その日、キテレツ斎の工房には、いつもとは違う緊張感が漂っていた。
工房の中央。
そこには三体の巨大なロボットが並んでいる。
戦神丸。幻神丸。空神丸。
三体とも、これまでキテレツ斎が工房で作り続けてきた数々の機械とは一線を画していた。
人間が乗り込み、その意思によって動かすことを前提とした巨大なロボット。キテレツ斎が、ベガパンクの研究施設で見た技術。そこから得た知識。さらに自らの経験と、奇天烈大百科に記された様々な発明の知識。それらを組み合わせ、試行錯誤を繰り返した末に完成させた三体だった。
キテレツ斎は三体のロボットを見上げていた。その顔には、疲労があった。
だが、それ以上に満足感が浮かんでいる。長かった。設計図を書き、部品を作り、何度も組み立て直した。時には部品が壊れ、時には予想とは違う動きをし、時には設計そのものを最初から見直した。
それでも諦めなかった。
「遂に完成したんすね!」
工房にハヤトの声が響いた。
キテレツ斎が振り返る。そこには目を輝かせたハヤトがいた。
「凄いですよ、キテレツ斎さん!」
ハヤトは戦神丸、幻神丸、そして空神丸を順番に見上げる。
「本当にロボットですよ!これに乗って戦うんすよね!?」
「うむ」
「空も飛べるんですよね!?」
「空神丸ならな」
「だったら」
ハヤトの目が、空神丸へ向いた。まるで子供が珍しい玩具を見つけたような表情だった。そんなハヤトを見て、キテレツ斎は苦笑する。
「まあ、喜ぶのは分かるが……完成しただけで、まだ問題がある」
「問題?」
「そう」
キテレツ斎は三体のロボットを見上げた。
「これらは完成した。しかし、完成したことと、実際に乗りこなせることは別問題だ」
「……あ」
ハヤトの顔が固まる
「そう言えば……」
そこへ、工房の入口から雑渡昆奈門が入ってきた。
「確かにそうですね」
昆奈門は三体のロボットを見ながら言う。
「どれほど優れた機械でも、操縦する人間がいなければ意味がありません」
「その通り」
キテレツ斎は頷く。
「操縦って、そんなに難しいんですか?」
ハヤトが尋ねる。
「簡単ではない巨大な機体を自分の身体と同じように動かす必要があるからな」
キテレツ斎はそう説明した。
例えば右腕を動かす。人間なら、それだけで済む。
だがロボットの場合は違う。操縦者の入力を機械が受け取り、それを動作へ変換する必要がある。
歩く、止まる、腕を動かす、武器を使う、方向を変える、飛ぶ。その一つ一つを正確に行わなければならない。
「特に空神丸は空を飛ぶ。地上の機体とは勝手が違う。上下左右だけではなく、前後、旋回、上昇、下降……三次元すべてを意識して操縦せねばならん」
「つまり、覚えるのに時間がかかるってことすか?」
「普通なら、かなりかかるだろうな。そして戦神丸は私が操縦する」
「キテレツ斎さんが?」
「うむ。設計したのは私だ。どのように動くのかも、どのような癖があるのかも理解しておる。まずは私が乗り、実際の戦闘で問題がないか確かめる」
「なるほど」
ハヤトは納得した。
「じゃあ、残りは幻神丸と空神丸ですね」
「そうなるな」
キテレツ斎が言うと、ハヤトは再び二体を見る。幻神丸。空神丸。しばらく迷った後――
「空神丸がいいです!」
即答だった。ハヤトは嬉しそうに空神丸を見る。
「
空を飛べるんですよね?だったら、空神丸がいいです!」
「……理由が実にハヤトらしい」
キテレツ斎は呆れたように笑った。昆奈門も口元を緩める。
「まあ、ハヤトらしい選択と言えばそうですね」
「だって空を飛ぶんですよ!?空ですよ、空! 自分で飛行するみたいなものじゃないですか!」
「それとは少し違うが……まあ、よかろう」
キテレツ斎は空神丸へ歩いていく。
ハヤトはすぐに空神丸へ向かった。
空神丸の内部。ハヤトがコックピットへ入る。そこには複数の計器とレバー、操縦装置が並んでいた。
正面には外の景色を確認するための視界装置。
左右には機体の各部を操作するためのレバー。足元にもペダルがある。ハヤトはそれらを見渡した。
「……これ、全部使うんすか?」
「全部を同時に使うわけではない」
「基本的な操作はこの二本のレバーだ。右が機体の進行方向と上昇下降。左が翼の制御と旋回。足元のペダルは補助じゃ」
「なるほど」
「武装はここ」
「はい」
「この計器は速度。この表示は高度。こちらは機体の損傷状況――」
キテレツ斎は一通り説明する。とはいえ、軽い説明だった。
実際に飛ばすとなれば、まだまだ覚えることは多い。
「最初はゆっくり動かしてみるといい」
「分かりました」
ハヤトは操縦席に座った。
そしレバーを握った。 その瞬間だった。ハヤトの表情が変わった。先ほどまでロボットを見てはしゃいでいた少年とは違う。真剣な顔。視線は正面に固定され、両手は操縦桿をしっかりと握っている。
「……ハヤト?」
「……」
キテレツ斎の問いかけに返事はない。
ハヤトは計器を確認した。速度。高度。機体の状態。そして外の景色。それらを一瞬で把握している。
「じゃあ、動かすぜ!!」
「待て。まだ説明したばか」
キテレツ斎が言い終わる前に。
空神丸が動いた。機体が僅かに浮き上がる。ハヤトはレバーを微調整した。空神丸の翼が動く。機体が前へ進む。さらに上昇。
キテレツ斎は黙った。ハヤトは迷っていない。レバーをほんの少し動かす。それだけで空神丸が応える。右へ旋回。左へ旋回。上昇。下降。速度を上げる。そして減速。
「……これは凄まじい……もう理解している」
昆奈門も驚いて空神丸を見上げている。
空神丸は空を駆けていた。最初からアクセル全開だった。数回動かしただけで、ハヤトの動きはどんどん滑らかになった。空神丸は大きく旋回しそのまま高度を上げる。して翼を傾け、一気に下降。
「うおっ!」
地上から昆奈門が叫ぶ。
「ハヤト!?」
空神丸が地面へ向かって急降下する。
だが地面すれすれで機体が跳ね上がった。大きく旋回。再び上昇していく。
「今のは失敗ではない。完全にハヤトが機体を把握しておる」
「……凄いですね」
「ああ」
キテレツ斎は空を見上げた。
ハヤトは空神丸を自由自在に操っていた。まるで自分自身の身体であるかのように。
空を飛ぶ機械を操縦するというのは、本来なら簡単なことではない。地上で動く機械ですら、最初から思い通りに動かすのは難しい。
それが空を飛ぶ機体ともなればなおさらだ。ほんの僅かな操作ミスが、そのまま墜落に繋がる。
しかしハヤトには、それがない。
「……やはり、操舵手として舵輪を握っている時と同じだな」
「やはりですか」
昆奈門も空を見る。確かにそうだった。
普段のハヤトは、どこかひ弱な印象がある。身体も細く、戦闘では仲間に守られる場面も多い。
乗り物を操縦している時のハヤトは違う。前々からそうだった。ハンドルを握った瞬間、別人のようにきり替わる。車両を操る時も、船を動かす時も。操縦席に座ったハヤトには、普段の弱々しさが消える。そして今。
空神丸の操縦席にいるハヤトも同じだった。レバーを握るその姿は、いつものひ弱なハヤトではない。ハンドルを握っている時のハヤトだった。
「なるほど……」
キテレツ斎は納得した。
「乗り物に乗っては走らせるのが、ハヤトの得意分野の様だな」
「そういうことみたいですね」
昆奈門が頷く。
その時。空神丸が大きく旋回した。機体から銃弾が放たれる。遠くの木に命中した。
「武装も試しておるのか」
ハヤトは銃の照準を確認する。
そして次の瞬間。ハヤトは銃弾に武装色の覇気を纏わせた。黒い覇気が銃弾を覆う。
「なっ!?」
昆奈門が驚く。
次々と放たれた銃弾が、巨大な岩へ突き刺さった。何発も撃ち込まれれば岩の表面が砕ける。
「ロボットに搭載されている銃弾にまで使いこなすとは……」
「ハヤトなら出来るだろうと思っていたが、実際に見ると凄まじいな」
キテレツ斎は感心していた。ロボットそのものが強い。それだけではない。
操縦者の腕次第で者機体の武装すら強化できる。つまり空神丸は、ハヤトが操縦することでさらに戦闘力を増すことになる。
「空神丸との相性は……かなり良いようだ」
キテレツ斎は安堵した。
「これなら安心だ」
ハヤトが空神丸を乗りこなした。
ならば今度はこちらの番だとキテレツ斎が戦神丸へ乗り込んでいた。
「では、試してみるとするか」
コックピットへ入り、操縦装置を確認する。
「……よし」
キテレツ斎がレバーを握った。
戦神丸が動き出す。巨大な脚が地面を踏みしめる。
「まずは歩行」
キテレツ斎は慎重に機体を動かしていく。
歩くのは問題はない。次に腕を動かす。戦神丸の右腕が上がった。
「よし」
キテレツ斎は頷く。
「ならば」
腰にある刀へ手を伸ばす。
戦神丸が刀を抜いた。キラリと刃が光る。
「実戦だ」
キテレツ斎は島の奥を見る。
そこには巨大な獣がいる。この島に生息する猛獣だ。
普段なら、人間が近づけば襲い掛かってくる。だが今日は違う。獲物を見つけたのは猛獣の方だった。
「グオオオオオオッ!」
巨大な獣が咆哮する。
地面を蹴り、戦神丸へ突進してくる。
「来たか」
キテレツ斎は冷静だった。
「この程度なら、問題なさそうだな」
戦神丸が刀を構える。
猛獣が跳びかかる。その瞬間。
「せいっ!」
戦神丸の刀が振り抜かれた。
ズバァンと巨大な獣の身体が斬り裂かれる。
獣が地面へ倒れた。
「……これは……悪くないな」
戦神丸の出力。
装甲、刀の威力。どれも十分だった。もちろん、キテレツ斎自身が強いわけではない。しかし戦神丸に乗ってしまえば話は別だった。
「これなら戦いで足手まといになることはないな」
その言葉には、安堵が滲んでいた。
キテレツ斎は自分が戦闘員ではないことを気にしていた。
仲間たちが戦う中、自分は工房で機械を作る。それはそれで重要な役割だ。
しかし、仲間と旅をする以上、戦闘に巻き込まれることは避けられない。だからこそ。自分の身を守れる力が欲しかった。
「戦神丸……お前なら、それが出来そうだ」
しばらくして。空神丸が戻ってきた。
「ただいま戻りました!」
コックピットからハヤトが降りてくる。
「どうでしたか?」
昆奈門が尋ねる。
「最高です!」
ハヤトは満面の笑みを浮かべていた。
「思った通りに動いてくれました!」
「思った通り、というより……」
昆奈門は空神丸を見る。
「空神丸の方がハヤト君に合わせているように見えましたよ」
「そんなことないですよ」
「いや、そうでもないぞ」
キテレツ斎が戦神丸から降りてくる。
「ハヤトは機械の動きを理解するのが恐ろしく早い。私が説明したことを聞くだけでなく、実際に動かしながら自分で最適な操作を見つけておる」
「そうなんすか?」
「うむ」
キテレツ斎は頷いた。
「空神丸との相性は非常に良い」
「ありがとうございます!これなら、戦闘でも役に立てますよね?」
「間違いなくな」
キテレツ斎が答える。
「空神丸は高速飛行による戦いを得意としておる。そこにハヤトの操縦技術が加われば、かなりの戦力になるじゃろう」
ハヤトが拳を握る。
そんな二人を見ていた昆奈門が、ふと気付く。
「戦神丸と空神丸には搭乗者が決まりましたね」
「そうだな」
「しかし」
昆奈門は、工房の中に立つもう一体を見る。
「幻神丸に乗って戦う人がいませんよ」
「……」
キテレツ斎が幻神丸を見る。
確かに、その通りだった。戦神丸にはキテレツ斎。
空神丸にはハヤト。だが幻神丸には誰もいない。
「一応、私が操縦することも出来るが……」
キテレツ斎は少し考える。
「それでは戦神丸が使えなくなる」
「そうですね。せっかく三体完成したのですから、三体とも操縦者がいた方がいいでしょう」
「もちろんだ」
キテレツ斎は幻神丸を見上げる。
「しかしこれから仲間になる誰かが乗るだろう」
「これから仲間になる誰か、ですか?」
「うむ」
キテレツ斎は答えた。
「この旅はまだまだ始まったばかりだからな」
悪魔超人軍の旅は続いている。
これから先、どれだけの島を訪れるのか。どれだけの人間と出会うのか。
どれだけの仲間が増えるのか。それは誰にも分からない。ならば、今の時点で無理に搭乗者を決める必要はない。
「幻神丸は、誰かが必要とする時まで待っておけばよい」
キテレツ斎はそう言った。昆奈門は幻神丸を見る。忍者型の機体は、何も言わず静かに立っている。
まるで、自分の乗り手が現れる日を待っているかのようだった。
「なるほど、そでもそうですね」
「
「機械というものは、人間のためにあるもの。必要とする人間が現れた時、その人間に合わせて使えばよい」
「キテレツ斎さんらしいですね」
ハヤトが笑う。
「だったら、いつか三体全部が揃って戦う日が来るんですね」
「ああ」
キテレツ斎も笑った。
戦神丸。幻神丸。空神丸。
三体のロボットが並び立つ。それぞれ違う役割を持ち、それぞれ違う戦い方をする。
そして、それぞれに一人の操縦者が乗り込む。その光景を想像すると、キテレツ斎の胸は自然と高鳴った。
発明家としての好奇心。技術者としての探求心。仲間と共に旅をする者としての期待。すべてが入り混じっている。
「さて次は将軍に頼まれてきた武器を作らなければな」
「もう次ですか!?」
ハヤトが驚く。
「完成したばかりすよ!?」
「何を言っている。一つの発明が完成したからといって、発明が終わるわけではない。戦神丸も空神丸も、まだ改良の余地がある。幻神丸も、搭乗者が決まればその者に合わせて調整する必要がある」
「なるほど……」
「機械は完成して終わりではない。使う人間と共に成長していくものじゃ」
そう言って、キテレツ斎は工房の奥へ歩いていく。
その背後には、三体のロボットが並んでいる。
戦神丸。幻神丸。空神丸。この三体が、これから悪魔超人軍の旅にどのような影響を与えるのか。
まだ誰にも分からない。ただ一つ確かなことがある。
戦神丸にはキテレツ斎。空神丸にはハヤト。そして幻神丸には――まだ見ぬ誰か。三体のうち二体には、すでに乗り手が決まった。残る一体も、いつか必ずその操縦者と出会う。そして何れは作れなかった龍王丸や邪虎丸を作る日がやって来る。キテレツ斎はそう信じていた。