バルジモアがどのような島なのか分からない以上、全員で行動する必要はない。万が一、島に何らかの危険が存在していた場合、船まで空けてしまえば逃げ場がなくなる。少しの人数で島を調査し、危険がないと判断してから残った者達を呼ぶ。それが最も安全だ。
「……寒いですな」
雪を踏み締めながらワトソンが呟いた。
当然だ。ここは冬島だ。空から絶え間なく雪が降り、辺り一面が白銀に染まっている。
遠くに見える山々も雪に覆われ、木々の枝には雪が積もっている。海岸から少し離れただけで、既に別世界へ来たような感覚を覚える。
「これがバルジモア……寒いわね」
ロビンが周囲を見回す。そして寒いとボヤく
「ベガパンクの故郷か……」
「ええ。間違いありません」
私の呟きに昆奈門が頷く。奴にとっては目的地そのものだ。
キテレツ斎を安全な場所へ連れていく。そのためにここまで来た。
一方で私達には別の目的がある。ベガパンクの研究資料。世界一の天才科学者が残した研究の痕跡。 それを見つける。
「……さて」
私は立ち止まった。周囲を見渡す。どこまでも白い銀世界が広がっている。
人の姿は見えない。
「人の気配がありますな」
ワトソンが言うより先に、私は既に感じ取っていた。
見聞色の覇気。ワトソンもある程度は使えるようで意識を向ければ人の気配をしっかりと感じ取る。
遠くに複数の気配がある。どうやら人が暮らしている場所があるようだ。
「村か何かでしょうか?」
孔明が尋ねる。
「恐らくな」
バルジモアの人間がいる。ならば話を聞くのが早い。
この島、ベガパンク、研究所。何も知らずに雪山を歩き回るより、現地の人間に聞いた方が圧倒的に効率がいい。
「しかし、そのまま向かうわけにはいかんな」
「……賞金首だから?」
ロビンが私を見る。
賞金首はお前もだろうと言いたいが、目立つ度合いで言えば私が一番だろう。
「ああ」
私は頷いた。新聞では私達の情報がそれなりに載っているが実際に私達の顔がどれだけ知られているかは分からない。
少なくとも私達の賞金額を合計すれば億は余裕で越える。そんな人間が堂々と村へ向かえば、当然警戒される。今でこそベガパンクは居ないが、それでもベガパンクの故郷であった事には変わらない。今のバルジモアが政府とどの程度の関係を持っているのかも分からない。海軍が駐留している可能性もある。 そんな場所で悪魔将軍本人が歩いていれば、余計な騒ぎを起こす可能性が高い。
「では、例によって?」
「ああ、オーバーボディを作る」
孔明が例によってと言うので当然オーバーボディを作る。
あれの何処が変装が出来るのかが孔明にはイマイチ理解出来ていないが、実際に見破られる事は早々に無いのだからオーバーボディは便利な物だ。
「オーバーボディ?」
キテレツ斎が反応した。
私は右手を掲げた。するとバチバチと音が鳴り響いて地面から鍵穴が、アポロンウインドウが出現して膨大なエネルギーが手に集まる。
「マグネットパワーを使う」
アポロンウインドウから噴出する膨大なマグネットパワー。
それを自らの体に浴びせればまばゆい光に身を包まれていき姿が変わっていく。
「……!」
キテレツ斎の目が輝いた。
膨大なエネルギーが形を持った。骨格を作り、外装を組み上げ身体の輪郭を整え外見を整えていく。
マグネットパワーを浴びてそこに立っていたのは何時もの悪魔将軍ではなかった。
「完成だ」
「…………」
「…………」
「…………」
全員が黙っている。私は自分の身体を確認する。
問題ない。きちんと完成している。青森の御当地ヒーロー。ホッキーガイ。その姿を模したオーバーボディだ。
「……これは……!」
キテレツ斎が目を輝かせた。
「凄い……!」
「ただの着ぐるみだ」
「ただの着ぐるみではありませんよ!」
キテレツ斎はグイグイと食いついてきた。
見たことがない超常的な力を見たのならば誰だって興奮はする。特に技術者ならば。
「この構造……外見を変えるだけではない。内部の素材、接合方法、可動域まで考えられている……これはどうやって作ったのです?」
「マグネットパワーだ」
「それは聞きました。しかし、この精密さは……!」
「細かいことは気にするな」
「気になります!」
キテレツ斎にとって、私のオーバーボディは相当に興味深いものだった。
しかし私からすればただの着ぐるみで、オーバーボディを着ている間は少々窮屈な状態だ。
「随分と可愛らしい姿になったわね」
クスクスとロビンは笑っている。
「必要だからこうしているだけだ」
「でも、似合ってるわよ」
「…………」
私は答えなかった。 似合っているかどうかなどどうでもいい。重要なのは、悪魔将軍だと気付かれないことだ。
「これなら村へ向かっても問題ないだろう」
「しかし……」
昆奈門が私を見る。
「本当にただの着ぐるみに見えるのでしょうか?」
「見えるだろう」
「……まあ、そういうことにしておきましょう」
着ぐるみを着ているが御当地ヒーローの見た目をしている。
悪魔将軍としては気付かれないがこれはこれで物凄く怪しまれるんじゃないのかと昆奈門は気にするが、私が問題は無いと言うので問題は無いと言う前提で話を進める事に。これならば村にやってきたとしても問題は無いなと思っていると雪の中から、何かが飛び出してきた。
「ふむ……」
私は即座に振り向く。
巨大な獣。狼にも似ている。ゴリラにも似ているだが普通の獣ではない。
身体の一部が金属になっている。 脚。 顎。
背中。 その一部が明らかに機械化されていた。
「サイボーグ?」
ロビンが呟く。一頭ではない。二頭と三頭と次々と雪の中から姿を現す。
「皆さん、お下がりください!」
昆奈門が構える。私は片手を上げて戦おうとする昆奈門を制止する。
「必要ない」
「しかし」
「この程度ならな」
獣達が唸る。
何時襲いかかってもおかしくはない。昆奈門は警戒すべきと言いたいが私は然程気にしない。
「静かにしろ」
私は覇王色の覇気を放つ。空気そのものが震えた、私を中心に凄まじい威圧が広がる。
獣達の身体が硬直した。金属の身体を持とうが関係ない。覇王色の覇気は、相手の精神そのものへと作用する。獣達は怯えたように後退し、一目散に逃げていった。
「……終わったな」
「相変わらず凄まじいですな」
ワトソンが呟く。私は逃げていった獣達を見る。
「サイボーグ化されているようだったな」
「ええ……ベガパンクが改造したのかしら?」
ロビンも頷きアレはベガパンクが手を加えたものかと推察する。
「この島にいる獣は、あの様な姿なのでしょうか?」
「それは調べる必要がある」
サイボーグ化されている猛獣という今まで見たことがない猛獣たちが居た。
この極寒のバルジモアにいる猛獣達は全てサイボーグ化されているのかと気にしているので、それについては調べる必要がある。しかし調べるにも先ずはベガパンクに関する情報を手に入れなければならない。
「大丈夫か!?」
雪の向こうから声が聞こえた。防寒具を着た男がこちらへ駆け寄ってくる。
「怪我はないかね!?」
「問題はない」
私は答えた。男は私達を見回す。
見慣れない顔。 当然だ。ホッキーガイの姿をしているのだから。
「いやはや、無事でなにより……この島の猛獣達は通常よりも遥かに強いですからね」
男は先ほど獣達が逃げていった方向を見る。
「皆さん、よくあの獣達から逃げられましたね」
「逃げてはいない」
「え?」
「追い払っただけだ」
「……?」
男が首を傾げる。どういう意味かについては答えず、代わりに私は質問する。
「先ほどの獣は何だ?」
「ああ……あれですか。この島の猛獣ですよ」
「それは分かっている。だが明らかにどう見ても普通の猛獣ではないだろう」
「ええ……あの猛獣達はベガパンクが改造した猛獣です」
「ベガパンクが?」
キテレツ斎が反応した。
それまで黙っていた彼が一歩前へ出る。
「ベガパンクが、この島の動物を?」
「はい。昔、この島で研究をしていた時に人手が欲しいからとこの島に生息している野生の猛獣達を次々と改造したそうです」
「……なるほど」
「どうしました?」
「世界一の天才が、実際に生物へどのような改造を施したのかとね」
「おい」
私はキテレツ斎を見る。
先程のサイボーグを見てしまえばどうしても発明家としての探究心が疼くのは分からなくもないが、今はサイボーグ獣達を気にしている場合ではない
「ところで」
孔明は男へ尋ねる。
「ここは本当にバルジモアなのですか?」
「ええ。間違いありません……ここはベガパンクの生まれ故郷であるバルジモア……と言ってもベガパンクは既に別の場所に研究所を構えてもぬけの殻ですが」
孔明が確認を取れば間違いないと言う。
しかしこの島を代表する人間であるベガパンクはとっくの昔に別の場所に居る。研究所等を構えてはいたが今はもうもぬけの殻だと少しだけ自虐的に語る。
「ベガパンクがこの島に建てた研究所はどこだ?」
「研究所?」
男の表情が変わった。
ベガパンクの研究所と聞けばなにか探している、探っていると疑うのは当然の事だろう。
「……研究所へ行くんですか?」
「ああ」
「そうですか」
「何処にあるのかは知っているか?」
「ええ……まぁ」
男は困ったような顔をする。
「ベガパンクの研究所はもうとっくの昔に閉鎖されていますよ」
「構わん」
「研究所そのものが長い間使われていません。今では雪に埋もれている場所もあります」
「それでも構わん」
私は即答した。
ベガパンクが既にSSGに入っているのだから、研究所は閉鎖されている事などとっくに予想済みだ。
しかし私は知っている。研究所にはベガパンクが残した数多くの設計図がある。世界一の天才ではあったが研究費用が足りなかったり素材が無かったりで作る事が出来なかった発明品の数々の設計図がベガパンクの研究所には残っている。
「研究資料が残されている可能性がある」
「…皆さん、何者なんです?」
「旅人だ……ベガパンクの叡智がどれほどの物なのかを知りたくてな」
嘘ではない。少なくとも今の私はホッキーガイなのだから。
ベガパンクの叡智がどれだけの物なのかが知りたいという欲求があるのも嘘ではない……ただ、知ったところで理解が出来るかと聞かれれば怪しいだろうが。
「ベガパンクの研究を見に来た旅人……ということですか?」
「そういうことだ」
男は困惑した様子だったが、やがて頷いた。
「……分かりました」
「教えてくれるのか?」
「ええ。閉鎖された研究所へ行っても、今さら何か問題があるわけではありませんから」
男は雪の向こうを指差した。
「この山を越えた先です」
「山を?」
「はい。ただし、かなり険しいですよ。冬島の中でも特に雪が深い場所です」
「問題はない」
私達は雪山を越えることなど造作もない。
行くことが問題は無い事を伝えれば村の人間が1つだけ忠告を入れる。
「ベガパンクの研究所には当時のベガパンクが様々な理由で実現する事が出来なかった発明品の設計図があります……私達が見ても意味が分かりません。あの男は五百年先の未来を行っている知識を持っている……設計図を見たとしても得られるものは無い可能性は高いですよ」
「構わん……覚えておくことが重要なのだ」
「そうですか……ならば一つ……どうか研究所にある髑髏マークが書かれたボタンだけは押さないでください。アレは自爆スイッチなのです」
「なんだその不要なボタンは」
自爆スイッチだけは絶対に押さないでくれと頼み込む村の人。
ベガパンクが研究所を捨て去った以上は既に不要な物で押しているのならばとっくの昔に押しているであろう自爆スイッチ……研究所は閉鎖されているだろうが、自爆スイッチがあるという事は電力等は通っているのだろう。
あちらにベガパンクの研究所があるのだと教えてもらったので私達はベガパンクの研究所に向かって歩き出した。
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