああ、
心の何処かで青年は期待した。
自分の背中を、最後の一線を超えることを手伝ってくれる存在はいるのだろうか。
静かに、心の中を研ぎ澄まし、青年はただ待つ。
「あの人」が背を押してくれることを、期待して。
───やり過ぎましたね……。ほら、ちゃんと前を見てください。ただ見るだけじゃないですよ? しっかりと情報を目と耳と鼻と手足と肌と、兎に角全身で感じ取って脳に叩き込んでください。貴方ならあの程度、大した相手ではないでしょう?
「くそったれ」
青年は毒づく。
期待していた「声」はお前じゃない。「あの人」の声なのだと。
でもまぁ、いいか。
投げやりな感情で、青年は白熱の十字架を見据える。
よく見れば、その十字架には何かが貼り付けにされている様に見える。
その何かも、自分と同じように苦しんでいるのだろうか。
青年は柄にもなくそう思う。
嘗ての仲間が、戦友が今の自分を見たらどう思うだろうか。
嘗ての自分が、今の自分を見たらどう思うだろうか。
あの人が、今の自分を見たらどう思うだろうか。
胸の奥底から、思いの丈を最低限の「言葉」という形で吐き出す。
「クソったれの下等生物が。何の価値もないのに奪うだけ奪いやがって。
縊り殺してやる」
───いいんじゃない。■■が自分で決めたことだしさ。
心の中で、「声」ではない誰かの声が聞こえた。
まああの人ならそう言うか。
青年は静かにそう思い、納得した。
そして思わず笑ってしまった。
───なんだ、あの人のこと少しは分かってたのか。
青年の横で、ビニール袋が溶けた。
中には溶けた何かが入っていた。
ソレは辛うじて人型で、サイズ的にはフィギュアか人形のようだった。
じゅーじゅー。
何かが焼ける音がする。
匂いはしない。
いつの日か、あの人に焼かれた───
───心の音がした。
青年は、それが不快では無かった。
【背信者】
アステカ神聖国の建国記に登場する英雄。
神を地へと引き摺り降ろし、アメリカの大地に断末魔を響かさせたその人物は、平和を愛する、いたって普通の人間だったと伝えられている。
映像中継法術『ハイシン』の開発者であり、娯楽、戦争問わず使われたこの法術は、大倭共和国とローマ帝国による北米分割が起こるまで、アステカ神聖国のアメリカ覇権と文化発展に多大なる貢献を果たした。