雪山を越えた先。そこには、雪に半ば埋もれるようにして、一つの巨大な建造物が存在していた。周囲の山々と同じく白銀に覆われているため、遠目から見れば巨大な岩山の一部にしか見えない。だが、近づいてみれば明らかに自然のものではないことが分かる。
金属製の壁、巨大な扉。
そして、長い年月を経てもなお朽ち果てていない頑丈な構造。
「……ここでしょうな」
雑渡昆奈門が建物を見上げながら呟いた。
「村の方が教えてくれた場所とも一致します」
「ベガパンクの研究所……」
キテレツ斎もまた建物を見上げる。
その目には、タソガレ王国で座敷牢に閉じ込められていた時には見られなかった光が宿っていた。
好奇心。期待。発明家としての純粋な興奮。
ここには、世界一の天才科学者と呼ばれる男がかつて研究していた場所がある。その事実だけで、キテレツ斎の胸は高鳴っていた。
「入口は……閉鎖されていますね」
釘が木材で打ち付けられていて入口は閉鎖されている。
孔明はどうやってこの研究所に入ろうかと考えているが悪魔将軍は木材に触れて無理矢理引っ張った。
「……もう少し穏便に開ける方法はなかったのですか?」
力技で扉をこじ開けたことについて孔明は呆れていた。
「閉まっていたから開けただけだ」
「いや、確かにそうですが……」
悪魔将軍はだからどうしたと言わんばかりの態度に思わずキテレツ斎は苦笑した。
なにはともあれベガパンクが構えていた研究所に入ることが出来た。恐る恐る中に入れば誰かが電源をつけたわけでもないのだが電球が灯りベガパンクの研究所の中が見えた。
「…………」
研究所には無数の資料、工具、設計図が置いてあった。
予想通りの研究所だなと思っていれば孔明はあるものに目が入った。それは孔明が住んでいたウェザリアの土地である島雲を人工的に量産するという装置であり、こんな物をベガパンクは昔から作っていたのかと驚きを隠せなかった。
「凄い……」
ロビンも研究所の資料を手に取って読んだ。
そこには自分が知りたい空白の百年の歴史に関する情報は載っていないが、様々な国の事細かな情報がしっかりと記載されている。空島という空に浮かんでいる島がこの世界には確かに実在しているというレレポート、そしてその空島に確実に行く方法についてまでビッチリと記されている。
ベガパンクは世界一の天才ではあるが、様々な分野で活躍している。
「こりゃ驚いた」
ワトソンもベガパンクが残した医学の研究資料について読んだ。
動物系の悪魔の実の能力者に食べさせる事で、特殊な形態に変化させる薬は勿論のこと、莫大な研究費用さえあれば限りなく近い人工的な悪魔の実を作れるというのを。
「こちらには水の浄化装置があります」
「浄化装置?」
「汚染された水から不純物を取り除き、安全な飲料水に変える装置のようです」
「……それは凄まじい」
孔明が唸る。さらに別の資料、農作物の生育を補助する装置、わずかな燃料で大量の熱を生み出す機械、遠距離から映像を送る通信装置、医療用の診断機器。海上でも安定して電力を供給する装置。人間の身体能力を補助するための機械。
どれもこれも、現代の世界では実現が困難、あるいは不可能と思われる技術だった。
「これほどの発明を……」
孔明が設計図をめくる。
「一人の人間が考えていたというのね」
「世界一の天才科学者と呼ばれるだけのことはありますな」
昆奈門も感嘆する。
ロビンも資料を眺めながら感心していた。
「これが実用化されていたら、世界そのものが変わっていたでしょうね」
「ええ」
ロビンの言葉に孔明は頷く。
「特に水の浄化技術などは、多くの国が欲しがるでしょう。農業技術も同様です」
キテレツ斎も黙って資料を眺めていた。
「…………」
その表情は真剣だった。
一枚、また一枚。設計図を手に取っては読み進めていく。
「……妙ですな」
キテレツ斎は小さく呟いた。
「妙?」
孔明が振り返る。
「ええ」
キテレツ斎は設計図を机の上に置いた。
「確かに、凄まじい発明品です」
ベガパンクの研究所に残っていたものはどれもこれも、今の世界からすれば数百年先を行っているような技術ばかりだ。
今のベガパンクならば完成させることが出来る代物があるかもしれない。しかしキテレツ斎は妙だなと引っかかっていた。
「……どうにも引っ掛かる」
「何がです?」
昆奈門が尋ねた。
キテレツ斎はしばらく考えた後、ゆっくりと口を開く。
「ここにある設計図は、どれも人々の生活を豊かにするためのもので、兵器が無い」
キテレツ斎は感じていた。
自分が奇天烈大百科に記した発明品と同じく、日常を豊かにする物ばかりであり戦いの道具に使える兵器の設計図が無い。使い方を変えれば兵器として使える物はあるが、兵器として最初から生み出された物は無かった。
「ベガパンクほどの科学者ならば、兵器を作ることなど難しくないでしょう」
「実際、現在のベガパンクは海軍の科学班として働いていて色々と作っているらしいですからね」
ベガパンクならばと言うキテレツ斎の意見に昆奈門は頷いた。
「ならば、兵器に関する研究をしていても不思議ではありません」
キテレツ斎は資料を手に取った。
「しかし、この研究所には兵器に関する設計図がほとんどない」
「ほとんど?」
「正確には、戦闘に転用できそうな技術はいくつかある。ですが、最初から兵器として設計されたものが見当たらない」
キテレツ斎の言葉を聞いて全員が黙った。
「ベガパンクは現在、海軍の科学班として兵器を開発している」
キテレツ斎は静かに語る。
「ならば、兵器に関する研究資料が一切残されていないというのは不自然です」
「研究内容を別の場所へ移した可能性……」
孔明が呟いた。
「ええ」
キテレツ斎は頷く。
「あるいは、最初から研究内容によって施設を分けていた」
ロビンが資料棚を見る。
やはりと言うべきか兵器と思わしき物の設計図や研究資料、レポートなどは無い。
「生活を豊かにする研究をここで行って、兵器の研究は別の場所で行っていたか」
確かベガパンクの研究所はバルジモアにはもう1つある。
自分達が辿り着いたところは主に生活を豊かにする便利な発明品等の研究資料が残っている研究所だ。
いずれ近い未来で麦わらの一味のフランキーはこことは別の場所にあるベガパンクが色々と研究している兵器に関する設計図が残されいる研究所に辿り着いたなと悪魔将軍は思い出す。
「その可能性があります」
「しかし、どうやって探しますか?ベガパンクがどこで研究していたのかなんて、私達には分かりませんよ」
「……ふむ……」
昆奈門の質問にキテレツ斎は答えなかった。
その代わり、研究所の中を歩き始めた。机、棚、壁、床、研究資料。ベガパンクが残したと思われるものを一つずつ確認していく。何かある。そんな気がしていた、これほど巨大な研究所なのだ、研究者が何年も使っていたのであれば、必ず何らかの痕跡が残る。
「……これは」
キテレツ斎が研究資料に挟まれていた一枚の紙がヒラリと落ちた。キテレツ斎は直ぐに拾い上げた。
「地図?」
ロビンがキテレツ斎が拾い上げた紙を覗き込む。
「その様だ」
それは研究所内の設備図ではなかった。だがバルジモアの地図であることは確かだった。
もしやこれはとキテレツ斎は考える。これこそがベガパンクが兵器等を研究していた研究所が何処にあるのか記されている地図ではないのかとキテレツ斎は地図を広げる。端の部分に、小さく文字が記されていた。
「研究施設……」
キテレツ斎の読みは当たっていた。
研究施設は別に存在していて、この地図に記されている所こそがベガパンクが兵器を開発するのに使っていた研究所だった。
「この場所は?」
「現在地から少し離れています」
悪魔将軍は兵器を開発していた研究所が何処かと聞けば、キテレツ斎は研究所にあったこのバルジモアの地図を取り出した。
バルジモアの地図と研究所が記されている場所を照らし合わせればここよりも更に人が居ない山の中を改造したまるで秘密基地の様な場所に研究所が構えられている事が分かった。
「ここから直接行ける場所ではありますが…………………」
キテレツ斎は地図を持ったまま考える。
ここにある日常を豊かにする便利な発明品の数々は凄まじい、自分に負けず劣らずの発明品だ……そして今探しているのは日常を豊かにする便利な発明品でなく人を傷つける為に使う兵器だ。
キテレツ斎は世のためにと便利な発明品を作っている。
兵器として作ったつもりはないのに、誰かが勝手に兵器として使うだなんて科学の世界では当たり前だ。キテレツ斎は今から意図的に人を傷つける為に作り上げた兵器を見たいと思っている。キテレツ斎は便利な物を作りはするが、人を傷つける争いの道具は作りたくはない。だからこそ座敷牢での終身刑や奇天烈大百科の在処を隠していた。
「ベガパンクが海軍の科学班として兵器を作っているという話が事実ならば……この場所が、兵器研究用の施設である可能性があります」
「ベガパンクの兵器の研究所……」
ロビンが呟いた。
ベガパンクのことだからまた凄まじい発明品が飛び出してくるのだろうと予測している。
「……確かに、兵器用の実験所や研究所が別にあるというのは筋は通っていますね」
孔明が頷く。
「しかも、この地図をこの研究所に残していた」
孔明はキテレツ斎が持っている地図を見る。
「そうです」
キテレツ斎の目が輝いた。
「つまり、これは単なる地図ではない」
「何か意味があると?」
「少なくとも、ベガパンク自身が必要としていた場所である可能性が高い」
キテレツ斎は地図を見つめる。
そして、その表情は徐々に科学者の知りたいという知識欲のようなものへ変わっていった。
「もしここが本当にベガパンクの兵器研究所なら……」
「…………」
「この先に、まだ見たことのない技術がある」
「キテレツ斎様」
昆奈門が少し困ったように声を掛ける。
「まさか……」
「行ってみたい」
即答だった。
つい先日まで座敷牢で人生を終える覚悟をしていた男とは思えない。だが、キテレツ斎は止まらなかった。
「この研究所にある発明品だけでも凄まじい」
彼は周囲を見る。
「これほどの技術が存在するなら、ベガパンクが兵器開発のために使った研究所には、さらに凄まじいものが残されている可能性がある」
「興味があるのね」
ロビンが微笑む。
「ああ……とは言え、作りたいかと聞かれれば怪しいがどの様な物なのか発明家として、見てみたい」
その言葉に悪魔将軍が口を開いた。
「ならば行くぞ」
「将軍?」
「ここに来た目的の一つはベガパンクの研究を見ることだった」
悪魔将軍はキテレツ斎の持つ地図を見る。
別の研究所があるのならば、そこを調べればいい。悪魔将軍は元々はベガパンクの兵器に関する情報が欲しかった。それがそこにあるというのであれば行かない手立ては無い。
「しかし、兵器の研究所となれば……危険な装置が残されている可能性があります」
「だからこそ調べる価値がある」
悪魔将軍は即答した。ベガパンクほどの科学者が残した研究資料だ。放置しておく理由はない。
悪魔将軍はこのバルジモアには何時かはやってきてベガパンクの研究資料を手に入れてなにかしらの物を作ることを視野に入れていた。その機会が今やってきている
「……確かに」
孔明も頷いた。
だが、キテレツ斎は別のことを考えていた。
この研究所に残された発明品。それらは確かに凄い。
だが、奇天烈大百科に記した発明品と方向性が似ている。
人々の暮らしを便利にする。困っている人間を助ける。日常を豊かにする。ベガパンクもまた、そうした発明を数多く考えていたのだろう。
「…………」
キテレツ斎は一枚の設計図を手に取る。
その設計図には、人間の生活を支えるための装置が描かれていた。
「ベガパンクも……こういう発明を考えていたのだな」
世界一の天才科学者。海軍の科学班として兵器を作っている男。
世界政府に所属し、様々な研究をしている男。
そんな情報ばかりを聞いていた。しかし、この研究所に残された資料から見えてくるベガパンクは、少し違う。
人々の生活を豊かにしようとした発明家。未知の技術を追い求めた研究者。
「……会ってみたくなったな」
キテレツ斎は笑った。
もちろん、本人に会うことなど簡単ではない。 ベガパンクは現在、世界政府側にいる。キテレツ斎自身もまた、世界政府から追われる立場になっている。それでも何時か会うことが出来るのならば、一人の発明家として、聞いてみたいことが山ほどある。なぜこんな発明を考えたのか。どうしてこの技術を作ろうとしたのか。何を目指していたのか。
返ってくる答えはおそらくシンプルな物だろう。研究者として知りたかった。人々を豊かにしたかった。シンプルな答えが返ってくるが……だからこそ、ベガパンクが気になった。
「この地図が示す、兵器に関する研究所にも後で向かいましょう」
キテレツ斎が地図を丁寧に畳む。
「当然だ」
悪魔将軍が頷く。
「ただし、今すぐ向かうわけではない」
「分かっています」
キテレツ斎は周囲を見回す。この研究所にはまだ大量の資料が残されている。
地図一枚を見つけただけで、全てを理解したわけではない……残されている設計図だけでここに居る知者達を沢山驚かされる物ばかりだった。
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