島に鉄鉱石があると分かってから、しばらくの時間が経った。
鉱石を掘り出し、種類ごとに選別する。
それを運び、簡易的な精錬設備を作り、鉄を取り出す。
最初は手探りだった作業も、キテレツ斎が中心となって設備を改良していくことで、少しずつ効率が上がっていった。
やがて島には、簡素ながらも溶鉱炉まで完成した。炎が燃え上がり、赤熱した鉄が炉の中で溶けていく。
金属を加工するための道具も増えた。鍛造するための金床。大型の槌。
金属を切断するための工具。熱した鉄を冷却する設備。 以前は頭の中で考えるしかなかった発明を、実際に形にできる環境が整いつつあった。
「……ようやく、ここまで来たか」
工房の中央で、キテレツ斎は周囲を見渡した。
壁には工具が並び、棚には様々な金属や薬品が置かれている。
机の上には設計図が広げられていた。その中心に描かれているのは、一体の巨大なロボットだった。
戦神丸。かつてバルジモアで見たベガパンクの研究施設。
そこで見た数々の技術。そして自分自身が持つ奇天烈大百科。それらを組み合わせながら、キテレツ斎が考案している新たな機械人形である。まだ試作品の段階ではある。
動力、装甲、関節、制御機構、課題は山ほど残っている。
だが、少しずつ形になってきている。そして、今日から新しい部分の製作に取り掛かることになった。
「やはり、戦神丸には刀が必要だ」
キテレツ斎は設計図に描かれた戦神丸の両腕を見た。
戦神丸は巨大な侍型ロボットだ。当然、通常の人間が使う武器をそのまま持たせるだけでは足りない。
巨大な身体から繰り出される力に耐えられるだけの強度。
ロボットの重量と出力を受け止めながら、なお切れ味を維持する刃。それを実現しなければならない。
「二本の刀を持たせる……」
設計図に、二本の刀が描き込まれていく
。
「問題は、どの程度の材質なら耐えられるか」
キテレツ斎は考え込んだ。これまでにも様々な武器を作ってきた。
リグレットのために作った炎刀・銃もそうだ。ただ撃てればいいというものではない。
使う者の癖。戦い方。求められる性能。それらを考慮して初めて、武器として完成する。 ならば戦神丸の刀も同じだ。いや。ロボットに持たせる以上、それ以上に難しい。
「まずは、普通に強い刀を作ってみるとするかの」
そう言って、キテレツ斎は製作に取り掛かった。
鉄鉱石から取り出した鉄を加工する。何度も熱し、叩き、形を整える。
刃の厚さ、反り、重量、柄の長さ。戦神丸の腕部に合わせた大きさ。
人間が使う刀とは違い、巨大な刀になる。だからこそ、単純な大型化では済まない。
重量が増えれば、ロボットの動作にも影響する。軽くすれば今度は強度が落ちる。切れ味を求めれば刃が脆くなる。
「ふむ……」
試行錯誤を繰り返し、ようやく一本の刀が完成した。
まだ戦神丸専用の完成品ではない。あくまでもベースとなる試作品だ。
「これは中々の出来だ」
キテレツ斎自身がそう評価する程度には、満足のいく出来だった。
手に持ってみても分かる。重量のバランスは悪くない。
刃も十分に鋭い。強度についても、通常の鉄製武器よりは遥かに高い。少なくとも、戦神丸の試験用武器として使うには申し分ない。
「問題は実際に振ってみることか」
そこでキテレツ斎は、工房の外へ向かった。
戦神丸の試作品は、まだ操縦して動けるほど完成していない。
そのため、動作試験は人間が行う必要がある。そして、この島で刀を扱える人間ならば。
「宗次、ちょっと頼めるか?」
「はい?」
呼ばれた宗次が工房に入ってくる。
「これを振ってみてくれんか?」
「刀ですか?」
「うむ。戦神丸に搭載する刀の試作品だ。まずは人間が振った場合の感触を確かめたい」
「分かりました」
宗次は刀を受け取った。
軽く握る。そして何度か振ってみる。 ヒュン、ヒュン、と風を切る音が響いた。
「どうだ?中々の出来だと私は思っているのだが」
「……」
宗次は刀を見つめた。
「もう少し強く振ってもいいですか?」
「構わんよ」
「では」
宗次が構える。
キテレツ斎は少し離れた場所へ移動した。
「いきます」
次の瞬間。
宗次が刀を振り下ろした。そしてガシャッ!と音が鳴って刀が砕けた。
「……なに?」
キテレツ斎が目を丸くする。
刀が砕けた。正確には、刃の中央付近から大きく亀裂が入り、そのまま刀身が折れたのである。
宗次の手元に残ったのは、柄と刀身の一部だけ。残骸が地面に落ちる。カラン、と乾いた音が響いた。
「…………」
キテレツ斎はしばらく無言だった。
自分の作った刀を見る。そして宗次を見る。
「……今のは?」
「折れましたね」
「それは見れば分かる!」
思わず声が大きくなる。
宗次は困ったように笑った。
「すみません」
「いや、宗次を責めているわけではない。しかし……」
キテレツ斎は折れた刀を拾い上げる。
自分としては、決して悪い出来ではなかった。むしろ試作品としてはかなり良い。なのに、宗次が本気で一度振っただけで砕けた。
宗次が凄まじかったのかそれとも刀の出来が悪かったのかが分からない。
「キテレツ斎さん、戦神丸に装備させる武器がこんな刀じゃダメですよ」
宗次がはっきりと言った。
「……ダメ?どこがだ?強度か?それとも重量バランスか?刃の厚みか?鋼の質か?鍛え方か?」
「そういう話だけではないです」
「では、何が足りん?」
宗次は折れた刀を見つめた。
しばらく考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「魂……じゃないでしょうか」
「魂?」
キテレツ斎は眉を寄せた。
「刀に魂を込める、という意味か?」
「はい」
「それならば、職人が魂を込めて物を作るという話であろう?」
「それもあります」
「それは刀に限った話ではないと思うが。私だって、発明品を作る時には魂を込めている」
「そうですね。でも、刀は少し違うんです」
「違う?」
「はい。刀は、人間を斬るために作られた武器です」
宗次は刀を扱う者として、知っていることを語り始めた。
キテレツ斎は黙って聞いている。
「だからこそ、刀鍛冶は自分の持てる技術を全部使って刀を作る。良い刀を作るために何度も鍛えて、何度も打って、何度も失敗して……そうやって一本の刀を完成させる」
「うむ」
「そして、その刀には名前が付けられる」
「それは知っている」
「ですが……刀には、本当に意思が宿っているんじゃないかと思うことがあるんです」
宗次は折れた刀を軽く持ち上げた。
「ただの物の喩えじゃない」
「……」
「名刀と呼ばれる刀は、ただ鋭いだけじゃありません」
宗次の目が真剣になる。
「持った人間の力を受け止める。振るう人間の技を引き出す。時には、その持ち主が変わればまるで別の刀になったように振る舞う」
「刀そのものが、ということか?」
「そうです」
宗次は頷いた。
「特に妖刀なんかは、それが顕著です」
「妖刀……」
「中には持ち主の流桜を食らうような刀もある。生命力そのものを吸い取るような武器だってある」
「生命力を……?」
「はい」
キテレツ斎は折れた刀を見る。
「つまり、刀とは単なる鉄の刃物ではない、と?」
「少なくとも、僕はそう思っています」
宗次は刀を鞘に収めるような仕草をした。
「刀には刀の生き方があるんです。だから、ロボットに搭載する刀だからといって、ただの消耗品として作ってはいけないと思います」
その言葉に、キテレツ斎は考え込んだ。
戦神丸。自分が作ろうとしているロボット。
その武器として刀を搭載する。最初に考えた時、キテレツ斎にとって刀は機械の一部だった。
戦神丸の腕に装備させる。敵を斬る。壊れたら交換する。ただそれだけだった。だが――。
「消耗品では、ダメなのか」
「僕は、そう思います。戦神丸は巨大な力を持つでしょう?」
「当然だ」
「なら、その力を受け止める刀にも、それに相応しいものが必要です。ただ強い金属を使えばいいわけじゃない。強い刃を作ればいいわけでもない。ロボットの力を受け止め、その力を刃に伝えられる刀にする必要がある」
「……」
「それに」
宗次は折れた刀を見た。
「名前のない刀だから、というのもあるかもしれません」
「名前?」
「はい。刀には名前が必要です」
「名前を付ければ強くなると?」
「それだけじゃありません」
宗次は少し笑った。
「名前を付けるということは、その刀を一本の武器として認めるということです」
キテレツ斎は黙った。
「魂を込めて作るそして、名前を付ける。その二つがあって初めて、その刀はただの材料ではなくなるんじゃないですかね」
キテレツ斎は何も答えなかった。ただ、折れた刀をじっと見つめていた。
やがて彼は、ゆっくりと刀を工房へ運んだ。
「分かった」
「キテレツ斎さん?」
「もう一度作る」
「はい」
「今度は……ただの刀としてではない」
キテレツ斎は工房の奥へと歩いていった。
「戦神丸の刀として作る」
その声には、これまでとは違うものがあった。
職人としての意地。発明家としての好奇心。
そして、宗次から教えられた刀という存在への敬意。それらが混ざり合っていた。
翌日
工房の中から金属を打つ音が響いていた。
キテレツ斎は一人で刀を打っていた。何度も鉄を熱する。赤くなった刀身を取り出し、金床に置く。
槌を振り下ろす。叩く。形を整える。また熱する。また叩く。
その繰り返し。これまでのキテレツ斎なら、必要な性能を満たした時点で完成としていたかもしれない。だが、今回は違った。
「……お前は戦神丸の刀になる」
刀身を見ながら、キテレツ斎が呟く。
「ならば、戦神丸の力を受け止められなくてはならん」
また槌を振るう。
「ただ硬いだけではダメだ。ただ切れるだけでもダメだ。戦神丸の力を受け止め、その力を刃に伝える」
何度も何度も鍛える。刀身だけではない。
柄も作る。鍔も作る。刀を固定するための機構も作る。
ロボットが使うからこそ、通常の刀とは違う工夫も必要になる。
それでも、根本にある考え方は変わらなかった。これは部品ではない。
戦神丸が戦うための刀だ。やがて一本目が完成した。キテレツ斎は刀身を見つめる。
「……よし」
戦神丸には二本の刀を持たせる。
ならば二本とも同じように作らなければならない。
二本目にも魂を込める。一本目とは異なる個性を持たせる。
そして最後に、名前を考えた。
「一本目は……剣部豪刀」
巨大な力を受け止め、豪快に振るう刀。
続いて二本目。
「そして、こちらは……刀部斬夢刀」
二本の刀。剣部豪刀。刀部斬夢刀。
名前を決めた瞬間、不思議と工房の空気が変わったような気がした。
「……」
キテレツ斎自身も、それを感じ取っていた。もちろん、科学的に説明できる変化ではない。
温度が変わったわけでもない。電圧が変化したわけでもない。磁力が変化したわけでもない。なのに。
「……妙なものだ」
キテレツ斎は笑った。
まるで、本当に刀が自分の名前を聞いたかのようだった。